*イギリス RankVI 戦艦 Queen Elizabeth-class, HMS Barham (04), 1916 / クイーン・エリザベス級戦艦「バーラム」[#N1_Top]
//↑はツリー国家名 Rank(ローマ数字←半角英字で表記) 艦艇カテゴリ 艦艇名(艦艇アイコンマウスオーバーで表示される詳細版・英語表示)を記載してください。
//例:アメリカ RankIV 高速砲艇 Asheville-class,USS Asheville (PGM-84)
//国家名は運用国ではなくツリー国家を記載、機体名に関しては、判りやすいよう日本語表記等を追記しても良いこととします。
//例:日本 RankII 駆逐艦 Yugumo-class,IJN Yugumo,1942 / 夕雲型駆逐艦一番艦『夕雲』(1942年仕様)
&attachref(./Barham.WT_0.jpg,nolink);

**概要 [#N1-1_Summary]
//↓概要説明は実装時のバージョンや車両特性、武装、史実などページ全体の要点をとりまとめたものを2~3行でコンパクトにまとめること。本格的な解説は【解説 [#A3_Explanation]】にて。

2024年9月に行われたタスクイベント「[[Steel Baron>https://warthunder.com/en/news/9042-event-get-hms-barham-in-the-steel-baron-event-en]]」にて追加されたイギリス海ランク6の戦艦。
走・攻・守を高い次元でバランスよく兼ね備えた高速戦艦の先駆けであり、その最期を記録した貴重な映像が残されていることでも知られる艦だ。

//⬆『Update 2.*(アップデート番号)* “△(アップデートタイトル)△”にて追加された○○(国籍と車両種別)○○。
//○○(実艦の1行程度の説明)○○でゲーム内では○○(ゲーム内での特徴1行程度)○○が特徴』
//などと書くのが望ましい。

*艦艇情報(v2.57.1.103) [#N2_Data]
//↑情報元クライアントのバージョンを記入して下さい。
//情報記入の際はモードの表記が無い場所は全てRealisticBattles{RB}モードの情報を記入して下さい。

**必要経費 [#V2-1_Costs]
#includex(uk_naval_table_1,section=(filter=^uk_battleship_q_elizabet_class_barham$),except=^\*\*|//,titlestr=off)
**BR・報酬・修理 [#V2-2_BR_Rewards_Repair]
#includex(uk_naval_table_2,section=(filter=^uk_battleship_q_elizabet_class_barham$),except=^\*\*|//,titlestr=off)

**艦艇性能 [#N2-3_Statistics]
|>|CENTER:SIZE(12):|c
|~項目|~数値|h
|~|BGCOLOR(#FFDDDD):~【AB/RB】(初期⇒全改修完了後)|
|>||
|~シタデル装甲&br;(前/側/甲板)(mm)|100 / 330 / 25|
|~主砲塔装甲&br;(前/側/後)(mm)|330 / 279 / 279|
|~船体|鋼, 25 mm|
|~上部構造物|鋼, 16 mm|
|>||
|~排水量(t)|31,000|
|BGCOLOR(#FFDDDD):~最高速度(km/h)|38.1⇒51.9 / 38.1⇒44.5|
|>||
|~乗員数(人)|1,184|
//|~偵察機| - / ***|
//|~| △△△ |
//偵察機がある場合は***に機数を記入
//△△△に機体名称を記入

//**レーダー [#v2-3_1_Radar]
//なし
//''[[艦艇用レーダー解説ページを開く>https://wikiwiki.jp/warthunder/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC#g791904f]]''

//|SIZE(12):CENTER:120|>|SIZE(12):CENTER:80|c
//|~分類|~有無|~距離&br;(km)|h
//|~索敵レーダー|有/無|**/**/**|
//|~追跡レーダー|有/無|**|

**武装 [#N2-4_MainWeapons]
|SIZE(12):CENTER:60|SIZE(12):CENTER:160|>|>|>|SIZE(12):CENTER:60|c
|~種類|~名称|~砲塔|~搭載基数|~弾薬数|~購入費用(SL)|h
|~主砲|~15 inch/42&br;BL Mark I|連装|4|960|13|
|BGCOLOR(#FFDDDD):~副砲|BGCOLOR(#FFDDDD):~6 inch/45&br;BL Mark XII|単装|14|1,820|1|
|BGCOLOR(#c6e0b4):~対空砲|BGCOLOR(#c6e0b4):~76 mm/45&br;QF 3in 20cwt&br;HA Mark I|単装|2|300|-|

**弾薬((爆薬量はTNT換算)) [#N2-5_Shells]
[[''搭載武装解説ページ(弾薬テンプレート置き場)を開く''>搭載武装解説]]
//この項目の表は「搭載武装解説」の各国ページや他の個別ページにすでにある表から、書式をコピー&ペーストすると便利。「搭載武装解説」ページに表が無い場合、余力があれば表を作成したうえで「搭載武装解説」の該当ページにも掲載して頂けると、非常にありがたい。
//この項目の表は「搭載武装解説」の各国ページにリンクが張られている各武装のページからデータを引用している。「weapon_dummy」をページ名に置き換えて欲しい。
//データが更新されて古くなっている場合は、大本のページを編集して欲しい。これを編集すると、全てのページにある武装データが一度に更新される。
***艦砲 [#N-5-1_Naval_Gun]
//砲は以下の表に
//貫通力欄が1000mから15000mまでのもの

#include(15 inch/42 BL Mark I cannon,notitle)
#br
#include(6 inch/45 BL Mark XII,notitle)
#br

***小口径砲 [#N-5-2_QF_Gun]
//小口径砲は以下の表に
//貫通力欄が100mから5000mまでのもの
#include(76 mm/45 QF 3in 20cwt HA Mark I cannon,notitle)

#br
//***機銃 [#N-5-3_Machine_Gun]
//機銃は以下の表に

**追加武装((爆薬量はTNT換算)) [#N2-6_SubWeapons]

|>|>|>|>|CENTER:SIZE(12):|c
|~分類|~名称|~搭載数|~費用&br;(SL)|~搭載条件|h
|~魚雷|533 mm Mk.IV|20|230|-|

***魚雷 [#N2-6-1_Torpedoes]
#include(Mk IV torpedo,notitle)
**カモフラージュ [#N2-7_Camouflage]
#fold(''クリックで表示''){{
|>|SIZE(12):|c
|>|~△△△|
|>|&attachref(,nolink,100%);|
|BGCOLOR(#eeeeee):~条件|-|
|BGCOLOR(#eeeeee):~説明|標準カモフラージュ|
|>||
|>|~△△△|
|>|&attachref(,nolink,100%);|
|BGCOLOR(#eeeeee):~条件|△|
|BGCOLOR(#eeeeee):~説明|△|
|>||
}}

*解説 [#N3_Explanation]
**特徴 [#N3-1_Characteristics]
ツリーの姉妹艦[[ウォースパイト>HMS Warspite]]と比べて、水平装甲と対空兵装が大きく劣る分BRが低いこと以外は同じような使用感である。あちらの解説も参考に。

#br
''【火力】''
//前方、側面、後方それぞれへ指向できる火力なども

主砲は15インチ連装砲を4基8門搭載している。この砲は[[グローリアス>HMS Glorious]]などで使ったことがあると思うが、基本的な使用感は同じ。砲旋回が遅いのと精度が低めなのは注意が必要だ。特にグローリアスと比べて遠距離戦の機会がバーラムは多いので、主砲の精度の悪さはかなり困ったものになるだろう。使用可能な砲弾は&color(green){SAPCBC};・&color(blue){APC};の2つである。

&color(green){SAPCBC};は61.67kgにもなる炸薬量が特徴。ただバーラムのBRでは軽装甲の敵艦と会敵する機会が少ないので、無くてもいいだろう。
&color(blue){APC};は炸薬量が30.14kgと多い代わりに、[[同じ>HMS Glorious]][[砲を>HMS Renown]][[使>HMS Repulse]][[用>HMS Warspite]][[す>HMS Hood]][[る>HMS Vanguard]][[艦>Arkhangelsk]]と比べて貫徹力が一番低い。他に砲弾は無いのでバーラムはこれで戦うしかない。心を落ち着かせて、しっかり狙いすまして攻撃したい。

副砲は6インチ単装砲が片舷7門、両舷合わせて14門搭載している。主砲の精度が悪いバーラムにとって6インチ砲は貴重なダメージソースとなるので、主砲を装填している間にポコポコ撃とう。

魚雷は固定式で片舷2門、両舷4門搭載している。炸薬量が少なく固定式で狙いにくい、いつものやつである。無くて困るものではないだろう。

対空兵装は高角砲が2門だけ。敵機に狙われたらまず助からないだろう。

#br
''【防御】''
//重巡洋艦などでは詳細な装甲配置なども
舷側装甲は最厚で330.2mmと厚いが、水平装甲は艦の広い範囲に31.75mm+25.4mmと薄め。乗員は喫水線よりも上に配置されてしまっているので、機関部などを攻撃されるとごっそり持っていかれる可能性が高い。

弾薬庫は艦の深いところにあり被弾即爆沈とはなりにくい。ただバーベットの装甲が最厚で254mmしかないので、消火を怠っていると弾薬庫まで火が回ってしまう。消火は最優先にしよう。

#br
''【機動性】''
最速でABで28ノット、RBで24ノット発揮可能だ。運動性も良好で使いやすい。

#br
**史実 [#N3-2_History]
#fold(クイーン・エリザベス級戦艦とは?){{
[[戦艦ドレッドノート>HMS Dreadnought]]の登場によって始まった英独建艦競争。イギリスは強力な13.5インチ砲を搭載した[[オライオン級戦艦>HMS Orion]]を完成させ、従来の12インチ砲搭載戦艦を一気に旧式化させることで、ドイツに対して大きな優位を築くことに成功した。しかし、オライオン級が就役する頃には、14インチ砲を搭載する日本の[[金剛>IJN Kongo]][[型巡>IJN Hiei]][[洋戦>IJN Haruna]][[艦>IJN Kirishima]]やアメリカの[[ニューヨーク級戦艦>USS Texas]]が既に起工され、ドイツでも35cm砲を搭載する[[マッケンゼン級巡洋戦艦>Mackensen]]や、38cm砲を搭載する[[バイエ>SMS Bayern]][[ルン級>SMS Baden]][[戦艦>SMS Sachsen]]の建造が始まろうとしていた。このままではせっかく築いた優位を失ってしまう。そこでイギリスは、さらなる優位を確保するため、さらに強力な15インチ砲を搭載した新型戦艦の建造に乗り出した。これがクイーン・エリザベス級戦艦である。

しかし、ここで大きな問題があった。なんと肝心の15インチ砲そのものがまだ完成していなかったのである。主砲の完成を待ってから艦の設計を始めていては、完成までに時間がかかりすぎてしまう。その間にドイツが新型戦艦を次々と建造すれば、せっかくの優位を失いかねない。そこでイギリスは、15インチ砲が未完成の段階から艦の設計を進めるという、かなり大胆な方法を採った。新型主砲や砲塔の開発には通常なら数年を要し、失敗すれば艦隊整備計画そのものが頓挫しかねない。しかし、13.5インチ砲の設計をもとに15インチ砲を開発し、開発・試験工程も可能な限り短縮することで、どうにか計画を間に合わせることに成功した。

こうして完成した15インチ砲は、従来の13.5インチ砲を大きく上回る火力を発揮した。ただし、当然ながら砲が大型化すれば重量も増える。そこでクイーン・エリザベス級では、前級の[[アイアン・デュ>HMS Iron Duke]][[ーク級戦艦>HMS Marlborough]]の5基10門から主砲塔を1基減らし、4基8門とした。砲門数こそ減ったものの、15インチ砲ならば8門でも十分な火力を確保できると判断されたためである。また、舷側の垂直装甲は最大330mmに達し、アイアン・デューク級の305mmから装甲が順当に強化されている。さらに、主砲塔を1基減らして生まれた余裕を利用して機関を強化。従来の戦艦が採用していた重油石炭混焼缶から一歩進み重油専焼缶を採用したことで、大幅な機関出力の向上を実現した。(アイアン・デューク級は29,000馬力で21.25ノット、クイーン・エリザベス級は75,000馬力で24ノット)

当時のイギリスは世界有数の石炭産出国であり、ブリテン島から高品質な無煙炭を大量に産出していた。一方、石油は国内ではほとんど産出せず(北海油田の開発は1960年代以降)、植民地や海外からの輸入に頼らなければならなかった。特に戦時には、石油の供給が途絶える可能性もあるため、重油だけで動く主力艦の採用には大きな不安があった(駆逐艦では採用した例がある)。また、石炭庫は単なる燃料置き場ではなく、艦の側面に配置することで防御の一部としても機能していた。そのため、石炭庫をなくして重油タンクに置き換えることは、抗堪性の低下につながるという問題もあった。

それでも重油専焼缶には大きなメリットがあった。重油は石炭よりも体積当たりのエネルギー密度が高く、速度・加速力・航続距離を伸ばせるうえ、補給の作業も石炭よりはるかに容易だった。さらに、石炭を焚いたときに比べて煤煙が大きく減るため、敵から発見されにくくなるという利点もある。

そしてイギリスは、石油の安定確保にも手を打っていた。イギリス資本の石油会社にイランでの石油開発をさせ、そこで作られた子会社の株式をイギリス政府が過半数を取得し、イランで生産される石油をイギリス海軍向けに安定して確保できる体制を整えたのである(チャーチル主導)。こうした事情や、フィッシャー提督も優速な主力艦の建造を主張していたことも受けて、重油専焼缶が採用されることになった。

機関部が大幅に強化されたことで計画時には25ノットの速力が予定されていたが、建造中の重量増加によって実際の速力は約24ノットとなった。それでも従来の戦艦を大きく上回り、巡洋戦艦部隊に追随できるほどの高速性能を実現した。

こうしてクイーン・エリザベス級は、走・攻・守を高い水準でバランスよく兼ね備えた戦艦として完成し、後に「高速戦艦」と呼ばれる艦の先駆けとなったのである。その実力は第一次世界大戦中のユトランド沖海戦でも発揮され、このコンセプトが正しいことが証明された。以後、各国海軍はこの高速戦艦の整備を進めていくことになる。

クイーン・エリザベス級は5隻が建造され、全艦が第一次世界大戦を生き残った。しかし第二次世界大戦ではバーラムが撃沈され、最終的に4隻が戦争を生き残った。
}}
#fold(戦艦バーラムの戦歴){{{
戦艦バーラムは1913年2月24日に起工、1914年12月31日に進水、1915年10月19日に就役した。艦名の由来となったバーラムとは、トラファルガーの海戦の当時の海軍大臣でありイギリス海軍の強化に貢献した初代バーラム男爵チャールズ・ミドルトンに由来する。就役後は第5戦艦戦隊の旗艦となり、姉妹艦の戦艦ヴァリアント、[[ウォースパイト>HMS Warspite]]、マレーヤとともに行動した。

#fold(第一次世界大戦){{
1916年5月31日、バーラムは第一次世界大戦最大の海戦となったユトランド沖海戦に参加した。当時、第5戦艦戦隊は巡洋戦艦艦隊を指揮するビーティー提督のもとに一時的に編入され、巡洋戦艦とともに行動していた([[インヴィンシブル級巡洋戦艦>HMS Invincible]]から成る第3巡洋戦艦戦隊と交代することで巡洋戦艦艦隊の強化をしていた)。14時20分ごろ、軽巡洋艦ガラティアがドイツ艦隊を発見すると、ビーティー提督は敵に接近するため艦隊を南東へ向けた。ところが第5戦艦戦隊はこの信号を見落としてしまい、巡洋戦艦戦隊との距離が開いてしまう。結果として巡洋戦艦戦隊が先にドイツのヒッパー提督率いる偵察部隊と交戦することになり、その最中に巡洋戦艦インディファティガブルが撃沈されてしまった。その後、第5戦艦戦隊がようやく戦場に追いつくとヒッパー艦隊に対して砲撃を行い、[[巡洋戦艦クイーン・メリー>HMS Queen Mary]]を失うも強力な15インチ砲と数的有利によって艦隊を圧倒、バーラムも[[巡洋戦艦フォン・デア・タン>SMS Von der Tann]]に命中弾を与え浸水を引き起こした。

16時30分ごろ、南方から接近していたシェーア提督率いるドイツ大洋艦隊の主力が姿を現す。これを発見したビーティー提督は、ドイツ艦隊を北方のジェリコー提督率いるグランドフリートへ誘い込むため、北へ向かって艦隊を一斉回頭させた。しかし、ここでも第5戦艦戦隊は信号を見落とし南下を続けた。異変に気づいたビーティー提督は再度回頭の指示を出し、ようやく気づいた第5戦艦戦隊は北方へ回頭した。しかしこの時バーラムは第5戦艦戦隊に一斉回頭ではなく逐次回頭の指示を出してしまったため、敵前で一隻ずつゆっくり回頭することになってしまい、回頭中の第5戦艦戦隊はドイツ艦隊の集中攻撃を受ける。回頭した後もビーティー艦隊の最後尾を進みながら北上することになってしまったので、その後も継続して激しい砲撃を受けることになった。この戦闘でバーラムは[[巡洋戦艦デアフリンガー>SMS Derfflinger]]によるものとされる計4発の命中弾を受けたが、装甲に守られて大きな損害は受けなかった。一方、バーラムは強力な15インチ砲によってヒッパー艦隊を攻撃し、第5戦艦戦隊と共に巡洋戦艦リュッツオウ、巡洋戦艦ザイドリッツなどに命中弾を与え、浸水を引き起こした。特にこの攻撃でザイドリッツが起こした大浸水はその後の戦闘能力を奪った大きな要因であるとされている。

結果的に、第5戦艦戦隊は重装甲を生かしてドイツ艦隊の砲火を引き受ける形となり、装甲も薄く既に大きな損害を受けていた巡洋戦艦戦隊の被害を抑えることに成功し、殿として機能したのである。つまり戦闘に参加できる「走」、敵艦に痛手を負わせられる「攻」、集中砲火にも耐えうる「守」、これらを高い次元で兼ね備えていたクイーン・エリザベス級戦艦は、ユトランド沖海戦においてその真価を証明した。これまで別々の艦種として追求されてきた「戦艦の火力・防御力」と「巡洋戦艦の火力・速力」を一つの艦にまとめるという発想は大きな成功を収め、後の戦艦設計に大きな影響を与えることになる。

その後、第5戦艦戦隊はジェリコー率いるグランドフリートと合流。バーラムはその後の戦闘にも参加したが、特に戦果は無かった。戦闘終了後、バーラムは損傷の修理のため帰投し、約1か月にわたって修理を受けた。

ユトランド沖海戦で大きな損害を受けた大洋艦隊だったが、シェーア提督は艦隊の士気を維持するため、さらなる作戦を計画していた。その作戦は、イギリス東岸の都市サンダーランドを砲撃し、これを阻止するため出撃してくるビーティー艦隊の巡洋戦艦を誘い出して撃破するというものだった。ユトランド沖海戦でドイツの巡洋戦艦は大きな損害を受けていたため、この作戦に参加できたのは巡洋戦艦フォン・デア・タンと巡洋戦艦モルトケの2隻だけだった。しかし、これを補うように戦艦グローサー・クルフュルスト、戦艦マルクグラーフ、そして新鋭[[戦艦バイエルン>SMS Bayern]]が加わった。さらに大洋艦隊の主力を後方に待機させ、必要に応じて支援できる態勢を整えたほか、潜水艦や飛行船による偵察も行われた。一方、イギリスは暗号の解読によってこの作戦を把握しており、迎撃のためグランドフリートを出撃させた。

バーラムら第5戦艦戦隊は巡洋戦艦と共に大洋艦隊の警戒にあたっていたが、艦隊の護衛についていた軽巡洋艦がドイツ潜水艦の雷撃を受けて沈没した。しかし、イギリス側はこの攻撃を魚雷ではなく機雷によるものと誤認し、艦隊が機雷原に入り込んでしまったと判断した。そのため、機雷原を避けるために北上することになった。その一方で、ドイツの飛行船は軽巡洋艦と駆逐艦からなるイギリスの部隊を発見したものの、これを戦艦を含む独立した艦隊と誤認した。ドイツ艦隊はこの部隊を攻撃するため南下し、結果として北上するイギリス艦隊と南下するドイツ艦隊は、互いに接近するどころかどんどん離れていくことになった。その後、ドイツ側は潜水艦からの報告によってグランドフリートの主力が近くにいることを知り、戦闘を避けるため撤退を開始した。一方のグランドフリートも、帰投するドイツ艦隊を捕捉することができず、追撃を断念して帰投した。さらにグランドフリートは帰投中、再びドイツ潜水艦の雷撃を受け、軽巡洋艦を撃沈されてしまった。この出撃以降、ドイツ潜水艦や機雷の脅威が増大したことで、グランドフリートは積極的な出撃を控えるようになり、バーラムも大規模な海戦に参加することなく終戦を迎えた。
}}

#fold(戦間期){{
1919年4月にグランドフリートが解散すると、バーラムは大西洋艦隊に配属された。1924年11月には地中海艦隊へ転属し、1929年11月に再び大西洋艦隊へ戻った。戦間期には、各種の任務や訓練、式典などに参加している。1930年12月から1934年1月にかけて大規模な近代化改装が行われ、対空装備や水平装甲の強化、バルジの追加、煙突の一本化、艦橋の大型化、航空艤装の追加など、多岐にわたる改修が施された。改装後は大西洋艦隊改め本国艦隊に所属し、1935年8月には再び地中海艦隊へ配属された。そこで第二次世界大戦を迎えることになる。1940年代には、ウォースパイト、クイーン・エリザベス、ヴァリアントと同様の第二次近代化改装が予定されていた。しかし、第二次世界大戦の勃発によって計画は中止された。当時、クイーン・エリザベスとヴァリアントがすでに改装中で戦列を離れていたため、バーラムまで改装工事に入ってしまえば、稼働可能な戦艦の数がさらに減ってしまうからである。
}}

#fold(第二次世界大戦){{
第二次世界大戦が始まると、バーラムは本国艦隊に配属され、イギリスへ帰還することになった。しかしその道中、濃霧の中で護衛の駆逐艦ダッチェスと衝突し、これを撃沈&color(silver){TK};してしまう。帰還後、ブリテン島北部で哨戒任務にあたっていた1939年12月28日、ドイツ潜水艦の雷撃を受けて被雷した。バーラムは1940年4月まで修理を行い、この際に対空装備の強化や対空射撃管制システムの更新も行われた。この修理によってノルウェー作戦には参加できなかった。

1940年8月28日、バーラムはフォースMに配属され、空母アーク・ロイヤルや戦艦レゾリューションなどとともに、9月23日に始まったダカール沖海戦に参加した。

フランス降伏後、フランスの海外植民地では、ヴィシー政権に従う勢力と、ド・ゴール率いる自由フランスに加わる勢力に分裂していた。1940年7月末には仏領赤道アフリカの大部分が自由フランス側へ転じたため、隣接する仏領西アフリカでも離反する可能性が警戒されるようになった。ダカールは仏領西アフリカの中心地であり、フランス政府やポーランド亡命政府の金準備が保管されていたほか、大西洋有数の軍港でもあった。イギリスにとっては英領シエラレオネのフリータウン以上に利用価値の高い港であり、ここを確保することは、ドイツ潜水艦の拠点となることを防ぐ意味でも重要だった。自由フランスの首班ド・ゴールは、現地政府を説得すれば味方に引き入れられると考え、イギリス海軍の支援を受けてダカール占領を目指す「メナス作戦」を実施した。

9月21日、ヴィシー政府は植民地の離反を防ぐため、南フランスから巡洋艦を派遣した。同じ頃、イギリスもフォースMをフリータウンから出撃させ、ダカール沖へ向かわせた。

9月23日朝、空母アーク・ロイヤルの航空隊がダカール市内にプロパガンダ用のビラを散布し、作戦が開始された。しかし、現地のヴィシー政府は空港に着陸した自由フランスの飛行士を拘束し、ド・ゴールの特使が乗ったスループにも砲撃を加えた。さらに午後に行われた自由フランス軍の上陸作戦も、濃霧と現地部隊の抵抗によって失敗した。ド・ゴールは「フランス人同士で血を流す悲劇を避ける」として撤収を命じ、作戦の中心だった政治工作は初日のうちに頓挫してしまった。

これを受け、イギリス海軍はダカール港への攻撃を開始した。参加した戦艦バーラムとレゾリューションは、港湾施設や沿岸砲台、そしてダカールに停泊していた新鋭[[戦艦リシュリュー>Richelieu]]を砲撃した。バーラムは戦闘初日、まず雷撃してきた潜水艦を副砲で攻撃。その後、主砲をリシュリューや港へ向けたが、視界不良のため有効な命中弾は得られなかった。24日にはアーク・ロイヤルも攻撃に加わり、バーラムも再び砲撃を行った。しかしヴィシー政府側からも反撃を受け、リシュリューの副砲弾1発がバーラムのバルジに命中したほか、沿岸砲台の24cm砲弾が上部構造物を貫通した。さらに、沿岸砲台の24cm砲によるものとみられる至近弾によってバルジが変形し、浸水も発生した。ただし、いずれも致命的な損傷ではなかった。25日朝、イギリス軍が再び攻撃を開始した頃、レゾリューションが潜水艦の雷撃を受けて大破した。一方、バーラムは魚雷を回避した後、約19kmの距離からリシュリューへ砲撃を行い、15インチ砲弾1発を命中させた。この砲弾は艦内を破壊して装甲を変形させたものの、リシュリューを戦闘不能にするには至らなかった。レゾリューションの大破によって、戦闘の長期化が全面戦争へ発展することを危惧したイギリスは、作戦の継続を断念した。

バーラムは損傷したレゾリューションをフリータウンまで曳航した後、自身もジブラルタルで修理を受け、11月には地中海艦隊へ転属した。

地中海では輸送船団の護衛などに従事していたが、1941年3月27日に始まったマタパン岬沖海戦に参加することになる。

1940年10月28日、イタリアはギリシャへ侵攻した。しかし侵攻は撃退され、逆にギリシャ軍によってイタリア領アルバニアへ押し戻されていた。1941年3月、ドイツはソ連侵攻を見据え、ギリシャへの侵攻を計画していた。そのため、エジプトからギリシャへ向かうイギリス軍の輸送船団を攻撃するようイタリアに要請した。イタリア海軍は当初慎重だったものの、ドイツからの圧力に加え、ギリシャへのイギリス軍の増援が行われたことを受け、3月26日、戦艦ヴィットリオ・ヴェネトを旗艦とする艦隊を出撃させた。

これに対しイギリス海軍も、旗艦ウォースパイトを中心にバーラム、ヴァリアント、空母フォーミダブルなどからなる艦隊をアレクサンドリアから出撃させた。さらにイギリスはイタリア海軍の暗号を解読しており、その出撃を事前に把握していたため、奇襲を受けることなく迎撃態勢を整えていた。

3月28日、クレタ島南方でイギリス軽巡洋艦部隊とイタリアの重巡洋艦部隊が遭遇した。イタリア艦隊は長距離砲撃を行ったものの命中弾を得られず、逆にイギリス側は空母フォーミダブルによる三度の航空攻撃を開始した。二度目の攻撃では、フェアリー・アルバコアの雷撃によってヴィットリオ・ヴェネトに魚雷1本が命中し、浸水によって速度が低下した。イギリス艦隊はこれを好機として追撃したが、三度目の攻撃ではヴィットリオ・ヴェネトではなく[[重巡洋艦ポーラ>RN Pola]]に魚雷が命中し、ポーラは航行不能となった。

イタリア側は航行不能となったポーラを救助するため、姉妹艦の[[重巡洋艦ザラ>RN Zara]]、フィウメと駆逐艦4隻を反転させた。夜間、先行していた軽巡洋艦オライオンのレーダーが航行不能となっていたポーラを発見。ヴァリアントのレーダーも救助に来ていた艦隊も捕捉、砲撃戦の準備を整えた。一方、レーダーを持たないイタリア艦隊は接近するイギリス艦隊を発見できなかった。3月28日夜、わずか約3,500mという至近距離で、ウォースパイト、バーラム、ヴァリアントらによる攻撃を受けることになる。

この夜戦でバーラムはウォースパイト、ヴァリアントとともにイタリア艦隊を至近距離から砲撃し、短時間でこれを壊滅させた。フィウメは23時30分に沈没し、ザラも大破炎上した後、[[駆逐艦ジャーヴィス>HMS Jervis]]の魚雷によって29日未明に沈没した。さらに駆逐艦ヴィットリオ・アルフィエーリと駆逐艦ジョズエ・カルドゥッチも撃沈され、イタリア海軍は一夜にして重巡洋艦3隻と駆逐艦2隻を失った。ポーラも乗員を救助された後、ジャーヴィスと駆逐艦ヌビアンの魚雷によって沈められた。この戦闘によって、イタリア海軍は新鋭戦艦1隻が行動不能となり、保有していた重巡洋艦7隻のうち3隻を失ったことで、地中海における影響力が大きく低下した。

その後もバーラムは空母や輸送船団の護衛任務に従事していた。そんな中1941年11月24日、バーラムの護衛を務めていたジャーヴィスがソナーで潜水艦を探知したものの、誤探知として無視されてしまった。しかし、実際にはドイツ潜水艦U-331がバーラムへ接近していた。U-331はわずか375mの至近距離から魚雷4本を発射し、そのうち3本がバーラムの左舷に命中した。魚雷の命中によってバーラムは大きく傾斜し、やがて左舷へ転覆。さらに火災が主砲弾薬庫へ達して誘爆を起こし、大爆発が発生した。こうしてバーラムは、わずか数十秒ほどで沈没した。

バーラムは第一次世界大戦での戦功により1個、第二次世界大戦での戦功により3個の戦闘名誉章を受章している。
}}
}}}

#br
|>|~クイーン・エリザベス級戦艦||h
|~1|''Queen Elizabeth''|-|
|~2|''[[Warspite>[[HMS Warspite]]]]''|-|
|~3|''Valiant''|-|
|~4|''[[Barham>HMS Barham]]''|-|
|~5|''Malaya''|-|
|6|''Agincourt''|※建造中止|
**小ネタ [#N3-3_Tips]
戦艦バーラムが沈没する悲劇的な瞬間は、戦艦ヴァリアントから撮影されたニュース映画の映像に収められている。
#YOUTUBE(YdrISbwy_zI)
--加筆求む--
//----
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//--加筆求む--
*外部リンク [#N4_Links]
#br
●[[WarThunder公式英語Wiki>https://wiki.warthunder.com/unit/uk_battleship_q_elizabet_class_barham]]
//↑対応する地上車両のURLを添付。公式英語Wikiトップ→ http://wiki.warthunder.com/
#br
●[[公式Devログ>URL]]
//↑対応するDevログページのURLを添付。公式サイト検索用ページ→ http://warthunder.com/en/search/
#br
●[[DMM公式紹介ページ>URL]]
//↑対応するDevログページのURLを添付。公式サイト検索用ページ→ http://warthunder.dmm.com/library/
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●[[インターネット百科事典ウィキペディア>URL]]
//↑対応するインターネット百科事典ウィキペディアのURLを添付。
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*コメント [#N5_Comments]
&color(Red){''【注意事項】''};
-誤解や混乱を防ぐために、&color(Red){使用感を話題にする際は''ゲームモード(AB/RB/SB)の明記をお願いします。''};
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