No261 白露/元ネタ解説

Last-modified: 2023-06-13 (火) 13:38:17
所属大日本帝國海軍
艦種・艦型白露型駆逐艦
正式名称白露(しらつゆ)
名前の由来白露 草木に降りた露が白く見えること、露の美称
起工日1933.11.14
進水日1935.4.5
就役日(竣工日)(1936.8.20)
除籍日1944.8.10(1944.6.15沈没)
全長(身長)111.0m
基準排水量(体重)1685英t(1712.0t)
出力ロ号艦本式重油専焼缶3基艦本式蒸気タービン2基2軸 42000shp(42582.5PS)
最高速度34.0kt(62.96km/h)
航続距離18.0kt(33.33km/h)/4000海里(7408km)
乗員226名
装備(1944)50口径三年式12.7cm連装砲2基4門
九六式25mm機銃x11(3x3+1x2)
61cm四連装魚雷発射管2基8門
爆雷投射機x2
爆雷投下軌条x2
装甲なし
建造所佐世保海軍工廠 (現 名村造船所社佐世保造船所/佐世保基地) (日本国長崎県佐世保市)
  • 白露型駆逐艦のネームシップ。
  • ワシントン海軍軍縮条約の締結後に登場し、世界に衝撃を与えた日本の特型駆逐艦だが、その建造・運用コストは当の日本海軍にとっても大きな負担となりつつあった。
    また、こうした大型駆逐艦の存在は、同時期に各国が(ワシントン軍縮条約で建造が制限された)戦艦の代替戦力として建造を推し進めていた条約型巡洋艦(後の重巡洋艦)と共に「戦艦や空母を制限して軍縮しようとしたら、巡洋艦や駆逐艦などの補助艦艇で軍拡が進んだ」状況を作ってしまい、軍縮という目的そのものを根本から脅かす存在となっていた。
  • こうした状況からロンドン海軍軍縮条約が締結され、新造駆逐艦は排水量1,500tまでに制限されてしまう*1。この状況に対して日本海軍が出した命令は「1,500t級の小型駆逐艦に特型並みの武装しろ」という極めて無茶苦茶なシロモノであった。
    この要望に応えて第1弾となる初春型駆逐艦が建造されたが、案の定というべきか通常の航行すら覚束ないレベルに復原性が劣悪な超トップヘビーな艦になってしまい、さらに第四艦隊事件による船体強度不足まで重なり、これらに対応した結果「特型よりも重く、遅く、弱い」という完全な失敗作と化してしまった。
  • これを受け、軍は初春型の建造を打ち切り、復元性ベースで再設計した駆逐艦を設計。これが後の白露型である。
    重心の低下や速力の回復を試み、武装面では後の日本海軍艦艇のスタンダードとなる61センチ四連装魚雷発射管を初採用。初春型で採用された次発装填装置にも対応し、8射線16本の雷装を得た。
  • 強度や復原力を確保した上で軽量化も図ったが、結局完成してみれば特型と大差ない排水量1,685tとなっていた。この事実は初春型ともども隠蔽されて諸外国には1,500tと捏造報告している。
    用兵面では航続距離の不足が大きく問題視されており、次級の朝潮型は最初から条約脱退を見越して設計されたため、結局日本海軍にロンドン海軍軍縮条約に対応した小型駆逐艦が生まれることはなかった。
  • 艦型については地味に面倒な変遷を経ており、当初は初春型5番艦「有明」、6番艦「夕暮」、および一部の姉妹艦と共に「有明型駆逐艦」に分類されていた。
    その後、有明や夕暮と白露以降では設計がだいぶ異なるとのことで有明と夕暮を初春型に戻し、白露以降の艦が新たに白露型と規定されている。
    最終的に白露型は10隻となり、太平洋戦争でも多くの戦いに参加したが、1945年初頭の2番艦「時雨」の撃沈をもって10隻全てが戦没した。
     
  • 太平洋戦争の開戦後は、初春型の有明および夕暮、そして妹の時雨とともに第二十七駆逐隊を結成。
    珊瑚海海戦やガダルカナルの戦いに参加し、ヘンダーソン飛行場の攻撃やルンガ泊地への強襲などにも参加。
    第3次ソロモン海戦にも参加したが、ここでは妹の夕立を失い、護衛対象の戦艦比叡も沈没してしまう。
  • その後の輸送作戦中、空襲を受けて艦首切断寸前のダメージを受ける。応急修理では治りきらず、佐世保に戻って修理を行うが、この間に有明と夕暮が相次いで戦没してしまう。
    姉妹艦の村雨と五月雨を加えて再編されるが、ブーゲンビル島沖海戦でも被弾して舵が故障。
  • こうして多くの戦いに参加した白露だが、思いもかけない形で最期を迎える。
    あ号作戦に伴うタンカー護衛任務の最中、敵潜水艦の襲撃を受けた白露は回避行動を取ったのだが、この際に何を誤ったのか、船団の中に自分から突っ込んでしまい、タンカー清洋丸の艦首に激突。爆雷や弾薬庫に誘爆し、瞬く間に炎上・沈没した。

*1 特型は1,680t。なお、総排水量の16%までは1,850tまで認められたため、特型を廃棄する必要はなかった