ジーキル博士とハイド氏

Last-modified: 2009-10-14 (水) 15:24:27
 

スティーヴンソン(田中西二郎・訳) 『ジーキル博士とハイド氏』 新潮文庫

 

「ジキルとハイド」といえば、二重人格や、人の両面性をあらわすものとしてしられている。
その語の語源となったのが本作である。
弁護士アタスンが知人から聞いた奇妙な人物ハイド、彼は街でも評判の悪い人物であり、彼の悪行はひどいものであった。
しかし、彼はアタスンの友人であり、高潔な紳士としてしられるジーキルの遺産相続人でもあった。
この二人の関係はなんなのか? そしてハイドとは何者なのか?

 

本作は怪奇小説として知られているが、ハイドという人物を探していく探偵小説でもある。
"あいつが隠れ役(Mr. Hyde)なら、おれは探し役(Mr. Seek)になってやる"
というアタスンの台詞がそれを示す。
だが、アタスンが探し求めるハイドという人物はジーキルのもう一つの人格であり、
彼が薬で作り出した純粋な悪の象徴である。
ここが、探偵小説とは異なる部分である。
「ハイドとは何者なのか?」と探求することが「悪とはなんなのか?」というテーマにいつの間にか転じてしまうのである。

 

人を殺すこと、傷つけること、忌むべきこれらのことに対して、我々もそうしたい衝動を少なからず持っている。
悪について真摯に考えたがためにジーキル博士の悲劇は生まれたのであろう。
「善と悪との混合体」である人間にとって、どちらも排除できるものでもなく、共生してゆくものなのだろう。

 

人物描写が優れているので古典として読むのも良い。訳も非常に読みやすかった。

 

担当者 - 鷹取