No415 イングランド/元ネタ解説

Last-modified: 2021-02-15 (月) 21:59:58
所属United States Navy
艦種・艦型バックレイ級護衛駆逐艦→高速輸送艦(1945)
正式名称USS England (DE-635)
名前の由来John Charles England(1920-1941) アメリカ海軍少尉 1941年12月7日の真珠湾攻撃の際、戦艦オクラホマ艦上で戦死
起工日1943.4.4
進水日1943.9.26
就役日(竣工日)1943.12.10
退役日(除籍理由)1945.10.15(1946.11.26売却)
全長(身長)93m
基準排水量(体重)1740英t(1767.9t)
出力Foster-Wheeler製水管ボイラー+General Electric式蒸気タービン+発電機+電動機各2基2軸 37800shp(38324PS)
最高速度23.0kt(42.59km/h)
航続距離15.0kt(27.77km/h)/3700海里(6852km)
12.0kt(22.22km/h)/6000海里(11112km)
乗員士官15名 兵員198名
装備3inch50口径Mk.22単装砲3門
21inch三連装魚雷発射管1基3門
1.1inch機関砲x1
20mmエリコン機関砲x8
爆雷投射機x8
爆雷投下軌条x2
ヘッジホッグ1基
装甲なし
建造所Bethlehem Shipbuilding Corporation, Fore River Shipyard, Quincy, Massachusetts
(ベスレヘム造船フォアリバー造船所 アメリカ合衆国マサチューセッツ州クインシー市)
勲章不明 WWII (10 stars)
Presidential Unit Citation
Asiatic–Pacific Campaign Medal
World War II Victory Medal
  • イングランドはアメリカ海軍の護衛駆逐艦、バックレイ(Buckley)級のうちの1隻。ややこしいことにバッレイ(Bagley)級駆逐艦も存在するがこちらは別。
    バックレイ級はターボ・エレクトリック方式の主機を搭載したもので、6クラスある護衛駆逐艦の中で最も生産された(米102隻+英46隻+高速輸送艦化6隻)。
    名前が「イングランド」なこともあり国籍をイギリスと間違えそうになるが人名からの命名のため、国名としてのイングランドと直接的なつながりはない。
  • イングランドは第2次世界大戦において、また対潜戦の歴史において唯一無二の戦果を挙げている。その戦果が、12日間に6隻の潜水艦撃沈である。
    ①1944年5月18日午後、伊16を撃沈
    ②5月22日早朝、呂106を撃沈
    ③5月23日午前、呂104を撃沈
    ④5月24日未明、呂116を撃沈
    ⑤5月26日深夜、呂108を撃沈
    ⑥5月31日朝、呂105を撃沈
    これほどの戦果が一度に得られたのは、暗号解読によって日本の潜水艦が散開線を引いていたことを把握していたためであった。
    7隻の呂100型潜水艦が以前ハルゼー機動部隊が複数回通過していた海域に散開線を展開していたが、イングランドはそのうちの5隻を葬ったのだった。(伊号潜水艦は別の暗号解読で迎撃)
    この比類なき功績は、後にアーネスト・キング(米艦隊司令長官兼海軍作戦部長)が語った「アメリカ合衆国海軍に常にイングランドあり」の言葉が残るほどであり、戦後リーヒ級ミサイル巡洋艦の1隻に襲名されることにもなった。
  • 以上の戦果を残したイングランドはその後も主に太平洋南方にて船団護衛に従事していたが、1945年5月9日に日本の急降下爆撃機の襲撃を受ける。
    対空砲火により炎上させることはできたものの、そのまま機体はイングランドの艦橋直下に突入。乗員の3分の1強に及ぶ死傷者を出しながらもどうにか沈没せずに済んだイングランドは、慶良間諸島、レイテ島を経由してフィラデルフィアへ帰還した。
    本格的な修理と同時に高速輸送艦への改造工事も行われたが、終戦により工事は中断された。同型艦が大量にいたことや損傷が大きすぎたことからそのままイングランドは退役、1946年にスクラップとして売却された。