読売新聞社

Last-modified: 2021-12-14 (火) 12:07:52
  1. 日本の大手新聞社のうちの一社で読売ジャイアンツ(株式会社読売巨人軍)の親会社。現在の正式名称は「株式会社読売新聞グループ本社」。読売新聞グループ*1の中核をなしており、日本テレビやスポーツ報知もここの傘下。アンチや他セ・リーグ球団の「倒せ!」コールの際には巨人そのものを指す。日本野球機構でも、「読売」を巨人そのものを指して使うことがあるが、ドラフト会議など機会は限られる。「讀賣」と題字の表記が使われることもあるが『みんなのあるあるプロ野球』(カネシゲタカシ/野球大喜利著)によるとそちらは蔑称寄りの表記であるとされる。また時たま巨人の蔑称の一つに「ゴミ売」と使われることがある。
  2. 大田泰示(日本ハム→DeNA)らが所属していたとされる架空の社会人野球チーム。

ここでは2について説明する。


概要

東海大相模高時代に高校通算65本塁打を放つなど、高校屈指のスラッガーとされた大田だが、ドラフト1位で巨人に入団後は8年間で通算9本塁打、規定打席到達は0回と伸び悩む。

 

ところが2016年オフ、吉川光夫・石川慎吾とのトレードで公文克彦とともに日ハムへ移籍すると、4月29日の初本塁打を皮切りに、その後もコンスタントに打ち続ける。
最終的には外野のレギュラーに定着し、自身初の規定打席到達、打率.258,15本塁打,46打点と、巨人時代が嘘のような好成績を残す。
翌2018年も開幕こそ不調だったものの、6月まで前年を上回るペースで本塁打と打点を量産。
その後故障で離脱し、戻ってきた後は本塁打こそほとんど出なかったものの2~3番打者としてチームを支え、すっかりチームの主軸になっている
上記のような経緯から、巨人時代は半ば黒歴史化され存在しなかったかのように扱われており

 

大田泰示 東海大相模―読売新聞社(2009~2016)―北海道日本ハム(2017~)
社会人の読売新聞社から日ハムが指名した即戦力ルーキー
1年目から外野のレギュラーに定着した

 

などとネタにされるようになった。
ところが、2021年に打率.204,3本塁打,20打点と移籍後最低の成績に終わると、フロントに見切られて*2あっさり自由契約にされDeNAへ移籍した。

このことから転じて、大田以外にも巨人で成績を残す前に移籍した選手が移籍先で活躍した場合にネタにされている。


なお、親会社がTBSだった頃の横浜ベイスターズも「TBS硬式野球部」などと言われることがあるが、これは「横浜が弱いのはプロ球団じゃなくて社会人野球チームだから」というようなネタであり、巨人とは異なる。

関連報道

田口麗斗はヤクルトでローテ入りも…巨人を出る喜びを知ってしまった男たち

https://www.dailyshincho.jp/article/2021/03081700/?all=1&page=1

今回の田口のようにトレードなどで巨人から移籍したことをきっかけに飛躍を果たした選手は少なくない。近年の代表例は、何と言っても大田泰示(日本ハム)だろう。2球団競合の末、ドラフト1位で巨人に入団し、松井秀喜がつけていた背番号55をいきなり与えられたが、巨人在籍の8年間で放ったホームランは9本と高い期待に応えることはできなかった。

それが2017年から日本ハムに移籍すると1年目からいきなり110安打、15本塁打とブレイク。その後も安定した成績を残し、完全にチームの中心選手へと成長を遂げたのだ。入団当初は確実性に乏しく、ようやくプロの一軍レベルに慣れてきた時期でのトレードというタイミングの良さはあったものの、巨人に残り続けていたら既にユニフォームを脱いでいた可能性も大きかったはずだ。まさに選手生命を大きく変えたトレードの一つと言える。

少し古い話になるが、大田と同じようにパ・リーグへの移籍をきっかけに大きく飛躍したのが吉岡雄二だ。帝京ではエースとして3年夏の甲子園優勝を果たし、ドラフト3位で巨人に入団。4年目の1993年から打者に転向すると、二軍では毎年中軸として見事な成績を残したが、ちょうどFA制度ができた時期も重なって一軍では出場機会をなかなか得ることができず、巨人では実働3年で5本塁打に終わっている。

しかし、1997年に近鉄にトレードで移籍すると、2年目からはファーストのレギュラーに定着。“いてまえ打線”の一角として2001年には26本塁打、85打点をマークし、チームの優勝に大きく貢献した。2005年には、近鉄とオリックスとの球団合併に伴う「分配ドラフト」で楽天に移籍し、戦力不足のチームの中で打率.282、10本塁打、52打点の成績を残している。
※一部抜粋

その後

上記のようにどちらかといえば不利なトレードが多かった巨人であるが、2020年には楽天 *3から獲得したゼラス・ウィーラーが左翼手や一塁手として98試合に出場。途中加入ながら12本塁打、36打点と一定の成績を残し、同年の日本シリーズでも孤軍奮闘する。
同じく楽天からのトレード加入した高梨雄平も、初登板から15試合連続無失点を記録するなど、セットアッパーとしてチームを支えた。
9月にはロッテより香月一也*4、翌2021年はヤクルトより廣岡大志を獲得し、ともに一定の成績を残している。

次代の巨人を担う左右の大砲候補 広岡大志と香月一也

https://baseballking.jp/ns/column/274565

◆ リカバリートレード

 広岡は97年4月9日生まれの24歳、香月は96年4月16日生まれの25歳だ。

 近年の巨人のドラフト事情を振り返ると、ご存知の通り抽選でその年の注目野手を逃し続けている。ちなみに、村上宗隆(ヤクルト)と佐藤輝明(阪神)の両者に入札したのは12球団で巨人だけだ。さらに言うなら、辰己涼介(楽天)も抽選で外している。

 決してスカウトの目の付けどころは悪くない。ただ、絶望的にクジ運が悪いのである(毎年のようにAクラス入りしているため、当たりクジが残っていないという見方もできるが……)。

 窓際で紅茶を啜るようにナチュラルに目玉野手を抽選で逃し、代わりに上位指名した投手が続々と入団後は故障に苦しむ悪循環。結果的に、岡本以外の一軍にいる若手野手は俊足巧打の同タイプが被りまくった時期もあった(昨オフに山本泰寛は阪神へ金銭トレード、田中俊太は人的補償でDeNAへ移籍)。

 そこで、若年層のパワー不足を補うために、田口や澤村といった実績のある投手を放出してまで求めた、左右のスラッガーが広岡と香月だったのである。

 しかも、彼らはプロでの数年間の経験があり、年齢的には「“東京ヤクルト大学”と“千葉ロッテ大学”で鍛えられ、卒業後に巨人入りしたドラフト上位クラスの素材」というポジションである。

 例えば、上原浩治は一浪後に大学進学して4月生まれなので、ルーキーイヤーは今の広岡とほぼ同い年だった……なんて細かい計算は置いといて、チーム編成的に広岡と香月の獲得は、近年のドラフトでのクジ運の悪さをリカバリーするトレードだったと言っても過言ではないだろう。

関連項目



Tag: 報道機関 日ハム 巨人


*1 2002年のグループ再編に伴い本社自体は新聞を発行せず、子会社(巨人軍から観て兄弟会社にあたる)である「読売新聞東京本社」「大阪本社」「西部本社」が担っている。
*2 大田に限らず、日本ハムのフロントは選手の見切りが早く、ある程度年俸が上がると功労者でもすぐクビにしたり、トレードに出すことに定評がある。
*3 近年は在りし日の巨人同様、FAで獲得した他球団の主力選手が多数在籍している。
*4 2021年4月は打撃好調ながらチーム事情により二軍落ちを余儀なくされ、巨人、ロッテ両球団のファンから惜しむ声が多数上がった。