第10回選考会議録要約

Last-modified: 2009-08-09 (日) 14:35:10

第10回日本SF新人賞 最終選考会議

前文

 一次選考通過 13作品

作者名作品名
黒井謙獣守人 ゴザル
井上伊之助マッシュルーム
芝草小太郎ブラック・シルフは空に舞う
小松多聞トロイメライヒ ~夢幻の王国~
青砥邑帰ってきたピーチボーイ
天野邊プシスファイラ
弓木暁火美しい人、白い鳥
杉山俊彦競馬の終わり
網疏雨漏現在、未来及び過去の一般理論

 最終候補作品5作品

作者名作品名
小松多聞トロイメライヒ ~夢幻の王国~
青砥邑帰ってきたピーチボーイ
天野邊プシスファイラ
弓木暁火美しい人、白い鳥
杉山俊彦競馬の終わり

受賞作
天野邊 プシスファイラ
杉山俊彦 競馬の終わり

最終選考会 2008年12月2日
SF Japan (2009SPRING)

最終選考会議

選考委員長山田正紀体調不良により森下一仁が急遽代理。

選考委員は

  • 森下一仁(選考委員長)
  • 図子慧
  • 飯野文彦
  • 林譲治
  • 若木未生

司会進行は久美沙織(日本SF作家クラブ事務局長)

小松多聞『トロイメライヒ~夢幻の王国~』

 微少超重量天体の連続落下による災害と大戦からの復興世界が舞台。主人公は公安の一員として科学者殺害犯を追うが、謀略に巻き込まれ……。ハードボイルドタッチ。

若木偏差値48。背景世界に既視感。万能ヒロインだけでお話が済みそう。主人公のトラウマが不可解。
図子梗概うまい。本文は情感不足。主義主張別にキャラクターが整理されている点に好感。
一番評価が低い。既視感。敵の親玉にリアリティを感じず。
森下評価はあまり高くない。アニメシナリオの案としては良さそう。面白くなりそうな要素を消化し切れていない。
飯野評価低い。キャラクターに対する人物造形が不足。

青砥邑『帰ってきたピーチボーイ』

 気象制御技術の獲得から悠久の時が流れ、人類は遺伝子操作や精神治療で自制を得ていた。

図子部分は面白いが全体の統合性が弱い。桃太郎を下敷きにした軽快な話。キャラクター設定にブレ。
梗概が梗概でない。古くさい時代小説風に始まりお笑いに。一貫性がない。ほのぼのとした印象が残る不思議な作品。
森下変な小説。好感は持てる。ストーリーはよくできているのに簡単な描線で描かれていて小説的ではない。
飯野この作品が一番好き。でもこれってSF?
若木さらさら軽妙に読めるけれどこれはラノベでは。

天野邊『プシスファイラ』

 鯨たちによる音響通信インターネット的統合思念体世界。やがて鯨たちは人類と出会い……。

梗概ダメ。鯨による音声版ネットだが鯨としての描写がない。ネットワーク発達史描写主体。『ディアスポラ』っぽいけど常識からかけ離れた展開のさせ方。
森下読みにくい。鯨との接触によって人類がネット概念を得、鯨と人が共に宇宙に拡散していくあたりは昨年の『宇宙細胞』っぽい。読みにくいが文明やコミュニケーションに真剣に考えている。
飯野読みにくくはなかった。個と世界が一体化する様をパワフルに描いている。強く惹かれた。
若木今回すごく面白いと思った二本のうちのひとつ。ガチ理系SFかと思ったがコミュニケーション論。「なぜ人は言語を使って語り合うのか」。一目惚れした。
図子SFの新人賞、新しさという点では良いが読みづらさは商業作品レベルに達していない。鯨の生活感がなく実在の鯨の生態からもかけ離れている。

弓木暁火『美しい人、白い鳥』

 シベリア民話をもとにしたファンタジー。人形と柄杓に育てられた少年が白鳥乙女と出会って始まる冒険譚。

森下民話を下敷きにした壮大な物語。ストーリーテリングは素晴らしい。語り口に違和感。でもSF新人賞?
飯野完成度高い。よくできたRPGみたい。できすぎていて新人賞にはハマリ過ぎ。
若木民話の良さが生きているが、ラスボス戦が少年ジャンプっぽい。
図子一番楽しめた。完成度が高く独特の世界で、妖怪譚として非常に楽しめる。現代的なテーマの欠如が残念。SFの新人賞より児童文学向き?
ファンタジーとしての完成度は高いが判断に困る。シャーマニズム対人間の文明という構図で人間側が全否定されてそれでおしまいなのが惜しい。

杉山俊彦『競馬の終わり』

 ロシアに侵攻された近未来の日本。人間のサイボーグ化の足がかりにサラブレッドのサイボーグ化が考えられたが……。

飯野一番評価が低い。SFではなく競馬が書きたかったのか。
若木『プシスファイラ』と同じくらい好き。競馬をテーマにした『幼年期の終わり』?
図子一押し。でもSF部分がでたらめ。
高く評価した二本のうちの一本。、SF的な設定もあるけれどまず競馬。何より競馬。
森下SFでなくて競馬。上手い。競馬以外にどんなものが書けるのか気になる。

新人賞は……

『トロイメライヒ』と『帰ってきたピーチボーイ』は落選。残りの三作品について五点満点で採点。

プシスファイラ美しい人、白い鳥競馬の終わり
森下45(後に→4)5
飯野543
図子435
544
若木535
合計2319(18)22
 
久美『プシスファイラ』と『競馬の終わり』の争い?
図子新人賞では青春の物語を期待するが『美しい人、白い鳥』は主人公が少年であるのに瑞々しさが感じられない。『プシスファイラ』は二十代にしか書けない若々しさ、『競馬の終わり』は三十代の哀感。
森下『美しい人、白い鳥』は神話世界を文明の持つ悪で破壊してみせる新しさがある。点数5→4に変更。
編集部新人賞枠とは別に一般向けとして成立するかも。
『プシスファイラ』の作者は次回に期待させる。
森下『プシスファイラ』の読みにくさは問題。
図子冒頭に出てくる童話が弱い。
森下最後にすごいものが待っている。
久美『競馬の終わり』は?
若木大好き
森下世に出しやすい
SF性なら『プシスファイラ』。
図子同時受賞では?

というわけで『競馬の終わり』と『プシスファイラ』の二作同時受賞。