だが、カノンはそうは思っていなかった。
確かにソナタやロンドはララベルを「力に取り込まれたもの」と
形容していて、実際彼女はそう思わせたかったのだろうけれど、
カノンはそれこそがララベルの英雄論の本質だと
見抜いていたのだ。
カノンの中でそれが決定的になったのは、ララベルが
「これで晴れて、私も英雄の仲間入りだ」と嗤った時だった。
カノンの英雄論に基づいて考えるのならば、
例えそれに相応しい力がなくとも、
人々のために逆境に立ち向かう者は等しく英雄である。
だからカノンは、ララベルが英雄であるならば、
「2億のエルスタニア帝国民を救った」と
素直に宣言するはずだと考えた。
ところが、ララベルは力が手に入ったことで
「英雄の仲間入り」をしたと言った。
2億の人を犠牲にして得た力で、彼女は英雄になったというのだ。
そこに、彼女の挫折があることをカノンは見抜いた。
きっと在りし日のララベルは、純粋に英雄を夢見て、
そしてその果てにその挫折を経験したのだろう。
英雄になれなかったのか、大切なものを失ったのか、
あるいは罪に手を染めたのか、そこまではわからない。
だが、きっと彼女がたどり着いた結論はこうだったはずだ。
「どれだけ気高い志を抱いていても、力がなければ意味がない」
そしてその挫折は、その結論は、
本当に何かを想い、心の底から英雄を志した者しか
辿り着けない境地であるとカノンは知っていた。
──『かつて英雄だったキミたちへ』より抜粋