スペインの大衆紙、「ラ・バングアルディア」のトピックを日本語に訳しました。
- スペイン語⇒英語で1度deepLによる機械翻訳を挟んでいるので、誤訳がある可能性がありますがご容赦ください。
序文
今最も話題性を帯びているゲームの一つとして名高い、
あの「あつまれどうぶつの森」の監督とプロデューサーが、「ラ・バングアルディア」の取材に応じてくださいました。
ディレクター兼プロデューサーを務める、
京極あやさんと野上恒さんです。
「あつまれ どうぶつの森」の、自由気ままな生活を満喫できる島にプレイヤーを連れて行くというテーマが、
国籍、年代、人種を問わず大ヒットした所以なのでしょうね。
スイッチ向けどうぶつの森シリーズ第1弾となった本作ですが、
「本日最も影響力のあるゲーム」の1つとしてノミネートされたといっても過言ではありません。
Twitchなどのプラットフォーム上では、プレイヤーが島での豊かな暮らしを送っているのが散見されますね。
それさておき、あつまれ どうぶつの森が引き起こした経済効果はともかく、
20年以上の深い歴史を持つこのどうぶつの森シリーズのキモとは、そもそも一体何なのでしょうか?
「ラ・バングアルディア」は、本作の重鎮と言っても過言ではない、
二人の方々に突如、インタビューさせていただきました。
まず、京極あや(1981年、大阪府出身)氏。
『ゼルダの伝説』をいくつか手がけているだけでなく、
『どうぶつの森』シリーズにも長年関わってきたディレクターです。
そして、野上恒(のがみ ひさし、1971年、八幡市出身)氏。
任天堂に25年間在籍し、『どうぶつの森』シリーズの監督を担ったほか、
人気ゲーム『スプラトゥーン』シリーズの生みの親です。
今回のインタビューに際しまして、「ラ・バングアルディア」は、
どうぶつの森シリーズの専門家であり、
書籍「La Aldea Feliz: Un viaje a través de Animal Crossing (どうぶつの森を巡る)」の著者である
Pablo Algaba様のご協力を得ましたことを、ここに記します。
(以下インタビュー)
第一章
インタビューアー: 前作の「とびだせどうぶつの森」は、どうぶつの森シリーズに一石を投じる作品でしたよね。
ユーザー各々が独自のテーマで村長として村を築く…というテーマに可能性を感じましたが、本作を作るにあたって重点的に取り組んだ事はありますか?」
京極あや:世代も好みも違うわけですし、一人一人が違った楽しみ方を送る事ができる、というのがそもそも『どうぶつの森』シリーズの基礎のひとつです。
「とびだせ』ではまずこれに則って製作を進めましたし、『あつまれ』でももちろん、過去作品以上に「一人一人のアイデンティティ」を表せるようにする、ことをメインに考えていましたね。
京極あや:例えば、これまでは日焼けでしか変わらなかったキャラのスキンの色を、「あつまれ」ではユーザーが自由に選択・変更できるんです。
あとキャラの性別ですね。プレイヤーは、一般的なジェンダー(男性・女性)を従来の作品同様に最初に選択するのは変わらないんですけども、今作は後からでもいつでも変えられるようになったんです。
もちろん、選択した性別に関係なく、ヘアスタイル、ファッションなどは男女共に完全に自由に選べるので、今まで以上に幅広くプレイヤーのニーズに合わせられるようになりました。
京極あや:ところが、やっぱり製作チームは軒並みが日本人なので、どうしても日本人のもつ固定観念に囚われてしまいがちなんですよね。
そこで、「多様性」をゲーム内で表現するにあたって、各国向けローカライズを担当としている人達と手をとって、日本以外のワイドな視点からの欲求をリアライズすることに努めました。
京極あや:「みんなが等しく楽しい作品にする」という第一前提に際限な近付けるのはいささか難しいと思う所もありますが、
『あつまれどうぶつの森』の目標は、少なくともプレイヤーが好きな自分になりきれて、それぞれが好きなプレイスタイルで楽しんでくれるってところですかね。
第二章
インタビューアー:「どうぶつの森」の試みですが、
そもそもが日本のゲーム、というだけあって日本人に限定的な感性がベースとなっているところってやっぱりありますよね。
日本、という国の中で完結している文化をテーマとしながらも、どのようにして海外ウケのいい普遍的なものになったと考えていますか?
野上恒:初代、64の『どうぶつの森』。日本国内でリリースされた作品ですね。
この初代からある昆虫狩りですが、正直日本に限った文化であることを知らなかったんです。
当初、自分らが子供の頃に体験した思い出をまたゲーム内で体験できたらノスタルジックじゃないかと思って取り入れたんですよ。
野上恒:GC版で「+」が海外で発売された折には、ローカライズ担当者ととことん話し合いましたね。
それで日本以外の人が元々の習慣というか、少年時代に男の子たちが経るような通過儀礼を知らなくても楽しめるんじゃないかと。ということで、残しました。
野上恒:というか、もう今じゃ日本でも昆虫狩りをするというのも珍しいですしね、
ゲーム内では実際にやったことがない、普段大っぴらにできないようなことをできる、と言われたら、面白いじゃないですか。
京極あや:ゲーム内の演出で、どうしても日本に限られているのものってあると思うんですよ。
よその国の人びとが理解できない、という価値観がどうしても出て来ちゃいます。文化的ギャップですね。
でも、よそでは知られていないからといって要素を取り除いちゃうと、
ありきたりでなおかつ、せっかくアピールできそうなものを省いてしまうことになるんです。
京極あや:そう言った点も吟味した上で、本作の「あつまれ』では、各国の行事を加える形で、なるだけ多くの地域のプレイヤーが、
自分が生きてきた中で慣れ親しんだことをする、ということでゲームに対して親近感を感じられるようにしています。
京極あや:プレイヤーがゲーム内で知らない国の家具を手に入れたときに、
それが他の国では反面当たり前のことで、そこから異なる文化や習慣に興味を持つ…という流れを見ていると、
ただただ制作者冥利に尽きますし、これ以上に嬉しいことはないですね。
第三章
インタビューアー:自然あふれる生活。閑静な田舎での暮らしを切望する現代人にとって、ある意味このゲームの舞台はオアシスといっても過言ではないですね。
「どうぶつの森」では都会で暮らす方でも、仮想現実でせめて理想通り、誰にも邪魔されることなく、気疲れすることなく、物静かな田舎で暮らせるというテーマがいいですよね。
野上恒:自然に囲まれた緑あふれる箱庭で、現実世界と同じ時間が流れ、それとともに天候や季節がシームレスに移り変わるっていうのは、
このシリーズの特徴の醍醐味で、やっぱり大筋になりますよね。
京極あや:『あつまれ』の舞台は無人島です。
でも、変化の乏しい常夏の南国の島にしていたら毎日が代わり映えなくて面白くないので、
だからこそ、今までのように四季が変わるようになっています。
都市部に比べて人口密度が少ない田舎みたいな閉鎖的なコミュニティでは、
個人間でのコミュニケーションの幅が広がるような気がするんですよね。
そこで、「あつまれどうぶつの森」の離島での生活というテーマはうってつけだと思ったんです。
野上恒:『田舎暮らしが主なテーマ、という訳ではないけど、
こういう点をピックアップするとそうとも言えるかも。
第四章
インタビューアー:何につけても、すぐの見返りやレスポンスが求められる時代ですよね。
『どうぶつの森』は時間に束縛されることのないスローライフゲームという都合上、なかなかすぐフィードバックが来ないようなまったりとしたタイプのゲームだと思うんです。
現代社会とまったりとしたどうぶつの森の生き方をこうして対比すると、いろいろ考えさせられる面がありますよね。
野上恒:時代の流れと共に、情報や物資が相対的に手に入れやすくなりましたよね。
さりとて、努力の積み重ねやその時の運、まぐれで得たものへの達成感や愛着、自分だけが手に入れたものを人に自慢したいという承認欲求の気持ちは、
誰しも人ならば根底として共通するところだと思うんです。ですから、どうぶつの森でも同じように、嗜好の違い、ゲームで体験したことの違いが大きく出るようにしています。
野上恒:プレイしてくださる人それぞれが全く違った色の生活を歩むので、そういった各々の歩みの違いの比較をぜひ心ゆくまでに楽しんでいただき、
そこから発展して何かしらのコミュニケーションのきっかけとなってくれたらいいですね。
第五章
インタビューアー:どうぶつの森は資本主義社会の諷刺、とよくネタにされますよね。たぬきちというキャラとローンの返済が象徴的ですね。
「あつまれ」ではDIYが作品上重要なポジションとして取り沙汰されていますが、こういう成金主義の印象を打ち消すような何か一捻りがあったりするんですか?
野上恒:ローン返済は、言うならば進捗の指標ですよ。あつ森でももちろんあります。
なぜローンという言葉を使うかというと、どうぶつの森は他人と自分の間に設けられた一種のコミュニケーションツールだからなんです。
'京極あや:架空の世界でローンという現実味のある話を持ち込むのにも訳があって、住宅ローンも「どうぶつの森」の固まりきった一要素ですが、理由がしっかりあるんですよね。
京極あや:例えば、ローンとはなんたるかを、こうダイアログ上で説明されたとしても字面じゃ子供はいまいちピンと来ないと思うんです。そこで、「どうぶつの森」をプレイして、ローンって何?とゲーム内のテキストの分からない点を大人に聞きに行ったとするじゃないですか。
大人は「どうぶつの森」をプレイしていなくても、ローンとは何か、その意味を理解しているので、子供に説明する、と、ここで軽くコミュニケーションが生じますね。
京極あや:対人コミュニケーションを取りやすくするためのファクターとして、ゲーム内に現実世界での頻出ワードというか、難解なテーマをややメタ的に小ネタとして取り込んでいるというのはあります。
第六章
インタビューアー:「どうぶつの森』では、共に暮らしていくどうぶつに対して長いこと暮らしていると、情を抱いちゃうんですよね。
ところで、「どうぶつ」という架空のキャラクターへの愛着を持たせる動機付けを作るにあたって、どのように考えていますか? 本作では何か変更を加えていますか?
京極あや:どうぶつの森自体、コミュニケーションゲームなので、動物たちがプレイヤーとコミュニケーションをとる、ということはもちろん、交流相手であるどうぶつがプレイヤーに興味を持っていることが伝わるかが大事になってきますよね。
京極あや:ニンテンドースイッチ、という新しいコンソールが故に、従来の作品と比べて飛躍的に多くのことができるようになりましたよね。
そこで、どうぶつの生き方をより詳しくプレイヤーに魅せる事で、彼らどうぶつとの生活により没入感を持ってもらえたらいいと思い、
「あつまれ」では新たに、たとえばどうぶつが屋外で運動などをしている場合には、その場に合わせた「よそおい」をするようになりました。
京極あや:あと、キャラクター付けですね。プレイヤーと同じタイミングで「離島移住プラン」に申請した初期住民ふたりなど、
これまでの作品に出てきたどうぶつとは明確に違うポジションなどうぶつが登場します。
最初から苦楽をともにして来た開拓者…というキャップは、より一層の関係性を広げるきっかけになりますし、
細かい所で本作に新鮮みを感じてくれるのではないかと思っています。
野上恒:ただプレイヤーを喜ばせる置物としてどうぶつを設けているのではなく、
島に暮らし、プレイヤーと同じくして意思を持つよき隣人として見ています。
長く接していると、外見だけじゃなくて話し方や性格に愛着が湧いてくるプレイヤーもいます。
今までの住人の良さは据え置きで、「あつまれ」では更なるボリュームアップを図りました。
第七章
インタビューアー:海外でシェアを獲得した「あつまれ どうぶつの森」という一大タイトルの開発に際して、他のゲーム以上に、
文化的ギャップと言語的ギャップという二つの難題がどうしても付きまとったと思うんですよね。
テキストの翻訳だけではいなせない、このハードルの高い二点の問題についての見解をお願いします。
京極あや:おもうに、基本的なデータから法的要件、文化的ギャップまで・・・
どうぶつの森スタッフの先入観だけを元手にただやみくもにリリースしていては、国際的な人気獲得には繋がらなかったでしょうね。
開発の初期の方から、任天堂の各部門のスタッフの意見を下敷きにした上で、あつまれというゲームのおおまかな特徴や内容を決めるに至りました。
野上恒:海外の文化をスムースに取り入れられるように、家具の候補とか、どんなイベントがいいかだとか、開発の初期段階からローカライズ部門と相談しつつじっくりと案を練ってましたね。
第八章
インタビューアー:あつ森をプレイしていて思った事として、ゲーム内で現代グローバル社会の縮図であり、
田舎暮らしのスローライフとは些かに掛け離れた対照的存在であるスマホがキーアイテムになっているところ。これがピンときました。文明の利器じゃないですか。
京極あや:先程五章でも解説した通り、スマホをゲームに入れた理由付けとしてなんですけど、
決して欠かせないような現実世界の身近な構成要素を登場させたかったからなんです。
言うまでもなく、スマホも今の我々の生活の中で「なくてはならないもの」として位置付けられているからなんですよ。
京極あや:カメラや地図みたく、普段スマホを使う中で日常的に何気なく使っている機能は、
『どうぶつの森』の生活を彩る中でもあったら確かに良いなと思い、簡単で取っつき易いアプリの形で追加しました。
野上恒:スマホという多機能ガジェットをゲーム内に登場させることでユーザビリティの向上を図ったんですよ。
2012年に「とびだせ どうぶつの森」をリリースした時よりも、スマホの普及率は格段に上昇しましたし、
パソコンとは異なり、どこでも自由にあれだけの機能を備えた機器を使えるというのもポイントですね。
第九章
インタビューアー:先程、京極さんは「どうぶつの森」が
現実世界での会話やコミュニケーションを助長する…と仰っていましたが、 具体的にどのようにですか?
京極あや:本作では、自分のゲーム内での行動を他の人に見せたくなるような要素を盛り込みました。
まず、家具や衣服の種類が多岐にわたり、プレイヤーの選べる選択肢の幅がとても広くなっています。
京極あや:そして、自分のライフスタイルに応じて、好きな時に島で生活することができて、島や家を自分の好きなようにコーディネートすることができるんですよ。
プレイする時間帯やプレイ頻度によっても、ゲーム内での出来事が目まぐるしく変わるので、必然的に他の人との島での生き方が変わってくるはずです。
京極あや:こういった些細な違いでも共有すれば楽しいですし、それ以外にも、あと、先ほどもお伝えしたように、コミュニケーションを促すための端緒となるように、
「住宅ローン」みたいな現実世界の要素をゲーム内に積極的にどんどん取り入れています。
第十章
インタビューアー:どうぶつの森がゲームである以前にコミュニケーションツール、ということは、
どうぶつの森も一種のSNSのようなものと捉えているということですか?
京極あや:初代から、同じ島に住む他のプレイヤーと交流する事ができるんですけど、それを例として挙げたうえで説明しましょう。
京極あや:村の掲示板やお手紙で村に住んでいる他の住人と双方向にコミュニケーションを取ることで、そのコミュニケーションの結果が掲示板のログやポストの手紙として、村に蓄積されていきます。「島で生きていた」という事実を形ある視認できる情報として残していけるんですよね。
京極あや:この段取りが今日のSNSの体系と類似していると思うんですよ。SNSの標榜する目的は「ユーザー同士のコミュニケーション」がまあ第一なのですが、私達の考える「どうぶつの森」というゲームの方向性がまさにこれなんですよね。
野上恒:「どうぶつの森」では、村で1人のプレイヤーが起こした行動が他のプレイヤーにも影響を与えるんです。そういう点では、ゲームでありながら、SNSでもあると言えますよね。
第十一章
インタビューアー:どうぶつの森」は20年となかなかに歴史の長いナンバリングですよね。
「どうぶつの森」というゲームの概要ですが、初代64のゲームから今回のSwitchでの最新作「あつまれ」までに、どのように変化をとげたと思いますか?
京極あや:これまでのどうぶつの森シリーズを章分けするとなると、
『あつまれ どうぶつの森』はまさに「第三章」の始まりといえる作品ではないでしょうか?。
京極あや:初代「どうぶつの森」にはオンライン通信機能がなく、
オフライン環境で、メモリーカードを持ち寄ってのコミュニケーションを中心とするゲーム内容でした。
京極あや:ですが、「街へいこうよ どうぶつの森」では、オンライン機能が追加され、
遠く離れた所に住んでいる人たち同士、一緒に遊ぶことができるようになりました。
京極あや:「あつまれ」ではそもそも村が存在しない、全くの無人島を開拓する段階から物語が始まるので、一人でプレイしていても島自体の変化に気付きやすいですね。
また、今まで一緒の村に住んでいる人達とはどうしても同時に遊べなかったのが、本作では同じ島に住んでいる人たちと同時に遊べる機能も追加されました。
京極あや:「どうぶつの森」がコミュニケーションゲームであることはいずれの作品でも共通して同じですが、
コミュニケーションの取り方の手段は時代やハードとともに追々違う形に変化していると思います。
野上恒:基本的な要素はおおむね変わらなくても、
時代の遷移に合わせて、例えばWi-Fiコネクションで遠く離れた人のところに行き来するなどの、新要素が追加されたりしていますね。
「あつまれ」では、通信の介在しない対人コミュニケーションからオンラインでのやり取りまで…要素の幅をさらに広めるために多種多様な創意工夫を施してみました。