「大食いチャレンジ…ですか?」
「ええそうよ、よく行く定食屋さんからの依頼なんだけど…なんでも、客寄せの為に大食いチャレンジを企画したんだけど、挑戦者が全然現れなかったらしくて」
勇者部への依頼の中には、偶にこういった変わり種が紛れ込む。
捨てるのがもったいないからと洋服をあれこれ着せられるだけの依頼や、
賑わっているように見せるためのサクラとしてその場でたむろっているだけの依頼などもあった。
今回の依頼は後者に近いのかもしれない。
「それで、私たちが宣伝代わりに挑戦を?」
「そゆこと~♪あ、でもいくら宣伝だからと言って手を抜くのはナシよ。やるからにはキッチリクリアしなきゃ」
今日集められたのは、風先輩含めて手の空いていた6人。他の子達は別の依頼や用事で来られなかったらしい。
「そのチャレンジは複数人で挑んでも良いんですか?」
「ええ、本来は1人用らしいけど…なにせ?私達は花も恥じらう現役JCですので♪まあハンデみたいなもんよ」
「随分…気前がいいのね。何か裏がありそう…」
慎重な性格の郡さんが警戒した方がいいと呟く。
「大丈夫だよぐんちゃん!6人もいるなら絶対なんとかなるって!」
「そうそう!難しく考えないでっ、私たちにできないことなんてそんなにない!」
「結城さん…高嶋さん…ええ、そうね…きっとそう」
へにゃへにゃに頬を緩ませながらそう答える郡さん。
…郡さんは少し友奈ちゃん力。に対する抵抗が低すぎるきらいがある。
今も、上機嫌そうに手を合わせてくるくると踊り回っているダブル友奈ちゃんにノックアウト寸前だ。
友奈ちゃんを見守る同志としてもう少し耐性をつけてもらわねば…。
「ダブル友奈のいう通りよ、千景も東郷もそんなに構えないで。らくしょーよらくしょー」
「お姉ちゃんまた調子に乗ってる…本当に大丈夫かなぁ…」
樹ちゃんも警戒派のようだ。私と樹ちゃんと郡さんでしっかり手綱を握らねば。
ともかく。この場は参加する方針で決まったため、私達は早速戦地へ赴くこととなった。
「それじゃあ気合い入れて行くわよ!勇者部ファイト~!!」
「「「「オー!!」」」」
「おー、嬢ちゃんたちよう来たねぇ。風ちゃん、挑戦者はこの6人でええんかな?」
「こんにちはー!ええそうです、私達6人でお相手します!」
「おぉ、おぉ、元気そうやねぇ…!それじゃあ早速準備してくるとするかね」
店主のおばあちゃんに促され席についた私達は、挨拶もそこそこにチャレンジ料理の完成を待つこととなった。
「風先輩、今日食べるお料理について聞かせてもらってもいいですか?」
「私もまだ詳細は知らないんだけどね。聞くところによると海の幸を使った丼ものらしいわ」
店の奥で揚げ物を作る音を聞きながら、他愛もない会話を続ける。
暫くすると、香ばしい天ぷらの香りが鼻をくすぐってきた。
「わたし海鮮丼だいすき!」
「わたしもー!たのしみだねっ」
初めのうちは士気も高めで、これならば問題はなさそうだと油断していたのだけれど。
「…ずいぶん、作るのに時間がかかるのね」
「そうねぇ…あーなんかもうお腹空いて目が回るわー!」
10分経ち…20分経ち…気がつけばおばあちゃんが準備に取り掛かってから30分以上の時間が経過していた。
「東郷さん…これ…」
「ええ…これは…まずいかもしれないわね」
明らかにおかしい。準備にこれだけかかるということは…
今からでも撤退をと進言をしようとしたその時、暖簾の奥から”ソレ”は現れた。
「待たせてごめんねぇ…さぁお嬢ちゃんたち、召し上がれ…!!」
おばあちゃんが運び込んだ”ソレ”を見て、私達は誰1人声を上げることができなかった。
まず器が大きい。直径60cmはある。
そしてその器の上には、所狭しとエビ・ウニ・カニの天ぷらが敷き詰めてあり、
その天ぷらの山は座った私たちの頭二つは上の高さまで積み上げられていて。
丼というからには存在しているであろう下に敷かれたご飯が上から全く視認できない。
無限の星すらも霞むようなカロリーの集積体、その威容は宿敵バーテックスを思わせるほど巨大で異質。
「これが当店自慢のチャレンジメニュー…その名も!リーサル・ブレイブ・キラーだよ!!!!」
「なにこれ…大きすぎるよ…」
「これが…一人分?冗談も大概にして欲しいわ…」
「お、お姉ちゃん…こんなの無理だよぉ」
「ゆ、勇者殺しですってぇ…?いい度胸じゃない…」
その威容に飲み込まれまいと、風先輩が力強く開戦の合図をする。
「勇者部一同!!!攻撃かいしぃ!!!!」
「一体…この天ぷらいくつあるの…」
「あっ、諦めちゃダメだよぐんちゃん…私たち勇者はみんなつよ…うぷっ!?」
「高嶋さん!?」
「…友奈ちゃん、わたし…友奈ちゃんに出会えて本当によかった…」
「東郷さん!?東郷さん目を開けて!!寝ちゃダメ!!エビさんが口からこぼれてるよ!?」
「勇者殺し…まさかここまでとは…くっ…!みんなを巻き込んでおいて…!!私だけくたばる訳にはいかないのよぉ!!」
「お姉ちゃん……そう言いながら全然箸動いてないよ…」
「さあさあお嬢ちゃんたち、まだまだ残っているよ…もうおしまいかい?」
完敗だった。あれからもう30分は経ったろうか…
未だに天ぷらの下のご飯すら見えず、次々と力尽きていく勇者たち。
エビ、カニ、ウニのコンビネーションは苛烈を極め、まるで攻略の糸口すら掴めない。
このチャレンジの制限時間は45分。半分も消化できていない現状では…
だが、誰もが諦めかけたその時。転機は訪れた。
「お前たち、こんなところでなにをしているんだ?」
「あっ…若葉ちゃん…」
平成の風雲児にして初代勇者、通称・屋台荒らしのわかばちゃん。乃木若葉の来訪は、私たちにとってまさしく福音であった。
「大食いチャレンジとは…全く。自分たちの力量もわからずに依頼を受けるからこういうことになる。」
「ぐっ…面目無い…けど今は時間がないの。乃木、アンタも力を貸して!」
最後の希望を掛けて、若葉へとバトンを繋ぐ。もはや勇者たちに他の選択肢は残されていなかった。
「残り時間は…10分といったところか。では…いたらきましゅ!!」
あっ、噛んだ。
「こほん…いただきます。」
そこからの光景は未だに信じ難く、まるで夢でも見ていたかのようだった。
無敵に思われていた天ぷらの城壁が、次々と削り取られ崩れ去る。
露わになった白米も、風雲児の前には物の数にもならないかのようにどんどん口へと運ばれて量を減らしていった。
「うん、美味いな…少し量が物足りんが。」
味わう余裕すら見せながら、若葉はLBKを食べ進める。
「…ご馳走様でした。」
制限時間残り1分。私達勇者部は、絶望的な戦いから生還した。
お互いに抱き合い、手を挙げて生還を喜び合う勇者部の面々。
特に風先輩は先ほどまでの死に体から一転して大喜びをし、信じられないといった視線を送るおばあちゃんの元へと駆けていく。
「おばあちゃん!アタシ達の勝ちよ!」
「まさか本当に食べ切ってしまうなんてねぇ…貴重な労働力を得るチャンスだったってのに、大したもんだよ。」
風先輩め、おばあちゃんと裏でそんな取り引きをしていたのか。
完食できなかった場合は勇者部の夏休みが給仕の奉仕活動で終わっていたかと思うとゾッとする。
「1人助っ人が入ったのは微妙なところだけどね…まあ約束は約束だね。ほら風ちゃん、約束のうどん食べ放題券だよ。持って行きな」
「やったぁ!!ふふ…これよこれ♪これが欲しかっ…殺気!?」
「風先輩…?これはどういうことですか?」
「依頼というのは嘘…その券が狙いだったようね…」
「あっ……。いや、これはね…?依頼は本当だったのよ?けど食べ切れたらただ券貰えるって聞いて…ものはついでと…?」
えへ♪と誤魔化して額をコツンとする風先輩。しかしここにいる鬼達にはそんな誤魔化しは効かない。
「お姉ちゃんの…ばかああああああ!!!!」
「あむ…。ふむ、やはりうどんはいいな…」