艦娘紹介/Richelieu

Last-modified: 2023-04-18 (火) 00:51:42
アイコン詳細
Richelieu.jpg艦種戦艦
艦型Richelieu級1番艦

艦娘としての特徴

未改造の状態でも対空以外は榛名改二並の高い能力を有しており、燃費も金剛型改二と同等。改にすると金剛型改二に比べ耐久がビスマルク並に高くなるが金剛型改2と比べて対空値が低いので序盤での戦闘や第2艦隊での探照灯持ちとして活躍ができるかもしれない。
コストパフォーマンスに優れる他、欧州の高速戦艦ということで欧州のイベントの場合イタリア姉妹やビスマルクと同じく強いルート固定要員になることも多い。搭載数こそ少ないものの自国製のLaté298B水上爆撃機が乗るのでキラ付けもしやすく非常に支援に適した子。持参する38cm四連装砲改も非常に優秀である。
改じゃない方の38四連装砲も持参する。改じゃない方も改もリシュリューが改修可能であり、改じゃない方から改に改修更新可能である。
…が、これをすると41砲が山程必要な上に冗談にならないレベルでネジが消し飛ぶ。38cm四連装砲改が多いと便利なので用意したいところだが、労力的にはリシュリューを複数入手するのと対して変わらないかもしれない。海外戦艦の常でなかなか入手手段に難儀するが、イベントによっては割と掘りやすいポイントで出たりもする。貴重な海外高速戦艦なので、その際には是非確保しよう。

おんこれ的解説

17年夏イベで実装されたフランス戦艦で久々の高速戦艦。
フランス西部にあるブレスト海軍造船所にて、1935年10月22日起工、1939年1月17日進水。1940年1月には公試も始められていたが時すでに遅しで同5月にドイツがフランスに侵攻しフランス軍の防戦むなしく破竹の勢いで防衛線を突破しつつあった。梅毒に感染していたのを軍司令官にしたらそりゃそうなるよ
そのため未完成な部分があったものの、拿捕されることを防ぐためリシュリューは完成間近の段階で就役させ、ブレスト陥落直前の1940年6月19日にフランスを脱出し、当時の仏領西アフリカのダカールに入った。その後知っての通り本国フランスはドイツに降伏し傀儡政権であるヴィシー政権が誕生した。これを受けイギリス軍は国外に逃げたフランス海軍の艦船が枢軸側であるヴィシー政権で運用されるのを防ぐために世界初の空母であるハーミーズを中心とした艦隊をダカールに送り込み、自由フランス側に付くか枢軸側で付くかで最後通牒を突き付けたものの、リシュリューの艦長が翌早朝に迎撃のため出港することを決意していたためそれに対する返答がないので、イギリス軍は攻撃を決意しその晩に高速艇を港内に突入させリシュリューの艦尾へ4発の爆雷を投下し、スクリューと舵の破壊を狙ったものの失敗した。ちなみにこの時は失敗したもののこの手のコマンド作戦はイギリスが得意としてる分野で後に行われるティルピッツなどドイツ海軍の大型艦艇を修理しうる唯一の施設であったサン=ナゼール港の乾ドックの強襲作戦では駆逐艦一隻に爆薬を満載し、護衛にコマンド部隊を満載した魚雷艇や魚雷艇に砲を満載した機動砲艇などの部隊で爆薬満載の駆逐艦を見事にドックに突入させて爆破に成功している。
高速艇による作戦が失敗したため、翌日リシュリューは空母ハーミーズより発艦したソードフィッシュ6機による空襲を受け、魚雷1本を艦尾に受け推進軸が損傷するなどの大損害を受けることになった。更に運が悪いことにダカールには修理用のドックがない為、損傷は放置状態になった。
そして4か月後にアークロイヤル航空隊の支援の下自由フランス政府軍とイギリス軍の連合軍が上陸作戦を行ったものの濃霧と現地部隊の猛反撃により阻まれ、ド=ゴールは「フランス人同士で血を流す悲劇を避けるため」と称して撤収を命じた。肝心の自由フランスに梯子を外された格好のイギリス海軍は散発的な攻撃に終始した。参加した2隻の戦艦、バーラムとレゾリューションが3日間で撃ち出した主砲弾は合わせて250発に過ぎず、アーク・ロイヤル航空隊も不活発であっただのグダグダで、砲を使って反撃してたリシュリューも命中弾なしで戦闘を終了している。この戦いが原因でド=ゴールは指導力の低さや情勢判断の甘さを露呈し、連合国においてもフランス海外領土においてもその立場を低下させ、11月にはイギリスの支援でガボンを制圧し仏領赤道アフリカを統一したものの、失態を完全に取り戻すには至らなかった。イギリス軍「味方が阿保だから戦闘できへん」
戦闘後まもなく、リシュリューの修理と改装が再開された。遠隔地ゆえ苦労しながらもなんとか12月に囲い堰が取り付けられて本格的な排水が始まり、翌年2月末には破孔の応急修理が完了し、フランス戦艦としては初めてとなるレーダーが装備された。
1942年11月8日、ヴィシー政府との確執のないアメリカを中心として連合国軍は北アフリカへの大規模な上陸作戦(トーチ作戦)の敢行やヴィシー政府の求心力低下もあってアフリカ各地の植民地政府はことごとく自由フランスに旗幟を変え、リシュリューも含む残存兵力は連合国に引き渡された。その後アメリカのドッグに移送され更に改修された後、イギリス海軍の戦力として運用されることになり、地中海艦隊や本国艦隊の一員としていくつかの作戦に参加した後に東洋艦隊に編入され、対日戦に従事することになる。その際に羽黒を邀撃する作戦に参加したものの護衛の駆逐艦で片が付いたため戦うことはなかった。
終戦時は南アフリカのダーバンでドック入りしており、9月2日東京湾で行われた降伏調印式に参加。
戦後は第一次インドシナ戦争の支援のために兵員の輸送と支援砲撃の任に付いた後に6年ぶりにフランス本国に帰投し、1956年にブレストに繋留され訓練施設艦となり、1958年に予備役へと編入。1967年12月に除籍。翌年1月16日に艦名が「船体Q432」となった。同年9月、サンタマリア造船所に売却され解体され、数奇な艦歴に幕を下ろした。

 

艦これにおいてはCommandant Testeに続くフランスからの艦娘で同じくフランス語を多用している。
特徴的な形を参考にしたのか外見の特徴として四連装主砲が二門まとめて配置された左右非対称でかなり片寄った形になっている。
性格は基本的に周りに遠慮しないマイペースな性格だがパリジェンヌらしくファッションや新しいものには敏感らしい。17年9月に実装された私服限定グラは白シャツにジーンズ、青マフラーにサングラスと艦これでも随一の超おしゃれっぷりを披露。翌年の晴れ着やローソンシュークリーム限定グラもめちゃおしゃれである。
二次創作ではやはりおフランスな生まれなのでグルメで料理を日本の艦娘に振る舞ってる光景も(主に秋月型とか)
どっかの英空母とは違く、提督には甘く献身的で世話を焼くところがあるので純愛ものに期待したい。