江夏の21球

Last-modified: 2021-05-05 (水) 19:36:41

1979年の近鉄バファローズ対広島東洋カープの日本シリーズ第7戦で、江夏豊が9回裏に投じた投球数及び投球内容のこと。また作家・山際淳司によるノンフィクション作品のタイトル。


概要

日本一決定を目前に自ら無死満塁のピンチを招くが、無失点で切り抜けるという、今でも語られる名劇場の一つ。
1980年に文藝春秋のスポーツ雑誌「Number」の創刊号に掲載されて大きな反響を呼び、ドキュメント番組も制作されたことから、該当シーンを指して呼ばれるようになった。
以降、1995年日本シリーズにおける「小林の14球*1」、2011年日本シリーズの「森福の11球」など劇的な場面を凌いだケースにおいて擬えて使用される。

なんJでは投手がネタ方面で強い印象を残した際に「○○(投手名)の△△球(投球数)」と命名される傾向がある。


派生形の例


余談

広島の日本一はこの年が球団史上初だった*10
逆に近鉄は球団初の日本一になるチャンスを逃し、以降も3度(1980年、1989年、2001年)の日本シリーズで全て敗退。そして2004年の球界再編問題でオリックスに吸収合併され、日本一になれないまま消滅した。
なお工藤健策は自著「名将たちはなぜ失敗したか」の中で広島が近鉄のサインを盗んでいたと記述している。


江夏の52g

1993年3月2日、江夏は覚せい剤52gの所持容疑で現行犯逮捕される。1gですら大量と言われるものなので、使用目的ではなく販売目的であると見なされ、懲役2年4か月の実刑判決となった。
近年でも薬物逮捕騒動が出る度に比較対象に挙げられている。
また江夏は「黒い霧事件」の際にも反社会的勢力との交流が原因で1973年に戒告を受けている。

外部リンク

Number WEB
http://number.bunshun.jp/articles/-/12218


関連項目


*1 小林宏vsトーマス・オマリーの対決の事で、この例では満塁ではない。
*2 1993年9月2日、優勝争いの最中の延長15回に無死満塁で登板し、三者三振で切り抜ける
*3 2007年5月6日にマイケル中村が1-0の9回表に3四死球で作った無死満塁のピンチで登板し、ラロッカローズというオリックス超重量級主軸コンビと下山を相手に17球で処理。とくに外国人2人からは三振を奪う快投だった
*4 2007年日本シリーズにおける、山井大介→岩瀬仁紀による継投完全試合での岩瀬の9回の投球数
*5 2020年7月25日にエドウィン・エスコバー敵失と2安打で招いたノーアウト満塁のピンチを13球で無失点処理。特筆すべき点は投じられた13球が全てストレートにも関わらず広島打線が2三振を喫したことである。
*6 2018年5月30日、広島対西武の交流戦での出来事。10回表に打線が3点を奪ったにもかかわらず、10回裏に武隈祥太が4連打などでリードを吐き出し、最後は鈴木誠也に押し出し四球を与えてサヨナラ負け。犠打の1アウトしか取れず1/3回33球4失点という結果に終わった。
*7 2014年7月21日に先発した山口俊が、1アウトも取れずに4球で先制点を献上、5球目で危険球退場。「5球で危険球退場」は公式戦の先発投手に限れば当時の史上最少球数。
*8 2017年9月30日に先発した畠世周が、4球目で危険球退場し上記の山口の記録を更新。なお「二番打者相手に危険球」も最速タイ記録。
*9 2020年6月26日に先発した山岡泰輔が、荻野貴司を1球で打ち取り、角中勝也に2球投げた後、脇腹を押さえるしぐさを見せ、その後緊急降板。急遽鈴木優が登板することになった。なおオ。山岡は翌27日に「左内腹斜筋の筋損傷」と診断された。また緊急降板に際して「山岡、左脇腹に違和感」という報道が流れたところを「山岡、オリックスに違和感」というネタも生まれてしまった模様。
*10 翌年も近鉄との対戦となったが返り討ちにして連覇。セ・リーグ球団のシリーズ連覇は2020年現在これが最後である。1984年にも日本一になるがこれ以後4回出場したシリーズでは全て敗退しており、2020年現在12球団で最も日本一から遠ざかっている。