松坂の39球

Last-modified: 2020-09-08 (火) 09:46:03

松坂大輔(現西武)がソフトバンク時代の3年間に一軍の試合で投げた投球数のこと。


概要

松坂は横浜高校時代にエースとして甲子園優勝、鳴り物入りで入団した西武でもエースとして圧倒的な存在感を残し「平成の怪物」の異名を取ると、2006年オフにはボストン・レッドソックスへ移籍しメジャー挑戦を果たした。しかし2009年頃から故障により実力を発揮できなくなり、限界説が囁かれ出していた。
2015年には3年12億の大型契約で福岡ソフトバンクホークスに加入しNPBへ復帰したものの、球団の投手層の厚さや故障の影響も重なり一軍登板なしで最初のシーズンを終えていた。

 

ところが2016年終盤、ソフトバンクは故障者が続出し、CSへのテストとして松坂にも一軍登板の機会が与えられる事となる。
10月2日の楽天戦にて約10年ぶりとなるNPB凱旋登板を果たすと、工藤梨田両監督は粋な計らいとして楽天の代打に松井稼頭央、ソフトバンクの捕手に細川亨と松坂の西武時代のチームメイトたちを起用、スターの帰還を歓迎ムードで迎えようとした。
その結果は松井稼に対して初球を死球、1イニング39球・3安打4四死球5失点。多くのファンの期待を大きく裏切ってしまったことから命名された。


無論この年のポストシーズンに松坂が起用される事はなく、翌年の2017年も登板0で*1契約満了により退団。ソフトバンクでの公式戦1軍登板はこの1試合のみとなった。
「12億円の契約で計39球投げて退団」というNPB史上稀にみる死刑囚っぷり*2から、唯一の登板成績はその後も蒸し返される事となり、松坂自身にも多くの蔑称が付けられる事となった。

蔑称

関連項目


*1 オープン戦で好投していたものの、再び故障してリハビリに逆戻りした。
*2 捉え方によっては「球団の功労者への礼金」的な意味を持たせる事もできる多くの死刑囚とは異なり、松坂はホークスへの貢献がほぼ存在しない無関係の外様出身(それどころか西武時代の8年間では対ホークス戦で通算32試合登板・22勝5敗・防御率1.98とホークスをかなり苦しめている)だったことも批判の勢いに拍車をかけた。
*3 1968年の「府中3億円事件」が元ネタ。加えて2017年には「福岡3.8億強奪事件」が起こり定着を促した。
*4 いわゆる「松坂の32球」である。