月喰と「月」の争奪戦が始まって1時間ほど。隠し場所と思われる洞窟に向け、運命たちは森の中を進んでいた。
「トラブルに巻き込まれる可能性はあると思っていたけれど」
モノが額に流れる汗を拭う。日頃から鍛え上げられている彼女であっても、ムトの熱帯気候と複雑な地形には難儀しているらしい。
「鶴喰一族、それも軍人の再現体が出てくるなんてね」
「うん、私もびっくりしちゃった」
闇虹も顔を手で扇ぎながらため息を着く。一方、ソナタは同じくうだる暑さに苛まれてはいたものの、黙々と歩みを進めている。
「……慣れてるの?」
「ん?何の話だろうか?」
「こういう森や山間部での作戦よ」
闇虹とモノの問いかけに、ソナタは静かに微笑みを返す。
「軍団を指揮する立場にあったとしても、歩く道は兵卒と同じだ。
特に他国への遠征の際は、山が国境になっているケースも多い」
「そうなんだ」
闇虹は相槌を撃ちつつ、月喰のことを思い浮かべていた。やっぱり月喰も、ソナタのように過酷な環境で訓練や軍事作戦に従軍していたのだろうか。
「特に厄介なのが、虫の類いでな」
「噛まれてかゆくなるのがイヤとか?」
「まぁ、そういうことだ。
最悪なのは、毒を持った種に噛まれることだが」
自分で言いながら、闇虹は思わず自分の四肢を確認した。彼女らは全員、水着で森を歩いている。騎士故にどんな虫や動物に噛まれても致命傷にはならいだろうが、不快感がなくなるわけではない。
「ムトは豊かな植生にも関わらず、動物もあまり見かけない。
そんなに警戒しなくても___」
「かゆいぃーーーー!!」
叫び声がした方に一斉に振り向く。そこには、背中を掻こうとするも絶妙に手が届かず、のたうち回っている月喰がいた。運命たちは見なかったことにして素通りしようとする。しかし競走中だということを忘れているのだろうか、そんなことを気にしていられないくらいの痒みなのだろうか。月喰は全速力で闇虹に駆け寄り、背中を向ける。
「休戦!一瞬休戦!
お願いだから背中搔いて!」
「しょうがないなぁ……」
月喰のジャケットを脱がせ、闇虹は背中を確認する。彼女の軍服は特殊な構造らしく、ジャケットを脱がせるだけで白い肩甲骨のラインが露わになった。よく見ると、ちょうどその真ん中あたりが小さく腫れている。闇虹は懐からそっとかゆみ止めを取り出すと、月喰の患部に丁寧に塗り込んでいった。
「はぁー…♥」
「マシになった?」
「マシになったー…」
久条くんのために用意したんだけどなぁ。
闇虹はため息をついたが、月喰の満足そうな笑顔を見て、
文句は飲み込むことにした。
「ありがと、闇虹ぅー♪」
コートを羽織り、勢いよく月喰は立ち上がる。
「でも、勝負とは話が別だから!
今度こそ負かしてやっからよー!!」
調子を取り戻し、また駆け出していく月喰。
ソナタは苦笑し、モノは静かにかぶりを振った。
「変わんないなぁ、あいつ」
闇虹だけが、小さく微笑んでいた。