070 の変更点

*第七十景 更衣 ころもがえ [#fdeffcc1]

駿府城
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「笹原どの」
修三郎を呼び止めたのは 駿河藩武芸師範 日向半兵衛正久
「春とは名ばかりの肌寒さよのう」
「まことにもって」
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「其方(そなた)の屋敷は二十余名の牢人者を預かっているそうな 賑やかであろうの」
「慣れましてござる」
「一介の武芸者に稽古などつけるは控えるがよかろう
 こちらは勝って当たり前 向こうは かすっただけで名誉ゆえ」
修三郎の顔面が羞恥に紅く染まった
「笹原の槍は誰のものと心得おるか?」
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みりり みりり
ト!
ほう
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感嘆の声を上げたのは瓜田仁右衛門 源之助と同じく笹原邸に身を寄せる牢人者である
「鉈を押し当てて薪を割るとは…… 貴殿と鍔ぜり合いはしたくないのう」
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四月の更衣に備えて三重と共に“洗い張り”を行うのは 仁右衛門の妻 茅
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「いつお生まれになるのでしょう」
「蜩の鳴く頃には
 それまでに仕官が叶うと良いのですが」
「案ずるな 茅! 摂者の腕は笹原さまのお墨つきだ
 これから藤木どのと鯉釣りに行って参る “鯉こく”は乳の出を良くするからの!」
「気の早いことを」
三重が笑うと源之助の頬も幾分か緩んだ
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東丸下 御馬頭 曾根将曹役宅
曾根将曹は家老 朝倉宣正の懐刀であり ある任務に関して笹原修三郎の上役である
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「修三郎 “怪しと思われる者”突き止めたか?」
“怪しと思われる者”とは隠密を指す
隠密とは将軍や老中の命を受け 大名家の内情を探る者である
「只今身柄を預かりし二十二名の牢人者 いずれも人品骨柄正しく武芸優秀
 笹原の名にかけて“怪しと思われる者”皆無にございまする」
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「修三郎 殿は 隠密を発見せよ と仰せられたのだ」
江戸は駿河が天下の望みを画策することを恐れているゆえ 必ずや隠密を潜らせる筈と 驕児 忠長は断言した
そうである以上 隠密を発見せねば 一刀流の犠牲(にえ)となりかねない
「牢人台帳見せい」
パラパラ ビッ
「この者 隠密なり」
「な…
 ご ご無体な…」
「修三郎 笹原の槍は誰のものじゃ?」
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「御殿の槍にございまする」
「指し貫く相手を決定いたすは 主君か? 槍か?」
「槍は心を持ちませぬ 槍はただ鋭く
 御殿 駿河大納言忠長公のお意志(こころ)に従い 働くばかりにございまする」
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「笹原さまにはこたびの徳川家へのご推挙 御礼の申し上げようもございませぬ」
「瓜田どのにお見せしたきものがござる」
「おお “舌切り槍”にございまするか」
「左様に呼ばれておりまするが 大蛇の舌といえどもこの小指に満たぬ大きさ
 そのような的をこの穂先で 貫くことが出来るとお思いか?」
仁右衛門は返答に窮した
無理と言えば礼を欠き 出来ると言えば巧言になろう
「笹原どのの槍は 余人の及ばぬ 精妙な働きをするものと…」
「左様」
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ビュルル トン
ビュ
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舌切り槍が 三つの心臓を正確に貫いた
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「瓜田さまはご仕官をなされたご様子
 藤木さま…」
「何よりにござる」