雪にぼバレンタインだよ~

Last-modified: 2018-02-26 (月) 17:53:53

「いやー、それにしても楽しかった。
最初は園子がまた何か言い出した…なんて思ったりもしたけど」
バレンタインの帰り道…もう慣れ親しんだ帰り道を歩く。
まだまだ気温は寒く、言葉と一緒に吐かれる息が白くなる。
「若葉に散々絞られてたけど、反省しないんでしょうね…」
隣を歩く夏凜が頭を抑えている。
眉をしかめて、可愛い顔が台無しだ。
「あはは、違いないや」
言いながら、夏凜の鼻をつまむ。
びっくりしたのか、肩を震わせて小さく飛び上がった。
「ふぇっ…!?何するのよ雪花!」
「いやいや、折角のバレンタインデーなんだし難しい顔はなしでいこうよ」
ごめんごめんとパタパタと手を振って謝る。
そう、折角のバレンタインなのに。
「チョコ、欲しかったにゃあ…」
つい口から出てしまった言葉は、聞かれなかっただろうか。
自分でも聞き取りにくい程の声量だったけど。
夏凜の様子を伺っていると、急に黙ったこっちを心配そうに覗いて来た。
「どうしたの、雪花」
ホッとしたような、モヤモヤとした気持ち。
「…ん、なんでもないよ」

さっきまでより口数が減ってしまったけど、その後は問題もなく帰り着いた。
まぁ、夏凜の家なんだけど。
「ただいまーっと」
勝手知ったる、コートを脱いでさっさとテレビとエアコンを付ける。
「おかえり…すっかり手慣れてるわね」
夏凜から呆れたと言わんばかりのお言葉が飛んでくるが、聞こえないフリをする。
だらしなく机に上体を預ける。
モヤモヤとした気持ちは、あれから消えない。
「…はぁ、我ながら女々しい」
思わず愚痴をこぼす。
テレビでは今売り出し中の若手芸人がギャグを披露しているが、全然心が動かされない。
夏凜にも1個アゲル、なんて軽く言ってしまったが、アレはアレで結構頑張ったのだ。
心の何処かで、じゃあ私からも…なんて、期待していたのに。
というかその後挙動不審になる夏凜にかなり恥ずかしい事を言ったしまったような気がする…。
「園子と園子ちゃんに聞かれてなくてよかった…」

部屋も暖かくなってきたからか、気づけばウトウトとしてしまっていたようで。
「ありゃ、寝ちゃった…夏凜も起こしてくれればいいのに」
そこまで言って、何か甘くいい香りが鼻をくすぐった。
これって…。
「あ、起きたわね」
そう言ってキッチンからこちらに来る夏凜。
両手にはマグカップを持っていて、片方をこっちに渡してくる。
「ありがと。これって…ホットチョコレート?」
ん、と頷く夏凜。
「温かいもの用意してあげようと思ったんだけど、さっき雪花が折角のバレンタインデーなのに…なんて言ってたからね」
口に近づけると、甘くて優しい香りにささくれだった気持ちが和らいだ。
そのまま一口。
「…ん、美味しい」
よかった、と相好を崩す夏凜。
二人で静かにホットチョコレートを楽しむ。

少しして、何か決心したような夏凜が口を開いた。
「ねぇ、雪花…」
「うん、どうしたの夏凜」
あちこちに視線を彷徨わせる夏凜は見ていて面白い。
ニコニコと眺めていると、夏凜はこちらに何かを差し出してきた。
「その、これ…」
受け取ってみれば、綺麗な包装をされた小さな箱。
もしかして、これは…。
「…チョコ?」
頬を染めながら頷く夏凜。
「本当は学校で渡そうと思ったんだけど、園子に見られると…」
ははぁ、なるほど。
「そりゃ確かに、園子も夏凜は結城っちと先輩にと思ってただろうし、色々突っ込まれてたかもね」
そうなのよ、とため息をつく夏凜。
開けてみても良い?と聞いてから包装をはがす。
中から出てきたのは可愛いハート型のチョコのアソート。
「ありがと、夏凜。
すっごい嬉しい」
さっきまで不貞腐れていたのが馬鹿みたい。
にやけてしまうのを必死に抑えて、笑顔でお礼を言う。

「雪花も、ありがとね…。
チョコ、嬉しかった」
顔を真赤にして横を見ながらぶっきらぼうに言う夏凜。
照れているのがひと目で分かる。
自分の中で悪戯心がむくむくともたげていくのがわかった。
「ねぇ、夏凜」
タイを緩め、胸元を開く。
夏凜の方に、上目遣いで覗き込むように身体を伸ばす。
「な、何よ、雪花」
鎖骨の辺りに視線が行っているのがわかる。
私はとびきりの笑顔─きっと悪戯っぽくなっている─を浮かべて、貰ったチョコを出しながらこう言うのだ。
「食べさせて♡」
うろたえる夏凜と一緒に、バレンタインデーがゆっくりと過ぎていく。
あぁ、本当にこの世界に来れてよかった。
夏凜と出会えて本当に良かった。
願わくば、もうしばらくこのままで…。

余談だが、チョコをつまんだ夏凜の指ごと口に含んだら真っ赤な顔をして怒鳴られた。
本当に夏凜ってば可愛いなぁ。