参話

Last-modified: 2007-09-21 (金) 13:27:31

 翌日の事である。
 土くれのフーケなる盗人に、学院の秘宝とされる破壊の杖が盗まれ、校舎内は蜂の巣を突付いた様な様相を呈していた。
 非常事態と、昨日巨大ゴーレムの出現に居合わせた者らが集められ、その事情聴取に時間を割くこととなった。その中には、ルイズと源之助の姿もある。
 追跡隊の編成を声高らかに謳い上げたオスマン氏に対し、その場に居合わせた教職員一同の胸中は一様に沈痛であった。三十メイルの巨大ゴーレムを操るメイジを相手取る事を思い、尻込みをしているのだ。
 厳しい視線を向けられる教職員達の表情は、弔辞のそれであった。
 沈黙を打ち破ったのは、源之助が主、ルイズその人である。
 生徒に危険な任務を任せる訳にはいかぬと、一度は考え直す事を物申したものの、その決意や固く、それに追従し志願を申し出た生徒達を目にし、やがては――

「天稟がありおる」

 その意気や良しとばかりに、鷹揚に頷いて見せた。

 追跡の任に就いたは、ルイズ、源之助、キュルケ、タバサ、ロングビルの五名。
 内三人がこの学院の生徒である。その現状を憂い、追跡任務中、馬車の中で源之助は思わずこう口にしたという。

「彼奴等はすくたれ者にござる」

 だが、誰一人としてこの言葉の意味が分かりはしなかったのでスルーされたが。
 任務の方は意外な程に順調に進み、当の破壊の杖も簡単に見つかったのだが、そこで一つの問題が発生した。誰もが予想し得よう、土くれのフーケの操る巨大ゴーレムの出現である。
 石燈篭を日本刀で両断し得る腕前を持つ源之助であるが、三十メイルを越えるゴーレムとあっては上手く行かぬ。
 タバサの放った氷の矢は、ゴーレムを前に折れて地に落ち春の淡雪の如く消え去り、キュルケが放つ炎の球は、燃え盛る事叶わずそのまま消滅した。
 ならばわたしがと、杖を取り出だしたるルイズではあったが、その爆発も決め手足り得ぬのが実情であった。
 爆発が効かぬが何のその、と一切引こうとせぬルイズ。主の命を長らえるは士が定め。聞き入れぬルイズの首筋に当身を入れると、風竜に跨るタバサにその身体を預けた。

「あなたは?」
「これからにござる……」

 タバサの言葉に聞く耳持たず、一人自由に身動きが取れる様になった源之助は、ゴーレムの繰り手を捜す為、森林の中を奔走し始めた。よもやゴーレムを相手にせぬなど、土くれのフーケからすれば予想外の事であったのだろう。
 全身を汗で濡らした源之助は、必死の奔走の末、どうにか怪しい人影を捜し当て、出会い頭に弧拳一閃。
 顎を掠めたその一撃は、対手の脳を震盪せしめ、容易に昏倒に追いやった。
 その相手がロングビルと知り、無表情ながら顔を青ざめさせた源之助であったが、ゴーレムの動きが止んだのと、ロングビルが意識を失った時刻は、ピタリと一致していた。状況証拠が全てである。
 捕り物の結果はこの通り実に呆気ない物と相成った。

「相棒俺いらねぇだろ?」

 ついぞ振るわれなんだデルフリンガーは、鞘の中でこうぼやいたとか。

 一応の下手人としてロングビルを捕縛した一行。後の調査により彼女こそが土くれのフーケであると断定され、ルイズらはその功績を認められる事と相成り、相応の褒美が与えられる運びとなった。

「今宵はめでたき日にござる……今宵はめでたき日にござる……」

 その夜、フリッグの舞踏祭の最中、中庭でぶつぶつと呟きながら、ふんどし姿で鍛錬をする源之助の姿が見られたと言う。

 相変わらず魔法を扱えぬルイズであったが、それにより得た誇りは事の外大きい物だったのだろう。彼女を対し同級生達が、侮蔑や憐憫の視線を向けてくる事が少なくなったのである。八つ当たりにより源之助に対し鞭を振るう事も少なくなった。
 さて、土くれのフーケの捕り物から数日が経った頃の話である。トリステイン国の姫殿下アンリエッタが、幼少のみぎりより親しくしていたルイズに対し、密命を持ちかけてきたのだ。
 とある手紙を、アルビオン国皇太子ウェールズより返還して来てもらいたいとの事であった。話によると、その手紙の所在が他所により明らかになれば、外交問題に発展するであろう、と。
 王党派と貴族派によるにらみ合いが続くアルビオンである。そこに出向いての任務は危険を伴うものだ。

「密命がもたらすものは、つまるところこの様な物。それでもルイズ、行ってくれますか?」

 姫殿下直々の依頼である。ルイズに断ると言う選択肢はなかった。
 盗み聞きをしていたギーシュが紛れ込んで来たりと、諸々あった訳だが、こうして彼女らのアルビオンへの出立が決まった。

  魔法衛士隊隊長のワルド子爵という道連れを加え、アルビオンへの中継地点であるラ・ロシェールへと辿り着いた一行。
 アルビオンに向かう船が明後日まで無いという事実から、一日の休みを得たのだが、そこでワルド子爵が戯れとばかりに、源之助に対して決闘を持ちかけたのが無惨のきっかけだった。

「不要だ。その帽子……剣術には不要だ……」
「……いや、僕が使うのは剣術ってわけじゃないんだが」

 素手でギーシュを圧倒した源之助は、剣を持ったらどうなる事やら。馬鹿げた決闘ではあるが、止めなかったのはルイズの彼本来の実力に対する好奇心の表れだった。
 源之助は戯れの出来ぬ男である。それを知るルイズは、万が一に備え、彼に対し木剣でもって挑ませる事にしたのだが、鬼気迫る彼の雰囲気を悟り、正直木剣でも危ないんじゃないかなー、とか思ったりもした。
 実質その考えは大当たりなのは、もう少し先に明らかになる事。
 ちなみに、ワルドはまるで人の話を聞かぬこの男に対し、平民ならぬ恐ろしさを感じ、全身から脂汗を噴き出させた。

「他流の者、丁重に扱うべし……斃すことまかりならぬ」

 目の前の男はなかなか出来る様だ。以前相手にしたギーシュの様な野良犬とは訳が違う。木剣とはいえ得物を手にした源之助は、他流の者が挑んで来た際の道場のならわしに従う事にした。
 いくら主の婚約者が相手とはいえ、強者に対して手心を加える余裕が彼には無い。ゆえに、道場でのならわしを踏襲する事を考えながらも、道場での使用を禁じられている“流れ”の構えを取った。最早任務の事など頭の片隅から消えている。

「遠すぎる。この間合いではかすりもしないよ」

 剣を担いだ源之助に対し、内心の恐れを押し隠しながらおどけた様に言うワルド。
 しかし、極度の集中状態にある源之助の耳には入る事はない。
 さらに言えば、ワルドの見解は外れているのだ。

「伊達にして帰すべし」

 間合いの伸びる奇妙な斬撃が、二人の間を奔った。気付いた時にはもう遅い。ワルドの高く細い鼻が、木剣により削ぎ落とされていた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「……きゅう」

 初めて目にする残酷無惨な光景に、ルイズはその意識を途絶えさせた。残るは抉り取られた鼻梁を押さえ、激痛にのた打ち回るワルドと、無表情で佇む源之助の姿。

「不作法お許しあれ」

 ワルド子爵は女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長の肩書きを持つ、その実力に比肩する者無しとも謳われた風のスクウェアメイジである。
 此度の源之助との決闘の際、対手の実力を読み違え、その鼻を削ぎ飛ばされたのであるが、これは逆に当てた源之助が、彼が主であるルイズによって、「無作法」の誹りを受けている。

「仕掛けたのは僕だから……」

 未だかつてない恥辱と激痛を同時に味わいながらも、ワルドはそう言い残したと言う。それより、ワルドの源之助を見る目には、嘔吐をもよおす様な執念が篭められる事となった。
 水のメイジによる治療によって、何とか鼻そのものは繋がったワルドではあるが、生々しい傷痕がそこには残され、その付近を通りがかった者は皆、一様に奇異と恐怖の視線を彼に送る。美丈夫と謳われた、かつての面影は最早存在しない。
 さて、そうこうしている内にも時は過ぎ、宵の刻。
 出立前の夜ともあり、一同(いつの間にやらタバサとキュルケが混じっていた)は宿の酒場に於いて、ささやかな酒宴を開いていた。伊達にされたワルドは、傷口が痛むという為、欠席をしているが。
 酒の類には手を付けず、黙々と目の前の食事を平らげる源之助の耳は、そんな中遠くからやってくる大勢の人間による足音を聞き取っていた。
 程なくして酒場に踏み込んで来たるは、武装した傭兵の集団であった。
 食事や酒を嗜んでいた者らに、彼等の容赦の無い矢の一斉射撃が浴びせられる。
 これが、渓谷の街ラ・ロシェールを血に染める猟奇事件、“砦都市鎌鼬”の幕開けであった。

「ゲンノスケ!?」

 主の声を背に受け、源之助は駆け出した。
 畳み掛ける様な矢の嵐を物ともせず、飛び出した源之助の腰の大刀による流れ一閃。複数人からの体が、一刀の元に斬り伏せられ、その胴と頭を生き別れさせる結果と相成った。
 降り注ぐ血の雨、上がる悲鳴に上がらぬ断末魔。物言わぬ鎌鼬が、主の命を守る為に荒れ狂う。
 源之助が刀によって、次々と臓腑と血液を撒き散らし、斃れていく襲撃者達。残酷無惨極まりないその光景に、多くの者が絶句した。吐瀉物を撒き散らし、そのまま気絶する者もいる。

「……きゅう」
「気絶した」
「む、無理ないわよ……おえ……」
「ぼ、僕も限界だ……」

 ルイズ達一行もその例に漏れず、源之助が巻き起こす殺戮劇を正視する事叶わなかった。
 その惨状を前にし、復讐を期して現れた土くれのフーケも、ゴーレムを操る事を忘れて逃げ去っている。
 剣を手にした途端、湧き上がった力を不思議とも思わず、源之助はそのまま傭兵達の悉くを排除した。ガンダールヴの存在は未だ明らかにされない。

「予定も何もあったものではない……ルイズが使い魔、フジキゲンノスケ。やった喃。やってくれた喃」

 惨状をどこか遠くで見守る白い仮面を被った男は、血が出る程に歯を噛み鳴らし、夜空を背景にぞっとする様な口調で言うのであった。

一行の行動予定は非常に順調に進んだと言えよう。
 問題があるとするならば、本来連れて行くべき人員にプラスアルファが出来てしまった為、慎重な行動を求められた事くらいであろう。
 ニューカッスルの城へ向かう為、貴族派の包囲網を抜けるのに難儀したのは、語るべき事でもないのは明白である。前日を通して、源之助の刀から血の脂が絶える事はなかった。
 ほぼ口を聞かぬ上、淡々と立ちはだかる者を斬り殺す源之助である。他の者からすれば、その姿はさぞや恐ろしく映る物であったろう。城までの道中、必要最低限の言葉しか交わされぬ事に、胃袋を傷つけた者は少なくは無い。
 そんな中、こそりと誰にも知られぬ様、涙を流す者がいた。
 ルイズである。
 通る所に残酷無比の惨状を作り出す男だ。問答無用でメイジであろうと平民であろうと、大刀の一閃でもってことごとくを血の海に沈める姿は、自身にとって最強の使い魔を呼び出したと言う自負を抱かざるを得なかった。
 かのワルド子爵ですら木剣で叩き伏せたのだ。無作法の謗りを与えたとしても、その実力を疑う事など出来るはずも無い。
 故に、自身との対比に苛立ちを覚えた。
 ゼロのルイズと揶揄される自身と、古今無双の働きをする源之助の姿に。

(いつかわたしも……!)

 忌まわしい呼び名を捨て、いつか自分が辿り着きたい、ハルケギニア無双の魔法使いの姿を夢見、ルイズはその目から涙を零れ落ちさせた。
 源之助が殺害したのが何人目か忘れた頃合に、死体が放つ臓物からの臭いに耐えかねたギーシュが、胃の内容物をぶちまけた時、源之助は懐にしまっていた竹筒を取り出し、それを彼に突きつけてこう言った。

「ギーシュ」
「…………おええ…………」
「ゆすげ」

 その程度の心遣いは出来る源之助であった。