あんぐんその3だよ~

Last-modified: 2017-07-28 (金) 14:57:35

「千景さん、買い物に行きませんか?」
私が勇気を出してそう声をかけると、千景さんはキョトンとした顔をして固まった。
「…私が?」
自分を指差す千景さん。
「はい」
「…伊予島さんと?」
私を指差す千景さん。
「はい」
なぜ?どうして?といいたそうな顔。
悪気はなくて、多分本当に自分が誘われる理由がわからないんだろうということが、最近の付き合いでわかってきた。
「えっと、千景さんと一緒にゲームや、小説を買いに行きたいんです。
…ダメですか?」
ここで少し困ったような表情を作ってみると、千景さんの顔は更に困惑が深くなった。
「ダメじゃ、ないけれど…」
パァッと表情を明るくする。
演技ではなく、純粋に嬉しさで。
「よかったー!じゃあ今週末に行きましょう!二人で!
約束ですよ!」
やっぱり私は…と日和られる前に押し切る。
「え、えぇ…わかったわ」
作戦成功だ!
こっそり聞き耳を立てていたタマっち先輩はこの世の終わりのような顔をしていた。
やっぱりタマっち先輩は可愛いなぁ。

「友奈、教室の前で立ち尽くして…おいおいノートを握りつぶしてどうしたんだ?」
「………えっああ、若葉ちゃん。
なんでもないよ…ナンデモナイ」
「そうか?調子が悪いなら言うんだぞ?」

週末、約束した通り、二人でお買い物。
ゲームショップを冷やかして、二人で新作ゲームを眺めたり。
「わぁ、難しそう…」
「この手のシステムはやってみたら意外と簡単よ」
千景さんと次にやるノベルゲームを下調べしたり。
「ううん…攻略対象が甲乙つけがたい…」
「ライターは…どちらも評判は悪くないわね」
体験プレイが出来るコーナーで少し遊んでみたり。
「うぅん、やっぱりノベルゲーム以外は難しいです…」
「…少しずつ上手くなってきていると思うわ」

本屋に入って、好きな作家の新刊を探したり。
「元の時代の作者の、私がこの世界に呼ばれる後の作品を読めるのはお得なような、すごい勿体無い事をしているような…」
「先の展開を知っているのは少し物足りないわね」
千景さんにお気に入りの作品をオススメしたり。
「あっこれ私好きなんです!千景さんも読んでみませんか?」
「どれ?…えぇ、じゃあ今度貸してもらえるかしら」
歴史書のコーナーを見ないのは、何も言わないけれど二人の、きっと私達全員の共通認識。
「大赦の情報操作がすごいから大丈夫だよ~、なんて言ってましたけど」
「それでも、ね」

素敵な洋服屋さんに入って、千景さんで楽しんだり。
「千景さん、これ!すっごく千景さんに似合うと思うんです!」
「…わ、私はそういうのは」
千景さんで楽しんだり。
「そんなことないです!あっ、店員さん試着をお願いします!」
「ちょ、ちょっと…」
千景さんで楽しんだり。
「ほらやっぱり!似合っていますよ千景さん!
ちょっとクルって回ってみてください!」
「こ、こう…?い、伊予島さん、写真はやめて…」
千景さんで楽しんだり。
「次はこっち…ううんこっちも似合いそう!」
「も、もうやめて…」

そんなこんなで夕方になってしまった。
私達の両手には大荷物。
結局、ゲームも本も、それから千景さんの服も─難色を示す千景さんを押し切って─沢山買ってしまった。
「楽しかったですね!」
本当に楽しい時間だった。
「…そうね」
千景さんも満更では無さそう。
「買ったお洋服、着て見せて下さいね?」
いたずらっぽく言うと、少し困ったような顔。
「何も皆の前でお披露目、なんて話じゃないですよ。
二人でゲームする時、着て見せてくださいね」
千景さんとしては心理的なハードルが下がるであろう提案─実際はこちらが本命─をすると、少し表情が和らぐ。
「…そのくらいなら」
「じゃあ、約束です」
このくらいしないと、友奈さんには勝てないのだから、仕方ない。
仕方のないことなのだ。

こっそり付いて来ているタマっち先輩と友奈さんには悪いけれど、譲る気はない。
「今日はどのゲームをしましょか、千景さん!」
「…そうね、折角だから今日買った物から選ぼうかしら…」
見せつけるように肩を寄せて歩く。
遠くから─態と尾行しにくいように開けた場所を歩いているためだろう─タマっち先輩の叫び声が聞こえたような気がした。
タマっち先輩は可愛いなぁ。