魔改造

Last-modified: 2021-02-09 (火) 21:41:21

常人には思いつかないような、夢とロマンがある無茶苦茶な改造のこと。語源は漫画『プラモ狂四郎』とされている。
野球業界では「結果を残せていない選手が一か八かの改造をした結果、見違えるような進化を遂げること」を指す。


概要

フォーム改造や新球種取得など、殻を破れない選手が何らかの手段で覚醒を試みる手段は古くから行われている。特に野村克也のヤクルトスワローズ監督時代に代表される「野村再生工場」が有名。

ただ、「再生」の名前通りに「怪我の影響で以前のような球が投げられなくなってしまった投手」が多く、その方法は「サイドスロー転向」「スライダー・シュートなどコースの左右で揺さぶる投球術を覚える」「左投手がワンポイントとして対左打者に特化」など、地味だが相手に嫌がられる投球スタイルへと転向するものが大半であった。

 

しかし2010年頃からは阪神・久保康生、ソフトバンク・倉野信次のコーチ指導が注目されるようになる。急に化けた選手の多くが彼らの指導下にいたと推測され、しかも従来の「改造」とは異なり

  • 圧倒的な球速アップ(主に倉野コーチ)
  • 制球難の投手の長所を落とさずにコントロールを改善する
  • 故障持ちでない選手、若手投手も覚醒する
  • 速球との相性が良く空振りが取れる変化球の取得
  • 外国人投手の覚醒(主に久保コーチ)

といった特徴が見られる。線の細い若手が豪速球をビシバシ投げ込むようになる、球質はいいがノーコンだった選手が球速を落とさずにストライクを取れるようになるなど、夢とロマンを持った言葉として「魔改造」が用いられるようになっていった。

2019年以降

久保コーチが阪神からソフトバンクに移り、二人の魔改造コーチがソフトバンクに揃うことになり、結果として2018年ドラフトで獲得した甲斐野央や泉圭輔、2019年ドラフトで獲得した津森宥紀と言った、1年目にして1軍で活躍するケースが複数出ており、その量産ぶりには筑後の畑から投手が生えてくると例えられることも。

久保コーチが阪神からソフトバンクに移った後も、阪神の投手陣にはラファエル・ドリス、岩崎優、岩貞祐太、馬場皐輔、藤浪晋太郎、ロベルト・スアレスなどを中心に、魔改造と言える投手が定期的に現れることから、阪神のブルペン陣は盤石といっても差し支えない、12球団トップクラスの面々を擁する。金村曉投手コーチなどの指導が注目されている。

また、平均球速が劇的に上昇し急にストレートゴリラ集団になったDeNAの投手陣を作った存在として、二軍投手コーチの大家友和らの指導が注目されるようになっている。


改造の具体例

阪神

  • 藤川球児
    ドラフト1位で入団するも入団後数年はパッとしない成績が続いていたが、本人がストレートに強いこだわりを持つようになったことと、山口高志コーチの「球児、右足ちゃうか?」という一言からのアドバイスでフォームを調整し2004年に覚醒、「火の玉ストレート」と形容される豪速球を武器に球界を代表するクローザーとなり、ジェフ・ウィリアムス、久保田智之とともにクローザートリオ「JFK」として一時代を築いた。
    その後メジャー挑戦するもそちらではケガもあり結果が出ず、独立L高知を経て阪神復帰。最初は時の金本監督の意向による先発調整も行ったが、 4月18日には抑えを務めていたマテオやドリスが体調不良でベンチを外れたことで1点リードの9回に登板。2012年以来のセーブを挙げた。
    2017年は下記桑原らに押されて敗戦処理だったが2018年からはセットアッパーや抑えを務め、「同一投手による通算150セーブ、150ホールド」というNPB史上初の記録を樹立するなど活躍し、2020年に引退した。
    ネット民には「自分の後釜を自分で務めた男」などと評された。
  • 能見篤史
    ルーキーイヤーの2005年序盤は活躍するが、二段モーション矯正の失敗や精神的な弱さもあって低迷。整理対象候補になりつつあった2009年にブレークし後述の福原や安藤を押し退けエースに君臨。以降はMAX150㎞の速球とフォークや二段投法*1を駆使し長らく先発ローテーションで活躍したが、2018年から加齢やスタミナの問題で低迷。その後、中継ぎあるいは便利屋として41歳の2020年までチームを支え続けた
    2021年からはオリックス投手兼投手コーチ。
  • ランディ・メッセンジャー
    1年目の2010年は最速157km/hのストレートを武器に中継ぎを務めていたが、荒れ球による炎上続きでいつしか「滅殲者」と呼ばれるようになる。しかし二軍で先発適性を見出され夏頃に先発転向すると、球速を抑え気味にして制球力と変化球を改善。さらにカーブも取得して調子の波も小さくなり、右のスターターとして阪神先発陣の屋台骨となる。その後も2014年に最多勝、2018年に実働年数8年を超えて国内FA権を取得するなど、2019年に引退するまで10年で98勝を挙げ、長きにわたり阪神を支え続けた。
  • ブレイン・ボイヤー
    2013年途中、中継ぎ補強のために獲得。当初は投げる度に手を舐める速球が売りの投手だったが、空振りを取れない・好不調の差が極端に激しいなどの理由で二軍落ち。その後は久保コーチとのフォーム改造で安定感が増し一軍でも好投するが、呉昇恒獲得による外国人枠の兼ね合いで同年オフに退団。メジャーに復帰し、2015年には68試合登板・防御率2.49の好成績を残した。
  • 高宮和也
    横浜では「水差し野郎」「荷物をまとめて横須賀に行け」、オリックスでは「油差し野郎」など散々な言われようだったが、阪神在籍時に突如覚醒し左の中継ぎとしてチームに貢献。2014年CS制覇の立役者になる。
    2017年に引退。
  • 桑原謙太朗
    元々威力ある直球と大きい曲がりのスライダーを武器にしており、横浜時代には阪神相手に初先発初完封を達成。しかし制球難がプロ入り後はさらに悪化、放出先のオリックスや阪神でも一軍で結果を残せない状態が続く。
    2016年は自身初となる一軍登板なしだったが、2017年に制球力が改善。球速も最速152km/hにアップ*2し「和製リベラ*3」と呼ばれた。同年、最優秀中継ぎのタイトルを獲得。
    ただし2019年以降は不調と故障もあり2020年終盤に一軍復帰するまで一軍での出番自体が殆どなかった。
  • 石崎剛
    桑原同様威力ある直球と曲がりの大きいスライダーを持つものの、反面アマ時代から相次ぐ故障や制球難でも知られ2014年ドラフトでも地雷扱いされていた。プロ入り後も故障を重ねたり制球難から一軍に定着出来ない日々が続く。
    しかしフォームを以前までのスリークォーターからサイドスローに変更した事で制球力が改善。さらにパワーアップした最速155kmの剛速球を主な武器に、2017年の後半戦以降リリーバーに定着。アジアプロ野球チャンピオンシップにも阪神から唯一選出され、2018年侍ジャパンにも選出された。しかしシーズン中は不振、さらに故障と手術で棒に振ってからは振るわず2019年7月、高野圭佑との交換でロッテにトレードされた。2020年から速球の威力も戻りだしロッテの一軍救援陣に食い込んでいる。
  • 福原忍安藤優也
    福原は井川慶が去った後、安藤と共に阪神の右のエース格として活躍していた。のち、課題だったスタミナがさらに低下し成績も低迷した上に持ち前の球速も130㎞/h台まで低下し整理対象寸前になる。しかし山本昌のアドバイスを受け、さらに中継ぎ再転向*4すると球速やキレが全盛期並に戻り選手寿命も伸びた。37歳だった2014年にセ・リーグ最優秀中継ぎ投手となり翌年も受賞した。
    安藤も後年はスタミナの問題で成績が低迷したが、その後は福原同様中継ぎに再転向し、もともとの持ち味であるコントロールは健在で、7回の男として活躍した。
    安藤は2013年から3年連続50試合登板、福原は2011年から5年連続50試合登板を達成し、「7回 安藤、8回 福原、9回 呉昇桓」のリレーを確立した。
  • ロベルト・スアレス馬場皐輔
    スアレスは、ソフトバンク時代はデニス・サファテやリバン・モイネロらの存在に加えてトミー・ジョン手術を行ったこともあり2016年を除き出番は少なかった。
    しかし阪神入団後は球速が戻った剛速球とスプリットを武器に、大不振に陥った藤川に代わってクローザーを務める。はじめは劇場型守護神の香りが漂っていたものの、金本時代のマルコス・マテオやラファエル・ドリスより安定した守護神ぶりを見せ、移籍初年度からセーブ王を獲得した。
    馬場も入団以来燻り続けていたが、2020年に140km/h台のスプリットとスライダーをマスターした上に直球のスピードも増したこと、さらに開幕後いきなり故障者と不振者だらけになり救援陣が壊滅したことから活躍の場を得た。
  • 藤浪晋太郎
    藤浪は2016年から不振に喘ぎ、2020年も先発で結果が出なかった*5。しかし9月下旬、新型コロナウイルスにより馬場らが離脱したため急遽中継ぎ転向。以降、息をするように160km/h前後の球速を記録している。そして10月19日のヤクルト戦では自己最速かつ球団新記録となる162km/hを記録しつつ、その2球後に149km/hのフォークを投げ、三者連続三振を奪うという離れ技を達成するなど、復活を見せている。
    岩崎やスアレスと共に形成した継投リレーは「暴力リレー」「超剛腕リレー」「暴力的勝利の方程式」などと呼ばれたりすることもある。
    登板の際、甲子園では登場曲『終わりなき旅』(Mr.Children)で登場するが、それがあまりにも様になっており、ファンが沸き、球場の空気が大きく変わる。チームとしては投げる回を固定せず、「ここで試合の流れを変えたい!」というときに、藤浪を優先して登板させているようである。
    その後10月28日にオープナーとして久しぶりの先発登板。4回2安打1失点と好投している。
    2020年シーズン終了後、翌2021年は先発に戻ることが矢野燿大監督から明言された。
    フジテレビ系列『S-PARK』の名物コーナーである、現役選手が選ぶ「100人分の1位」の「スピードボール部門」では5年ぶり*6にランクインし2位に選出された(前述のスアレスは4位)。

なお高宮・桑原は共に横浜→オリックス→阪神という経歴を辿っている。過去にも石毛博史・伊藤敦規・加藤康介など実績のある投手が阪神で戦力外から復活した事例がある。ちなみに伊藤と加藤*7はオリックス→横浜→阪神ルートを辿り戦力外から復活・覚醒したため高宮や桑原とセットで「横浜とオリックスを経由しないと覚醒できない」というネタが生まれている。


ソフトバンク

  • 千賀滉大
    「魔改造」の代名詞的選手の1人。蒲郡高(愛知)入学後に投手転向、蒲郡高自体が野球が強いわけでもない県立高で卒業時点でも全くの無名選手だったが、千賀本人とすら面識のない野球用品店の店主*8がソフトバンク・小川一夫スカウトに推薦し育成枠で指名されたという異色の経歴を持つ。
    入団当初は最速で140キロ台半ばのストレートにほとんど落ちないスプリットが持ち球の投手だったが、吉見一起(元中日)との合同自主トレ中にアドバイスをもらい「お化けフォーク」が完成。一軍定着した2013年には最速で155km/hまで伸び、同年侍ジャパン入りを果たす。
    2019年には平均球速で153km/h、日本人2位タイとなる最速161km/hを記録し、シーズン奪三振率でNPB記録となる11.33を記録。2020年にはパリーグでは斉藤和巳以来14年ぶりとなる投手三冠を達成している。また山口鉄也(元巨人)の持っていた育成ドラフト出身投手最多勝記録(52勝)を抜き、2020年シーズン終了時点で66勝を記録している。
  • 川原弘之
    福岡大大濠高時代*9は最速140キロ台半ばだったが、魔改造を経て2012年7月28日の二軍中日戦では日本人左腕最速の158km/hをマーク。しかし制球力や変化球などが改善できず、肩や肘の手術を経て2016年より育成選手としてリハビリに励んでいた。
    2018年から二軍公式戦に復帰。左投手では珍しいスリークォーターに変更し地道に登板を重ねた結果3勝2敗5セーブ、防御率1.75の好成績を引っ提げ翌2019年に支配下登録復帰。
    開幕カードから最速152km/hを計測するなど速球が復活、制球も改善され2019年現在貴重な中継ぎ左腕の一角を担っている。
  • 石川柊太
    小川泰弘(ヤクルト)の創価大時代の後輩で140キロ台後半のストレートとパワーカーブが武器とし小川並みに注目されるが右肩の故障により育成入団。回復後は二軍戦で圧倒的な投球を見せつけ支配下契約を勝ち取る。ただし好不調の波が大きく先発と中継ぎの両方をこなす所謂便利屋ポジション。現在の最速は156km/h。2018年は千賀の一時離脱後にホークスの右のエース格を務め13勝を挙げた。19年は怪我で離脱も、20年に復帰し最多勝と最高勝率の2冠を記録。

投手総合巡回コーチである倉野信次による魔改造は、上記3人に代表されるように「豪腕投手」作りであることが多い一方で、新変化球や制球力の向上による魔改造は少ない。現役時代は最速でも140キロ台中盤だった倉野コーチが速球派投手を次々一軍に送り出すことに違和感を覚えるファンも多いが、倉野コーチ曰く「工藤公康監督の現役時代のトレーニングを参考に体幹と下半身のトレーニングを奨励した結果、豪速球投手が次々誕生することになった」とのこと*10
その実績のせいか、3軍投手コーチ→2軍投手コーチ→投手総合コーチと栄転しては現在も魔改造投手を作り出している。ちなみに本人は魔改造呼ばわりに関して公認済みである。

DeNA

  • 三嶋一輝
    当初は先発要員だったが飛翔癖とスタミナの不安から2年目の2014年以降は燻り続ける。しかしラミレス時代にロングリリーフ要員へ転向し、2018年に中継ぎに専念してからは球速が最速156km/hにまで上がり、豪腕リリーフとして復活。2020年は山﨑康晃不振もありクローザーになり申し分ない働きを見せた。
  • エドウィン・エスコバー
    2017年来日し日本ハムに入団、同シーズン途中にDeNAに移籍
    来日当初はストガイすぎて活躍できなかった*11が、中継ぎに配置転換されたことで本領を発揮。2019年には左投手でNPB最速となるMAX160km/hをマーク。
    また直球と全くフォームが違うにも関わらず速度差の暴力で強引に空振りを取る「バレバレスライダー」を習得し、以前は直球一辺倒だった投球パターンにも変化が見られている。
  • 平良拳太郎
    2016年シーズン後、山口俊の人的補償で巨人から移籍。
    コントロールは良いがサイドスローなこともあり球速もさほど速くなく引き出しも少なめでどちらかと言えば中継ぎ向きとして見る者も多かった。
    しかし2018年になって平均球速が約5km/h上がり最速147km/hを計測。また球の握りなどを調整し後半戦だけで5勝を達成。
    2019年前半に故障した影響もあり球速が若干落ちたが、逆にシンカーを高速化し更に安定度が増した。2020年も後半に故障離脱したがそれまでは巨人での大先輩だった菅野智之と防御率一位を争った。
  • 国吉佑樹
    中畑清政権時代から素質を認められながらも致命的なまでのコントロールの悪さが祟り星達扱いされ、平田真吾らと共に「横須賀四天王」などと揶揄されていた。
    しかし2018年にカットボールを習得しプチ復活すると、翌2019年にはストレートの球速が最速161km/hにまで上昇。改良したカットボールと合わせて豪腕として復活した。
  • 武藤祐太
    2017年オフに中日を戦力外になった後DeNAに移籍すると、剛腕だらけの環境に触発され球速を150km/hまで上げる。更にフォークの質を上げたことで投球の幅が広がり、プルペンの戦力として計算されるまでになった。
    DeNAには貴重な、シュートを投げられる投手でもある。

上記以外にも若手投手陣の多くが豪速球やカットボールを取得しており、一時期は最も遅いリリーフ投手の最速が149km/hという事態になったこともある。
これはチーム内に決め球のない投手やコントロールの悪い投手が多く、真ん中に投げても抑えられるボールとして速球やカットボール等を覚えさせるケースが多いためである*12

関連項目


*1 スリークォーターとサイドスローの使い分け。現在は使用していない。
*2 しかも桑原は「ムービング・ファスト・ボール」と呼ばれる不規則に変化する速球使いであるため、この球速で球が動く
*3 マリアノ・リベラ(元ニューヨーク・ヤンキース)と投球スタイルが似ていたため、当時の阪神監督金本知憲が命名。
*4 安藤同様、元々救援型だったため先発時代はスタミナ問題が常に付きまとった。
*5 それでもノーコン癖がある程度改善されるなど、ここ数年とは明らかに違うとは言われていた。
*6 当時は前身のすぽると!による企画。
*7 さらに言えばオリックスの前はロッテである。
*8 直接の面識もない千賀のヒジの使い方に惚れ込み、知り合いのスカウト関係者に売り込んで回ったという。千賀が育成指名される12日前に逝去。
*9 ちなみに実兄の高校時代の同級生に大石達也(元西武)がいた。
*10 記事リンク
*11 ちなみに、入団当初はコントロールで勝負するタイプの選手だった模様
*12 「ど真ん中の速球で抑える」というパターンは過去に在籍した長田秀一郎の投球術とも合致する他、現在の正捕手である伊藤光が「甘い球でも抑えられる」ことを投手に求めているという記事が存在している。