飲み会となつみーだよ~

Last-modified: 2017-09-05 (火) 18:18:20

「「「「「かんぱ~い!」」」」」「「……かんぱーい」」
それなりに合った音頭で、それぞれグラスを打ち付ける。今日は久々に大人数での飲みだ。
なかなかみんなの予定が合うことがなく、三人ほどで飲むことはあっても七人もとなると珍しい。
私は騒がしいのはあまり得意ではないが、同僚たちの喧騒は落ち着いたもので助かっている。
……うん、いい味だ。
「……あ、おいしい」
グラスに口を付けた水都先生がそうつぶやく。口に合ったようで何よりだ。……私がいれたわけではないが。
「みんな何頼むか決まったら教えてね~!私がバシっと注文しちゃうから!」
まだ乾杯したばかりだというのに、やたらテンションが高い風先生がそう言う。
沖縄料理は……流石にないだろうか。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
杏先生からメニューを受け取り、隣の水都先生にも見えるように広げる。ふぅむ。

「須美ーなんかあったー?」
「とりあえず刺身とほっけを」
「おぉ!定番じゃない!」
「美味しいので」
「まぁねー!」
「……テンション高いですね」
「だってー久々なんだもん!七人よななにん!」
「気持ちはわかりますが、他の人の迷惑になりますから程ほどにしておいてくださいね」
「ぶー、須美のいけず!」
「まったく……」

「メニュー沢山でいいねぇ。何にするー?」
「結構あるわね……にぼしはないかしら」
「居酒屋さんだからあるかもしれませんね」
ぺらぺら。
「うーん……あ、にぼしだ」
「む!心踊るわね……!醤油炒め佃煮カリカリ……」
「きんぴらなんかもありますね」
「そうね、とりあえず全部!」
「はは、言うと思った。伊予島せんせは?」
「あ、一口餃子とかあります?」
「あるんじゃない?えーっと……お、あったあった」
「じゃあそれと包み焼きと」
「いくねぇ……てかさ、思ったけど結局みんなで分けるんだしもう呼んじゃえばいいんじゃん?」
「「あ」」

そんな会話があって、即刻店員を呼んで風先生が注文する。
普段少人数で行っていたから、その辺の感覚が取り戻せていなかったのかもしれない。
「いやーでも藤森が来てくれるとは思わなかったわ!いっつも誘っても来ないんだから!」
……?
「そういえば珍しいですね。……私はてっきりお酒が飲めないのかと思っていましたが」
「え、えっと、こういう場ってビールを強要されるのかなーとか思っちゃって……」
そう言いながら少量のビールを手に持ってはは、と苦笑いをする水都先生だが、ふぅむ。
「……そんなに、水都先生は誘っても来なかったのか?」
「そりゃもう!予定がーとか、家事がーとか、課題作成がーとか!」
「でも先生って忙しいですよね、わかります」
うんうんと須美先生が頷いているが、ふぅむ。
「……そうなのか?私はよく誘われるんだが」
「へ?」
「あら」
「ちょ、ちょっと……!」

水都先生がわたわたとあわて始める。何かまずいことを言ったのだろうか?
「ほほーぅ、それはそれは……」
雪花先生がにやりと笑う。杏先生は「ひゃー!」と言って目を手で覆ってしまった。
「え、何、どういうこと?」
夏凜先生はわかってないみたいだ。仲間だな。
「ち、違います!わ、私の予定があいた時に偶々よく棗さんがいて……」
そう言うと顔を赤らめて俯いてしまった。まだあまり飲んでいないが、場にあてられて酔ってしまったか?
一緒に行くときは飲んでもそこまで早くなかった気がするが。
「ふぅーん?偶々ねぇ?」
「ねぇ?」
顔を合わせて何かを察している二人だが、なんだろう。むむ。
「……あまり、いじめないでやってくれ」
弄られている水都先生は珍しいが、あまり見たくないものだった。
「キャー!」
そして杏先生は何故先ほどから奇声を発しているんだろう……

それからは特に弄られることはなく、来た料理を分けて食べて駄弁って飲んでまた飲んで、という具合に時間が過ぎていった。
「……杏先生は、教師の鑑だな」
「いえ、そんな……私に出来ることをやっただけで」
そう、聞けば杏先生はネグレクトを受けていた生徒を保護しているのだとか。
その生徒も保護されてからは日に日に表情も明るくなった様で、なるほど素晴らしい先生だと思った。
私も見習わなければな。
「それが出来ない大人が何人居ることか!杏は私たちの誇りよ!」
おいおいと大げさに泣きまねをしながら風先生。
「確かに。自信を持ってください伊予島先生。あなたは素晴らしいことをやっています」
「あ、ありがとうございます……あっ!?」
褒められて恐縮していた杏先生だったが、スマホの通知に気づくと飛び上がった。
「どしたのせんせ。噂をすればお姫様?」
「はい、気づいたらこんな時間に……遅くなるかもって言ったのに待ってて起きてるみたいで……」
「なら早く顔を見せてあげなさい。タクシー呼んどいたから」
「すみません、ありがとうございます!今日は失礼します!おつかれさまでした!」
「おつかれ~お姫様によろしく~」「お気をつけて」「お疲れ様です……」「うん」
そう言い残すと嵐のように去っていった。
気にしていなかったが、時計を見るに確かに良い時間だ。もうそんなに経っていたか。

「うぅ~それでねぇ~樹がかわいいのよぉ~」
「はいはい、わかりましたから」
「ほんとにわかってるのぉ?こ~~んなにかわいいのよぉ!」
「はぁ~もうこんなに飲んで……私は樹ちゃんのところにこの人を届けていきますから、ここで。お疲れ様でした」
「はいよーお疲れ様ー」「気をつけて帰るのよ」
杏先生が帰った後も話題に事欠くことなく酒は進み、気づいたら日を跨いでしまっていた。
べろんべろんに酔った風先生が肩を借りながら、おぼつかない足取りで帰っていった。
無論私も結構飲んでいる。表情には出ないが、頭がぽわぽわと気持ち良い。
傍らの水都先生も途中からいつものように飲み始め、今ではすっかり酔ってふらふらと頭を揺らしている。
「じゃ、私らも帰りますか。棗せんせは水都ちゃんを送り届けること!」
パン、と手をたたきビシっと指を刺してくる。無論だ。
「あんたなら大丈夫だとは思うけどね」
「ああ、任せておけ。私が責任を持って送ろう」
胸を軽く叩き宣言する。水都先生の家は何度か誘われて行っており、場所も把握している。
「じゃあねーおやすみー」
「また月曜ね」
「ああ」
手を振って雪花先生と夏凜先生を見送ると、それまで静かだった水都先生が口を開けた。
「……ごめんなさい、歩けるかどうか怪しくて……負ぶってくれませんか?」

「すみません、棗さんも酔っているのに……」
「……構わない。任せろ」
「……私の家、憶えてくれているんですね」
「記憶力はいい方だ」
「……ふふ、ありがとうございます」
小柄な水都先生は軽い。思わず老婆心からちゃんと食べているか?と聞きたくなるほどだ。
「……しかし、水都先生は軽いな。ちゃんと食べているか?」
やはり、私も酔っていたらしい。
「うん、これでもちゃんと食べています……それと」
「ん?」
「二人きりの時は、水都、って呼び捨てにしてください」
……
「私だけ先生って付けないのは、何か嫌なんです」
「……ああ。わかったよ、水都」
「……えへへ。やった」

前に回された細く白い腕が、少しだけ強くなった気がした。