カトレア

Last-modified: 2006-10-28 (土) 11:19:07

カトレアは窓の外を眺めていた…
優しい日差しは庭の木々を照らし…時折り吹く心地良い風がその葉を揺らしていた。
どこからか羽音が聞こえたかと思うと一羽のつぐみが窓枠の隅に舞い降り…
…しなやかな動きで差し出した指先を、そっと優しいキスをする様に啄ばんだ。
「あなた…まだみんなのところに戻っていなかったの?」
カトレアは少し悲しげな顔で尋ねた。
「そう…でも、帰らなくてはいけないわ…きっと…あなたを待ってる…」
「私なら…大丈夫」そう微笑みかけると…
ツグミはクイっと小首を傾げた後…木漏れ日の中へと姿を消した。

午後の日差しはカトレアには強すぎ、散歩は専ら早朝か夕刻に限られていた…
それでも遠出は出来ず、せいぜい庭先が今のカトレアの世界の全てだった。
その日も夕刻になってからの外出だったが…二頭立ての馬車で少し遠出を…
というのがカトレアの思惑だった。夕刻に湖畔に水を求めて集まる動物達…
目的地は領地の外れにある小さな湖。時折りそこで動物達と戯れることを
とても楽しみにしていた。

その日はいつもと様子が違っていた…湖の辺が何やら騒がしい…動物達が…
あの子達の怯えた声が聞こえる…。
馬車を止め、馬達に「いい子で待っていてね」と伝えると湖畔へ向かった。
するとそこには自分の背丈の2倍はあろうかという竜の姿が、夕日を背に
黒いシルエットを描き出していた…。
なるほど…みんなそれで怯えていたのね…。
恐れるそぶりも無く竜に近づくカトレアに、隣にいた男が声を発した!
「いけません!なだめすかしてはいますが、今は危険です!離れて!」
初対面のしかも男性相手で戸惑ってはいたが、動物の事なら話は別である。
それでもカトレアは、おずおずと言葉を紡いだ。
「その子、怯えています…それに、右足に怪我を…」
男は驚いて竜の右足を見た!「あ、いつの間に…なんでお前言わないんだ?!」
「主人に余計な心配を掛けたく無かった…そう言っています」
「言葉が判るのですか?」
少し戸惑いながらもカトレアは正直に話した…動物達と会話が出来るのだと。
男はカトレアの前に膝を付くと、仰々しく言葉を継げた。
「恐れながら私も同じく動物の気持ちがわかるのです」そして…
「しかしながら私はメイジではありませんので治癒の術を持ちません…」
そこまで聞いたカトレアは…メイジでもないのに竜を操る男に興味を持ったが、
治癒が先決とばかりに「わかりました、では私が…」とだけ言った。

竜の足の治癒が終わった頃には、もうすっかり日は落ちていた。
「感謝致します…ミス…」
「カトレア…カトレアです」
「感謝致します、ミス・カトレア」
竜にまたがり飛び立とうとする男に向かい、カトレアは聞いた…
「あの、あなたのお名前は?」
「こんな平民に名前をお聞きになられますか?光栄に存じます」
「急ぎますゆえ竜上より失礼致し…」言葉尻を遮ってカトレアが言う、
「構いません」
「私の名はジュリオ!ジュリオ・チェザーレと申します」
そう告げると一瞬で竜は虚空に舞い上がり見えなくなってしまった。
その男の目は両眼の色が違う、いわゆる月目であった。その月目の様な
二つの月に照らされた小道を馬車に向かって歩きながら呟いた…
「ほんと…竜の心を読んでいるのね…」

カトレアは病弱で学院にも通っていなかった…すなわち学院の授業、
必須科目…サモンサーバント(召喚魔法)を行った事が無かった…。
ルイズは虚無の担い手で才人という人間の使い魔を召喚した…。
もしかしたら私も……。

全ては二つの月と始祖ブリミルだけが知っている…。

          
          -終-