登板カレンダー

Last-modified: 2021-03-06 (土) 17:23:08

中継ぎ投手の短期集中的な酷使具合を現したカレンダーのこと。

概要

2000年代以降は投手の分業制が進んだことにより、先発投手の完投数が減少する一方で中継ぎ投手の登板数が多くなっている傾向にある*1
勝利の方程式を担う中継ぎ投手のシーズン60試合登板前後はザラであり、チームの勝ちが増えると70試合以上登板するケースも珍しくなくなってきている。その分選手への負担が大きく、勝利の方程式に定着したものの酷使が祟って数年で一軍の舞台から姿を消すことが多く、もはや中継ぎ=使い捨てとも言えるような現状である。
その為一部のチームでは酷使のあまり信頼できる中継ぎ投手がいなくなってしまった結果、苦肉の策として計算できる目途が立った中継ぎ投手が出てきた途端に集中的な起用をすることになってしまう。チームのゲーム展開によっては勝つために出さざるを得ない展開も出てくるため、結果として短いスパンでとんでもない登板数になってしまう事もある。
その酷使具合を一目でわかるように、一般的なカレンダーの表に該当する選手の顔写真が貼られただけで作られた画像が登板カレンダーである。なんJでは雑コラの文化が根付いてることもあり、手軽に作れてわかりやすいことから問題なく受け入れられている。

登板カレンダーの例

月間登板数の日本記録は1956年9月の稲尾和久(西鉄)、2013年5月の益田直也(ロッテ)、2018年8月に山田修義(オリックス)とヘロニモ・フランスア(広島)の4名が記録した18登板である。
益田とフランスアは首位争い中のチームの勝ちパターン、稲尾は時代が時代であったためある程度納得せざるを得ないが、山田はBクラス確実なチームの左の便利屋なのでその異常な登板数が(「山田が可哀想」発言をした福良淳一監督とともに)よく話題になり、登板カレンダーが作られることとなった。また、山田はベースの年俸が安いこと、前年まで活躍もない戦力外候補筆頭でこの年も8月2日に出場選手登録されるまで一軍登板が無かった*2ということもあって、酷使という形でなんとか首を繋げたもののオフの契約更改では780万増額にとどまった*3

2018年8月、山田修義登板カレンダー


公式登板カレンダー

オリックスは山田が月間最多登板数を達成したことを記念して、「Bs山田修義 登板カレンダーTシャツ」というグッズを公式で販売している。
https://www.buffaloes.co.jp/news/detail/00001829.html

関連項目


*1 登板数のシーズン記録の上位のほとんどが2000年以降の記録である。ただし、これ以前のリリーフ投手の起用法というと登板数自体は現在より少ないが、長いイニングを投げる起用法(今で言う「回跨ぎ」)が主だった。
*2 最終的には40試合に登板。
*3 ちなみに同月に同じ記録を打ち立てたフランスアはセットアッパーで山田より登板数も多かった(2先発含む47登板)こと、カープアカデミー練習生として来日しこの年育成選手から支配下登録されたことなどもあり、ベースの年俸は山田とさほど変わりない額だったものの5倍近い年俸増額を勝ち取っている。