東郷せんせいだよ~

Last-modified: 2017-08-03 (木) 00:54:14

「はーいみんな集まってー、今日はみんなで公園に松ぼっくり狩に行きまーす」
優しいトーンなのによく通る先生の声が庭に響くと、思い思いの場所で遊んでいたちびっ子達がわらわらと集まる。
いの一番にやってきたのは、赤い髪を後ろで纏めた、元気に手足が生えたような活発な女の子。
彼女、結城友奈は先生の事が大好きだった。
とりわけ、先生に褒めてもらうことが大好きだった。
だからこうして先生の号令にはいち早く反応する。
「あら友奈ちゃん、今日も一番ね。偉いわ…兵は拙速を尊ぶ、とても大事なことよ」
そう言うと先生はいつも頭を撫でてくれる。先生の言うことは難しくてわからないけれど、頭を撫でられるのはとても気持ちいい。友奈は満足げに目を細めるとなでなでを堪能した。
「あー!?またゆうながいちばんかぁー!つぎこそはタマがかつはずだったのにぃ!!」
「でおくれたか…むねんだ」
「はぁ…はぁ…おそと…むり……かえってげーむしたい…」
「ほらぎん、いそがないとみんなあつまってるわよ!!」
「そのこがおきないんだよ~、ひっぱるのてつだっておくれよわしおさんちのすみさんよ~…」
そうこうしている内に他の子達も集まってきて、出発の準備が整った。先生がパンと手を叩くと、騒々しかったちびっ子達が先生へと注目する。
まるで魔法を使ったみたいで、先生は本物の魔法使いか妖精さんなのでは無いかと友奈は考えたことがあった。以前その事を尋ねたらものすごく微妙な顔をされてしまったのでみんなには話していない。きっと大事な秘密なのだ。
「せんせー!まつぼっくりがりってなぁに?」
「皆で公園をお散歩して、景色を眺めたり松ぼっくりを集めたりするの。お外で食べるおやつも用意してありますからね。」
おやつ!きっとぼたもちだ。先生の作るぼたもちはとても美味しくて、お散歩も楽しみだった友奈はもっと楽しい気持ちになった。やっぱり先生は魔法使いに違いない。
「かり!?あつめるのか!?ならタマがいちばんだ!」
「ゆうしゃたちよ!わたしにつづけ!しゅつじんしゅる!!」
他の子達もやる気充分だ、充分過ぎて先に駆け出したタマちゃんと若葉ちゃんが転げてしまったが。
「はい、それじゃみんなで移動しましょうね。転ばないように気をつけてひなた先生について行くこと。では…進軍開始!」
先生がひなた先生にあとはお願いしますねと耳打ちして後を引き継ぐと、少し遅れて彼女も移動を始めた。
先生…東郷先生は脚が不自由なため、移動は専ら車椅子を使用していた。だからお外での引率は殆どの場合、東郷先生以外の先生の出番となる。
車椅子の生活にも慣れてきたけれど、こればかりはどうしようもない。やっぱり補助動力付きの車椅子に変えようかしらなどと思案していると、誰かに押されたかのように車椅子の速度が変化した。
驚いて後ろを見ると、先ほど移動したはずのちびっ子達の一人、友奈ちゃんがひょっこり顔を覗かせた。
「友奈ちゃん…どうしたの?みんな先に行ってしまったわよ?」
「んっとね、せんせいくるまいすでたいへんそうだから…おてつだい!」
思わぬ提案に目頭が熱くなる。けれどこのまま自分の速度に付き合わせてはみんなとのお散歩が台無しになってしまう。
「友奈ちゃんありがとう…けど先生は大丈夫だから、みんなの所へ行って先に待っていて?」
だから先に行くように言い聞かせたのだけど。友奈は決して首を縦には振らなかった。
「やだ!せんせいひとりじゃかわいそうだもん…だからいっしょにいく!」
こうなった友奈ちゃんはとても頑固で、絶対にここを離れないだろう。だからここは甘える事にしよう。この小さな勇者様に。
「おきゃくさま、どちらまでいかれますかっ!」
「ふふっ…それじゃあ、公園までお願いしますね。ちっちゃい勇者様♪」
「おまかせください!それじゃーしゅっぱーつ!」
とても温かい気持ちに満たされながら、電動車椅子の導入はまた今度にしようと思う東郷先生であった。
「はぁ…はぁ…つかれた…せんせーおもい…」
「重っ!?友奈ちゃん!?」