湖が腐るまで

Last-modified: 2018-08-25 (土) 06:22:58

目次

注意書き



当SSはレティ・ホワイトロック、わかさぎ姫のカップリング的SSです。
そういうのが嫌いな方は本編を読まれる前に回避した方がいいと思われます。
後、カップリングSSなのにあんまり、イチャイチャしていません。
イチャイチャなんて書けない作者ですので悪しからず。


以上の点を踏まえてお読みください。

わかさぎ姫





 彼女と出会ったのは、まだ私が割れるくらいに薄い氷しか張っていなかった、冬の、雪が降った日。
 年に両手の指で足りるくらいしか雪を見られない私は、見られるその時に必ず水面に顔を出すの。凍ってしまいそうなくらいに寒いのだけれど、輝くものが、綺麗なものが好きな私は、ついつい見に行ってしまうの。光を反射する雪がゆっくりと落ちていく様は、空一面に宝物が舞っているようで、本当に好きなのよ。
 そんな時に、彼女に、レティ・ホワイトロックに出会ったの。
 レティは珍しそうに私に声をかけてきたわ。雪は好きなのって。勿論好きよって答えたわ。次に冬は好きって訊かれたけれど、好きじゃないわ、と答えたの。だって、氷が厚く湖を覆ってしまえば、私の宝物も輝きを失うし、何より陸の友達とも会えなくなってしまうもの、好きなはずがないわ。でもレティは何だか傷ついたような顔をしたの。冬の妖怪だから、自分も嫌いだと言われたような気がしたんでしょうね。言ってから、少し後悔したわ。だから、好きじゃない理由を言い訳みたいに言ったのよ。そうしたら、レティが言ってくれたの。それなら、冬の間は私が傍にいるからって。どんなに厚く氷が張っても、あなたと話せるようにしているからって、冬の良さを教えてあげるからって。それから私を凍らせようとする寒気を和らげてくれたの。冬の季節は、私にとっては暗い水底でじっとしているだけの季節だから、その提案はとても魅力的で、考えることなくお願いしたわ。それから毎日、私はレティと一緒に凍った湖を、雪が積もった湖を見ているの。
 結論から言えば、見渡しても雪の白さしか見えない風景は、初めの内は感動していたのだけれど、すぐに飽きてしまったの。でも、もう飽きたわ、なんて言わなかったわ。冬の風景には飽きてしまったけれど、レティと過ごす時間はとても好きだったの。ずっと私を気遣って、寒気を弱めてくれているんだもの、まして冬の季節に合える陸の友達はレティだけなんだもの、飽きてしまえるはずがないわ。そうしているうちに、私はレティが好きになっていったのよ。寂しい時間を埋めてくれる隣人を、好きにならないわけがないのよ。
 だからね、レティに訊いたの。いつまでいられるのって。私はずっとレティと一緒にいたいと思っていたわ。今も思っているの。でも答えは冬の間だけだって。レティは冬の妖怪だから、春が来ればどこかへ行ってしまうの。妖怪の生は定められたようにしかできないから、そうと決まっているのなら、どうにもならないことで、ずっと一緒にいるのは諦めるしかないことだったわ。私も妖怪だから、わかっているの。わかっているのだけれど、春も夏も、秋も、ずっと一緒にいたいわって、言ってしまったの。馬鹿だなって思うわ。でも私は馬鹿だから、そう言ってしまったの。
 レティは無理よって笑ったわ。でもありがとうとも言ってくれたの。私の気持ちを汲んで、そう言ってくれたの。それから冬はこんなにも暖かいんだって思ったわ。冬の妖怪のレティがこんなにも優しいんだから、冬だって優しくて、暖かくて当然なのよ。だからね、後悔したわ。レティにあんなに寂しそうな笑顔をさせてしまったことを。
 寂しそうに見えたのは、私の願望なのかもしれないけれど、私はレティの寂しさを拭いたいと思ったの。だって、本当に寂しいと思っていたのなら、それを拭えるのは今、私しかいないと思ったから。
 でも、私にできることなんて、なにもなかったわ。レティがいなければ湖から顔を出すこともできないんだもの、当然だわ。結局、できることと言えば、一緒にいるだけ。宝物を上げても良かったのだけれど、私にとっての宝物であって、誰かから見たら価値のあるものではないから、困らせてしまうかもなんて考えたら、無邪気にプレゼントなんてできなかったわ。だから、本当に一緒にいることしかできなかったの。自分の弱さが、自分の種族が、これほど疎ましかったことはなかったわ。こうだったら、ああだったら、そんなないものねだりばかりが思い浮かんで、自分が自分であることが嫌になったの。
 でもね、私が私でなかったのなら、こうしてレティと一緒にいることはなかったと思うの。レティが初めて声をかけてきたのは、雪を見る人魚が珍しかったからで、私が私でなかったのなら、レティが話しかけてくれることはなかったのよ。だから、なにもできないのは歯がゆいけれど、それでいいと思ったの。一緒にいるだけでいいと思ったの。
 だって、レティが望んで、私といてくれるんだから。
 それからね。レティと一緒にいる時はなるべく笑うようにしているの。レティと一緒にいるのが楽しいって伝わるように。レティと一緒に過ごす冬が好きだって伝わるように。レティのおかげで、冬が好きになれたわって伝わるように。









レティ・ホワイトロック





 氷を融かすのは、湖を腐らせるようで、忌むべきことだと思っていたわ。今でもそう。でも雪を好きだという変な人魚に、わかさぎ姫に、冬の良さも知って欲しいと思ったから、そうすることに躊躇いはなかったわ。冬にしか見られないものが好きだというのに、その季節自体が嫌いなんじゃ、なにか納得できないじゃない。私の、冬の妖怪としての、小さな意地から、私たちの毎日は始まったのよ。
 それから、私はわかさぎ姫の知らない、冬の話を、わかさぎ姫は私の知らない冬以外の話を、交換し合ったわ。でも、気付いたのよ。冬が如何にちっぽけなのかを。それもそうだわ。私は冬しか知らなくて、冬しか語れなくて、わかさぎ姫はそれ以外を語れるのだから、三倍も差があるわ。春のあけぼのに、夏の夜に、秋の夕暮に、私の冬は押しつぶされてしまうのよ。豊かな季節の話に、寂しさを覚えてしまうのよ。
 そんな寂しさに負けて、隣を見ると、わかさぎ姫がいて、いつも笑いかけてくれるの。豊かさで、冬の寂しさを語るわかさぎ姫が、笑いかけてくれるの。幸せそうに。暖かく。それで、冬しか知らない私はもっと惨めな気分になったわ。やっぱり、湖を腐らせるとろくなことがないと思ったの。でも約束だから、この冬の間はずっとそんなわかさぎ姫のそばにいるのよ。辛くても。惨めでも。冬を知ってもらいたいから。
 こんなに意地になる必要ないと思ったりもしたけど、もしかしたら、わかさぎ姫の笑顔の中に、冬を楽しんでいる部分があるんじゃないか、と思う時があるの。だから、離れられずにいる。
 わかさぎ姫が、雪が好きな人魚が、冬を好きになってくれたのなら、私を通して冬を愛してくれたのなら、と願わずにはいられないのよ。寒さに疎まれる冬を好きになってくれるものを、私が幸せな季節を、分かち合ってくれるものが欲しいから。
 それから何日か過ぎて、わかさぎ姫が語り掛けてきたの。
 その言葉は、私を腐らせてしまいそうな、溶かしてしまいそうな、そんな言葉だったわ。









湖が腐るまで





「ねぇ、レティ」
「なにかしら」
「冬って、こんなにも優しいのね」
「そうかしら」
「ええ、だって、冬の妖怪さんが教えてくれた冬は、とても優しく感じられたもの。だから、冬は優しいんだわ」
「私がいなければ、あなたを閉ざしてしまうのに?」
「そう、閉ざしてしまうわ。でも、雪がなければ、レティとも出会えなかったし、あなたに冬を教えてもらえなかったわ」
「雪を好きというあなたが珍しかっただけよ」
「それでも、私には大きなことだわ。寂しいだけの冬を、こんなにも暖かく過ごせるんだから、とても優しい季節よ」
「私がたまたま隣にいた、それだけじゃない」
「ええ、ええ、だから、レティと過ごす冬が、好きなの。レティのいない日が考えられないくらいに、好きになってしまったの」
「冬の寂しさに踊らされているだけよ、それは」
「そうかしら」
「そうよ。あなたには大事な友達がいるでしょ、冬が終わればそれも忘れるような豊かな日々が帰ってくるもの」
「いいえ、きっとこの冬は忘れられないわ。だって特別だもの。こんなに優しい冬は初めてだから、忘れられないし、何度も思い出してしまうわ。レティのことも一緒に、思い出してしまうわ。そしてきっと、思いが降り積もるの。雪みたいに。あなたを思ってしまうの」
「湖が腐ってしまいそうな台詞ね」
「湖が腐るの?」
「氷が融ける様は、そんな風にも見えるわ」
「そう、そういう見方もあるのね。でも、今ので腐るとしたら、レティの心だわ」
「そうね、腐ると思ってしまうのは、きっとその言葉に溶かされたいからだわ」
「だからね、レティ。また次の冬もこうしていてくれるかしら。あなたと過ごす冬なら、大好きよ」
「ええ、いいわ。湖が腐るまで、ずっとあなたと。春が来るまであなたと、冬を好きになってくれたあなたと、一緒にいるわ。いいえ、いたいわ」
「ありがとう」
「いいえ、こちらこそ」









後書き





深刻なネタ不足に見舞われています(挨拶)
というわけで、なんかまぁ、うん、いつものあれです。
バレンタインです。
バレンタイン関係ないけどまぁ、溶けるあたりでなんかこう、チョコ的なものを連想していただければorz


それでは最後に、東方シリーズ原作者であるZUN氏に多大な感謝を!
読んでくれた読者様にありがとうを送ります。


以上。



感想スペース

コメント欄:

  • 今更ではありますが、楽しく読ませていただきました!
    しんしんと、静かに雪が降り積もるようなモノローグで綴られるお話が、「二人だけの世界」であるということを一層際立たせます
    一面真っ白な雪景色の中、何者にも邪魔されることのない二人だけの冬という情景がありありと浮びました

    「冬を好きになってもらいたいから」わかさぎ姫と一緒にいるレティさんと
    「あなたが好きだから(一緒にいられる)冬も好き」と語るわかさぎ姫がすごく「らしい」感じがして素敵です!
    雪の積もった氷湖という寒々しい舞台なのに、どうしようもなく心が暖かくなるような……

    人魚と雪女は、どちらとも悲恋や別れを連想させるキャラクターですが、
    気持ちに素直なわかさぎ姫と、好意に対して一歩引いたようなレティという二人の語り口から、
    宿命を超えようとして身を滅ぼした人魚姫と、宿命を受け入れるために自ら姿を消した雪女という
    種族そのもののキャラクター性の違いを感じ取ってしまうのは、深読みのしすぎでしょうか……
    お別れの似合う二人だからこそ、ラストの別れを受け止めて想いを伝え合い再会を期する姿に胸が熱くなりました -- otabe? 2018-08-25 (土) 06:20:30