カノンが纏うダイブギアのソールがコンクリートを叩いた音が
工場に広く反響して、先ほどの報告通りこの区域にはもう誰も
残っていないことがわかった。
──まあ、それならそれで。
工場である以上は間違いなく人間の手で作られたはずの
文明の遺跡なのだろうけれど、そこに人を感じさせるものは
ひとつもない。それどころか、固められたコンクリートにさえも
ヒビを入れて、人類に奪われた土地を取り返さんと根強く逞しく
奮迅する植物たちのほうが、この場所の正しい所有者であるように
思えてくる。
カノンは工場の、老朽化からか一部が崩落した天井から差し込む
光でできた日だまりに足を踏み入れた。
踏みつけられた草が、涙を流すように頭を垂れて露を零す。それを
憐れむように天井からぽつんと雫が垂れてきて、カノンの髪を
濡らした。カノンが抗議するように天井を見ると、
続けて落ちた雫がカノンの額を直撃して、
カノンは「ううぇ」と小さく呻いた。
犬のように首を振って水を軽く飛ばしてから、無造作に髪を
なでつけると、こちらをじっと見ている一羽の水鳥に気がついた。
いや、正しくはカノンの足元に咲く小さな一輪の花を、だろうか。
「これが欲しいの?」
カノンがそれを摘んで近づこうとすると、水鳥は弾かれたように
大きく羽ばたいて空へ飛んだ。いくつかの羽根が合わせて
舞い上がるのを合図としたように、続けて工場にいる大勢の水鳥が
一斉に羽ばたく。
「近くに湖でもあるのかな」
カノンは息を吐いて、編隊を組んで空へと向かう鳥を眺める。
みんな飛んでいってしまった。鳥も、きっと人間も。
地に足を付けている生き物はカノンだけで、そんなカノンを
気に留める者はこの場に誰もいなくて、もう誰も
思い出すことのない土地で、カノンだけが取り残されている。
とうに終わった世界の中で、カノンだけが終わることなく
生き続けている。