No132 加古/元ネタ解説 の変更点


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 |~所属|大日本帝國海軍|
 |~艦種・艦型|古鷹型一等巡洋艦(重巡)|
 |~正式名称|加古(かこ)|
 |~名前の由来|加古川 日本国兵庫県 大阪府|
 |~起工日|1922.11.17|
 |~進水日|1925.4.10|
 |~就役日(竣工日)|(1926.7.20)|
 |~除籍日(除籍理由)|1942.9.15(第一次ソロモン海戦/Battle of Savo Island 1942.8.10沈没)|
 |~全長(身長)|185.166m|
 |~基準排水量(体重)|7950英t(‪8077.6t)→8700英t(‪8839.6t)(1939)|
 |~出力|ロ号艦本式重油専焼缶10基ロ号艦本式石炭重油混焼缶2基Brown Curtis式蒸気タービン4基4軸 102000shp(103414.7PS)&br;→ロ号艦本式重油専焼缶10基Brown Curtis式蒸気タービン4基4軸 110000shp(111525.7PS)(1939)|
 |~最高速度|34.6kt(64.07km/h)→33.0kt(61.11km/h)(1939)|
 |~航続距離|14.0kt(25.93km/h)/7000海里(12964km)|
 |~乗員|627~639名|
 |~装備(建造時)|50口径三年式20cm単装砲6門&br;40口径三年式7.62cm単装高角砲4門&br;61cm連装魚雷発射管6基12門&br;艦載機x1|
 |~装備(1939)|50口径三年式20.3cm連装砲3基6門&br;45口径十式12cm単装高角砲4門&br;61cm四連装魚雷発射管2基8門&br;艦載機x2|
 |~装備(1939)|50口径三年式20.3cm連装砲3基6門&br;45口径十式12cm単装高角砲4門&br;60口径25mm機銃12門(6×2)&br;61cm四連装魚雷発射管2基8門&br;艦載機x2|
 |~装甲|舷側:76mm 甲板:32~35mm 砲塔:19~25mm バーベット:25mm|
 //|~その他ゲームとの性能違い||
 |~建造所|川崎造船所社 (現 川崎重工業船舶海洋カンパニー神戸工場) (日本国兵庫県神戸市) |
 
 古鷹型重巡洋艦2番艦。姉の[[古鷹>No131 古鷹]]と、準姉妹艦の青葉型とで第六戦隊を編成。大東亜戦争の緒戦を駆け巡った。
 1942年8月8日、帝國海軍第八艦隊はルンガに停泊する連合軍艦隊を夜襲。これを血祭りに上げる大戦果を得た。
 その帰り道、加古は忍び寄ってきた米潜水艦の雷撃を受けて沈没。大戦果に泥を塗る結果となってしまった。
 
 -艦名小ネタ
 日本海軍では一等巡洋艦に山岳名、二等巡洋艦に河川名を付けるのが慣習となっていた。
 加古は重巡洋艦(=一等巡洋艦)であるが加古川から名前が取られている。
 これはもともと川内型巡洋艦の4番艦に宛がわれたものだったが、オマハ型を圧倒できる新しい巡洋艦を建造するため、川内型を3隻で取りやめた。
 そして浮いた加古の名前を流用したため、加古は河川名の重巡洋艦となった。