ミルキーウェイは届かない

Last-modified: 2025-04-21 (月) 14:19:31

塔のてっぺんに風がぶつかって、鉄板がみしみしと鳴っていた。
この国の夜は風が強い。月がない日は、真っ暗だった。

今夜はまだ、ましなほう。
遠くの空がうっすら明るくて、それを目印に歩けば、森の道にも迷わずに済む。

けれど、それでも、帰り道はなかった。
事件はまだ終わっていない。

風雅はかつて一度だけ、何もかもを放り出して任務から離れようとしたことがあった。
もう充分やった。姫に言い訳できるくらいには、がんばった。
そう思えた瞬間が、結果的にそうしなかったとはいえ、思ってしまったという事実が、風雅の永遠の呪縛になっていた。

「シドウは弱かった、ただそれだけなのだけど」

誰に対してでもなく風雅はそう呟くと、呪いの鎖を抱きしめるようにして、一歩を踏み出した。
外套が少し冷たい。
風雅は剣の柄を撫でると、その使い込まれた感触がエルスタニアを思い出せた。

単独任務は初めてではなかったが、こんなに心細いと感じたのはしばらくぶりだった。

「そう…、心細かったのね、穏やかじゃないわ」

空を見上げても、星は少ない。
エルスタニアの空とも、GARDENの空とも、ぜんぜん違う。
それさえ初めてではないはずなのに、なぜだか今回ばかりは、弱い自分が顔を出す。

風が吹くたび、髪が顔にかかる。少し湿っていた。
夜露だろうか。あるいは──

「……似ている、あのときに」

あの弱かった頃の自分に、あの頃の士道風雅に。
軋み響く鉄の音色は、心做しか胸を締め付ける見えない鎖を、あたかも実在するかのように思わせた。

もうすぐ、終わる。

もうすぐ、終わらせる。

そして、帰る。

──逃げない。

風雅にとって、この見えない額は約束だった。
思い出すたびに自分を強くしてくれる呪いだった。
弱さという大河に流されたとしても、自分を勇敢さの陸地に繋ぎとめ、力なく沈むことを許さない救いだった。

「この河も、鎖も、姫に知られてはいけないのよ。永遠に届いてはいけないの。おわかりかしら」


──『ミルキーウェイは届かない』より抜粋