案の定である の変更点

1.「大方の予想通り」の、ダメな結果に対して使われるフレーズのこと。2000年代後半、特に幅広く使われた。
2.元中日ドラゴンズ・李炳圭(イ・ビョンギュ)のこと。略して「案の定」とも。
+「大方の予想通り」の、ダメな結果に対して使われるフレーズのこと。2000年代後半、特に幅広く使われた。
+元中日ドラゴンズ・李炳圭(イ・ビョンギュ)のこと。略して「案の定」とも。

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*2の概要 [#p4fded04]
2007年9月2日の中日対広島戦(広島市民球場)にて中日は4-2の2点ビハインドで迎えた6回表に2死満塁のチャンスを迎え、その際に李炳圭の代打として[[切り札・立浪和義>素晴らしい先輩]]の起用が期待された。しかし[[落合博満>落合を信じろ]]監督(当時)はこの絶好のチャンスで代打を出さずそのまま李を打席に立たせ、結果李は三球三振。チームはさらに2点を失い6-2で敗戦した。

翌日(9月3日)、木俣達彦(元中日)が中日スポーツ上で以下のようにこの采配を批判した評論の一節からこのフレーズが誕生。以降、[[中日ファン>おはD]]の間では李が凡退する度に使われるようになり、のちに他球団の実況、さらには高校野球やMLBに加え、国際試合の実況にも普及した。だが李が中日を退団した2010年以降は[[知ってた]]のほうが普及したこともあり使われる頻度は減少した。しかし全く廃れたわけではなく、現在では知ってた以上に案の定な結果だった時に使われる。また以下の派生形もある。
-案の定
-案定
-安城((名古屋都市圏に含まれる西三河地区の都市。ちなみに安祥(旧名)は戦国時代の松平(徳川)氏の本拠地の一つだった。))
-三河安城((安城市内にある東海道新幹線の停車駅。ちなみに東京方面の次の駅は[[豊橋]]である。))

**中日スポーツの元記事(ウェブアーカイブ未保存) [#h91a946d]
>「できることをできる範囲で」…立浪の姿勢に学べ 竜復活へ緊急提言
>2007年9月3日 紙面から
>http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200709/CK2007090302045948.html
もはや敗色濃厚となった8回裏。左翼方向に視線をやると意外な光景が目に入ってきた。
守備に入る直前、外野手同士のキャッチボール。左翼ファウルゾーンには背番号「3」が立って、左翼・[[森野>morino_m]]とキャッチボールをしていたのだ。
~この種の練習のアシストは若手が務める。今のベンチのメンバーなら[[堂上剛>お米]]だ。立浪ほどのベテランがやるなど、私は初めて見た。なぜこんな行動を取ったのか。自らの体を動かしたいということもあったろう。
ただ、それ以上に、ゲームでの出番がないのなら、自分のできる限りの仕事をしよう-そんなチームを思いやった考えからではないか。
~グラウンドに立つのが、キャッチボールではなく「代打・立浪」。そのコールを聞きたいシーンがあった。
6回表2死満塁の場面だ。この試合、劣勢を一気にはね返す絶好のチャンスだった。
5回にエラーに2つの暴投がからみ、1安打で2点が入った。もらったも同然の得点で、その差は2点に。
6回のチャンスにしても、2死無走者から[[中村紀>白ノリ]]以下、3者連続の四球という転がり込んだもの。
そこを今度は力でものにしてこそ勝利の扉が開いたはずなのだ。
~その場面、広島は左腕・佐竹にスイッチし、中日は動くことなく、李が打席に。前の打席で右前に快音を響かせたことから、期待を寄せたのだろう。
だが、私にすれば、そのヒットは偶然に近い。第1打席ではボール3から3球見逃しで三振。直前の2試合も最初の試合で幸運な内野安打だけで、タイミングはことごく狂っていた。&color(Red){''案の定である''};。
緊急登板した佐竹に対し、ワンバウンドのボール球を空振り。苦しいはずの投手を助けてしまうところに、“心”のタイミングさえ失っている。
最後もボール球に手を出しての3球三振は[[必然的>残念だが当然]]ともいえた。左投手も苦にしない百戦錬磨の立浪だったなら、と思ったのは私だけではないだろう。
~
*関連項目 [#p4fded04]
-[[おはD]]
-[[知ってた]]
-[[知らなかった]]
-[[ノモンギュ]]
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&tag(中日,実況・解説者);