38(t)戦車 C-D型

Last-modified: 2017-02-08 (水) 01:31:18

Screenshot_20170107-180729.png

セリフ

営内選択待機時

......ご用ですか?

帰る選択時

......さようなら。ドイツ万歳。

あいさつ

初めまして、私はLTvz.38......じゃなかった、
38(t)といいます。ドイツ万歳。
生まれはチェコ......は、もうなくてドイツ領になっています。
ドイツ万歳。
工場もCKD社......じゃなくてBMM社に改名させら......しました。
ドイツ万歳。
......今後ともよろしくお願いいたします。ドイツ万歳。

警備成功

......警備任務も無事に終了いたしました。
国家の敵を打ち倒すことは私の使命です。ドイツ万歳。

警備失敗
演習

......演習をしてきました。
もっと上手く敵を倒せるように努力します。ドイツ万歳。

データ

  • 能力値
     
耐久力242
対装甲攻撃力61
対施設攻撃力63
機動力71
索敵値2
ショットトラップ34
消費燃料16
消費弾薬25

ゲームにおいて

(仮文)

史実

Wikipediaより
チェコ軍はシュコダ、ČKD、タトラの三社に対し、いくつかのタイプの戦車開発を依頼した。このうちII-a部門(騎兵用戦車)向けとしてČKDはP-II-a試作戦車を完成させたが、シュコダ社のS-II-a試作戦車(後のLTvz.35)との競争に敗れてしまう。しかしLTvz.35が運用後に変速機のトラブルを発生したこともあり、新たに全く異なるサスペンションを持つ新型戦車TNH-Sが開発され、こちらは1938年にLTvz.38として採用された。
しかし1939年のミュンヘン会談の結果、ナチス・ドイツによりチェコスロバキアが併合され、ČKD社も翌年にBMM社(ボヘミア・モラビア機械製造会社 B.M.M.)に組織改編されてしまった。LTvz.38は併合後に本格生産が開始されたため、チェコ陸軍向けとして発注されていた車輌の全てにあたる150輛がドイツ国防軍向けとして完成させられた。
ドイツ軍向けに納入されたLTvz.38はチェコ製で有ることを示す(t)(ドイツ語でチェコを指す、Tschechischの頭文字)という形式番号を付与され、38(t)戦車(Pz.Kpfw. 38(t))と呼ばれた。この38(t)戦車はチェコ陸軍の主力戦車であった35(t)戦車と共にドイツ軍に編入された。なお開戦前にイギリス軍も購入を検討し、本国で見本車輌の試験を行っているが、同時期にチェコがドイツに併合され断念している。
装甲・火力共に初期のIII号戦車に匹敵するものであったが、狭い砲塔に2人が詰め込まれていた。砲塔旋回装置は重い手動式であり、車長は砲手を兼ねるため指揮に専念できず、3人用砲塔のIII号戦車より操作性や戦闘力では劣っていた、更にボルト留めの装甲では、被弾の際貫徹されなくてもボルトが弾け飛び、乗員を殺傷する危険性もあった、が当時主力であるそのIII号戦車自体壊滅的に数が少なく、III号戦車の代替になり得る戦車を短期間に、しかも大量に手に入れられた事で、ドイツ電撃戦の勝利に少なからず貢献した事実も忘れてはならないであろう。

コメント