1人、もしくはごく少数の人数で動いてた人たちが集まってコミュニティを形成する時が来た。
だが、何の考えもなしに作られたコミュニティは非常に危険だ。
この節ではコミュニティ形成における鉄則や思考法について記載する。
人が集まるということについて
銀河英雄伝説という有名な小説の命題に「優秀な者による独裁制と愚民による民主制のどちらが良いか?」というものがある。
1人のリーダーが決める独裁制と合議(多数決を含む)による民主制は、人類の政治の永遠の課題だ。
(日本人は独裁制=恐怖政治と結び付けて嫌うが、健全なリーダーによる独裁制の話であり、好き嫌いで語る問題ではない)
ゾンビパニックなどのサバイバル状況下におけるコミュニティに関して言えば明確な正解がある。
それは少人数のうちは独裁制、人数が増えれば民主制+リーダーの制度に変化させる事だ。
男女比
では、どのくらいの人数の時にどのようにするのが最適かを考えたいが、その前に重要な問題がある。
それはグループの男女の人数だ。
男性のみのグループの場合は次項に進んでよい。男女比が同じくらいの場合も同じ。
問題は女性のみのグループの場合と、多数の男性の中に女性が1人、もしくはその逆のパターンだ。
今般では女性のみのグループを特別視するとフェミニズムに傾倒した女性が逆上するかもしれないが、これは今までの歴史や色々な実験から齎された結果からフィードバックされた知恵なので、文句がある場合はそちらにどうぞ。
これは性差別ではなく、性別ごとの特性に対する区別である。
ちなみに一番危険なのは男性のグループに1人の女性のパターンにおける男の性欲と恋愛脳だ。
(バウンティ号事件やアナタハン女王事件を調べるといい)
女性のみの場合
全員で行動してはならない。二人一組のチームに細分化して、食事と睡眠以外は全て別行動にする。
食事に関しては食材のストックがある場合のみ、効率化のために一括で作ったほうがいい。
議論の発生を最小限にして基本的には自己責任であるとする。
もちろん危険な場面での共闘や、チームごとの仕事の割り振りは必要だが、全員での協議や統一行動は避けるべきだ。
この体制は男性が2人以上参加するまでは解いてはいけない。
異性が1人の場合
この場合も全員で行動してはならない。これは異性が2人以上になるまで続く。
異性1人を含む3人組のチーム1つ(恋愛対象にならないような年齢差の大きい人選が良い)と、他は仕事に応じたチームに分ける。
同じく食事・睡眠は一緒で良いが、異性1人は絶対に睡眠時は場所自体を分ける事。
人の妬み・嫉み・性欲・恋愛脳を舐めてはいけない。
異性1人のパターンは異常なまでに危険だ。
特にその1人の異性の性格が悪かった時は、簡単にコミュニティは崩壊する。
殺し合いに発展する事態も簡単におこるので、それならばコミュニティなど作らずにソロ活動の方が何倍もマシだ。
人数による変化
では、どのくらいの人数でどのような変化を行うかを考える。
3人、5人、10人、20人 そして35人と40人。
単なる数字の列挙ではない。グループにおける変節点の目安である。
リーダー1人による独裁制が通用するのは最大で40人、特別なカリスマでも無ければ35人が限界だ。
これは1970年前後生まれから始まる校内暴力世代が、全国の学校で膨大なケースを通して示した実測による結論だ。
「5-15-50-150-500の法則」というのを聞いた事がある人もいるかも知れない。
ダンバー数という人数管理の基準になる法則から出された数字だが、
これは平和時の平穏な人間関係に対する法則なので、非常時には採用できない。
今回は更に細かい数字での変化を述べる。
それでは男女比が大きく偏っていないとして少人数時からの変化を追おう。
最初のスタートは2人もしくは3人だろう。
この場合は困ることはない。
何とか生き延びればいい。
5人以上になるとリーダーの必要性が生じる。
それぞれの意見を対立させると、その議論に時間と労力が割かれて作業効率が下がり、更には人の不和が深刻になる。
その時に最も適任と思われる者をリーダーとして、全員が一つの方針で行動することが必要になる。
この時に協議制を選んでリーダーを立てないグループの場合は早急に逃げ出そう。
少人数の協議制グループは、暴君による恐怖支配のグループより遥かに危険だ。簡単に全滅する。
非常時において最も優先しなければならないのは「スピード」この1点になる。
協議制の弊害の最大のものは咄嗟の自体への対応が遅れる鈍化である。
このスピードの差が仲間を殺す。巻き込まれれば自分も死ぬ。
なので数で押し切れる状態になるまではスピードを最速化できるリーダー制を取らなくてはならない。
独裁制とは他の色々な面での弊害を無視して最速スピードのみ(全員の力の集中)を優先した政治形態と言っても良い。
リーダーの資質はお人よしで明るく行動的であること。
優柔不断だけは絶対に許されない、拙速でも前のめりでも決断力が高いこと。
カリスマがあればなお良し。見た目の良さも重要だ。
協議制の弊害の2番目は全員の権利(意識)が平等だという幻想だ。
現代では人類全てが平等でなければならないという「ホワイト化」や「ポリティカル・コレクトネス」
が先鋭化しているが、それはあくまで平和な時代のお題目だ。
少数の特殊事情持ちや、個人の都合や感情のために多数が不便を我慢するなんていう余裕は
命のかかるサバイバル下には無い。
10人くらいになると大きい役割の分担制度を始められる。
この場合にはサブリーダーを仮定してそれぞれの役割ごとの責任を負わせる。
サブリーダーの資質は理系でクレバーであること。知識の量が多いなどが求められる。
順調に移行した場合にはサブリーダーが全体の運営や方針決定をする実質的な主導者になる。
20人になる頃にはコミュニティは安定を見せる。
役割分担の軸は「内」と「外」だ。
そして35人になる頃にはグループを2つに分ける。
(軍隊経験者や警察官だけであれば50人くらいまで一つのグループでいられるが、一般人には不可能)
代表権をもつ程度の1人のリーダーの下に大きいグループを2つ。
この時にリーダーによる独裁は終わらせる。
各グループ代表や小リーダーによる合議制へ移行する。
これは各グループが35人を超えそうになるたびに分裂させる。
例えば戦闘班などの役割が同じ場合は100人1グループではなく、33人グループを3つや20人グループ5つだ。
追記で言うと、33人グループや20人グループなどの専任班の構成方法だが、
後で詳しく書くがツーマンセル(2人組の最小ユニット)を2~3組で1班(4~6人)
4~6班で1グループ(20人~30人程度)を基本とする。
例えば探索や索敵・戦闘の際には、グループごとに方面や任務が割り当てられ、班ごとに一緒に行動する。
班同士は互いに感知できる距離で行動し、相互に助け合う。
古代中国の「伍」制度という5人組が漫画キングダムで有名になったが、
戦闘時などで気を配れる1まとまりは班の人数が上限になる。
熟練度の問題も出てくるので、専門的な行動をおこなうメンバーの人数調整する際はこの小班を移動させて増減する。
コミュニティにおける鉄則
信賞必罰を絶対かつ徹底する。
感情や嫌悪による差別は一切排除する。その人の行動と結果のみに対して賞もしくは罰を与える。
賞を忘れる事も、情けをかけて罰を与えない事も絶対にやってはならない。
リーダー・各責任者・一般人などの区別はしない。身内だろうが親友だろうが関係ない。
信賞必罰の公平性が失われた場合、人間関係は一瞬で崩れ去る。
適材適所と人間関係では適材適所の優先度を高くする。
人間関係の不和は後々重大な問題に発展するが、サバイバル状況下では作業の効率の方が優先される。
全員が我慢を強いられるのが当然なので、快適な作業環境を求めることは間違っている。
どのような作業でも1チームの最低人数は2人とすること。
外で活動する人だけではない。どのような作業でも1人ではその人の能力の8割程度しか発揮できない。
低能力者であっても、2人で組めば有能な方の1人が10割の力を発揮できる。
足を引っ張り続けるようなレベルの人は、別の適所への移動もしくは追放する。
規則やルールを守る事は絶対とする。守らない者は追放か排除をする。
能力不足や善意で行う失敗は協議の対象だが、悪意や怠惰、自己中によるルール破りは絶対に許してはならない。
後顧の憂いがある場合は殺害すること。
グループ規模や状況に応じて規則やルールは可変すること。
「最初から最後まで固定化した規則を決めてはならない」ということだけが最後まで貫かれる唯一の規則だ。
状況や人数に応じてその都度変化させねばならない。
この変化のスピードが実態より遅れれば組織は危険になる。
規則やルールの変更は事前通達を徹底し、リーダーの意思や突発的な事件で変えないこと。
規則やルールは発表して施行するまでは従前のルールを徹底する。
変更に際しては内容と切り替え時の周知徹底を行う。
必要に応じて即時発動でも構わないが、知らなかった人がいるのに変わっていた状況は作ってはならない。
切り替えまでの期間に発生した案件は事前の規則で裁く。
情報の共通化に労力を割く事。
出来る限り情報を共有化する。
例えばここを読んで得られた知識や思考法も全て開示する。
よくゾンビものの作品では、リーダーやサブリーダーのみで情報を止めて最善と思う決定をしたあとに周知する場面が見られるが、これは愚行の中でもかなり上位だ。
全員に同じ情報を与えれば、それぞれ人に寄っての差異があっても不平等感を無くし、納得させる事につながる。
ただ、全員の情報を逐一集まって聞く集会などは時間の無駄でしかないので、情報伝達システムを作って情報を集めて重要なものを共有化する。
これはグループが15人を超えたあたりから雛形を作り始め、情報の集積者はサブリーダーになる予定のものにする。
グループ分割の際にそれぞれの人に入るグループの希望を取れば、元々のリーダーのグループが圧倒的な人数になってしまう。
それを避けるために1人1人に親密なサブリーダー像を作る。
多数決はグループ人数がかなり増えてから
多数決はこの世の中で唯一の間違いを正しいと変えてしまう最悪の決定法だ。
少人数の時には絶対に用いてはならない。
例えば間違えた知識に基づいたリーダーの判断でピンチになる方が、多数決によって問題を解決するより全然マシだ。
少人数時の多数決は人心分裂のゆりかごでしかない。
合議制に移行した当初でも使用には危険が伴う。
100人が見えてくるくらいの規模になってから使おう。
(一例として)子供の優先度問題
100人規模のコミュニティに育った場合、子供や乳幼児に対する優先度の問題は必ず発生する命題なので、ヒントや方向性を書いておく。
例えば儒教では大人が生きていれば子供はまた作れる。その時に生存確率の高い男女(青年期)を最も大事にして、子供の命を優先して全滅するのは愚かだと考える。
もちろん、そのような状況にならないようにする事前準備こそが重要だが、あくまで突発的な事態に対してだ。
現在の日本では儒教的な考えは受け入れがたい人がほとんどだろうし、そのような事態になった場合に納得のいかない人の方が多いだろう。
だが、それらは平和な日常時であれば正でも非常時に正とは限らない。
本当に大人が全滅してしまえば、どのみち子供も全滅するのだ。
これらの問題は後々まで禍根になったり、正解と胸を張って言える答えがないので、どの様な選択をしても万人の納得どころか個人の納得すら得られない。
だが、非常時においては規則として決めておかなければならない。
ここで重要なのはどのような結論に至るかではない。
このような悩みがあることを全員に共有してもらって、納得がいくいかないに関わらず上層部を含めて皆で悩んだという実績が必要になる。
このようにどちらを選んでも全員の合意は得られない問題がいくらでもある。
というよりは100%のコンセンサスが得られる問題など日常時ですら無い。
重要なのは決めた事を守る事、決める際に全員で悩む事、全員で悩んだからってそれぞれの意見を通す必要はない事だ。
最後に
格言を一つ紹介する。
「憎しみに愛情で勝つことは出来ない」
同じ人物に対して親愛の情を持っていても、相手が間違いや悪意を持っていた時に憎しみを抱いてしまう、愛情では苦しむだけで打ち克つことは出来ない。
感情に感情で対抗しても、混乱するだけで苦しむだけだ。
感情はパワーの源ではあるが、解決法も方程式も持っていない。
それはプラス方向かマイナス方向かしかない単純なだけのパワーだ。
現代日本人が重要視するほど尊いものではない。
「感情に勝るのは常に知恵のみだ」
人の最強の武器は知恵だ。英知だ。
感情を持たない事は不可能だが、感情に振り回されたら何事でも破綻する。
ただ知恵のみが助けになる。
透析やインスリンなどが必要な者や障碍者を受け入れるか
(正直、医療崩壊した中で生き残れているとは思えないが…)
コミュニティ加入やトリアージの基準など決めておく必要がありそう。
例えば原則家族で調達する、コミュニティとしてインスリンを探し回る、サポートなどの対応は低優先・最低限、など。
余剰が出るほどの収穫、自家発電設備、医療従事者がいるのであれば受け入れ可能だろうが…
退去時に恨みを飲まれるリスクよりリソースは割けないが見送る場所の提供のみを条件に受け入れる、かな。 -- 2023-06-25 (日) 10:16:46