ファンデルワールスの朝に

Last-modified: 2025-03-26 (水) 00:49:24

 そこにいたのはカノンだった。

 窓辺に立つカノンの姿は、朝焼けに染められた金の糸のように輝いていた。
 風に揺れる陽だまり色の髪、その先に広がるのは、まだ眠る城下の街並みだった。

「お姉ちゃん、今日もいい日になりそうだね!」

 振り返ったカノンの瞳は、無垢な陽の光をそのまま映したように澄んでいた。
 私がまだ手にしたことのない、果てしなく広い世界を見据えるような目をしていた。

 エルスタニアを継ぐのは、カノンの方がふさわしい──。

 幼い頃から、私はそう思っていた。

 けれど、王の名を冠するのは、第一王女である私。
 国の者たちの期待も、忠誠も、そのすべてが私に注がれている。
 妹よりも優れているからではない。ただ順番がそうだから。

「お姉ちゃん、今日はお庭でお茶を飲みましょう!お花がとても綺麗なの」

 私が何か言うよりも早く、カノンはくるりと踵を返して、軽やかに駆けていく。
 彼女はいつもそうだった。
 幼い頃から、まっすぐに、眩しいほどに。私が立ち止まることを知らずに駆けていたのと同じように、けれど、どこか違う軌跡を描いて。

 私が必死に手を伸ばして掴もうとしていたものを、カノンは息をするように手にしていた。
 剣も、知識も、言葉も、人の心さえも。
 私が努力で築き上げたものを、彼女は生まれながらに持っていた。

 それが悔しいと思ったことは、一度もない。

 ただ──いつの頃からか、私は知ってしまったのだ。

 カノンは、私のことを誇りに思っていると。
 私を支えたいと願っていると。

 そうして、私もまた──。

「同じ想いだというのに、ね」

 さっきまでカノンを照らしていた陽は急に陰り、私を照らしてくれはしなかった。

 私たちは、どこですれ違ったのだろう。

 戸惑いを隠しながら、私はそっと目を閉じる。

***

 まだ幼かった頃、ふたりで青空を見上げたことがあった。

 雲一つ無い蒼天の下、手を繋ぎながら。

「おねえちゃんが王さまになったら、カノンがずっと支えてあげるからね!」

 カノンは私にそう言った。無邪気に、疑うこともなく。

 私は何と答えただろうか。

 ──きっと、微笑んで、彼女の手を握り返したのだ。

 あの頃は、ただ信じていた。

 どちらが王になろうとも、ふたりでずっと一緒にいられると。

 すれ違いは、決して離れることではない。

 私は、そっと、胸の奥にしまいこんでいた幼い日の約束を思い出し、もう一度、握りしめるように微笑んだ。

 雲は流れ、陽のぬくもりが私の頬をあたためた。


──『ファンデルワールスの朝に』より抜粋