あんぐんその2だよ~

Last-modified: 2017-07-19 (水) 23:17:38

「ぐんちゃーん!おっはよー!」
ある日の朝、登校中の高嶋友奈は、同じく登校中の郡千景を見つけて声をかけた。
何時もなら両耳にイヤフォンを付け、ゲームに興じている千景だったが、
今日はいつもと様子が違った。
文庫本を読んでいたのだ。

元々が整った、お嬢様と言った風貌の少女である。
片手で本を開いて、静かに歩く姿はなんとも様になっている。
「おはよう、高嶋さん」
そっと本を閉じ、こちらに振り向いて挨拶を返す千景に、友奈は思わずドキリとしてしまった。
ゲームが文庫本に変わっただけのはずなのだが。

「お…おはよう、ぐんちゃん。
何読んでるの?」
タイトルを教えてもらうが、友奈の記憶が正しければ、最近人気のある甘酸っぱい恋愛物だったはず。
どうにも、千景の趣味ではないように思えた。
「伊予島さんから貸してもらったの。
普段こういうのは読まなかったのだけど、中々面白いわ」
それを聞いて友奈は、アンちゃんは最近、ぐんちゃんからゲームを借りるようになって仲が急速に良くなっていたなと思い出す。
二人で一緒に夜遅くまでゲームをして、タマちゃんが随分とやきもきしていたよね、とも。
お昼休みも、食事をしながらゲームの話をしている時間が増えたように思う。
友奈は、千景が自分以外に壁を作っていると思っている。
杏と仲が良くなるのは、いい傾向だと感じた。
「最近ぐんちゃんアンちゃんと仲良いよねー!ひゅう!ぐんちゃんひゅう!」
冗談めかして笑いかける。
今までなら、むっつりとした顔になって否定が返ってきただろうが、今日は違った。

「…えぇ、そうね。
伊予島さん、彼女と一緒にゲームをやったり、静かに本を読むのも悪くないわ」
その顔は、なんとも穏やかな笑顔だった。
友奈もあまり見たことのない笑顔に、一瞬固まってしまう。
胸に、チクリとした痛みが襲った。
「そう、なんだ。
アンちゃんって、ゲーム…上手いの?」
「いいえ、全然。でもすごく楽しそうよ、彼女。
ノベルゲーム以外だと、何度教えてもすごい力んじゃうから、それさえなければ上達しそうなのだけれど」
教える、とはなんだと友奈は思う。
「…どんなこと教えてるの?」
不思議そうに首を傾げる千景。
チクリ、チクリと、また友奈は痛みを覚える。
「どんなことって…、コントローラを握ってあげて、ボタンの押し加減とかスティックの倒す速度とか…」
チクリ、チクリ、チクリ。
「………アンちゃんと一緒にいるの、楽しい…?」
「…そうね、楽しいわ。
自分でも、不思議なくらい」
大丈夫、と友奈は言い聞かせる。
これはいい傾向なのだと。
胸に感じる気持ちは、気のせいなのだと。

「ちーかーげー!お前またあんずにゲーム貸したろー!
最近あんずとくっつきすぎだぞー!
何が楽しいわ、だ!タマはなー!タマはー!許さーん!」
「た、タマっち先輩、声大きいよー…。
お、お早うございます、千景さん」
「急に何、土井さん…。
おはよう、伊予島さん」
突っかかってくる球子を受け流し、杏と挨拶を交わす千景。
そのまま、昨日やったゲームや読んだ本の話で盛り上がる二人。
チクリ、チクリ、チクリ、チクリ。

「おはよう、友奈。
…どうした、そんなに拳に力を込めて」
若葉から挨拶をされて、ハッと友奈は我に返った。
なるほど、白くなるほど強く拳を握りしめている。
凍ったかのように固く、動かない指をゆっくりと友奈は開いた。
「おはよう、若葉ちゃん。
ううん、なんでもないよ」
「…そうか?」
視線はずっと千景を見たままの友奈に、若葉は首をひねる。
なんでもない。
そう、なんでもないはずなのだ。
穏やかに笑い合う千景と杏に、痛みを感じることなんてないはずなのだ。
「…うん、なんでもないよ」
そう、言い聞かせた。
チクリ、チクリ、チクリ、チクリ、チクリ。