その七

Last-modified: 2010-02-07 (日) 01:20:52

 食卓の上には、これでもかと言うぐらいに豪華な料理が並んでいた。

 

「お待たせしました。フレンチのフルコースになります」

「この短時間で!?」

 

 流が驚愕に目を見開く。

 

 あれから僅か三十分。

 昴は一人でそれを作ったそうな。

 

「えぇ。それが何か?」

「小説だからってやっていいことと駄目なことってありません!?」

「気のせいでしょう」

「流、諦めろ。これがこの屋敷の常識だ」

「何ですかそれ!」

 

 軽く世界の理を無視する屋敷。

 何これ、怖い。

 

「いっただっきまーすっ!」

 

 ……だが、さすがはこの屋敷の住民か。

 驚愕を見せたのは流だけであり、残りの皆は何ら迷いも無く料理へと手を付け始めていた。

 

「……」

 

 もう一度言おう。

 何これ、怖い。

 

 

 

 そんな昼食の時も過ぎた時だ。

 

「……そう言えば小雨ちゃん、帰ってきたからお風呂とか入ってないですよね?」

 

 流の唐突な言葉。

 

「入ってないけど……どして?」

「小雨ちゃん、あの時に一回地面に倒れましたから……。身体も汚れてませんか?」

 

 ちらりと視線をサメの方にやりながら、流は声量をさげてそう言う。

 そのサメは、いまだに迷路と食卓で談笑中だ。

 だからそれは、サメにこの話が聞かれないようにするための配慮なのだろう。

 

「そういえば……そうかも」

「でしたら早めに綺麗にしないと……。小雨ちゃんは女の子なんですから」

「う、うん……」

 

 どうにも、そういう方面での自覚が足りていない小雨である。

 まぁ、らしいと言えばらしいのだが。

 

「私は待っててあげますから――」

「よぅし……! そうと決まったら善は急げ、お風呂へゴーだよ!」

「ってだから何で私までーっ!? そしてやっぱりこの抗えない力はなんなんですかーっ!!」

「いえーい!」

 

 一人の歓声と一人の悲鳴が廊下へと消えていった。

 

 

 

「何だ、あれは」

「……大方、小雨が流をどこかへ引っ張っていったんだろう」

「あぁ……」

 

 何故? とは聞かない。

 だって聞いたところで、『小雨だから』としか言えないのだから。

 

「……本当に懐かしいな、このやり取りも」

 

 不意に、微笑を浮かべて迷路は言った。

 

「あぁ、そうだな」

 

 同じく苦笑。

 だがその中には、多少の感慨の色もあった。

 

 たかが半年。

 人によってはそういう人だっているだろう。

 だが、仕事関係を抜きにすれば親友と言っても過言ではない二人にとっては、その半年すらも長い時間だった。

 

「これからはまたこっちには?」

「あぁ、以前通りにまた頻繁に来ることも出来そうだ。俺の仕事も一段落ついたところだしな」

「そうか。これからまた、騒がしくなるな」

 

 口元を軽く持ち上げ、そんな皮肉をサメは言ってみせた。

 しかし当然ながらそこに悪意と言うものは存在しない。

 所詮この程度は、親友同士であるからこそ交わせる軽口の範疇に過ぎないのだ。

 

「あぁそうだな。だが、この屋敷だから仕方の無いことだろう?」

 

 故に、迷路も同じように口元を持ち上げてにやっと笑い、同じような皮肉で返した。

 

 そしてお互いに目を合わせ、しばしの沈黙。

 だがそれは、二人が同時に吹き出すことで破られた。

 

「結局は何も変わらないな、私達は」

「違いない。まぁ、そっちの方が俺は気楽だがな」

「私もだ」

 

 そうして笑いあう親友達。

 

 だが、不意にサメは何かを思い出したかのように、後ろにいた秋蘭を顧みた。

 

「秋蘭、お前は話さないのか?」

「私は執事ですので、一歩引いた立場にいるのが普通ですからな」

「自分でそういういい方は無いだろう。まぁそんな硬いことを言わず、こっちに来て話そう」

「サメ坊ちゃまがそう言うのでしたら」

 

 秋蘭とて、迷路とは長い付き合いだ。

 親友とまでは行かずとも、気心の知れた仲であることに違いは無い。

 それなのに話すのを遠慮するとは、その辺りは彼らしいと言うべきか。

 

 サメの言葉に従い、サメの隣へと腰を下ろした秋蘭。

 

 そこからはまた、他愛の無い、しかし充実した雑談が始まるのだった。