闇の友友その6だよ~

Last-modified: 2017-10-01 (日) 23:14:17

集合場所へ急がなければならない三ノ輪銀は、しかし困っている人を見捨てられない性分だった。
自分を求めて走ってくる人影を見つけ、はたと立ち止まる。三好夏凜だった。
夏の日差しの中を駆け抜けたのだろう、肩で息をしている。
それが落ち着くのを待つ時間すら惜しいとばかり、三好夏凜は三ノ輪銀の目を真っ直ぐに見据えた。
「お願い。何も言わないで、デバイスを貸して」
三ノ輪銀に躊躇いはなかった。彼女の心の内には、きっと夏凜さんは困っているのだろうという事だけが分かっていた。それだけで十分だった。
「何も言うなってのは、ちょっと横暴じゃないですか」
想定外の返答に動揺する三好夏凛に、三ノ輪銀は悪戯っぽく笑ってスマートフォンを手渡した。
「頑張ってください」
三ノ輪銀が伝えたかったのは、それだけだった。強く頷いて颯爽と駆け出す三好夏凛の背中を見送った。
いつか私もあんな勇者になりたい。集合場所へ急ぐ胸の中に一つ、仄かな憧れが生まれていた。

集合場所へ急がなければならない乃木園子は、しかしマイペースな性分だった。
あちこちへ寄り道していると、こちらへ向かってくる人影を見つけた。中学生の乃木園子だった。
乃木園子は自らのスマートフォンを取り出すと、迷いなく成長した己に差し出した。
「なんとなく分かってたよ。たぶん今の私じゃ、どうにもできない事が起こってるんじゃないかなーって」
でもあなたならできるんでしょう。信頼を込めた視線を未来の自分に送った。
自信に満ち溢れた笑みが返ってきたのを確認して、乃木園子は集合場所へと歩き出した。

乃木若葉は二人の友奈と対峙していた。
手は固く結ばれ、周囲をぐるりと囲うように光の壁が覆っている。
眼前の光景は上里ひなたに聞かされた神託の内容そのものだった。
内側の世界の寿命は三ヶ月後に尽きる。延ばす方法はただ一つ、結城友奈が神樹の一部となる事。
乃木若葉は無力に震える拳を堪えるのに必死だった。
光の壁は次第に輝きを増し、二人の姿を外界から完全に遮断するまでになっていた。
「本当にいいのか」
壁の向こうから不安そうに聞こえてくる最終確認に、結城友奈は微笑んで肯定した。
水晶のように透き通った心の中には、最早何の迷いもありはしなかった。

あまりにもあっさりとした結城友奈の結論に、乃木若葉は返す言葉を失った。
きっと長い時間をかけて出された答えなのだろう。口を挟む資格はない。
神樹と結城友奈の間にどんなやり取りがあったのか、乃木若葉には知る由もない。
神樹はこの世界を守るため最善の説得を尽くしたのだろう。結城友奈はそれを受容したのだろう。
ただ自分自身が神託のままに行動し、一人の仲間を神にしようとしている事だけは背負い続けなければならない。
二人の友奈に背を向けた乃木若葉は刀に手を添え、儀式の完遂を待ち続けた。
遥か遠方から二つの反応が猛スピードで接近していた。

走り抜けたスピードに乗って一対の双斧を振りかざす三好夏凛は迷いなく乃木若葉に斬りかかった。
渾身の一撃だった。それが何の苦もなく一閃で弾かれても、三好夏凛は即座に体勢を立て直し距離を取る。
その一瞬の隙を乃木若葉が突けなかったのは、入れ替わるように急襲する乃木園子の突きが迫っていたからだった。
紙一重で回避し、突進のスピードを殺しきれなかった槍の柄を掴んで乃木園子ごと遠くへ投げつける。
「言いたいことがあるんなら言っていいわよ。知らない仲じゃないんだし」
なおも三好夏凜は不敵に笑っている。好ましい勇者だ、と乃木若葉は思った。
「神樹が限界だ。後三カ月でこの世界は終わる。時間が足りない」
寿命を延ばすには結城友奈を吸収させ、神樹の力を取り戻さなければならない。
己が知りうる限りを話す乃木若葉は、悪戯の言い訳をまくしたてる子供の用に饒舌になっていた。

「心配はいらない。結城友奈が神になった段階で勇者としての結城友奈が新たに存在可能になる。日常は戻ってくる。喪失は起こらない」
誰も神となった高嶋友奈に気付かなかったように。そう付け加える乃木若葉の口は自嘲気味に笑っていた。
自分に言い聞かせるように、一心不乱に祈りを捧げるように、乃木若葉はひなたが受けた神託の全てを語って聞かせた。
「違う。乃木若葉として言いたい事があるんなら聞いてあげるって言ってんのよ」
三好夏凜は右手の斧を突きつけながら、不満を隠そうともせずに言い放つ。
遥か遠方で、白銀の矢じりが三好夏凜の姿を捉えていた。弓は十分に引き絞られ、放たれる瞬間を待ち焦がれている。
乃木若葉は沈黙した。三好夏凜は立ち止まり、彼女の言葉を待ち続けた。
「すまない」
何のことはない、それだけが乃木若葉の本心だった。

放たれた一矢は寸分違わず三好夏凜の肩口に飛翔し、すんでのところで復帰した乃木園子が展開した傘盾に防がれる。
立て続けに放たれる第二射、第三射によって傘盾が限界を迎える直前に、三好夏凜は乃木園子を抱きかかえて射線上から離脱した。
「そっかー。じゃあわかちゃんをどかして、神樹様を説得してゆーゆを取り戻して、皆で状況を打開すればめでたしめでたしって事だねー」
乃木園子は狙撃を警戒しながら、槍を薙ぐように扱うため下段に構えた。あくまで自然体だった。
「そうね。復帰したてのところで悪いけど、限界まで付き合ってもらうわよ」
三好夏凜は双斧を中段に構え直す。いつもよりほんの少し重い手触りが心地よかった。
「いいだろう、来るがいい神世紀の勇者達。友を攫わんと欲する地獄の悪鬼はここに居るぞ」
乃木若葉は全身から殺気を噴出させながら鞘に手を当て、一閃の構えを取った。

遠方で狙撃の機会を待ち続ける鷲尾須美は、背後にふと強烈な気配を感じて思わず振り返った。
「そうね、あの場所を狙うのならここしかない。でもそれを知っているのは貴方だけじゃないのよ。鷲尾………………須美!」
黒いマントが翻り、白いマスクが不敵に笑う。青い瞳は己の正義に燃えている。
どんなに背伸びしても小学六年生でしかない鷲尾須美は、浮かび上がった動揺を隠し切れない。
こうなる事が分かり切っていたから、彼女には神託が届かなかったはずなのに。混乱する頭を手で押さえて思考を整理する。
事実として、今回の神託を受けたのは鷲尾須美と上里ひなたの二人だけだ。神樹はそのように確約していた。友防仮面は今回の一件に対して全く無知であった。
だが、彼女は近頃の結城友奈を誰よりも心配していた。そこから全てをマイナスにマイナスに捉え続け、己にとって、結城友奈にとって最悪の状況を想定し続けた。
だからこそ、たった一人で何も知らされないまま真相に辿り着いてしまえたのだ。
「無二の親友守るため、国防仮面改め友防仮面、ここに参上!」
わざわざ高い所に昇って名乗りを上げる友防仮面に、鷲尾須美は無言で弓を引き絞る。それでも、友防仮面は一歩も引き下がらなかった。
「鷲尾須美。私の全身全霊をかけて、あなたに大義を超える正義を教えてあげるわ!」