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KV-1 の変更点


 &attachref(./ussr.kv1.png,nolink,30%);
 #Contents
 
 *Tier 5 ソビエト連邦 重戦車 [#g0b979f7]
 [[公式紹介ページ >http://console.worldoftanks.com/encyclopedia/vehicles/ussr/KV1/]]
 *スペック [#l6028a93]
 ''車体''
 |CENTER:|CENTER:SIZE(11):|c
 |~HP|640|
 |~車体装甲厚(mm)|75/75/70|
 |~最高速度(km/h)|34|
 |~重量/最大積載量(t)|47,31/47,8|
 //|~実用出力重量比(hp/t)||
 |~本体価格(シルバー)|390,000|
 |~修理費(シルバー)||
 **戦車パッケージ [#y3097375]
 |CENTER:|c
 |パッケージ名&br;(必要経験値/購入シルバー)|
 |>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|CENTER:|c
 |>|>||┏|━|━|━|━|━|━|BGCOLOR(#dddddd):[[T-150]]&br;(24,500/880,000)|
 |>|>||┃|>|>||┏|━|━|BGCOLOR(#dddddd):[[KV-1S]]&br;(10,650/410,000)|
 |BGCOLOR(#dddddd):KV-1&br;(13,500/390,000)|━|BGCOLOR(#DDEEFF):KV-57&br;(5,475/61,010)|┻|BGCOLOR(#DDF8DD):KV-57M&br;(8,075/70,910)|━|BGCOLOR(#f0f8ff):KV-9&br;(13,775/88,420)|╋|BGCOLOR(#ddf8ee):KV-11&br;(14,275/90,500)|||
 |>|>|>|>|>|>||┗|━|━|BGCOLOR(#dddddd):[[KV-2]]&br;(26,700/920,000)|
 
 
 
 
 #region(Ver.2.0以前)
 |CENTER:|c
 |パッケージ名&br;(必要経験値/購入シルバー)|
 |>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|CENTER:|c
 |>|>||┏|━|━|━|━|━|━|BGCOLOR(#dddddd):[[T-150]]&br;(24,500/880,000)|
 |>|>||┃|>|>||┏|━|━|BGCOLOR(#dddddd):[[KV-1S]]&br;(23,800/900,000)|
 |BGCOLOR(#dddddd):KV-1&br;(13,500/390,000)|━|BGCOLOR(#DDEEFF):KV-57&br;(5,475/61,010)|┻|BGCOLOR(#DDF8DD):KV-57M&br;(8,075/70,910)|━|BGCOLOR(#f0f8ff):KV-9&br;(13,775/88,420)|╋|BGCOLOR(#ddf8ee):KV-11&br;(14,275/90,500)|||
 |>|>|>|>|>|>||┗|━|━|BGCOLOR(#dddddd):[[KV-2]]&br;(26,700/920,000)|
 
 #endregion
 ***詳細 [#w1bb4456]
 |>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|CENTER:SIZE(11):|c
 |パッケージ名|エンジン|>|>|>|>|>|武装|履帯|>|>|砲塔|>|他|h
 |~|出力|弾種|貫通力|ダメージ|総弾数|弾代|発射速度&br;照準時間&br;精度|旋回速度|砲塔装甲|旋回速度|視認範囲|HP|通信範囲|h
 |BGCOLOR(#f0f8ff):CENTER:SIZE(11):|CENTER:SIZE(11):|>|>|BGCOLOR(#f0f8ff):RIGHT:SIZE(11):|>|>|BGCOLOR(#f0f8ff):CENTER:SIZE(11):|CENTER:SIZE(11):|>|>|BGCOLOR(#f0f8ff):CENTER:SIZE(11):|>|CENTER:SIZE(11):|c
 |BGCOLOR(#dddddd):KV-1|M-17T|>|>|>|>|>|76 mm ZiS-5|KV-1 Mod. 1940|>|>|KV-1 LKZ mod. 1940|590|360|
 |~|450|AP&br;APCR&br;HE|86&br;102&br;38|110&br;110&br;156|114|56&br;6G&br;56|15&br;2.29&br;0.46|18|95/75/75|24|310|~|~|
 |BGCOLOR(#DDEEFF):KV-57|M-17F|>|>|>|>|>|57 mm project 413|KV-1 Mod. 1941|>|>|KV-1 LKZ mod. 1940|590|440|
 |~|500|AP&br;APCR&br;HE|112&br;189&br;29|85&br;85&br;95|174|56&br;7G&br;28|26.09&br;2.29&br;0.34|20|95/75/75|24|310|~|~|
 |BGCOLOR(#DDF8DD):KV-57M|M-17F|>|>|>|>|>|57 mm project 413|KV-1 Mod. 1941|>|>|KV-1 ChTZ mod. 1942|640|440|
 |~|500|AP&br;APCR&br;HE|112&br;189&br;29|85&br;85&br;95|174|56&br;7G&br;28|26.09&br;2.29&br;0.34|20|110/110/110|24|310|~|~|
 |BGCOLOR(#f0f8ff):KV-9|V-2K|>|>|>|>|>|122 mm U-11|KV-1 Mod. 1941|>|>|KV-1 ChTZ mod. 1942|640|440|
 |~|500|HE&br;HEAT|61&br;140|450&br;370|50|257&br;12G|5.26&br;2.9&br;0.56|20|110/110/110|24|310|~|~|
 |BGCOLOR(#ddf8ee):KV-11|V-2K|>|>|>|>|>|85 mm F-30|KV-1 Mod. 1941|>|>|KV-1 ChTZ mod. 1942|640|440|
 |~|500|AP&br;APCR&br;HE|120&br;161&br;43|160&br;160&br;280|76|109&br;7G&br;98|12&br;2.9&br;0.41|20|110/110/110|24|310|~|~|
 *解説 [#k55d344b]
 KV-1は、ソビエト・スチールで追加されたTier5の重戦車。
 ソ連の重戦車ツリーにおける起点となる戦車。
 同Tier・格下には攻守で破格の性能を誇るものの、視界と通信範囲に難があるため、単独での突出には注意が必要である。
 
 
 #br
 特徴
 -厚めの装甲
 Tier5の重戦車としては、正面75mm、砲塔95mm(改良砲塔110mm)と優れた装甲を持っており、格下相手には安定して戦うことが出来る。
 しかし、車体正面には弱点も存在するため、油断してはならない、
 また、格上相手では、その装甲も当てにならないので注意が必要である。
 
 -3種類の主砲
 最終パッケージ候補となる3つのパッケージ(KV-57M、KV-9、KV-11)には、それぞれ特性が異なる3種類の主砲がある
 
 --57 mm project 413
 T-34にも搭載されている57mm砲のKV-1版である。
 性能的にも同一。
 高連射により、手数で勝負するタイプの砲となっている。
 85mmと比較すると貫通力と一発のダメージで劣るが、精度・照準時間・DPMはこちらの方が高い。
 また、課金弾の貫通力は一番高い。
 
 --122 mm U-11
 Tier5の戦車に数多く搭載されている大口径榴弾砲(通称:10榴)のソ連版である。
 他の大口径榴弾砲と同様に、装填時間が長く、精度も高くない。
 ただ、アメリカやドイツの中戦車に搭載されているものより、HE弾の攻撃力が40高い。
 また、HE弾特有の問題として、相手によってはダメージが安定しないという欠点もある。
 しかし、格上と当たる場合でも、それなりのダメージを与えることができ、履帯切りなどで援護も可能である。
 
 --85 mm F-30
 貫通120mmの主砲。
 照準時間、精度などは、ソ連の主砲としてはごく普通の数値。
 装填時間も比較的短いので、連射も可能である。
 遠距離戦から近接戦までと、汎用性に富んだ主砲となっている。
 
 -機動性の低さ
 最高速度は34km/hとなっているが、この数値は下り坂などを利用した場合であり、普段はこの数値まで速度が出ることはない。
 旋回速度も低いので、中戦車などのNDKには注意が必要である。
 
 -視界と通信範囲の狭さ
 視界は310mと非常に狭い。
 また、通信範囲も最大で440mと狭い。
 味方との連携が取れないと、遠距離からの見えない敵の攻撃を受ける場合もあるので注意しよう。
 
 -パッケージ選択
 この戦車最大の悩みが、最終的にどのパッケージを選ぶかということである。
 KV-57M、KV-9、KV-11の3つのパッケージは、通信範囲も同じため、主砲の違いのみで選択することになる。
 (PC版だと、エンジンの引火確率がM-17FとV-2Kでは異なっているが、Xbox版はこの数値が表示されていないので、設定されているかどうかが不明)
 --手数を優先するなら57mm(連射派)
 --一発のダメージを優先するなら122mm(一発派)
 --汎用性を求めるなら85mm(安定派)
 
     このような選択で問題ないだろう。
     ちなみに、こんなに主砲の種類で悩む戦車は他には無いだろう。
 
 #br
 **主砲選択アンケート [#y6b0872d]
 どの主砲を良く使ってますか?
 #tvote("85 mm F-30(安定派)[49]","122 mm U-11(一発派)[43]","57 mm project 413(連射派)[11]","76 mm ZiS-5 (ドM派)[2]")
 #tvote("85 mm F-30(安定派)[49]","122 mm U-11(一発派)[43]","57 mm project 413(連射派)[12]","76 mm ZiS-5 (ドM派)[2]")
 
 
 #br
 *史実 [#td978645]
 KV-1はT-35の後継として、1938年キーロフ製造所のコーチン技師を主任として設計され1939年9月に試作1号車が完成、スターリンの取り巻きにしてNo.2の地位にあったソ連邦国防大臣クリメント・エフレモヴィチ・ヴォロシーロフの頭文字から、KV(カーヴェー)と命名されました。
 1939~40年の「冬戦争」といわれたソ連・フィンランド戦争に、SMKやT100ら多砲塔重戦車と一緒に試作重戦車が特別部隊を編成して実用試験で投入されましたが、SMKやT100は本格的に戦闘する前に使い物にならなくなり、結局、唯一結果を出せたSMK重戦車の単一砲塔タイプともいえるKV-1を採用することになり、12月より量産が開始されました。 これには、スターリンが多砲塔重戦車のコストパフォーマンスの悪さを批判した事も後押しとなりました。
 1941年、バルバロッサ作戦でソ連に攻め込んだドイツ軍の装備では、車体前部装甲が当時トップクラスの75mmと少々の傾斜も相俟って、頑強なKV-1に殆ど歯が立たずにドイツ軍は少なからずショックを受ける結果となり、[[パンター>Panther]]や[[ティーガー>Tiger I]]の登場までドイツ軍を苦しめ、あちこちでドイツ軍の侵攻を押し留めました。
 独ソ戦開戦時、ドイツ軍が使用していた対戦車砲3.7cmPaK36や24口径7.5cm戦車砲KwK37/L24ではどこから撃っても貫通不可能で、装甲を窪ませる程度しか出来ず、ドイツ軍砲兵から「ドアノッカー」や「聴診器」と自虐的なあだ名を付けさせることになりました。 一応手をこまねいていたわけではなく、覗視口や装甲の薄い部分、坂を利用するなどして車体上面や底面を狙うという方法を使い撃破するという涙ぐましい努力をしていたそうです。
 III号戦車G型の42口径5cm戦車砲を使い、車体側面を垂直に近い角度で零距離射撃して漸く貫通できたそうです。
 履帯も3.7cm対戦車砲Pak36では破壊できず、10.5cm榴弾砲leFHの直接照準射撃で何とか切断できたという記録が残っています。
 
 主砲は76.2mmL-11を鋳造の大きな砲塔で車体中央に搭載、V-2ディーゼルエンジンを採用しているほか、これまでソ連戦車主流だったクリスティ方式から、トーションバー方式にサスペンションが変更されました。
 V-2エンジンは、仏イスパノ・スイザ社製の航空機用ガソリンエンジンをディーゼル化したものですが、空軍で使うには1,000馬力級が航空機用エンジンの主流の時代に500馬力級では力不足とされて不要と言い渡されます、もったいないので仕方なく戦車用エンジンに改造して550馬力としたV-2エンジンが様々な戦車に載せられました、KV-1の多くにはV-2K型エンジンが搭載されています。
 トランスミッションは前進5速・後進1速で、最大速度35km/hを発揮するというカタログスペックでしたが、実際には無理だったらしいことが判明しています。(完全な平坦の整地で何も積まない状況や坂道という条件で可能だったらしい)
 その理由は、エンジン出力は確かに大きいのですが、40tと言う重量にはパワーロスが優ってしまい、多板摩擦式ディスク・クラッチとスライディング・メッシュ式トランスミッションに常に過負荷がかかっており、操作が不便で故障が頻発したそうで、鹵獲して調べたドイツ軍のレポートでは、エンジンが非力で、シフトレバーが非常に重くびくともしないので変速操作にハンマーが要るとか、停止状態でないと変速できないとか散々な結果が書かれていました。
 鹵獲車両は、Pz.Kpfw.KW-1 753(r)と形式名称をドイツ式に改名され、多くはキューポラと無線機を追加、変速機には悩まされたそうですが、戦車不足にあえいでいたドイツ軍は[[T-34]]同様にちゃっかりと部隊運用していました。 KVはドイツではKWとなります。
 
 鹵獲したKV-1 1942年型のうち、少なくとも1輌に主砲を防盾ごとIV号戦車G型と同じ43口径75mm砲に換装し、砲塔上にIV号戦車用のキューポラとT-34用のベンチレーターを取り付ける改造を行ったものがPz.Kpfw.KW-1 753(r) mit 7.5 Kw.K L/43となります。
 
 1939年型として量産が50両生産された後、長砲身のF-32を搭載する1940年型になり91両が生産されました。 なお、F-32は、L-11の砲身下部に駐退機を設け、初速を向上させたかわりに俯角が取りにくくなったという欠点があります。
 ドイツ戦車より攻守で上回るものの、非力なエンジンのためクラッチなどの動力系の故障が多く、3人乗りの砲塔でしたが、車長は装填手を兼ねており、砲手の他は砲塔後部に操縦手の交代要員兼機関士または整備士または後方機銃手という配置を取っているため、車長は指揮に専念は出来ず、無線機はT-34と違い全ての車輌に搭載していましたが、信頼性の低さもあり連携も望めなかったそうです、最悪、各車間のやり取りは手旗信号を使用せよという無茶振りでした。
 そのためか、小隊車が隊長車を追従して進軍した結果、同じ場所をぐるぐると回っていた、ということもあったそうで、この連携の弱さという弱点を突かれて、当時、ドイツ軍の主力だった[[III号戦車>Pz.Kpfw. III]]に組織的に撃破されたりもしました。
 ゲーム中では、交代要員は装填手に変更されています。 また、史実では車長の車外視察は砲塔前部の照準用ペリスコープPT-Kもしくは改良型のPT-4-7と右側面の装甲スリット、右方視察用固定ペリスコープのみで、専用のハッチが無く、砲塔ハッチも後方機銃手席にいる交代要員が邪魔で頭を出せないという有様で、車長が砲塔ハッチから外を見る場合、この交代要員の肩と頭を踏み台にする事になっていました。 彼が位置する辺りには砲弾ラックもあり、ほとんど邪魔だったそうです。
 また、戦線が伸びきってしまい砲弾の支給も行き届かず、殆ど弾切れ状態のまま前進を余儀なくされたものもあったそうです。
 損失の8割の実情が故障やガス欠、移動不能など戦闘以外の理由によるものでした。 (動けなくなっただけで、搭乗員が戦車を放棄して逃げ出してしまったということもあったそうです。)
 弾切れの車両がドイツ軍の対戦車砲をことごとく跳ね返し、ひき潰しながら砲兵陣地まで来たので、8.8cm高射砲の水平射撃でやっと仕留めたという記録もあります、フランス黄作戦で[[マチルダ歩兵戦車>Matilda]]を撃破した経験を生かした帰結でした。
 その他、135発の対戦車弾を浴びながら16両のドイツ軍戦車を破壊したという、ヴォイスコビッツ国営農場の戦いの逸話もあるほど、その重装甲はドイツ軍を苦しめたことがわかります。
 珍しいエピソードとしては、夜間あまりに寒いため、見張りの搭乗員が車内で焚き火をしたという、とんでもない逸話があったりします。
 1941年12月時点で、1個戦車旅団に2個中隊10両が配備されていたのですが、実際は1個小隊2両ずつ分散され、歩兵部隊支援に投入されることが多かったと言うのが実情でした。
 
 パッケージKV-11に相当するのが、1939年式85mm高射砲の戦車砲転用型、F-39を搭載したもので、1941年に試作されました。
 パッケージKV-9は、オブイェークト229のコードでKV-1の火力強化型として1941年12月から開発が開始されました。 122mm榴弾砲M30を搭載しましたが、装填速度が遅く、初速も遅くて対戦車戦闘能力に劣ることから、10両が先行生産されたのみで採用されませんでした。
 
 1922年のラパロ条約以来、ソ連とドイツでの武器・兵器の共同開発及び研究を行っていた流れから、1941年春の独ソ不可侵条約破棄以前の事、ドイツ軍は戦車学校や工場を案内した折に、20t級の[[IV号戦車>Pz.Kpfw. IV Ausf. A]]を指して「わが軍の最新・最重量級の戦車だ」と紹介しましたが、既に倍の40t級のKV-1を運用していたソ連軍は、この事を全く信じていませんでした。 [[III号戦車>Pz.Kpfw. III Ausf. A]]を独ソ不可侵条約締結記念に贈った時もそうでしたが、この時はソ連の戦車の方が先進的な設計のT-34を開発終了していた頃だったので、ドイツは真実を知られない様にしているだけで、もっと凄い戦車を隠しているに違いないと考えていたそうです。 実際は、そのままだったのですが、ドイツがバルバロッサ作戦で不可侵条約を一方的に破棄してソ連に攻めて来る迄は、重装甲・超火力の戦車で攻めて来るに違いないと考えていましたが、その実、火力も装甲も大した事ないと拍子抜けしてしまったそうです。
 
 なお、クリメンテ・ヴォロシーロフは1938年当時、ソ連の国民的英雄とされていたスターリンの旧友であり、側近No.2の国防大臣兼元帥の名前で、KV戦車シリーズを開発したコーチン技師の義理の父でもあるそうです。
 また、実用試験の際にKV-1・T-100・SMKの他に何種類かの試作重戦車部隊で編成された特別戦車隊を率いた指揮官に、ヴォロシーロフ国防大臣の息子(当時の階級は少佐)が任されていました。
 以後、多様なKVシリーズが開発されましたが、ヴォロシーロフが政治的失脚を受けた後は、主力戦車の名は時の指導者スターリンの名に取って替わられました。
 なお、失脚の原因は、1939年11月から1940年1月まで冬戦争(第1次ソ・芬戦争)でソ連軍を指揮するも、フィンランド軍の粘り強い抵抗の前に非常な苦戦を強いられ、思うように結果が出ず、多くの死傷者を出した責任を取る形で1940年3月、国防人民委員を解任されました。
 この頃、夕食会の席上でスターリンから失策を痛罵され、思わず「敗北について責められるのはあなたの方だ! 苦戦を強いられたのはあなたの粛清で我が軍の多数の優秀な将校がいなくなったからだ!」と激しく反駁したという逸話が残っています。 これは衆人環視のなかで彼が怒りを爆発させたほとんど唯一の事例であり、かつ独裁体制を樹立したあとでスターリンに直言したものが政治的に生き残った数少ない例のひとつでもありますが、スターリンの旧友であった事が粛清に繋がらなかったとも言われています。
 ちなみに、KV-1などの実戦テストで指揮を執った息子は、実子では無く、ロシア革命以後スターリンと対立していたフルンゼの子を引き取って育ていたそうです。
 *コメント [#vff80f62]
 #pcomment(./コメント,reply,5)