ミッション

Last-modified: 2011-04-14 (木) 07:32:44

 現実の中には、様々な不条理が混在している。
 人それぞれの環境の優劣、社会の地位、生活の貧富、そして身体的・精神的な能力の差。
 様々な軋轢が生まれるのも、幾つもの不条理が一つの原因なんじゃないかと思う。
 それに疲弊し切ったが故に、暴走してしまっているのが”奴ら”なのか。

 

「は、半年…だと!?」
「はいっ、あとりさんは間違いなく半年で開眼しました」

 

 俺はルミの話を聞いて、何となくそう思った。

 
 
 
 
 

    ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season2
    Chapter1:ミッション

 
 
 
 
 

「何をどうしてそんな風に」
「特にありませんよ。基礎トレーニングだって、空(そら)さんとほぼ同じプランをミレーニア様が用意してました」

 

 半年ってことは9月から始めて3月で開眼。基礎を3ヶ月で仕上げて、残りの3ヶ月、イベント時に開眼。超密度高ぇ!

 
 
 

 俺は高校を卒業してすぐに自衛官の親父の勧めで、輝鳴紅葉大神こと紅葉の住む家へ居候を始めた。紅葉の所属するチーム『Breakthrough_ace.』のリーダー、相原雅和が元陸自所属で親父と知り合いだったためで、「男は強くなるべきだ」という”偉大なる”主張により、俺はSTARS-JPNへとほぼ無理矢理参加させられることになった。当時2018年、分かりやすいもので俺は18歳だった。
 あれから2年、紅葉を含めた神々の魔法みたいな能力を俺も開発すべく、S.Fの訓練を一昨年からずっと始めているが、一向に進歩が見られない。

 

「“シャボン玉の魔法”なら私が幾らでもレクチャーできますよ!そっちのジャンルを拓いていけば」
「断る。俺はそんな趣味無ぇ」
「うーん、残念」

 

 俺の基礎はもう十分整っているらしいが、『どういう能力を使いたいか』というビジョンが無いらしく、S.F能力の方針が定まらないために進歩しないらしい。
 だからと言って、こういうSTARSの仕事で役立ちそうも無い”シャボン玉の魔法”を選ぶのも、俺の体裁的にも性格的にも拒否せざるを得ない。

 

 そもそもSTARSとは、2001年以降激化するテロリズムに対抗するための国連組織として提案された民間事業案で、先進諸国がそれを批准したことにより設置されていった国連出資の特別法人だ。STAR(星)という意は、国・文化を象徴しているらしく、文明の中で生まれる脅威に立ち向かう者達を同時に表しているらしい。
 日本もそれに倣うこととなったが、何しろ憲法がどーのこーのと厄介事が多分に含まれていた。それを上手く特別法の制定と日本独自の仕組みを作ることにより回避、その仕組みが上手く出来ているため組織の構築を進めていた先進諸国の一部は日本の仕組みを参考に、政府系機関や各国軍と連携して動く遊撃部隊としてSTARSを作っていった。

 

 では日本のSTARSはどうか。
 日本のSTARSでは、政府系機関以外にも様々な企業や団体・個人が仕事の依頼を隊員専用サイトへと貼り出し、隊員は自由にそれを選択して任務へと駆り出すことになる。本部は依頼を取りまとめるブローカーとしての役割を果たしているわけだ。掲載手数料は分類に応じて変化するらしいが、そこらへんは俺にはよく分からない。
 日本国内で出される依頼の大体は企業が多く、その内容も昔あった”派遣社員”がやるような業務が殆どだ。俺も入りたての頃は、化粧品の販促としてのティッシュ配りとか警察からの交通量調査とかをよくやっていたもんだ。殆どアルバイトみたいな事ばっかやっていたが、20歳になってから大きく事情が変わってきた。

 

 2008年の設立と同時に「STARS活動における特例銃刀法」が制定され、国内でも銃器の使用を許可されるようになった。もちろん学科・技能教習を受けた上で三段階のライセンスを必要とする。俺は去年?種と?種を取得し、アサルトライフルやグレネードピストルぐらいを使えるようになった。?種はものすごく難しいらしく、俺達Breakthrough_ace.の中でも持っているのは雅和とレフィスぐらいだ。
 それでも、俺も雅和達と同じような仕事へと参加できるようになった。とはいえ、今までのアルバイトみたいな仕事から大きく変わって、こんな事件性のある仕事をやることになるとは。

 
 
 

「ところでよ」
「はい」

 

 俺はテーブルを対に、ちぎった”ナン”をキーマカレーに浸け頬張るルミに問いかける。

 

「お前、辛いのイケたんだな」
「あ、何でもいけますよっ」

 

 あーそうかい。
 大通公園を見渡せるビルの中の5階にあるインドカレー屋。そこが今、俺とルミのいる場所だ。しかも調理師のインド人はミレーニアの知り合いらしく、「仕事のために来た」と言ったら「オ仕事ゴ苦労サマ、良カッタラ」と片言で喋りキーマカリーセットを用意してくれた。確かに昼時だから有難いんだが、ルミって外見の割にこういうのを平気で食えるんだな。しかも別添してあるチリソースを全部入れてやがるし。
 とりあえず俺も対抗して、同じようにチリソースを混ぜ入れて食ってみる。

 

「……辛っ!!すげぇ辛ぇぞ!?」
「もちろん辛いです。慣れてなければ一気に入れないほうがいいですよ」

 

 ルミが対抗意識を燃やす俺を宥める。
 まあ仕方ない。何とか食い切ろう。

 

 何とか激辛カリーセットを平らげた俺達は、時計とパッド型デバイスで情報を確認しながら、大通公園を睨みつける。
 ルミは目の前で作った、いつもの"割れない"シャボン玉を枕のように抱きしめ、少し眠そうに呟く。

 

「……なかなか現れませんね」
「時間的にはあと15分はある。まだまだ来ねぇだろ」

 

 ターゲットの出現予測時刻は13時。もう少し時間はある。

 

「空さん、そういえば初めてのミッションでしたよね」
「ああ。訓練の成果を試す時ってやつだな」

 

 “ミッション”。
 こういった対犯罪や災害派遣の際に用いられる依頼をそう呼んでいるのだが、俺はこういうミッションは初めてだ。これが俺の初陣ってわけだな。
 ガンライセンス取得の際に、紅葉と雅和から非常に濃い訓練を受けた上に、その後もミレーニアから格闘術の特訓まで受けた。短期間で俺は十分なエージェントに成長したとは言われているが、本当かどうかは今ここで試される。

 

『こちら三丁目、ターゲットは未だ確認できていません』
『了解、監視を続けろ』

 

 時折無線で、俺の左耳に向けて警察側のやりとりが聞こえる。俺は左耳のイヤホン一体型無線と一緒に付いている片目用HMD(ヘッドマウントディスプレイ)部分を操作し、共同インフォメーションボードを表示させる。ターゲットのいる場所はまだ特定できていない。

 

 今回のミッションは、竹下直子という女性の逮捕だ。
 警察からの緊急出動要請により、俺達はこうやって派遣されてきている。どうやら司法機関から指定され要請を受けた場合は、特別な事情が無い限り応じなければならないらしく、あとりと遊んでいたルミも装備を整え、結奈にあとりを任せてここへやってきた。突然の雅和からの連絡と物騒な装備の登場により、あいつもかなり驚いていたが、まあそれも仕方ないだろう。
 竹下直子は推定20代後半以降の女性らしく、『プレアデスエンジェルヒーリングプロジェクト』なる団体に所属しているらしい。名前からしていかにもアセンション・ネオカルト(先頭を抜いてネオカルトと呼ぶ事が多い)な臭いが漂っている。
 警察側の説明によると、とある情報サイトにてその団体が「失格となってしまった方々を救うためにアクションを起こします」という文面で、民間人へ危害を及ぼそうとしている可能性が非常に高いと言っていた。他にも詐欺罪がどうのとも言っていたから、その方面でも聴取が必要なのかもしれない。
 俺には失格の意味がよく分からないが、とにかく人に何かしようとするから、発見して捕まえろって事なんだろう。

 

『こちらアルファ、狙撃地点へ到着した』
『了解。紅葉、そこから何か見えるか?』

 

 紅葉とミレーニアのアルファチームが、俺達から反対側のビルの屋上へと着いたらしい。雅和へ報告をしている。

 

『今のところはそこまで感じない。ちょくちょくP.Eの反応が強めな奴はいるけど、ターゲットの情報とはほど遠い奴ばっかだな』
『こちらは継続して探り続けてみます。この位置なら、公園の半分は見渡せますからね』
『了解、頼んだぞ。空』

 

 雅和が俺に向けて声をかける。

 

「なんだ」
『そっちの方は何か見えるか?』
「そうだな……」

 

 俺は窓のほうを見て、”鷹の眼”を使う。
 鷹の眼とは、俺が唯一扱えるS.F能力のようなもので、P.Eの流れを視覚で捉えることができるものだ。
 正確には視覚というよりは、身体のみぞおち辺りにあるチャクラ(名前は忘れた)の部分に意識を向け、そこからモノを視るようにする。すると、P.Eがまるでオーラのように様々な色を放ちながら流れている様子が感じられるのだ。どっかの格闘系少年漫画とかで描かれているような”気”みたいな感じで視覚化できる。
 どちらかというとこれはS.F能力というよりは、S.Fの訓練をやっていると自然に身に付くものであるらしく、P.Eを視覚化するのは基本の一種であるらしい…と、ミレーニアは言っていた。

 

 鷹の眼で俺は大通公園の四丁目広場を見渡してみる。
 まあこっちも紅葉らと同じく何も……ん?

 

「何だあれ」
「どうしました?」
「いや、ちょっとあの奥のほう」

 

 俺は四丁目広場の奥、北一条の方向を指差す。他の人間とは比にならない程のP.E放射が確認できる。
 まさかあれが……。

 

「ルミ、調べれるか」
「了解です」

 

 ルミはパッドデバイスの裏に付けられた小型望遠カメラを使って、俺が指差した道路を映し、画面に親指と人差し指を当て、開くように操作してズームを掛ける。

 

「あの人ですね」
「ああ、そいつからヤバい位P.Eが溢れてやがる」

 

 俺は自分のパッドデバイスで情報を確認する。ターゲットの写真と映像に映っている奴の両方を確認してみる。写真データとして収めた先程の写真と、この写真の両方を表示させて……。

 

「……どうだ」
「間違い無いですね。8割は合ってます」
「雅和、北1西4からターゲットと思わしき人物を見つけた。調べれるか」
『分かった。こちらBreakthrough_ace.、本部応答せよ』
『こちら本部』
『北1西4方面からターゲットと思われる人物を確認した。そちらで照合を願う』
『了解した。現地の者が確認を行う。それまで待機せよ』
『了解』

 

 雅和は警察側の本部へ連絡し、最終的な照合を依頼する。
 少し経ったところで、本部から応答が返って来た。

 

『こちら本部、Breakthrough_ace.相原雅和、応答せよ』
『こちら相原』
『照合が完了した。ターゲットに間違い無い。指示があるまでそのまま観察を続けろ』
『了解。…空、よくやった。初めてにしては上出来だ』

 

 雅和が俺の手柄を認めてくれた。だがこれで終わりじゃない。ここからが本番だ。

 

「どうも。でもここからが本番だろ?」
『その通りだ。さあ、気を引き締めろ』

 

 いよいよだ。

 
 
 

『こちらアルファ、こっちでもターゲットを確認した。凄いP.E放射だ。常に限界近くを推移してる感じだな』

 

 紅葉の方でも竹下を目視したようだ。やっぱり俺の鷹の眼は間違ってなかったか。
 そのターゲットである竹下直子は、信号を渡り四条広場へと到達。辺りを見回しているが、何かを探しているんだろうか。

 

「こちらブラヴォー、ターゲットは私達の近くに来ました。道路を挟んですぐの場所です」
『了解。まだ動くなよ、動向を観察するんだ』
「了解です」

 

 竹下は俺達が丁度見下ろせる位置に立った。望遠鏡を使わなくても動きがある程度見れる位の距離だ。

 

「何する気なんだ、あいつ」
「まだ分かりませんね。多分布教活動か何かだと思いますが」
「布教活動?」

 

 俺は聞き返した。

 

「そもそもネオカルトの脅威なんて今時誰でも知ってんだろ?なのに今更」

 

 2012年以降に現れるカルト集団は、どんな奴も何らかのS.F能力らしきものを持っていたらしい。それを利用して奇跡を幾つも見せ、組織側へ引き込もうとする手口がかなり横行していたという。
 今ではS.F技術というものが公開され、魔法のような能力が普通になりつつある時代のため、そんな手口に引っかかるような奴は殆どいない。でもそれだったら、ネオカルト自体も集団にはなるはずないと思うんだが。

 

「それがですね」
「ん?」
「無理矢理引き込もうとするんです。手段は色々あるんですよ。S.F能力を利用すれば恐らく簡単に」
「マジかよ」

 

 俺は公園でいかにもな挙動を見せる竹下のほうを凝視する。
 確かにこれだけ怪しいと、誰も近づこうとしないし話を聞こうともしないはずだが、S.F能力を使ってどう引き込むんだ…?

 

「ん、何か喋ってないか」
「そうですね」

 

 何か喋っているように見えるが、鷹の眼を開いたままの俺はその行動にS.Fが関わっているのを実際に確認してしまった。

 

「何か”使った”ぞ」
「はい。雅和さん、ターゲットが何らかのS.F能力を行使してます。恐らく人を引き寄せようとしてます」
『了解、続けて警戒してくれ』
「了解です」

 

 次第に竹下の前には何人かの民間人が集まってきた。今の所は実害は無いみたいだが……。

 

「あれが最近のカルトの布教活動ってやつなのか」
「人を精神的に拘束して、信仰させやすくするタイプの手口ですね。ただ、あの場合だとどこかで止めに入れば…お?」
「どうした」
「空さん、あれ」

 

 俺はルミの指差すほうを見る。そこにはスーツ姿の若めな男が竹下と民間人の間に入り、何らかの制止に入っている。

 

「おいおい、何やってんだよ」
「止めに入ってるんですよ。ちょっとマズいかもしれません」

 

 ルミの表情が強張った。あとりと遊んでいる時には絶対に見せない真剣な顔だ。

 

「雅和さん、別の民間人がターゲットとの仲裁を行っているように見えます。下手に刺激すると危ないかもしれません」
『同感だ。本部』
『こちら側でも確認した。1チーム派遣し、仲裁を行ってみる。もう暫し待機せよ』
『了解。ということだ、もう少し我慢しろ』
「分かりました」

 

 本部の指示通り、2人の警官が現場へ近づいてきた。そのまま声を掛けて制止しようとしているが。

 

「ん!?」

 

 俺は目を見開いた。
 警官はその間に入ろうとしたが、その前に”何か”に押し戻された。何度試みようとしても、壁のようなものに阻まれている。
 何だと思ったが、その実態はすぐに明らかとなった。

 

「まるでシャボン玉…!」

 

 ルミが呟いた。ドーム状の弾力あるシールドのようなものが、警官の侵入を阻み、集まった民間人を丸ごと覆っている。
 直後、シャボン玉状のシールドの中にいる、最初に仲裁へ入った民間人の様子がおかしいことに気付く。痙攣していると思ったら、口から何かを吐き出している。口だけじゃない。耳、鼻、更には下半身からも同じ何かを噴き出しているのだ。
 それを凝視すると…泡なんてレベルじゃない、シャボン玉だ。

 

『雅和、発砲許可!』

 

 紅葉が無線で叫ぶ。

 

『分かった、本部!』
『了解、これより現場の指揮権をBreakthrough_ace.へ委譲する。好きにやりなさい』
『了解!紅葉、撃て!!』

 

 雅和の怒号のような指示で、恐らく紅葉はスナイパーライフルを竹下のほうへ向けているんだろう。

 

「あの結界を破れるのか?」
「“大神”ですから」

 

 ルミは俺に微笑むように応えると同時に、装備を改めて確認して現場へ向かう準備をしていた。

 

『安心しろ。俺の”氣弾”で破れないのは、ルミのシャボン玉だけさ』

 

 会話を聞いていたのか、紅葉が余裕の発言。ほう、どんな方法であのシールドを壊すんだっと。
 そう内心でおちょくっていたら、窓を背にした直後にズドン、と爆発音に似た衝撃音が聞こえた。正直驚いた俺は、急いで窓の外を眺めると、向かいの紅葉達のいるビルの屋上から現場にかけて直線状にP.Eの残滓が飛散し、件のシールドはシャボン玉の割れる様をスロー再生するように崩壊している。竹下の様子は、紅葉の狙撃により脚を直撃、負傷している。弾は貫通して地面に当たっているみたいだが、着弾した所から運動エネルギーが炸裂したのだろうか、路面は手榴弾が爆発したかのように跡が残っている。

 

「いわゆる”エナジーショット”ってやつですよ」

 

 ルミが軽く解説した後、「さあ、急ぎましょう!」と俺を呼ぶ。
 そうだった、急がねぇと。俺はHMDのスイッチを操作し、今着込んでいる”試作版パワードスーツ”を起動する。厚いウェットスーツのような形状でゆとりのある状態から、急にスーツらしく俺の身体に密着し始め、スーツの人工筋肉がズズっと隆起する。一瞬にして俺の外見は、一般的な運動系男子からアニメや映画で登場するような筋肉質のアクションヒーローみたいなシルエットへ激変した。
 パワードスーツと言えば、ロボットのような金属骨格へ乗り込むような装置を連想する人も多いらしいが、日本のパワードスーツは人工筋肉をベースに製造しているらしい。俺の着ているスーツはレフィス率いる如月技研が作った試作で、レフィスが直々に俺へテストを頼んできたのだ。一応理論的には、ちょっと締まってる感じの紅葉はおろか、元陸自で鍛え抜かれた雅和の身体を軽く凌駕するらしいが、本当はどんなもんだろうか。

 
 
 

 さあ行くぞ、と外へ出ようとすると、店長がテーブルの無いほうの窓を一気に開け、俺達のほうを見つめる。

 

「ガンバッテ」

 

 そう一言。なるほど、ここから行けってことか。

 

「空さんっ」
「ああ!」

 

 ルミは店長に一礼し、俺と息を合わせて一気に窓へ向かって助走する。一気に駆け窓のサッシに足を掛け反動を付け一気に跳躍!
 この瞬間は、時間が少し遅くなっているような気がした。その際、俺は不思議なことに状況を考える余裕があったのだ。
 例えばこうだ。確かこのパワードスーツの対衝撃性能は、地上から10メートルまでの落下だと説明された。電気式の人工筋肉が故のもので、それ以上は保障できないとかなんとか。
 このビルは6階建て。5階から飛び降りるから高さは大体15メートルぐらい。
 ……え?

 

「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 やべぇ、落ちたら死ぬ!マジ死ぬ!!
 パワードスーツの性能もあってか跳躍力はかなり高く、一跳びで竹下の真下あたりまでは跳躍できた。が、このまま落下すればルミはともかく俺はタダじゃ済まない!
 俺は叫ぶことしかできなかった。そのまま落ちて地面に直撃する!……という所で、突然落下時の空気抵抗が”消えた”。

 

「……あ?」

 

 今俺に起きている状況は何だ?俺死んだか?
 いや死んではいない。隣にいるルミも一緒にいるが、俺はまだ地面へ着地していない。

 

「割りますよ、構えてください」

 

 そうか、地面へ着地する前にルミが”シャボン玉の魔法”を駆使して包み込んだってことか。俺は一時的に重力の枷から解放され、シャボン玉の中で宙に浮かんでいたという事だ。
 そう理解した直後、ルミは早々にシャボン玉を割ってしまった。再び落下が開始されるが、俺はスーツの耐用圏内に入っているにも関わらず叫ぶのを忘れていなかった。

 

「うぇぇぇぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 謎めいた悲鳴にも似た咆哮をあげながら、俺は見事地面に着地した。一方ルミは着地前に地面にシャボン玉を作り出しクッション代わりにして衝撃を吸収し、その場へ降り立った。

 

「ひぃ、ひぃ……はっ!」

 

 俺は気を取り戻し、即座に立ち上がり腰のホルスターから拳銃を取り出し、竹下のほうへ向ける。ライセンスを取得した際に気に入ったヘッケラー&コッホのMark23、通称ソーコムピストルだ。

 

「動くんじゃねぇ!!」

 

 俺は立ち上がろうとする竹下を制するために怒鳴る。

 

「ルミ、民間人の退避!」
「了解です!」

 

 ルミは先程仲裁に入り何らかの攻撃を受けたと思われる男性を含め、周囲の民間人を避難させる。一方俺はそのまま銃口を竹下へ向けたまま、相手の動向を伺い続ける。

 

「動くな、竹下直子で間違い無いな」

 

 俺は確認を取る。が、竹下はそのまま動かず固まったままだ。動くなって言ったから動いてないのか?
 そう思った矢先のことだった。紅葉の狙撃によって負傷した脚が……みるみる内に回復している!俺がそれに気付いた時には、既に攻撃を受けたとは思えないほど完治していたのだった。

 

「“獣化”が進行しつつある方がもう一人」
「質問に答えろ、竹下直子だな」

 

 竹下は俺の質問など気にせず、意味不明なことを喋り続ける。

 

「あなたも闇の勢力にそそのかされて獣化しつつあるのですね。急いで治療しないと」
「黙れ、何を言っているかさっぱり分かんねぇぞ」

 

 竹下はそのままゆっくりと立ち上がり、俺のほうを見つめる。

 

「動くなっつってんだろ!」
「闇の支配はもう終わりが近づいています。もう間もなく光が全てを救い、失格となった皆様を再びアセンションさせることができるのです。そう、あなたも」
「失格?人ナメてんのかテメェ」

 

 クソっ、こいつ何か気に入らねぇ。何かよく分からないが本能的に気に入らねぇ。

 

「闇は皆様を獣化させ、奴隷のように権力へと奉仕させつづけようとしているのです。グランドマスターはその横暴な闇の行為から人を解放させ、真の平和と愛で地球を満たすことで全て救われると仰っているのです」

 

 ぐ、グランドマスター?
 それに闇って何なんだ?悪意みたいなものか?もしそうだとしたら、こいつの言っていることは……。

 

「さあ、そんな獣の道具など捨ててください。私達と一緒に、愛と平和の宇宙エネルギーで地球を癒しましょう」

 

 こいつ、人類平和のために活動している奴なのか?そんな奴をターゲットにしているってのは、一体……。

 

『空、撃て!』

 

 はっ!!
 俺は紅葉の怒鳴り声で我に返った。忘れていた、こいつはS.F能力を利用した話術で誘い込むことを。
 正気を取り戻した俺に、テメェの言葉なんて通じるかってんだ!
 俺は容赦なく銃のトリガーを引く。

 

「……ん?」

 

 おかしい、トリガーを引いても反動も無ければ弾も出ない。セーフティは外してある、ジャム(弾詰まり)もしてない。
 俺は発射されない原因を調べようとしたら、銃口からゆっくりとシャボン玉のようなものが膨らみ、そのまま宙へ浮かんでいった。

 

「う、うぉっ!?」

 

 俺は驚いて銃を落としてしまった。銃口からはシャボン玉が幾つも出続け、終いには銃本体が徐々に膨らみだし、透明な膜のシャボン玉へと変化していってしまった。

 

「く、くそっ!」

 

 俺がまともに扱える武器は、最早ナイフだけだ。だがそれも取り出せば、さっきの銃のようにシャボン玉に変えられて使い物にならなくなる。それだけは避けたい。

 

「さあ、怖がらないでください。獣化しつつある人類の皆様の悲痛な叫びに、私達は応えるのです。この悲しい社会が生み出した獣化のシステムを、終わりにしましょう」

 

 この野郎……!
 俺は次の手を探ろうとしたが、竹下の後ろにいる人影に気付いた。
 ……来た!

 

「社会は人の創りだした智慧だ。お前がそれを悪と罵るなら、俺はそこで生きる者達の”獣神”となろう」

 

 紅葉だ!少女の身体になっているのが何故か分からないが、援護に来てくれた!

 

「!!」

 

 竹下はバッと後ろを振り返るが、紅葉はそれすらも見逃さない。振り返った時の力を利用して、右腕で竹下の手を掴み左腕で背から胸を這うように押さえ、一気に地面へと叩き付けるように投げ落とす。少女の身体で成せるとは思えないCQC(近接格闘)だ。
 バンッ!と強い衝撃音が鳴り響く。仰向けに倒された竹下は、起き上がろうとするが紅葉が既に銃を構えていた。グロック18Cというフルオートハンドガンで、所々にカスタマイズが施されている。

 

「あなたは…まさか……」

 

 竹下が呟くと、紅葉は一瞬にして見せつけるように男の身体へ変えた。

 

「ああ、俺だよ」

 
 
 

コメントフォーム