松坂の39球

Last-modified: 2025-12-09 (火) 13:33:59

松坂大輔(西武→MLB→ソフトバンク→中日→西武)がソフトバンク時代の3年間に一軍の試合で投げた投球数のこと。

概要

松坂は横浜高校時代にエースとして甲子園優勝、プロ入り後は西武ライオンズのエースとして圧倒的な存在感を残し「平成の怪物」の異名を取ると、2006年オフにはボストン・レッドソックスへ移籍しメジャー挑戦を果たした。しかし2009年頃からは様々な箇所の故障により実力を発揮できておらず、一部では限界説が囁かれていた。

2014年オフ、3年12億円の大型契約で福岡ソフトバンクホークスに加入*1しNPBへ復帰したものの、故障の影響も重なり一軍登板なしで最初のシーズンを終えていた。

それでも2016年終盤、ソフトバンクは故障者が続出し、CSへのテストとして松坂にも一軍登板の機会が与えられる。
10月2日の楽天戦の8回裏、約10年ぶりとなるNPB凱旋登板を果たすと、工藤公康監督は捕手に細川亨を、梨田昌孝監督は代打に松井稼頭央を起用。松坂の西武時代のチームメイトたちが登場する粋な計らいで、スターの帰還を歓迎ムードで迎えようとした。
その結果は松井稼に対して初球を死球、1イニング39球・3安打4四死球5失点。多くのファンの期待を大きく裏切ってしまったことから命名された。

当然この年のポストシーズンに松坂が起用されることはなく、翌年の2017年も登板0で*2、事実上の戦力外通告を受け退団。ソフトバンクでの一軍登板はこの1試合のみとなった。

3年12億円の契約で1登板・39球投げただけで退団」というNPB史上稀にみる死刑囚っぷり*3から、ソフトバンクでの成績はその後も度々蒸し返されることとなり、松坂自身にも多くの蔑称が付けられた

なおこのときの松坂は1球ごとに約3077万円を稼いだことになる。

ハイライト

松坂のシーンは3:03~。

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関連項目

Tag: ソフトバンク 絶許


*1 古巣の西武は松阪にオファーを出していなかったとされる。中島裕之のNPB復帰もこのタイミングだが、中島は「西武サイドから古巣復帰を拒否されていた」ことを2025年に宮本慎也のYouTubeチャンネルにて公表している。
*2 オープン戦で好投していたものの、再び故障してリハビリに逆戻りした。
*3 二軍でも3年間で1登板→9登板→0登板という有様で、ファーム回し要員にすらなれなかった。また、捉え方によっては「球団の功労者への礼金」的な意味をも持っていた多くの死刑囚とは異なり、松坂はホークスへの貢献がほぼ存在しない無関係の外様出身である。