セイバーメトリクス

Last-modified: 2025-08-23 (土) 11:21:20

統計学的に野球を分析する手法の総称。研究分野そのものの名称としても使われる。

概要

ビル・ジェームズという野球ライターが1970年代に統計学の知見を野球に持ち込むことを提唱したのが発祥である*1
2000年代にオークランド・アスレチックスがセイバーメトリクスを活用して安価に常勝チームを作り上げたことでMLB全体でセイバーメトリクスがブームとなり、現在ではセイバーメトリクス学会と呼ばれる学会が組織され、セイバーメトリクス学者たちによる研究が進められているほか、各球団がセイバーメトリクス学者を雇用してチーム作りや采配の助言を求めるのが常態化している。
前述のアスレチックスを当時のGMビリー・ビーンがセイバーメトリクスを武器に再建する過程をノンフィクション小説にしたのが「マネー・ボール」であり、2011年にブラット・ピットを主演にした映画が公開されてアカデミー賞タイトルを複数獲得してるので日本での知名度もそこそこある。
日本ではアメリカほどの浸透はしていないものの、一部の球団がセイバーメトリクスの導入を発表するなど、徐々にアメリカから知見を輸入する動きがある。
その一方、スポーツメディアでは野球系サイトで使用する例があるものの、テレビの解説やスポーツ新聞で使用する例はほとんど見られない。

なんJにおけるセイバーメトリクス

なんJでは煽りの道具として使われている様子が散見される。これは一言で言えばセイバーメトリクスによって選手を多面的に数値化できるようになったことが原因である。様々な数値の中から自分に都合のいい数値を提示し、自分に都合の悪い数値を無視することで煽りの道具とするのである。
また、セイバーメトリクスを過信し、数値に現れない特性や統計誤差といった要素を無視してちょっとした数値の大小を大袈裟に騒ぎ立てたり、野球通気取りで指標を知らない相手にマウントを取る者(セイバー厨)や、逆に自分の印象というを根拠にしてセイバーメトリクスで算出されたデータを否定して回る者(アンチセイバー厨)によるレスバトルがそこかしこで展開されているのもまた事実である。

注意点

当然のことながらセイバーメトリクスは煽りの道具ではないし万能の指標群でもない。野球は元来様々な数値指標(例えば打率や防御率など)で選手が評価されてきたスポーツである。セイバーメトリクスは統計学を使ってさらに指標を精密化したり数値の新しい見方を提示するものにすぎない。数字には現れない選手の特性(例えばリーダーシップなど)を否定するものではないし、一つの数値で選手の全てを表すものでもない。
更に言うと、セイバーメトリクスは結果の集計である。傾向は存在するとは言え、単純な横流しは禁物である。また統計学の宿命として、平均程度の選手の評価には非常に優れているが、平均から外れた極端な成績の選手の精度はどうしても落ちてしまう。
より正しく選手を知りたいと思うならば、指標をベースに「何故、この成績になったのか?」と技術的な分析を行うべきであろう。

現にセイバーメトリクスを採用したアスレチックスもシーズンでは勝利してもポストシーズンでは敗退するという弱点も露呈している。
また埼玉西武ライオンズの中島裕之が海外FA権を行使した2012年オフ、ビリー・ビーンが中島を高く評価してアスレチックスが獲得するに至ったが、渡米後の中島は故障や不調の連続で一度もメジャーリーグでプレーすることなく3Aや2Aで過ごしNPBに復帰したことから、なんJでセイバーメトリクスを語るスレではセイバーに反逆する存在としてしばしば中島が引き合いに出された。

なお、セイバーメトリクスに近い采配を行った監督経験者としては、岡田彰布が挙げられる。2005年の日本シリーズにおいて33-4を招いた原因の一つとして、岡田がセイバーメトリクスに拘りすぎたためとされており、対戦相手のロッテを率いたボビー・バレンタインから「10年前の私を見ているようだ」とも発言されている。ただし、岡田は自身の著書『頑固力』にで、セイバーメトリクスに関する本は読んだことはないと発言している。

なんJで煽りに使われることの多い指標

  • WAR
    走攻守投の指標を総合的に評価して、「代替可能な」選手*2と比べてその選手がどれだけ勝利に貢献したかを推定した指標。NPBではDELTA算出のもの(lWAR)とデータスタジアム社算出のもの(sWAR)がよく使われる。選手層にもよるが、マイナスが大きいと控えの方がマシでは、ともされる。
    選手の総合的な価値に近い指標であるため、頻繁にマウントや煽りの題材に用いられる。もっとも、WARの値は算出する企業によって大きく異なっていたり、算出式の改定を遡行適用した結果過去の数値がいきなり大きく変わったりするなど、ある程度の誤差を含みうるものであり、わずかな差でマウント合戦をするのは無意味である*3。読み方は「ワー」だという人もいれば「ダブリューエーアール」だという人もおりしばしば論争になるが、実際の英語での発音は「ウォー」*4に近い。
  • WPA
    状況によらず選手個人について考えるWARに対して、WPAは状況による付加価値を考慮するというもの。選手のプレーごと、その試合におけるチームの勝率をどれだけ増やしたかをカウントする。
    例えば同じ単打でも、1回表2死走者なしで単打を打った際のチームの勝率の上昇幅は小さいが、1点ビハインドの9回裏2死2、3塁の状況で打ったサヨナラヒットはチームの勝率を劣勢の状態から100%に引き上げるため、WPAが大幅に上昇する。簡単に言えばチャンスで打てば大きくプラス、逆にチャンスで凡退した場合は大きくマイナス、試合に大差がついている場面においてはプラスもマイナスも少なくなるため、死体蹴りが多いとWPAは伸びにくい。
    試合状況が非常に大きな要素を占めるためWARとはある意味反対のコンセプトにあり、WARが極力外的要因を排除した選手個人の「能力」を測ろうとしているのに対し、WPAは実際にチームを勝利に導く「結果を残したか」が測られる。なんJにおいては専ら戦犯探しの指標として用いられる。
  • wRC+
    打撃総合指標の一つで、100をリーグ平均、これ以上ならリーグ平均以上の打者、以下なら平均以下の打者となるもの。投手などあまりにも打力の低い選手は0どころかマイナスになることもある。
  • RC27
    その打者を9人並べて9イニングプレイした際、平均で何点取れるかを統計的に推計した指標。OPSと異なり、走塁面をも考慮した指標であることも特徴である。wRC+が相対指標であることに対して、RC27は(やや複雑ではあるが)計算式で導き出せる絶対指標であるので、個人でも算出可能である。
    こちらもあまりに貧打の選手ではマイナスの数字になってしまうこともあり、得点が0点未満というのは指標の想定を超えた貧打であるとして煽られることがある。
  • IsoD
    出塁率-打率によって計算される四死球による出塁の率。待ち球タイプの打者は高くなりやすく、積極的に打つ打者は低くなりやすいほか、選球眼の良し悪しにも影響を受けやすいとされる。
  • BABIP
    インプレーの打球がヒットになる確率。投手と打者の双方に関連する指標であり、打者目線ではフィールドに飛ばした打球が、投手目線ではフィールドに打ち返された打球がヒットになった確率となる。
    BABIPの高低は能力による部分が小さい、すなわち運の要素が大きいと考えられており、多くの打席数を経ればBABIPの値はほとんどの選手がリーグ平均値付近におさまるとされていることから、極端にBABIPが高かったり低かったりする選手は翌年以降平均値(3割前後)に回帰していく傾向にある。
    そのため打者の場合、高すぎるときはそれまでの成績についてはたまたま運が良かった(打ち取られた打球がコースヒットやポテンヒットになっていた、等)、低すぎるときはたまたま運が悪かった(野手の正面を突いたりしてアウトにされていた、等)と考えることができる(投手はその逆)。
    よって、好成績を残していてもBABIPがあまりにも高い/低い場合、以降の成績の悪化が予想されるため、なんJでは「バビる」「バビってる」などと言われ、煽りの対象指標にされやすい。ただし打者の場合は内野安打を稼げる足の速さでBABIPが上がる側面もあり、イチロー*5のようにキャリアを通してBABIPが3割を大きく超える選手もいる。またホームランか三振か四球かといった打者は例年低くなりやすく、チームの守備力にも左右されるため、常に例外なく3割ちょうどに収束すると考えるのも誤りである。
  • UZR
    読み方は「ユーゼットアール」あるいは「ユーズィーアール」であるが、なんGでは専ら「うずら」と読まれる。打球の弾道を計測し、平均的な野手ならば何割の確率でアウトにできるかを統計的に求めた上で、結果的にアウトにできたかどうかでその野手の総合的な守備力を測定する指標。
    MLBではトラックマンやステレオカメラによる機械計測データから算出されているが、NPBにおいてはそのような環境が整備されていないため、算出を行う企業*6のスタッフが手動で元データを入力している。DELTA社も機械計測に比べて精度が劣ることは認めており(ただしスキルの高いスタッフによる入力であるため問題ないと主張している)、レスバトルではこのことを誇張して「主観で出されたデータなど無意味」などとデータが全否定される場合もある。
  • フレーミング
    キャッチャーの技術。ストライクかボールか際どい球を工夫して捕球し、審判にストライクとコールさせるテクニックを言う。しばしば勘違いされるが、必ずしも「ボール球をストライクと判定させる」わけではない。
    こちらもMLBとは違い、NPBにおいては機械計測データによる分析では無く、手動入力したデータによる評価が行われている、ある程度の誤差を含みうることに注意したい。
  • FIP
    奪三振や被本塁打といった野手の守備に影響されない要素のみで計算される擬似的な防御率。防御率が悪くてもFIPが良ければその投手は野手の守備に泣かされているということになる。
    市販の選手名鑑でしばしば見られる「tRA」は、FIPに打球の種類による定数を掛け合わせることで守備力の影響をある程度排除したものである。

これらの指標はIsoDのように簡単に算出できるものもあれば、WAR、UZR、wRC+のようにリーグ全体の状況を考慮した定数・計算式などが含まれ算出が極めて困難(というか企業じゃないと無理)なものもある。NPBではDELTA(課金することでリアルタイムでデータを閲覧できる)やデータスタジアム(毎年紙媒体でデータが発表される)といった企業がデータを算出している。
DELTAが2021年頃に有料化してからはWARやUZRを煽りの材料にしたスレが立てられることは少なくなり、立てられた際にはデータのスクショを要求されるようになった。

関連項目

Tag: なんJ MLB


*1 野球は他のスポーツと異なり、1プレーごとにプレーが止まって結果が記録され、打率や防御率のように様々な数字が算出されてきたという特性があるため、統計学との親和性が非常に高かったことが背景にある。
*2 トレードなどですぐに手に入るような、標準的な控えレベルに近い選手のこと。このような選手だけでチームを組んだ場合、その勝率は3割弱になるとされる。ただし、MLBと比較しNPBではトレード自体が少ないため、このレベルの選手であっても簡単に手に入らないのではないかという批判もある。
*3 実際に米セイバーメトリクス大手Fangraphsは「WARの1未満の差に着目するのは無意味」と明言している。
*4 「戦争」という意味の英単語「War」のそれ。
*5 MLB通算BABIP.338。
*6 現在はDELTA社とデータスタジアム社のみ。