江夏の21球

Last-modified: 2020-07-27 (月) 20:48:07

1979年の近鉄バファローズ対広島東洋カープの日本シリーズ第7戦で、江夏豊が9回裏に投じた投球数及び投球内容のこと。また作家・山際淳司によるノンフィクション作品のタイトル。


概要

日本一決定を目前に自ら無死満塁のピンチを招くが、無失点で切り抜けるという、今でも語られる名劇場の一つ。
1980年に文藝春秋のスポーツ雑誌「Number」の創刊号に掲載されて大きな反響を呼び、ドキュメント番組も制作されたことから、該当シーンを指して呼ばれるようになった。
以降、1995年日本シリーズにおける「小林の14球*1」、2011年日本シリーズの「森福の11球」など劇的な場面を凌いだケースにおいて擬えて使用される。

なんJでは投手がネタ方面で強い印象を残した際に「○○(投手名)の△△球(投球数)」と命名される傾向がある。


派生形の例


余談

広島の日本一はこの年が球団史上初だった。
逆に近鉄は球団初の日本一になるチャンスを逃し、以降も3度(1980年、1989年、2001年)の日本シリーズで全て敗退。そして2004年の球界再編問題でオリックスに吸収合併され、日本一になれないまま消滅した。


江夏の52g

1993年3月2日、江夏は覚せい剤52gの所持容疑で現行犯逮捕される。1gですら大量と言われるものなので、使用目的ではなく販売目的であると見做されて執行猶予なしで懲役2年4か月の実刑となった。
近年でも逮捕騒動が出る度に比較対象に挙げられている。
また江夏は「黒い霧事件」の際にも反社会的勢力との交流が原因で1973年に戒告を受けている。

外部リンク

Number WEB
http://number.bunshun.jp/articles/-/12218


関連項目


*1 小林宏vsトーマス・オマリーの対決の事で、この例では満塁ではない。
*2 2007年日本シリーズにおける、山井大介→岩瀬仁紀による継投完全試合での岩瀬の9回の投球数
*3 2020年7月25日のDeNA対広島でエドウィン・エスコバー(DeNA)が敵失と2安打で招いたノーアウト満塁のピンチを13球で無失点処理。特筆すべき点は、投じられた13球が全てストレートにも関わらず広島打線が2三振を喫したことである。
*4 2018年5月30日、広島対西武の交流戦での出来事。10回表に打線が3点を奪ったにもかかわらず、10回裏に武隈祥太が4連打などでリードを吐き出し、最後は鈴木誠也に押し出し四球を与えてサヨナラ負け。犠打の1アウトしか取れず1/3回33球4失点という結果に終わった。
*5 2014年7月21日に先発した山口俊が、1アウトも取れずに4球で先制点を献上、5球目で危険球退場。「5球で危険球退場」は公式戦の先発投手に限れば当時の史上最少球数。
*6 2017年9月30日に先発した畠世周が、4球目で危険球退場し上記の山口の記録を更新。なお「二番打者相手に危険球」も最速タイ記録。
*7 2020年6月26日に先発したが、荻野貴司を1球で打ち取り、角中勝也に2球投げた後、脇腹を押さえるしぐさを見せ、その後緊急降板。急遽鈴木優が登板することになった。なおオリックスは試合に破れた。山岡は翌27日に「左内腹斜筋の筋損傷」と診断された。また緊急降板に際して「山岡、左脇腹に違和感」という報道が流れたところを「山岡、オリックスに違和感」というネタも生まれてしまった模様。