キョンサイレン 中

Last-modified: 2009-05-25 (月) 21:46:42

キョン 田堀 廃屋中の間 第2日 01時11分11秒

「なんだ!?あの音?」
「あいつらかしら…」

廃屋の中で眠っていた俺たちは、不意に聞こえてきた物音で目を覚ました。
化け物が侵入してきたらしい。
俺は火掻き棒を持って身構えた。
恐々と障子に穴を開けて、部屋の外を覗き込むと、拳銃を持った化け物が立って周りを伺っていた。
なんであんなもん持ってんだよ…

「ねえキョン、どうしよう…」
「こっちだハルヒ」

足音を聞かれないよう、俺は部屋づたいに移動する。
東へと移動し、廊下の端にある部屋の扉を開けようとしたが、鍵がかかって開かない。
なんとなく、タバコ屋で拾った鍵をさしてみると、カチンと錠前が外れた。
なぜタバコ屋なんかにここの鍵があったかはしらん。
たぶんタバコ屋の店主の一家の家だここは。
中に入ると、どうやら納戸のようだった。

「ねえキョン。こんなとこ入ってどうするのよ?」
「いや、もしかしたら裏口かと思ってだな…うわっ」

バキッと腐った床を踏み抜いて、尻餅をついてしまった。

「愚図」
「うるせえ」

ハルヒの悪口に悪態で返して、床の穴を見た。
そして、外に出る方法を思いついた。

「ちょっとキョン!?なにしてるのよ?」
「良いから手伝え」

俺は火掻き棒を使って、床板を引き剥がしていた。
ハルヒも意図に気づいて、納戸にあったマイナスドライバーで俺を手伝う。
しばらくして、ようやく人一人がくぐり抜けられそうな穴が出来上がった。

「よし。ハルヒ先に行け」
「うん」

ハルヒが身をよじって床下に入るのを見ながら、俺は拳銃を持った奴が納戸に近づくのを幻視で感じていた。
ハルヒの体が隠れ、俺が後に続く。
化け物の手が取っ手にかかり、ガラッと音を立てて扉を開いた。

…間一髪、俺は軒下へと逃れることができた。
俺とハルヒは廃屋の外へと走り、まだ真っ暗な中を刈割方面へと引き返した。

古泉一樹 病院 第一病棟診察室 第2日 02時14分31秒

「足音が…」
「朝比奈さんは隠れていてください」

慌てて衝立の向こうに隠れる朝比奈みくる。
僕はスパナを構えて、ドアの脇でそいつを待ち伏せした。
ドアノブがまわり、そいつが姿をあらわす。

見覚えのある顔。
谷口だ。

「驚かさないでください」

背後から声をかけると、彼は飛び上がった。

「うわっ!!なんだお前!古泉じゃねえか!お前こそ驚かすんじゃねえよ!」
「私もいますよ」
「あ、朝比奈さん…」

ひょっこりと姿を表した朝比奈みくるに、彼はだらしなく顔を緩めた。
失礼だが、彼がまだ生き残っているとは思わなかったので、この場で一番びっくりしたのは僕だったに違いない。
鼻の下を伸ばしてだらしない顔をしていた谷口は、急に真剣な顔つきになって

「そうだ!国木田は?国木田は来てないのか?」

と尋ねてきた。

「いえ、ここには来ていませんが…、はぐれたんですか?」
「ああ、俺を置いて先に行って…それっきりだ」

その時、朝比奈みくるが唐突に口を挟んだ。

「あのぅ…」
「どうされました?」

「お手洗いに行ってきます…」

朝比奈みくる 病院 第一病棟一階廊下 第2日 02時39分52秒

やっぱりこんな時にお手洗いなんて非常識だったのかな…
二人のびっくりした顔がまだ脳裏に焼き付いていた。
用を足して、診察室に戻る時、頭に何かの感触があった。
なんだろう、と触ってみるとベトベトしてこれはまるで…

はっと上を見上げると、屍人が四肢で天井に張り付いて、180度回転した顔でこっちを睨みつけ笑っていた。
私の頭にかかったのは唾液…。

「ひええええっ!」

ボタッ、と地面に着地する屍人に背を向け、私は診察室へと走った。

「朝比奈さん!!」

私の悲鳴を聞きつけ、古泉くんが駆けつける。
遅れて、谷口くんも。
古泉くんはスパナで素早く殴りつけ、蜘蛛屍人を倒した。
ふぅ、と息をついて、

「初めて見るタイプの屍人ですね。2階の窓から侵入したんでしょうか」

と冷静な分析をしている。
なんでそんなに落ち着いてるんだろう。すると谷口くんが

「古泉。こいつらは親玉を倒すと全滅するぞ。親玉をやっつけちまおう」

と提案した。
本当ですか、と驚いて、古泉くんは
「じゃあ僕がその親玉とやらを叩いてきます。あなたは診察室で朝比奈さんを守っていてください」
と言って二階へと上がっていった。

谷口 病院 第一病棟診察室 第2日 03時34分24秒

「遅いな、古泉のやつ」
「大丈夫かなぁ、古泉くん…」
「平気ですよ。たぶん」
「たぶん…」

不安がる朝比奈さん、なんて愛らしいんだ。
二人きりになれて俺は今猛烈に感動している!
この幸せが続くなら、村から脱出なんて出来なくてもいい。
俺と朝比奈さんが新世界のアダムとイブになるんだ。夢のある話じゃねえか。
俺が幸せな妄想に浸っているのを遮るかのように、異形の戦慄き声が地の底から響いた。
ひっ、と短い悲鳴をあげる朝比奈さん。

「古泉くん…」
泣きそうな顔をしている天使の顔を見て、俺はつい
「俺が様子見てきますよ」
と言ってしまった。
くそっ馬鹿だ俺。一緒にいられるチャンスだったのに。

「本当ですか?でも私一人になっちゃうし…」
「すぐ戻りますから。俺が出ていったら鍵をしめて、知り合い以外には開けないでください」

一度言ったことを曲げるのは男がすたるぜ。
まぁ朝比奈さんとは一緒にいたかったけどな。
そして俺は、病院地下へと向かった。

谷口 病院 地下実験室 第2日 03時44分39秒

地下へと続く暗い階段を抜け、壮絶な悲鳴のする扉を開けた。
部屋の中央には、古泉が立っていた。

その服を真っ赤に染めて。
両脇にある寝台の上には、屍人が二人、叫び声をあげつつ横たわっていた。

「おや、来ましたか」
配り歩ける程のスマイルで、古泉はこちらを振り返った。

「屍人の体はなかなか興味深い。ほら…」
古泉は脈動する肉塊を足元に投げて、踏み潰して見せた。

「こうやって心臓を潰しても死なないんですよ。自己再生してしまう」
床には、心臓に詰まっていた血が飛び散っている。

「いくらなんでもお前…」
「彼らはもはや人ではありません。どう使おうが僕の勝手です。モルモットみたいなもんですよ」

古泉の笑顔が、背筋にぞくりとした。
俺は見たくは無いのに、何故か部屋の中へと足を進める。
そして、屍人の顔を見た。
片方はイソギンチャクのような触手が張り付いた醜い屍人ーー。
そしてもう片方は。

「朝倉…」

クラスの人気者が、変わり果てた姿でそこに縛り付けられていた。胸にはぽっかりと赤い穴が開いている。

「みたいですね。どこかで命を落としたのでしょう」
平然と言ってのけるそいつの目の前で、俺は嘔吐した。
大丈夫ですか、と気遣ったセリフを吐く古泉に、

「狂ってる…」
と吐き捨て、俺は地下を後にした。

朝倉涼子 刈割 廃倉庫 初日 23時45分18秒

「ねえキョンくんもハルにゃんも大丈夫かなぁ…」
「きっと平気よ。大丈夫」

国木田が自殺したのを見て、彼女も不安になっているのだろう。
私には、不安というのがよくわからないが。
しかし、ずっと疑問に思っているのだが、何故私はこの少女をさっさと置いて行動しないのだろうか。
私の使命は長門有希のバックアップであり、涼宮ハルヒの観察だ。
この子なんてどうでもいいはずなのに。
なのに。

「さあ、行きましょう。早くキョンくんとか長門さんと合流しないとね」
「うん!」

幼い彼女の手をひいて、棚田を登り、鉄扉のほうへと歩いた。
化け物どもに大した力は無いし、私一人いればこの子を守るくらい簡単。
そう思っていた矢先。
今度は棚田を北に下っている最中にそいつは来た。
背丈は優に4mはありそうな、芋虫のような首を持った化け物。
そいつが、高台から私たちの前に飛び出してきた。

なにこいつ…
こんなやつ勝てやしない。

「逃げるわよ!」

彼女の手をひいて走ろうとした時、目の前に新たな化け物が立ちはだかった。
まずい。でかいやつに気を取られて気づかなかった。
目の前のやつに、包丁で切りつける。
しかし、一瞬の動揺が仇となったのか、相手の鎌がわき腹に突き刺さった。
相討ち。
相手は倒れたが、私は倒れる訳にはいかない。

「涼子ちゃん!」
「私はいいから、早く逃げて」
「でも…」
「逃げなさい!」

それでも愚図る彼女。
その時、背後から、物凄い衝撃が私を襲った。
ドラム缶を投げつけられ、肋骨が砕ける音がした。

「早く…走って…」

泣きながら走り出した彼女の背中を見ている私に、巨大な化け物が襲いかかる。
すぐに胴を掴まれ、私は宙に持ち上げられた。みきみきと音を立て、私の体が圧迫される。
目の前には怪物の忌々しい顔。
腹が立ったので、残った力で、そいつの目玉に包丁を突き立ててやった。脳まで届くように。

「ざまみろ」
崩れ落ちる怪物を見ながら、私は笑ってやった。

そしてあの子が走り去った方を見、果たして無事に逃げられるだろうかと、

私は不安になった。

キョン 蛇ノ首谷 選鉱所 第2日 07時03分41秒

息を切らして俺たちは走っていた。
触覚を生やした、犬のように四つん這いで走る奴らに終われて、俺たちは選鉱所の休憩所でじっと隠れていた。
くそっ、このままじゃ埒が開かない。

「逃げても逃げても追ってくるわね…」
「ああ…」

話しながら不思議に感じていた。
なぜ、あれだけの数の屍人がこっちの位置を知っているかのように俺たちを包囲している奴がいるのか。
まるで誰かが統率しているみたいに…

「そいつを潰せば…」

幻視を走らせる。
床を這い回るやつ、空を飛んでいるやつ。
そして、犬に囲まれてのうのうと突っ立ているやつ。
いた。こいつだ。
森の中のどこかにいる。

「いいか、ハルヒ。俺が戻るまでじっとしていてくれ」
「どこに行くの?」
「化け物退治だ」
「キョン、無茶よ!」
「心配すんな。絶対戻ってくるから」
そう言い残して、俺は選鉱所を出、谷沿いに南へと下った。

しかし、格好つけて出たのはいいものの、森の中と言うだけではどうしていいかわからん。
見た感じ、統率している頭脳の周りには、最低でも4体は犬がいそうだ。
考えながら、道路のあたりまでたどり着く。
パァン、と乾いた銃声がして、俺の右肩を掠めた。

「痛っ」
狙撃されたほうに目を見やると、空から、面妖な昆虫を思わせる羽を生やした怪物が…いた。
そして、そいつには見覚えがある。

「あの警官?」
もはや顔面下半分がかみきり虫のあごのようになって変化しているが、見間違えよう筈が無い。
殺されかけたのだから。
急降下して襲いかかろうとするそいつから遠ざかるように、俺は逃げ、選鉱所の南側の入り口から中に入り、息を殺した。
銃相手では勝ち目がない。
ましてや空を飛ぶなんて。

「卑怯だろ」
じゃり、と外の土を踏みしめる音がした。
あいつが地面に降りて歩いているのだろう。
とうとう俺も終わりだ。

守ってやる、なんて約束も守れなかったな。
警官が、選鉱所の入り口をくぐってきた。
こっちを見て、甲高い叫び声をあげている。
もはや人語も発せないらしいが、喜んでいるんだろう。
そして銃口を俺に向ける。
俺は目をつぶった。

ガン、と鈍い音がした。

鈍い音?
銃声じゃない。
ゆっくりと目を開けると、そこには小柄な少女が立っていた。

「大丈夫?」
短く告げるそいつは、そう

「長門…」
頼れる宇宙人だ。
警官は頭をへこませて床に転がっている。長門が手に持つネイルハンマーで思い切り殴りつけたらしい。
同情するね。自業自得だが。

「長門、助かった」
「そう」

いつも通りの返事だ。
「なぁ、今回のこれは一体なんなんだ?何が原因だ?」
俺はずっと思っていた問題を投げかける。
「この村での超自然的現象にたまたま居合わせた。それだけ」
それだけ?それじゃまるで。

「俺たちはただの被害者じゃないか…」

「涼宮ハルヒの才能も少し関係があるかもしれない」
「あいつのせいじゃない」
俺はそう言って、長門の顔を見た。何か、言いあぐねているらしい。

「どうした?」
「これ…」
長門が差し出した手には、竹内伝書という本があった。読めってことか。
俺はさっそく受け取って、項を繰る。

駄目だ
「旧字体が多くて読めん…」
長門は少し、呆れた顔をして、口を開いた。

「脱出する方法」
「あるのか!?」
俺は聞き返した。

「その本は、伝承とこの村の宗教についてくわしい」

長門のいつも通りの容量を得ない言葉を紡ぐと、こういうことらしい。
今回の羽生蛇の事件はほぼ伝承の通りだ。
限りなくオカルトなこの事件を解決するには、オカルトな方法でしかできない。
そして、その方法は二通りある。

「一つは、涼宮ハルヒの力を最大限発揮して、この世界を無理やり現実世界と繋げること」
「それでいいのか!?」
「ただし、かなりの力が必要。彼女が力を失うくらいに」

そんなにか…。
じゃあもう一つは?
「もう一つは」

長門は言いにくそうな顔をして、溜めてから、言った。
「彼女を神の供物にする」

は?何を言ってるんだこいつは。
「出きるわけないだろう!そんなこと!」
「この方法が一番生存率の期待値が高い。少なくとも涼宮ハルヒを除くSOS団は帰還できる。推奨」
思わず、俺は長門の肩を掴んだ。

「いいか、長門。あいつを犠牲にするなんて俺はまっぴらごめんだ」
「神は涼宮ハルヒの能力を取り込むのが目的と私は推測する」
「だからってできるか!」
「決断は早い方がいい。赤い水の影響を受けすぎると、常世には帰れない。黄泉戸喫」

長門は無表情で、淡々と話す。
本当に、こいつはそうしようと思っているのか。

「正気か?」
「私は正常」
「異常としか思えん。ハルヒを差し出すなんてな」
「私は」

長門は僅か毛先ほど俯いた
「私という個体はあなたの生存を優先に考えている」

俺のことを?そりゃまたなんでなんだ。
「………」
無言。

俺は押し黙った長門に、言い聞かせる。
「いいか。俺は誰かを見捨てて、自分だけ助かろうなんて、そんな風には思えん」
「………」
「だから、ハルヒを犠牲にして自分だけ助かったなんてなっても」
「………」
「俺は死ぬぞ」
「………」
俺がそう言った時、長門が少し寂しそうな顔をしたように見えた。

「理解した」
「わかったか。ならとりあえずここから脱出するぞ。頭脳を叩く」
「わかった」
「俺が犬どもをなんとかして引きつける。お前は吊り橋側から渡って、頭脳をやってくれ」
「………」

首肯。
そして長門は黙って俺にジッポを手渡した。

「長門、これはなんだ?」
「燃やす」
「何を?」
「車を」

よくわからんが、やれってことか。
長門と別れて、俺は森の南の入り口へと急いだ。
峠の麓には、トランクの開いた事故車があった。事故のショックかガソリンが漏れている。

「なるほどね…」
俺はジッポに火を灯し、ガソリン溜まりに向かって勢いよく投げつけた。
豪勢な花火だ。
さあ犬どもよ。こっちに来ればいい。

追ってきた犬から、俺は必死で逃げていた。
犬とはまともにやり合うのは無謀だ。
よく考えたらなんで俺は警官から銃を奪わなかったんだ?
走って橋の向こうへと逃げ、選鉱所の方へと向かう。

ヤバい、ヤバい、ヤバい!
焦ってひたすら足を交互に動かすうちに、足がもつれて転げた。
倒れて、後ろを振り返ると、犬が6体、俺の背後から寄って来ていた。
長門、何してる!
立ち上がって逃げる。
息が続かない。
俺は選鉱所脇の物置、ドラム缶の脇で追い詰められた。
もう駄目だ。

犬が周りを取り囲み、そのうちの一体が腕を振り上げ、俺に襲いかかった。
爪が俺の首筋に当たる、寸前。
犬達が苦しみながらその場にバタバタと倒れていった。
やったのか、長門。

長門と橋の西詰めで合流する。
「やったな」
「………」

ねぎらう俺に、無言の返事。
長門の手に、鉄パイプは無い。

「武器はどうした?」
「心臓に突き立てた。しばらく復活できない」
なかなかグロいことをするもんだ。頼もしいが。
「これからどうする?」
「私は、対抗策を探しに行く」
「どこに?」
「わからない。あなたは涼宮ハルヒと一緒にいて」
「俺たちも一緒に…」
「私が涼宮ハルヒと一緒にいるとまた彼女を犠牲にしようとするかもしれない。それは危険」
「…そうか」
背を向けスタスタと歩く長門を見送り、俺はハルヒのところへ歩いた。

朝比奈みくる 蛇ノ首谷 戻り橋 第2日 09時57分58秒

私は谷口くんに病院を連れ出されて、橋を東へ向かって歩いていた。
地下室から戻ってきた谷口くんの顔は、普段からは想像できないほど青く、私も驚いてしまった。
そんな彼に促されるままに、私は今ここにいる。

「古泉くん、置いてきて良かったんですかね…」
「古泉…、あいつは…」

病院を出てから、谷口くんはずっとこんな調子だ。
古泉くんの話題になると、彼は口を閉ざす。
谷口くんは何を見たんだろう?
すると、橋の西から、元気の良い声が響いた。

「みくる〜、無事だったんだねっ」
「鶴屋さん!」

私は嬉しくなって駆け寄ろうとした。
その瞬間、銃声が鳴って、私の肩を激痛が走り、私は橋の欄干から川へと落ちた。

谷口 蛇ノ首谷 戻り橋 09時59分59秒

それは一瞬だった。鶴屋さんに再会して、銃声が響いて、朝比奈さんが撃たれた。
理解するのに時間がかかった。
慌てて、俺も撃たれないように橋の脇の階段を下った。

「朝比奈さん!」
返事は無い。気を失っている。かなりの怪我だ。

「みくるっ、みくるっ!」
鶴屋さんも急いで駆け寄ってくる。

「鶴屋さん!朝比奈さんを頼みます!俺は狙撃手を!」
勝算も無いのに俺は階段を駆け上っていた。
相手は銃なのに、何考えてんだ、俺。
おそらく狙撃手は、森の中に潜んでいるはずだ。橋を渡るのは危ない。
そう判断して選鉱所の方から、吊り橋方面へと向かう。
転がる犬どもの脇を走り抜け、吊り橋前へと至った時、後ろから声をかけられた。

「おい、谷口!」

振り返ると、建物の中にキョンと涼宮がいた。

「生きてたのか?二人とも!」
「ああ、なんとかな。それより国木田はどうしたんだ?」
「はぐれたんだ。無事だといいが…」
「そうか…。ところでさっきの銃声は?」

俺は、朝比奈さんが撃たれたことを話した。

「本当か!」
「ああ、今から狙撃手を倒す」
「じゃあ、これを持っていけ」

キョンは、38口径短銃を投げてよこした。

「必要だろう。お前にやるよ」
「助かる。すぐにやつを倒してきてやるさ」

キョンと別れ、俺は吊り橋を渡り、森の中へと入った。
谷沿いに進むと銃声が響く。
どうやら見つかったらしい。
かまうか。死んだら死んだ時だ。
なるべく茂みに半身を隠しながら、俺は狙撃手に近寄った。
相手の放った銃弾が一発、俺の肩に当たる。

「痛ぇな糞!!」
狙撃手にバールを投げつけ、怯んだところを目の前に躍り出て、銃を構えた。
そして俺は気づいた。

「国…木田…」
国木田が、目から血を流し、虚ろな目で俺を睨みつけていた。
俺が怯んだ隙に、国木田は躊躇わず引き金をひいた。

国木田 蛭ノ塚 県道333号線 第2日 00時11分26秒

サイレンの音が鳴った。

爽やかなだ。耳に心地いい。
新たな目覚めはこんなにも良い気分なのか。
うふふ、笑いがこみ上げて仕方がない。

なぁんだ。
こんなことなら早く死んどけば良かったなぁ。

みんなにも、この幸せを教えてあげよう。

僕は銃を持って立ち上がった。

谷口 蛇ノ首谷 折臥ノ森 第2日 10時11分56秒

バァン!

腹の肉が破裂するような衝撃。
俺は地面に倒れ臥した。
格好つけて調子に乗って、最期はこのザマかよ。笑えねえ。
首だけ上を向けて、俺は国木田の目を見据えた。
心底喜びに満ちた顔つきで、俺に銃口を向けたそいつは、すでにかつての国木田の面影は無い。
そいつが指を動かし、チェシャ猫のように笑ったその時、俺は死を覚悟した。

カチン。

今度は国木田が動揺した。
すかさず、短銃を国木田の頭に向け、俺は引き金を引く。

やつの足がふらつき、倒れるのと同時に、俺も意識を失った。

キョン 蛇ノ首谷 吊り橋 第2日 10時29分56秒

あれから何発も銃声が聞こえた。
「谷口…」
「大丈夫かしら…」「様子を見に行こう」

そして俺たちが吊り橋を渡ろうとした時、唐突に呼び止められた。
「キョンくんっ!ハルにゃんっ!無事だったんだねっ!良かった…」
鶴屋さんが、涙を浮かべてそこに立っていた。

「鶴屋さん…」
「本当に心配したよ…だって、だって…」
鶴屋さんは左手で顔を隠して嗚咽を漏らしている。
こんな鶴屋さんは初めてみた。彼女も怖かったのだろう。
ハルヒも嬉しいような、困ったようなそんな顔だ。

「鶴屋さん…。すいません、今は谷口が…」
「ごめんよっ。だってハルにゃんにもしもの事があったらってずっと考えててさっ」
鶴屋さんは泣き顔をあげて、笑ってみせた。

「だから、キョンくんにはお礼を言わなきゃね…」
「お礼なんて」

「今までありがとう」
パン、と音がして、俺は左胸を撃たれた。
鶴屋さんの右手には拳銃が握られていた。
俺は谷底に落ちながら、ああ、俺ってよく落ちるな、なんて呑気に考えていた。

古泉一樹 眞魚川岸辺 第2日 11時12分08秒

病院で長門さんに会った後、探索は彼女に任せて僕は眞魚川を歩いていた。
そこで、朝比奈さんと、彼が倒れているのに気づいて驚いた。
駆け寄って確かめてみると、朝比奈さんは大したことは無い怪我だったが、彼のほうは、心臓を撃たれ、致命傷だ。
もう助かる見込みは無いだろう。

僕は、朝比奈さんをおぶって、彼を置いていくことに決めた。
心は痛むが、死体を気にする余裕は無い。

その時、信じられないことに、むっくりと彼が立ち上がった。

「…古泉か?」
「そんな馬鹿な。あなたが生きているはずは…」
「知らねーよ。この通りピンピンしてる。それよりお前のほうが血まみれじゃないか」
「いえ、まあ確かに…」

聞きたいことは山ほどあったが、僕らはひとまず病院へと向かうことにした。
僕は朝比奈さんを、彼は谷口を背負って。

古泉一樹 病院 第一病棟診察室 第2日 16時03分07秒

「………ぅ」
「目が覚めましたか」
僕は朝比奈みくるにそう声をかけ、彼との話を再開した。

「…では、鶴屋さんが涼宮さんを?」
「ああ、突然撃たれて…。今でも信じられん」

僕も信じられない。
鶴屋さんにそんな事をする動機がわからない。
確かに、この村に行こうと言ったのは鶴屋さんだが…

「これ」
長門さんがポケットの中から黙って新聞を差し出した。古いものだ。
「なるほど…」
「どうしたんだ?」
「およそ10年前、この村であった土砂災害で生き残った子供…。それが」
僕は一旦言葉を区切る。

「鶴屋さんです」

「それってどういうことだ?」
彼に僕は答える

「おそらく土砂災害とは、このような怪異が起こった時に現実世界で観測される現象なのでしょう」
「でもその生き残りだからって、なんで…」
「因果律」
「え?」
長門さんの的確な説明を、彼は今ひとつ理解してないようだ。

「つまり、その鶴屋さんが助かったのも、神のお導きなのですよ」
「わからん」
「彼女は、神が力を取り戻す為の生け贄を連れてくるための、鳩として現世に戻されたんです」
「鳩…?」

ここで、長門さんが口を開く。
「10年前まではこの村で秘祭があった。神代家の娘を生け贄に捧げる儀式」
ともすれば聞き逃してしまいそうな平坦な声で彼女は続ける。

「しかし、前回の土砂災害で神代家が全滅してしまった。だからその代理が必要だった」
「それがハルヒだっていうのか!?」
「そう」
「つまり、はなから鶴屋さんは我々をはめるつもりだったんですよ」
「くそっ!」
ダンッと彼は壁を殴りつけた。

「俺は今すぐハルヒを助けに行く!」
「私も行きます!」
朝比奈みくるが、珍しく強い口調で志願した。
「俺も行くぜ」
いつの間にか目を覚ました谷口も言う。
「私も」
長門さんも。

「では僕も行くしか無いですね」
「あなたは」
無機質な声が僕を呼び止めた。
「あなたは、うりえんを探して欲しい」
「うりえん?」
「そう」
うりえんとは何だ?

「唯一の対抗策。うりえんとは天使ウリエルが眞魚教に取り入れられて変化したものでー−」
「すいません。今は講釈を聞いている暇はありません。それはどこに?」
「さっき病室でこれを見つけた」
「双子の天使のレリーフ?」
「そう。うりえんのこと」
「では病院のどこかに?」
「だと思われる」
わかりました、探しておきます、と告げて、僕は彼らの出陣を見送った。

古泉一樹 病院 第二病棟一階貯蔵室 第2日 18時37分11秒

「忌々しい…」

長門さんの言うとおり、うりえんを探し回っているが、ことがなかなかはかどらない。
屍人が大量に徘徊し始めたからだ。
あいつら、一体何体いるんだ。

「化け物め…、化け物め…、化け物め…」
僕は今、1階貯蔵室に潜んで、中庭に出る機会を窺っていた。
どうやら地下の頭脳を、誰かが解放したらしい。蜘蛛も犬も、病院を我が物顔で闊歩していた。
超能力者の勘という奴か、中庭に何かがある気がする。

幻視で廊下の気配を探り、一気に僕は中庭へ通じるドアを開けた。

誰かが気づく気配はない。
やった。

案の定、中庭の銅像の下には、地下への隠し梯子があった。
それを降り、目の前の扉を開けると、朽ち果てたミイラが椅子に縛り付けられているのが見えた。
手には土偶のような何かが握られている。
それを手にとろうとしたとき、干からびたミイラの手が、すっと僕の目の前に上がった。

「受け取れという、ことですね?」
返事は無く、変わりに彼女の手がぼろぼろと崩れた。
そして、僕は宇理炎を手に入れた。

キョン 大字粗戸 眞魚川岸辺 第2日 20時31分33秒

長門と谷口とは二手に別れて、俺と朝比奈さんは、突如としてあらわれた巨大な出来合いの要塞を前に立っていた。

昨日まで、ただ民家があっただけの通りは、廃材を寄せ集めて作った、何がなんだかわからない建築物を作っていた。
屍人の巣、とでも言おうか。

「私、もう何があっても驚かないと思ってました…」
朝比奈さんは、いつでも朝比奈さんらしい。
「さぁ行きましょう。ハルヒが待っています」
「ええ、そうですね」
俺たちは、屍人の巣への侵入を開始した。

鶴屋 屍人の巣 水鏡 第2日 19時02分37秒

「ちょっと!どういうつもりなのよ!」
「うるさいなぁ。ちょっと生け贄になってもらうだけだよっ」
「嫌よ!離しなさい、このデコ女!」
「きーびしいねぇっ!アハハハハ!」

私はさっきから笑いが止まらない。
何年も何年も、何回も何回も、これを繰り返してきたんだ。
初めて、ここまで漕ぎ着けた。
あの有希っこと涼子ちんと古泉くんが、いっっつも邪魔するんだ。
涼子ちんが早めに死んでくれて良かった。
やっと役目を果たせるかと思うと、嬉しくて嬉しくて、笑みが絶えないってものだ。

「絶対に、キョンが助けてくれるんだから!」
「ふぅ、聞きあきたよっ。そのセリフは。たまにはもっと違う言葉を言ったらどうなのさっ!?」
「なにを…」
困惑の表情を浮かべる彼女に、私は言った。
「しばらく黙っててねっ」

谷口 屍人ノ巣 第二層付近 21時18分36秒

「なあ長門」
「………なに」

ここに入ってから何回も何回も呼びかけて、やっと返事をしやがったこいつ。
「本当に、俺たちは脱出できるのか?」

そう聞くと、長門は無表情でこっちを睨みつけた。
怖ぇなあ、コイツ。

「…本当に聞きたいの」
なんか含みのある言い方だな…。
いいから正直いえよ。
言ってから、俺は後悔した。
聞かなきゃいいことなんて、世の中にはたくさんある。

「あなたは、もう脱出できない」

…マジかよ。
「なんでだよ!」
「あなたは赤い水の影響を受けすぎた。いまやこの世界の理に従う存在」
「でも俺はこの通りピンピンして…」
「それは赤い水のおかげ。あなたは血を流しすぎた」
「そんなことって、あるかよ…」

俺はうなだれて、膝をついた。
世界が終わった気分だ。

「でも」

長門は言葉を続けた。
「あなたが救われる方法が、まだ残っている」

キョン 屍人ノ巣 水鏡 第3日 00時00分00秒

屍人ノ巣を進み、俺たちは開けた場所にでた。
ここが中心部だ。
三角形にたたえられた真っ赤な水。
その上に、ハルヒは静かに寝かされていた。
まるで穏やかに眠っているようだった。

「キョンくん、遅かったじゃないかっ!」
「鶴屋さん!」
こんな時までさんづけで呼んでしまう自分が情けない。
「そこで見ているがいいよっ。神が祝福される瞬間を」
そして彼女は、穏やかに言った。

「さあ、楽園の門が開かれる」

ハルヒの体が炎に包まれ、俺は言葉を失った。
そんなはずは無い。
守るって言ったのに…。
壁の板を蹴り破り、長門と谷口が飛び込んできた。
「遅かった」
「涼宮!」

炎の中から、神と呼ばれる存在が徐々にその姿を現す。
竜の落とし子のような体に遮光式土偶のような頭を持ったそれ。
それを見て長門は、堕辰子、と呟いた。

「お母さん!やっと会えたねっ!」
鶴屋さんは満面の笑みでその神を迎えていたが、みるみるうちに、その顔が曇っていった。
「お母さん…?」
堕辰子は、こちらに向き直り、凄い速さで突進してきた。
「逃げろ!みんな!」
叫んだ俺の体に、5体がバラバラになりそうな激痛が走り、俺は気を失った。

キョン妹 屍人ノ巣 第一層付近 第3日 00時14分26秒

またサイレンの音だ…。
嫌だな、この音
みんなとはぐれて、どれくらいの時間が経ったんだろう…
道に迷って、私はトボトボと歩いていた。
みんながいるかと思って、なんとなく目についた建物に入って見たけど、誰も見つからない。
怖いお化けはいっぱいいるし、早く帰りたいよ…。
潜り抜けられそうな穴を見つけては、くぐって先へと進む。
どこまでいけばいいんだろう。
そんなことを思いながら、重い足を進めていると、どこかで涼子ちゃんが呼んだ気がした。

キョン 屍人ノ巣 第四層付近 第3日 03時03分27秒

「……いてぇ」
目を覚ますと、俺は赤い水のプールに体半分浸かっていた。
この半身浴は体に悪そうだ。
見ると、横に長門もいる。

「…長門。長門。」
ペチペチと長門の頬を叩くと、すぐに目を覚ました。

「良かった。死んでるかと思った」
「………」
「大丈夫か?この水に浸かってても良いことはない。出よう」
水たまりから体を出して、長門に尋ねる。
「アホの谷口と朝比奈さんは?」
「私が逃がした。彼らは無事」
「そうか、そりゃ良かった」
本当に。

「時間が無い。彼女を探すべき」
「鶴屋さんか?」
「このままでは、取り戻しがつかなくなる」
「まだ、取りかえしがつくって言うのか?」
「あるいは」
「なら、急ごう」
俺たちは壁の板を剥がし、屍人ノ巣中枢を目指した。

道が二つに分かれていたので、俺達は二手に別れてすすんだ。
もう引き返す時間は無かったからだ。
俺は西の道へ、長門は東の道へ進んだ。
俺は林家を抜け、入り組んだ屍人の巣を進み、工場へとたどり着いた。
この先にいけば中枢に行けるのだが…。
様子を見ると、中には狙撃手が3体、犬が3体の厳重な警備だった。

「突破は無理か…」
そう思った時、轟音と共に、空気の抜けるような音がした。
犬の悲鳴が聞こえる。
LPガスのボンベが、勢いよく工場の中に投げ込まれたのだ。
俺は身の危険を感じ、とっさに工場から離れる。
途端、銃声がして、遅れて爆音が響いた。

長門だ。
長門がボンベを投げ込み、銃で撃って引火させやがったらしい。
まったく、むちゃくちゃしやがる…。
爆発が落ち着いた後、工場の中に入ると、長門が俺のことを待っていた。

「武器」
長門は、すっと俺に猟銃を手渡す。

「いいのか?」
「私には必要のないもの。あげる」
「ありがとな」

礼を言うと、長門は背を向けてどこかにいこうとした。
「待てよ、長門。どこにいくんだ?」
尋ねると
「そこから先はあなたの役目。私には私の役目がある」
そう告げて長門は去っていった。
俺は、かまわず屍人ノ巣中枢へと進んだ。

キョン妹 屍人ノ巣 第二層付近 第3日 05時41分03秒

「涼子ちゃん、涼子ちゃん…」
私は、涼子ちゃんがいそうなほうへ急いだ。
早く会いたい。早く…
どれくらい走っただろうか。ここがどこだかまったくわからない。

そして、駄菓子屋の中で、背を向けて佇んでいるセミロングの髪のお姉ちゃんを見つけた。
あれは…。

「涼子ちゃん!私だよ!」

嬉しくて、声の限り涼子ちゃんを呼んだ。
生きてたんだ、良かった…。
しかし、振り向いたのは涼子ちゃんであって涼子ちゃんじゃなかった。
綺麗だった顔には、今は真っ赤なナマコみたいなのがびっしり張り付いていた。もう目玉が無いその顔はヌメヌメと脈打って、こちらを向いている。

「どこ行ってたの?ダメじゃない。私から離れちゃ」
その右手に包丁が光っているのが見えて、私は悲鳴をあげた。

「いやぁぁぁ!!!」
涼子ちゃんが、こっちに駆け寄ってきていた。

私は怖くてその場にうずくまった。
足音が聞こえる。
もうすぐそこまで来ている。

「や、やぁ!」
ボコンと音がして、私の肩を誰かが抱いた。

「さぁ逃げよう!」
「みくるちゃん…?」

みくるちゃんの手には、金属バットが握られていた。
守ってくれたんだ。
涼子ちゃんは立ち上がろうとしている。

「早く、こっちに!」
みくるちゃんに手をひかれて私は走った。
後ろからは依然、涼子ちゃんが追って来ている。

「駄目…」
入り組んだ迷路を駆け回って、行き着いた先は行き止まりだった。

「みくるちゃん…どうしよう…」
「わ、私が守るから…大丈夫。安心して…」

彼女はガタガタと、体中が震えていた。
ギシ、ギシ、と板を踏みしめる足音が、どこからともなく響く。

「私の後ろに隠れて」
みくるちゃんの言うとおり、私はエアコンの室外機のそばに身を隠した。

ギシ、ギシ…
足音が止まる。
「行ったの…?」
安堵のため息が漏れる。

「み〜つけた!」

声がした瞬間、屋根の上から涼子ちゃんが飛び降り、みくるちゃんのお腹に包丁が刺さった。
「やぁぁっ!ぁぁあ!」
小鳥の断末魔のような声をあげて倒れるみくるちゃんを、涼子ちゃんは容赦なく滅多ざしにする。
そして、地面に赤い血溜まりができ、みくるちゃんが力なく転がると、彼女はこちらに向き直り、襲いかかってきた。

「うふふ、もう離さないから」
血まみれの彼女の包丁が、むちゃくちゃに振り回されて、私の顔に血が飛び散った。
もう駄目だ。と思ったとき涼子ちゃんの後ろから声がした。

「あなたの不始末は私の責任」
涼子ちゃんがその声を聞いて、瞬間に振り返る。
バキッと頭蓋骨がへこむ音がして、涼子ちゃんが崩れ落ちた。
地面には、みくるちゃんと涼子ちゃんの二人が、血溜まりの中に並んで寝転がっている。

「怖い思いをさせた」
「有希ちゃん…」
「今度は私が守る」
有希ちゃんに手をひかれて、私たちはまたあてもなくさまようことになった。

キョン 第二層付近 第3日 09時48分21秒

「ハルヒ…俺はどうしたら…」
俺は座り込んで、がっくりうなだれていた。
どこを探しても鶴屋はいない。
俺は、仇を討つことも出来ないのか…

「やっと会えましたね」

声がして、顔をあげた。古泉だ。
「探しましたよ」
「見つかったのか?対抗策」
「ええ、これを」
古泉は、薄汚い人形を投げてよこした

「これが…?」
「はい。あなたなら十二分に使いこなせると思います。それがあなたの役目です」
「役目…」
「本当は2つあったんですが、一つは谷口くんにあげてしまいました。使命があるらしいので」
「使命か…。俺には果たせそうにないがな」

自嘲気味に呟く俺に、古泉は言った。
「あなたの手助けをするために私がいるのです。あなたがダンテなら、私は喜んでベアトリーチェになりましょう」
そう言って笑う古泉に俺は言った。

「お前、男じゃねーか」

谷口 合石岳 羽生蛇鉱山 第3日 16時0058秒

長門に教わったとおり、井戸の底から日本軍の手榴弾をしこたま持った俺は、水門を目指していた。
そこを爆破して、水流で屍人ノ巣を一網打尽にしてやろうという寸法だ。
しかし…

「日が落ちそうだ。やべえな…」

俺は屍人どもを蹴散らし、急いで鉱山を抜けた。
こっちは銃があるしな。
やっとのことで水門の上まで辿り着き、手榴弾で水門を爆破した。
濁流が下流の巣を押し流す。
やれやれ、ギリギリだぜ。
俺が一息ついたときだった。

「たぁにぃぐちぃぃ!!」
聞き覚えのあるその声は、まさしく。
「国木田ァ!!」

もはや顔面に無数のフジツボが付着して見る影もない。
そいつが、俺の背後から鉈を俺に突き立てた。
もんどりうって倒れた俺に、さらに鉈で斬りつける国木田。
口からは楽しそうな笑い声が漏れている。
痛みをこらえて、俺は強がった。

「谷口様をなめんなよ」
俺は宇理炎をかざし、国木田に向けた。

「神風、見せてやるよ」
青い炎が、俺もろとも国木田を包む。

苦しむ国木田を見ながら、俺は安らかだった。
化け物役だけは、御免だ。

キョン 屍人ノ巣 第二層付近 第3日 18時08分59秒

「今度は二人で来たのかいっ?キョンくんもこりないねっ」
明るい声でそう言ったのは、鶴屋だ。

「二人がかりなら勝てるとでも思ったのかい?」
「こちらには切り札があるんですよ」
古泉が答える。

「ふ〜ん。なんだか知らないけっど」
突然、俺たちの目の前に、白い堕辰子が立ちはだかる。

「お母さんはまだ完全じゃないけど、君たちくらいなら一ひねりなのさっ。やっちゃえっ!」
堕辰子が唸りをあげて、俺も宇理炎を掲げる。
その刹那、濁流がすべてを巻き込みながら俺たちを押し流した。
壁も、床も、天井も、音を立てて崩れていく。
そして俺は見た。
天井に開いた穴から差し込む日光が、堕辰子の体を焼き焦がすのを。

キョン 屍人ノ巣 水鏡 第3日 21時57分55秒

濁流に流された俺たちは、堕辰子にとどめをさすべく、屍人ノ巣を探し回っていた。
「あいつはどこに…」
「こっちです。僕が案内します」
自信満々に言う古泉に、俺はついていった。

「なんで場所がわかるんだ?」
「わかるんですから仕方がありません。ここです」
「ここ?何もないじゃないか」
そう言った俺と、黙って手を繋ぐ古泉。
何の真似だ。気持ち悪い。

「しばらく目を閉じていただけませんか」
このセリフ、前にも聞いたことがある。
確か…

「神は涼宮さんの力を取り込みました。そして、その神が今や死にかけて、多大なストレスを感じています。」
ということは。
「そんな神が逃げ込む場所と言えば、そう…」

「閉鎖空間です」

キョン 閉鎖空間(いんふぇるの) 第3日 23時03分18秒

ハルヒの閉鎖空間とは違って、そこは真っ赤な空間だった。
足元には赤や白の花が咲き乱れている。
そしてその空間にぽつんと、鶴屋と堕辰子が座っていた。

「どうやってここにっ!?」
心底意外そうに叫ぶ鶴屋に古泉は満面の笑みで
「僕は超能力者ですから」
と答えた。

「お母さんが、お母さんさえ完全だったらこんなことには…」
「それは彼のせいです」
古泉は俺の方を見て言った。
「どうやら、涼宮さんは、彼を不死身にしてしまったようでしてね。それで力をだいぶ使ってしまったんですよ」

俺が不死身…?
そういえば廃屋でハルヒは…
「では疑問も解けたところで、団長の仇を討たせてもらいますよ」
「ああ、ハルヒの仇だ」

「やめて!!」

俺は強く念じて宇理炎を掲げた。

そして、天から降り注いだ青い炎は、堕辰子の体を、灼いた。

上空に亀裂が走り、蜘蛛の巣状に成長していく。
俺たちはその光景を見上げていた。

「お母さん!!」

鶴屋が堕辰子に駆け寄り、持っていた日本刀でその首を斬り落とした。
「いけない!」
古泉は叫ぶが、時すでに遅し。
みるみると幼い少女に変化していく彼女は、地割れに飲まれて次元の狭間に飲まれていった。
最後の瞬間、彼女は言った。

「次こそは、上手くやってみせるから」

そして、空間が裂け、ちょっとしたスペクタクルが、周りに広がった。

キョン 後日 大字粗戸 耶辺集落 00時13分33秒

目が覚めると、俺と古泉は羽生蛇村の廃屋群の中で寝そべっていた。
どうやら、ここに飛ばされたらしい。
目が覚めた時、ちょうど、長門と妹が俺たちを見つけて、歩いてきた。

「キョンくん!」
抱きつく妹をなでながら、長門に話しかけた。
「よお長門。久しぶり」
「………」
無言で頷く。
「どうだ、脱出できそうか?」
頷き。

「そりゃあ良かった」
「今、この時空は不安定で常世と繋がっている。早く出ないとまた閉じ込められる」
長門は淡々とそう告げた。
「それなんだがな…」
疑問の眼差し。
「俺はここに残る」
「!?」
全員が一斉にこっちを見た。
「俺は、ハルヒを置いてはいけない。だから俺はここに残りたい」

俺はまだ、不死身のままなんだ。
だとすれば、ハルヒの力はまだ残っているってことだ。
それは、ハルヒがまだ生きているって証拠じゃないのか?
なあ、長門、古泉。

そう問いかける俺に古泉は
「いえ、涼宮さんは…」
と何かを言いかけて、口をつぐんだ。
長門は
「あなたが残るなら私も」
と言って、俺の手を握った。
「涼宮ハルヒの観察が、私の仕事だから」
と言って。

「そうですか。わかりました。決意は堅いようですね」
そう言って古泉は、泣きじゃくる妹を連れて、歩いていく。
それが、俺が古泉と妹を見た最後だった。

そして俺は長門のほうを見、
「さあ、化け物退治といくか」
と、宇理炎を持って腰を上げた。

古泉一樹 後日 04時44分44秒

彼は、涼宮ハルヒはもういないという現実から目を背けた。
もうどこへ行こうと、涼宮ハルヒはこの世界から消失したというのに、わかっていながら認めなかった。

そして、それを知りながらも、彼に連れ添った彼女もまた同じだ。
鶴屋は、これからも永遠に、延々と涼宮ハルヒを生け贄に捧げ続けるだろう。
どう足掻いても絶望なのに、希望を持ち続ける彼らには、救いなど用意されてはいないのだ。

そしてまた、仲間を失った僕も、決して救われることは無いだろう。
無力感に苛まれた僕は、傍らの幼い少女を見やった。
そして、少女の唇が動いて、言葉を発した。

「いつか必ず、キョンくんを迎えに行くから」

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