フルマー
Last-modified: 2024-04-11 (木) 17:45:54
基本データ
入手方法
性能や運用について
4月28日のVer3.0.0アップデートで、対空+4の代わりに、爆装-2・対潜-1の修正を受けた。*1
元ネタ解説
- イラストはインタークーラー両側にエアインテークが追加されているため改良型のMk.IIであると思われる。
- イギリス、フェアリー社が開発した複座艦上戦闘機フルマー。イギリス海軍初の本格的な単葉戦闘機である。
- 世界に先駆けて航空母艦を作り上げていたイギリスであったが、肝心の艦上戦闘機は複葉機のニムロッドやオスプレイしかなく、諸外国に一歩劣っていた。
- 計画が持ち上がったのが1938年。仕様書O.8/38に基づいた、単発戦闘機の配備を決定。
フェアリー社は開発中だったP.4/34軽爆撃機*2を複座戦闘機に改修した機体を海軍に提案した。
1938年3月に海軍は127機を発注している。
(この頃の陸上戦闘機にはハリケーンやスピットファイアなどイギリス戦闘機の代表格とも言える機体が開発されていた)
- 複座戦闘機という耳慣れない形態をイギリス海軍がこだわっていたわけは、目印のない海上飛行で航法担当がパイロットを適切に誘導する必要があると考えていたから。
日本やアメリカなどは単座であっても問題なく帰還できていたことからイギリス海軍の考え方は杞憂だった。
ただ長距離飛行の際は複座や三座の偵察用の機体が先導を行うという補助を必要としており、イギリス軍の考えはあながち間違いではない。
実際にマルタ島への単座戦闘機フェリー輸送ではイギリス軍もフルマーをハリケーンらの先導として発進させている。
- また、軽爆撃機がベースになった理由にメーカー同士の縄張り争いがあった。
スーパーマーリンやホーカーのような戦闘機の名門をRAF(空軍)が抱え込んでいたため、これまで海軍機を手がけてきたフェアリーやブラックバーンなどの攻撃機メーカーに発注せざるを得ないという実情があった。
- フルマーは複座であるため重量が大きいが、エンジンパワーが不足していた。
同期で同じエンジンを積んだハリケーン戦闘機と比べて、1.6倍も重かったことから速度も400km/hを超えられなかった。(ハリケーン全備3300kg:フルマー全備4850kg)
そのため戦闘機としての性能は微妙と言わざる得ないものになってしまった。
- 1940年6月には初期発注分のMk.I型127機が納入。
1941年2月にはエンジンをマーリン30に換装したMk.IIが初飛行し、1942年から配備された。
Mk.IIは最高速度438km/hを出すことができる。
- フルマーの初実戦はマルタ島でのイタリア空軍の複葉戦闘機CR.42であった。
以後、主に地中海方面で戦闘を重ねていった。
当時のイタリア空軍主力Cr.42は最高速度と運動性能はフルマーを圧倒するものであったが、一撃離脱戦法を徹底したフルマーは多くの勝利を収めている。
特にフルマーは軽爆撃機をベースにしていたため重装甲であり、陸上戦闘機と変わらない重武装だったため一瞬の交戦でCR.42を撃墜できた。
- 1942年のセイロン沖海戦では日本海軍と交戦している。
ここではフルマーは全く歯が立たず、壊滅的な被害を受けている。
重装甲重武装であっても加速性能の優位性がなかった場合、一撃離脱戦法が有効に働かないという例となった。
- 1942年にはスピットファイア戦闘機の海軍版シーファイア、ハリケーン戦闘機の海軍版シーハリケーン、アメリカから供与されたマートレットといった単座戦闘機やフェアリー社が開発したファイアフライ複座戦闘機が続々と開発・生産が始まっており、フルマーは前線から退くこととなった。
- 余談だがフルマーには夜間戦闘型NF Mk.IIというバージョンがある。
AN/M2 Browning 12,7mm機関銃x4を装備した機体が50機が生産され、Mk.IIから改修された100機と合わせて150機が作られている。
残念ながら目立った活躍はできなかったとされている。
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