2020年8月6日、阪神対巨人戦(甲子園)の8回裏に起きた珍事。
概要・試合経過 
この日、巨人は先発のC.C.メルセデスが4回途中4失点でKOされ、また打線も8回まで無得点と、試合の大勢は決した状況であった。
8回裏に敗戦処理として送った堀岡隼人も守備のミスやタイムリー、押し出し、満塁ホームランなどで、1/3回7失点と大爆発炎上。一気に負けムードが加速してしまったところで原辰徳監督が動いたのだが……。
原監督がマウンドに送ったのは本来は内野手の増田大輝。球場は勿論の事テレビ中継などでも驚きの声が上がった。
そんな増田は日本テレビ解説・赤星憲広氏の困惑*1をよそに、最速138km/hの速球にスライダーを交えた、テンポの良い投球を披露。プロ初登板となるマウンドで見事2/3回を打者3人13球・無安打無失点に斬ったのである。
(試合結果)
周囲の反応 
当然ながらこの起用法は話題になり、阪神ファンからは「高橋の好投(7回11奪三振無失点)が霞んでしまった」と話題性をかっさらわれてしまったことを嘆く声が聞かれたほど。
ネット上には巨人に限らずプロ野球ファンから「作戦としてはあり」「ただ負けるだけで終わらず、面白いものが見られた」「素晴らしいピッチングでファンをワクワクさせた」や「堀岡が可哀想」「阪神に失礼」などの賛否両論が上がった他、巨人OBの中でも評価は以下のように大きく割れていた。
- 否定派
- 堀内恒夫
自身のブログにて「相手は馬鹿にされていると感じないだろうか。首位のチームがこんなことをやっちゃいけない。今日の試合にコメントはしたくない」と怒りをあらわにした*2。
- 廣岡達朗
「巨人のようなチームがやってはいけない采配。最後まで最善を尽くさないのは観客にも阪神にも失礼」と苦言を呈すると共に、「一軍のレベルに達していない(二軍で育てるべき)投手に投げさせた監督の責任」と、そもそもの発端となった堀岡の起用にも批判のコメントを残している。
- 堀内恒夫
- 容認派
- 上原浩治
自身のTwitter(現 X)にて「限られた人数でどう起用するかは監督の判断。きちんと投げられる野手をピッチャーに使うのは失礼にはならない」「巨人だからダメなんて、そっちの方がおかしいと思う
」と擁護。
- 中畑清
『Sportsウォッチャー』にて「監督は常にチームのことを第一に考えてアイデアとタクトを振っているんですよ。ただの思い付きでやっているわけじゃないんだよね。ここまでにかなりの時間をかけて増田との話し合いとか準備をやってきたと思うんですよ。突然言ってできるわけがないんだから。とやかく言う必要はない」「どうして抑えた増田を評価してあげないのか?」と、原の采配を評価しつつ火消しに成功した増田を誉めている。
- 上原浩治
- 中立派
- 江川卓
自身が出演する『Going!』にて「これは、バッテリーを経験した人と野手を経験した人ではまったく意見が変わります。バッテリーを経験した人は『ノー』です。受け入れられない。野手を経験した人は『今年は特殊で連戦が多いのでリリーフピッチャーを楽にしてあげよう』という気持ちも大きいので、これはいいんじゃないのという意見があると思います。どっちが正しいということじゃなくて出身によって意見が変わるという…」と、投手出身ゆえに否定派寄りの意見を出しつつも野手出身の原ならそういう考えに至るかもしれない、という見解を述べている。
- 張本勲
「堀内は投手出身。そこは堀内の考えもあるし、一つの意見としてそれはいいと思う」と堀内の考えに理解を示しつつも「あっぱれだ。なかなかできない。立派なものだよ」と原に対して称賛を送り、『サンモニ』でもほぼ同様のコメントを残している。
- 江川卓
また、巨人以外のところではダルビッシュ有がXのリプライにて「最高です。大敗しているときは全然ありです。しかも増田選手、投手の才能あると思います」と、絶賛のコメントを残している。
原監督本人のコメント 
原監督は試合後のインタビューにて以下のようなコメントを残している。
【巨人】原監督、球史に残るビックリ采配!野手の増田大輝を投手で起用「最善策ですね」
原監督は「チーム最善策ですね。あそこのね。まあやっぱり6連戦という連戦、連戦、連戦のなかでね。あそこをフォローアップする投手というのはいないですね*3。それはだって、一つの作戦だからね。あそこで堀岡を投げさせることの方がはるかに失礼なことであってね」と説明した。
基本的には「連戦で勝ちパターンを使う訳にはいかないが晒し投げもさせたくない」という意図だろうと思われるが、最後の「あそこで堀岡を投げさせることの方がはるかに失礼なこと」という、過去の投手に対する容赦ない発言たちに匹敵する恐ろしいコメントに、「原監督は本気で堀岡にブチギレているのでは」と戦慄を覚えたファンも多い。
哀れ堀岡は防御率を1.69*4から一晩で11.12まで破壊され、「野手の増田より酷い」という扱いをされた挙句、翌8月7日に登録抹消、非情にも多摩送りとなったのであった。
また、これ以降、堀岡が打たれた際は実況スレに「失礼」と書かれるようになった。
補足 
- 他の野手がマウンドに上がった例として、NPBではオレステス・デストラーデ(元西武)や五十嵐章人*5(元ロッテ他)がいるが、珍しい事であるのは事実である。
- MLBではそこまで珍しいことではなく、過去には青木宣親やイチロー*6にも登板記録がある。
- MLBはNPBと比べ「試合数が多い」「選手登録枠が少ない」「延長が無制限」という特徴から投手が足りない、もしくは敗戦濃厚の場面でリリーフ投手を温存させておきたい事態が起こりがちであるため。これに伴い、野手が登板する場面では野手が足りなくなることもあるので、逆に登板予定が無い投手が守備に就くという場面も度々見られる。ちなみにMLBでは2021年シーズンから「野手の登板は6点差以上または延長イニングのみ」という規制が導入され、2023年シーズンからは点差が「8点以上リードされる」または「10点以上リードしている際の9回」に厳格化された。
- NPBはMLBと比べて試合数や選手登録枠が緩いため、単純に野手を登板させてまで投手を温存したい場面が少ないことがNPBで野手登板が定着しづらい理由の一つだと考えられている。
- MLBではそこまで珍しいことではなく、過去には青木宣親やイチロー*6にも登板記録がある。
- 増田は元々投手であり、小松島高校3年生時の夏の徳島県大会では全試合完投をしているが、甲子園には出場できなかった。このこともあってか、この試合でマウンドに上がった際は笑顔で投球練習を行う増田の姿が日本テレビの中継カメラに映し出されており*7、試合後にも「甲子園で投げられてすごく嬉しい」というコメントを残している。
- 内外野複数のポジションをこなしその俊足と守備力に定評のある増田はこの登板によって7ポジションでの一軍出場を達成。過去2人しか達成者のいない全ポジションでの出場*8まで残りは捕手と一塁のみになったが、2021年3月30日の中日戦で9回*9に一塁の守備に付き、全ポジションでの出場にリーチをかけた。その捕手に関しても2019年終盤に緊急時の備えとして準備をしている。
- 増田が選出されたことについて宮本コーチは「危機管理として投手出身の野手とかリサーチしていた
」と語っており*10、決してその場の思いつきなどではなく緊急事態となったときの備えとして準備されていたものである。増田自身にも昨年の時点で既に登板の可能性について伝えられていたとのこと。
- この試合の1週間後、13日に巨人二軍が中央大学と対戦し7-20というスコアで惨敗*11。その後のインタビュー記事に以下の発言がある。
【巨人】阿部2軍監督、中大に20失点「母校が強くなって良かった」「増田大輝を借りる」
阿部監督は「今後、社会人とかアマチュアとやる時はガチでやる*12。年齢関係なく。相手に失礼だと思った。3軍のピッチャーとか投げさせられない。そういう時は増田大輝を借りる」と、先日、1軍で大量リードを許す場面で登板して好投した内野手の増田大の名を挙げ、若手に奮起を促した。
未遂 
2020年9月17日の試合(同カード、東京ドーム)では9回表に田中豊樹が四球を連発した上に田中俊太の2連続エラーもあって4失点の炎上。その際に中継で映されたブルペンにはなんと増田の姿が。結局ランナーがゼロにならなかった*13こともあって登板には至らなかった。
類似例 
投手根尾 
2022年4月2日の中日対広島戦(バンテリンドーム)は延長12回までもつれ、中日はベンチ入り投手を使い切ってしまう。そのため有事に備えて高校時代に投手としても活躍していた根尾昂がブルペンに入り、投球練習を行う姿が映された。最後の投手である森博人が12回の守りを完了させたため実際にマウンドには上がらなかったが、高校時代の姿を知るファンも多いため各方面で話題になった。
その後、二軍戦ではあるものの、5月8日の阪神対中日戦(甲子園)にて根尾は実際に投手として登板。1失点したものの最速150km/hを計測し三振も奪うなど、本職の投手と遜色ない投球を見せる。
一軍では5月21日の広島戦(マツダスタジアム)の1-10の8回裏にプロ初登板を果たす。二軍戦と同じく最速150kmを計測し、先頭の坂倉将吾に安打を許すも後続は打ち取り1回を無失点に抑えている。
8日後の5月29日のオリックス戦(京セラドーム大阪)でも0-8の8回裏に登板。先頭の小田裕也、宗佑磨を打ち取り、続く宜保翔には安打を許すも4番のジョー・マッカーシーを中飛に抑えこちらも1回を無失点に抑えている。
そして同年の交流戦終了後の6月14日、根尾が本格的に投手に転向することが発表された。
5月31日までの選手データ更新となる、パワプロ2022の7月21日付けアップデートにおいて、増田・根尾の2人に投手能力が搭載された*14。野手登録でありながら投手としての能力も付与されたのはパワプロ10の宮出隆自*15以来。ただ根尾は投手転向したため、このようなパターンが成立するのは当バージョンのみ。次回アップデートでは投手登録でありつつ野手能力ももった選手として扱われるようになった。
ちなみにプロスピにおいては野手登録選手に対する投手データが存在していないと思われるため、増田・根尾の両選手もデータが確認できていない。次回アップデートは根尾が投手転向後初のアップデートとなり、プロスピ2013の大谷と同様に投手根尾と野手根尾が別個に存在するように設定された*16。
投手北村 
2023年9月2日のDeNA対巨人戦(横浜スタジアム)では、巨人が8回裏開始時点で4-12と大量リードを許してしまう。
残り投手には負傷離脱した大勢の代役として抑えを務めていた中川皓太と、唯一信頼出来るアルベルト・バルドナード*17が控えていたが、ここで巨人ベンチは彼らを温存し内野手の北村拓己がマウンドへ。3年ぶりの野手登板が実現した。
北村は、最速141km/hの速球にスライダーを交えるピッチングで、山本祐大にホームランこそ被弾したものの1回を打者4人で終わらせ、敗戦処理の役割を果たした。
先述の増田の前例から「原監督ならやりうる」という前提があったことや、そのおよそ1週間前に中日・近藤廉が晒し投げに近い投球をさせられたことが物議を醸したこともあり、前回ほど賛否は割れず受け入れられる傾向にあった。むしろCS争いの真っ只中の直接対決*18という負けられない試合で不甲斐ない結果に終わった投手陣が悪い、という流れで落ち着いている。
なお、高校時代は投手だった増田とは違い、北村は高校・大学時代は主にサード・ショートのレギュラーであり公式登板は中学生時代以来だった。また、登板自体は本人の志願らしい。
さらに北村は増田と異なり9回表には打席にも立ったが、DeNAの6番手・宮城滝太から死球を受けてしまう。そのため「投手に死球を与えるとはどういうことか」と宮城への批判も飛び交った模様。
ちなみに増田はこの時二軍で、また増田の際に候補に挙がった岸田も5回に田中千晴の代打で出場した。
試合後、原監督は「北村がピッチャー陣を助けてくれました。非常に感謝します」と感謝しつつも「リリーフピッチャーとして初球にストライクを入れたというのは、久しぶりだね」という増田登板時にも匹敵する畜生コメントを残している。
翌日の試合でも先発・井上温大が2回0/3でKOされ2夜連続での野手登板が期待されたが、2番手の松井颯が井上の残したランナーを全て返した以降はリリーフ陣が無失点で抑え、前日の汚名を返上。打線の反撃もあり逆転勝利した。特に北村のおかげで温存できた2人は、バルドナードは7回から登板し2イニングを投げ無失点で勝利投手、中川は最終回を三者凡退に抑えセーブを挙げており、北村の貢献が実った勝利とも言える。
その後9月18日のヤクルト戦(東京ドーム)では、延長12回裏に北村の二塁打と増田の適時打でサヨナラ勝利を収め*19、「投手2人による劇的サヨナラ」などと話題になった。