ライトサイドとダークサイド

Last-modified: 2011-04-14 (木) 07:38:12
 

 『過ぎる光は眼(まなこ)を潰し、暗闇へと姿を変える』。
 眼を潰されたくなければ、常に自分の中には”光と闇”が両方備わっていることを自覚する必要がある。
 ミレーニアが俺に言った言葉だ。俺がSTARSへ入る際、「決して人類の平和などのために戦おうとしないで下さい」と釘を刺したのには、この事柄があるからだと本人から教わった。

 

「gxyyyyayaaaaaaxaxaxaaaaaooaaa!!!!!」
「うぉっ!?」

 

 先程の温厚な顔を見せていた竹下が、紅葉を見ただけで突如豹変、モンスターのような咆哮を上げると同時に何らかの力で紅葉を数メートル先まで吹き飛ばした。
 俺は、不自然に眼を見開き化け物も顔負けの形相で今にも襲いかかろうとしている竹下を見て、その言葉を思い出した。

 
 
 
 
 

    ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season2
    Chapter2:ライトサイドとダークサイド

 
 
 
 
 

 紅葉は空中で姿勢を整え、受け身を取った後すぐさま臨戦態勢を取る。ウエストホルスターに取り付けてある鞘からヒヒイロカネ合金製の短刀(名前は桃此花というらしい)を取り出し、左手でホールドしたまま両手で銃を構える。いわゆるCQC向けの持ち方だ。

 

「…来いっ」

 

 紅葉は小さく呟くと同時に、豹変した竹下はもの凄いスピードで突進している。100メートルを9秒で走る勢いなんじゃないかと思う程速い。紅葉はそれを軽く受け流し、フルオートの拳銃を竹下に向け、3~4発ずつ連射する。その銃撃は残念ながら、全て何らかのバリアみたいなもので弾かれてしまった。

 

「シールド…!」

 

 そう言うと紅葉は銃をしまい、再び少女の姿へ戻り、左手の短刀だけで戦うことを決めたようだ。少女の容貌で、あの締まった構えはものすごいギャップがあると何度も思う。
 つまり、銃弾はあのシールドで防がれる。ということは、シールドの影響を及ぼさない近接戦闘を必要とする、という事なんだな。

 

「空さん!」

 

 近くの警官と一緒に民間人と被害者の男性を退避させたルミが戻り、先程の衝撃波で腰を抜かす俺を支える。

 

「な、なんだよあれ」
「彼女を遠隔透視してみます。万一のためにカバーしてください」
「え、あ、ああ分かった」

 

 俺はルミに言われ、唯一残った武器であるナイフを手に竹下の動きを見張る。
 遠隔透視(RV)とは、10年ぐらい前に流行した超能力の一つで、遠くのものや未来などの事象や対象を検索・予知する能力だ。
 しかし、輝鳴大神…特にルミのRVは若干性質が違い、持ち前のS.F能力を利用して、マルチレーダーのような使い方ができる。超音波ソナー、熱源、電波、様々なレーダー機器は今でも使われているが、ルミのRVにはかなわない。それ以外にも、個人個人をスキャンして、対象のステータスを分析することもできる。まるでSci-Fiに出てくるような、対象物体をスキャニングしているようなものだ。
 スキャンは精神状態などにも可能らしく、ルミは今竹下の豹変の理由と対策を調べているはずだ。

 

「催眠の一種みたいです。強力な暗示を自分にかけているか、かけられているかのどちらかですね」
「催眠?」

 

 俺はルミに聞き返すが、返って来た声はルミの反対側のほうからだった。

 

「紅葉さんを視認するのを条件とした催眠暗示で、巧妙かつ高度な催眠技法を駆使し専用の人格を形成させたと考えられます。後者のほうが可能性は高いと思われますね」

 

 その回りくどい喋りは間違いなくミレーニアだ。俺は振り向く前に分かった。

 

「何のために」
「もちろん、輝鳴大神を徹底的に殺すためです」

 

 殺す!ははーなるほど、やっぱりこいつもソレ系のアレか!

 

 2012年に起きるはずだった”アセンション”と呼ばれる現象は阻止された。アセンションっていうのが何なのかはその原因たる輝鳴大神が、再び起こせるアセンションを阻害しているとネオカルトの間では囁かれているらしく、ちょっと大きな団体なら、俺達のことはともかく輝鳴大神の二人(特に紅葉)を知らない奴はいない。
 そのためか、ネオカルトの大半は物理的な殺生を絶対にしないが、紅葉だけは例外に全力で殺しにかかろうとする。この時点で、彼等の思想には矛盾が出まくっているのだが、本人達はそれに気付いていないのか、気付こうとしないのか。

 

「最近のネオカルトはS.F能力を得たが故に、その傾向がかなり強いものです。紅葉さんはその危険を承知で、相手の本性を暴いているのですよ」
「ああ、あいつから聞いた事ある」

 

 確かに、先程の無駄に優しい声掛けで誘ってくるような奴よりも、ああいう化け物のごとく襲いかかってくるほうが分かりやすくて仕事がしやすい。俺だってそう思う位だ。

 

 紅葉のほうへ視線を戻す。
 その瞬間に竹下が先に動き出した。竹下は大きく紅葉に向けて飛びかかる…と思ったら、空中で両手から何らかの光の玉を作り、3発ほど紅葉へ連続して投げつける。いわゆるエネルギー弾ってやつだろうか。弾速は銃弾に比べれば遅く、野球のボール程度の速度しかないため紅葉はそのまま空中で滞空する竹下の真下を走り抜けて回避した。
 そこまでは問題無かったが、光の弾は地面へ当た…らない。そのまま地面すれすれで留まった直後、紅葉のほうへ向けて再び動き出した。紅葉がそれに気付いた時には、弾は既に目の前まで迫っていたが、紅葉も負けず右手拳を前へ突き出しS.F能力によるシールドを開き、弾を防御する。
 しかし、防御はできても衝撃が強いみたいだ。男の身体なら踏ん張れるはずだが、今は少女の身体だ。2発目で怯み、3発目の防御で吹き飛ばされてしまい、尻餅をつくように転倒してしまう。

 

「あんな攻撃までしてくるなんて」

 

 俺は驚きを隠せない。
 何しろ、紅葉やミレーニア達が駆使するS.F能力というのは、大体は非常に地味なもので、所謂気功みたいなものが多く、俺はそれをよく見ていた。ルミのS.F能力はそのままP.Eをシャボン玉状の実体にして形づくるものだが、竹下のようにド派手なものと比べれば地味ではある。
 俺が見て来たS.F能力というものは、どちらかというと漫画やゲームのような魔法的なものとは違って派手さが全く無かった(少しそういう感じのものを期待していた)。が、竹下のS.Fはやたらと眩しい。先程の攻撃を紅葉へ当てた時も、炸裂する光の弾はもの凄い光を発し、俺の目を眩ませた。いくらS.F能力というのは『自分の想像力が全てを決める』と言われていても、竹下のあのロールプレイングゲームで出てくるような攻撃は、やっぱりリアルでは不釣り合いなんだな、というのがよく理解できた。

 

 倒れる紅葉に向けて、着地した竹下は再び紅葉に向けて大きく飛びかかる。
 両手に光を纏わせ、そのまま突き刺すように攻撃を仕掛ける…が、紅葉はそれを許さない。危険を察知した紅葉もまた両手を前へ突き出し、ルミから教わった”シャボン玉の魔法”で自分を包み込み、竹下の飛びかかりを阻害した。
 弾力と伸縮性に富む膜に阻まれ、紅葉の目の前までめり込む竹下は、シャボン玉の中にいる紅葉に蹴り飛ばされ、反動も重なり大きく吹き飛ばされた。

 

「んなっ!?」

 

 俺はその光景を見て、普通のシールドではないのかと驚いた。

 

「かなり使いこなしてますね」

 

 ルミは紅葉の成長ぶりに感嘆する。

 

「ああいう使い方もできるのかよ」
「もちろんですっ、”シャボン玉の魔法”という名前はあっても、用法は自由自在ですよ」

 

 ルミのS.F能力を少し見直した瞬間だった。

 

 紅葉は自分で作ったシャボン玉を割り、体勢を立て直す。再び二人が対峙する状況になり、お互い様子を伺っている。

 

「空さん」

 

 ミレーニアが俺を呼ぶ。

 

「何だ」
「このままでは長期化が予想されます。どこかで援護をする必要があるでしょう」
「だろうな」

 

 確かに、紅葉も竹下もお互い一撃も有効打を与えていない。

 

「そこで、相手の傾向をよく分析し適切な援護の手段を考え、行動してみてください。訓練の応用です」
「……分かった、やってみよう」

 

 ミレーニアは俺に”課題”を与えた。
 こんな状況で課題を与えるのか?とは思うが、ミレーニアはそういう奴だ。俺の能力とできる事を見越して、自分がやれば一瞬で終わるようなことでも全部俺に任せようとする。
 それが俺の発展に繋がるのは間違い無いから、俺はそれに挑戦するのだ。

 

 まずは今までの状況の整理だ。
 突然豹変した竹下は人智を超えた身体能力とS.F能力を駆使して紅葉を攻撃し続けているが、何かおかしい。
 戦闘を始めて大体1分は経過している。今も二人は交戦を続けているが、紅葉はともかく竹下の戦い方は強い違和感を感じるのだ。
 例えば先程の光弾攻撃だ。回避されて地面に着弾するかと思いきや、軌道を直角で変えて再び紅葉を狙いだした。それだけじゃない。人外レベルの跳躍から正拳突きを繰り出そうとしても、紅葉が回避すればその場で攻撃を止める。モノに全く被害を与えないのだ。もちろん、広範に渡るS.F能力を放ったとしても、最終的に紅葉へ向けて集中させていく。
 つまり、どんなに派手で豪快な攻撃を繰り出したとしても、狙っているのは紅葉だけで、それ以外の人や物は絶対に傷つけてはいけないルールが、竹下の中にはあるんだろうか。もしそうだとしたら、可能性はあるかもしれない。

 

「見えた」
「行けますか?」
「ああ」

 

 俺は決心した。

 
 
 

「ターゲット確認、構え!」

 

 雅和率いる警察側のチームが集結し、銃を構える。が、それをミレーニアが無言で制止する。
 雅和は意図に気付いたのか、全員に銃を降ろすよう指示を与えた。

 

「何をする気だ」
「空さんに任せます。策を見つけました」
「出来るのか」
「出来ます」

 

 ミレーニアはきっぱりと俺の成功を宣言しやがった。やるのは俺だぞ?
 まあいい、あとは機会を見つけるだけだ。
 竹下の戦闘スタイルから見て、紅葉以外のあらゆるモノへは絶対に危害を加えない可能性が非常に高い。ということは、そこに誰かが割り込めばそいつには攻撃できないはずだから、途中で不自然でも動きをストップさせるはずだ。
 俺は戦闘を続ける二人を観察していると、再び距離を置いて様子を伺う状態を確認できた。ここがチャンスだ。俺は立ち上がり、パワードスーツの状態を確認する。…大丈夫だ、正常に動作している。
 紅葉が俺のほうをチラ見する。俺のやろうとしている事に気付いたのか、竹下に向けて挑発を始めた。

 

「来いよ」

 

 挑発に軽く乗せられた竹下は咆哮を上げ、紅葉のほうへ向けて突進する。
 俺はそれを見計らい、勢い良く走る。パワードスーツのサポートのおかげか、かなり速く走れる。そして紅葉の目の前で竹下のほうへ向き、大の字で紅葉を庇う体勢を取る!

 

「っ!!」

 

 俺は目を瞑り、突進の衝撃を覚悟した……が、その衝撃は一切なく、風圧が俺の髪を横切っただけだった。
 ゆっくりと目を開くと、竹下は俺の寸前でビデオの一時停止を受けたかのように静止しているじゃないか。

 

 予想通り!
 俺は内心で成功を実感する。その瞬間、早速右脇下から紅葉が割り込む。俺がそのまま後ろへ下がると、左拳で竹下の顎を殴り上げ、体勢を崩したところで右手の拳でみぞおちの部分を大きく突いた。
 ズドン!ともの凄い衝撃音が聞こえたが、飛散するP.Eの流れにより、それがS.F能力によるものだというのがすぐ理解できた。その後、更にバランスを崩した竹下に向けて、紅葉は回し蹴りを加え大きく吹き飛ばし転倒させた。

 

「ブレイクッ!!」

 

 紅葉が大きく叫ぶと、吹き飛び転倒している竹下のほうへ向けて素早く走り、瞬時に男性の姿へ変えて銃を再び手に、飛び込むように竹下の両脚を自分の脚で押さえ込み、銃口を頭に向けて拘束した。

 

「手伝え!」
「分かった、来い!」

 

 雅和は警察側チームを引き連れ、俺とミレーニアと一緒に竹下の両手を拘束した。これで身動きが取れなくなったわけだ。

 

 もがく竹下は紅葉のほうを見て唸り声を上げながら暴れる。これでは”獣”はどちらなのか分からないな。そう俺は拘束される竹下を目の前で見て感じていた。
 その時、まるで獣のように豹変した竹下からいよいよ言葉が発せられた。正直予想外だ。

 

「人類の平和を阻む邪神!闇の勢力の主犯よ!宇宙の聖なる光により消滅せよ!!」
「正しい知識も教養も無しに大神にかなうと思ったか!」

 

 紅葉はすかさず竹下に向けて怒鳴り返す。

 

「闇の勢力の時代は既に終わった!グランドマスターは、人類は愛と平和の光に満たされ、全ての社会は崩壊し、生命は真の幸福を得ると仰った!邪魔をしてはならない!」
「社会を壊すのが使命ならばお前達はテロリストと同じだ!何故気付かない!」
「我々は地球を光で満たす!野蛮な闇の手先と一緒にするな!光は全てを平等に愛へと導く!」
「闇無くして光は無い!逆も然り!中庸無しに真理を拓けると思うな!」

 

 紅葉と竹下が小難しい言い合いをしている中、雅和が割り込んで制止した。

 

「もういい。今のこいつじゃ意味が無い」
「……まあそうか。トランス(変性意識状態)だったもんな」

 

 それもそうだ。
 正常じゃない奴に説教しても、大して話も聞かないだろうし。

 

「まずは暗示を解除する必要がありますね。他人の施術を解くのは容易ではありませんが、試してみますか」

 

 「お願いします」と左腕の拘束を近くの警察官に任せたミレーニアは、装備からLEDのペンライトを取り出し光量を下げて点灯させるが、その直後竹下が最初の時とは比にならない程の咆哮を上げ、一切動じないミレーニア以外の全員の耳を塞がせた。

 

「ぃ!?」
「ぅぅぅぅるせぇっ!」

 

 加えて、同時に紅葉だけは有り得ない程の力が加わったのか、かなり遠くへ吹き飛ばされた。こんな時でも竹下は紅葉以外の相手へは実害を与えないよう考えているのかよ。
 俺達は、竹下の突然の行動による隙を突かれ、拘束を解いてしまった。もちろん、こいつもそれを見逃すはずが無い。竹下は先程の紅葉の一撃など無かったかのようにすぐ立ち上がり、もの凄いスピードでこの場から逃げる!

 

「まずい、逃げられるぞ!」

 

 俺はすぐに竹下を追いかける……が、竹下は俺の目の前で突然シャボン玉に包まれ宙に浮き出した。俺は後ろを振り向くと、ルミが左手に持ったルミナスタッフを水平に構え、右手を竹下に向けて突き出していた。
 やっぱりか!…っつーか最初からそうしておけよ!とは思ったが、先程の紅葉の攻撃は、竹下のシールドを破壊する一撃だったのか。ルミが”シャボン玉の魔法”を狙えないのはそれが理由だったんだろうか。

 

「……見えた!」

 

 ルミは一言呟き、大きなダイヤルを回すようにゆっくりと右手を動かしていくと、竹下の様子が更におかしくなる。何らかのS.Fによる攻撃を受けているのだろうか、

 

「…な、何を」

 

 俺はルミに問いかけるが、今はそれどころではないか。
 もう一度竹下のほうを向くが、彼女は泡を吹き…いや違う!先程割り込んで被害に遭った男と同じようにシャボン玉を吐き出してるじゃないか!
 先程の男同様に、穴という穴から大量のシャボン玉を噴き出している竹下。それを包む巨大なシャボン玉は、次第に竹下自身から出てきた小さな(といってもハンドボール並に大きい)シャボン玉に埋め尽くされてしまった。
 それを確認した俺は、ようやく噴出が止まったことに気付いた。

 

「……ターゲット確保!」

 

 ルミが大きく叫ぶと、紅葉やミレーニアも、そして雅和もそれに続く。

 

「「ターゲット確保!」」
「ターゲット確保確認、任務完了!」
『ターゲット確保確認。流石の腕前、ご苦労だった』

 
 
 

「使った銃弾5発・推定弾薬費400円程度、器物損壊による被害無し・狙撃時に着弾した箇所の補修は警察持ち、人的被害があったのは紅葉とあの男……」

 

 俺はその場で雅和の報告を聞いて呟き愕然とした。

 

「了解しました。…流石は雅和さんのチームですね。対ネオカルトのスペシャリストを名乗ってもいいんじゃないですか?」
「いや、世の中にはもっと凄い輩はいるんだぞ。米軍あたりとかな」
「本当ですか?皆さんでも凄いと思うのに。…まああちらは軍ですからね」

 

 もちろん、使った弾の数だけじゃない。
 この竹下の紅葉に対する憎悪とそれ以外に対する博愛性に、俺はものすごい違和感と恐怖を感じた。
 どうしてそこまで大神を憎むのか、どうしてそこまでして地球人類全てを救いたいのか、俺には全く理解できない。
 そもそも、アセンションとは何故起こさないといけないのか。何故それによって人類が救われると思っているのか。考えだしたら、クエスチョンマークが数個程度では済まない。
 それより、今疑問に思うのは。

 

「あいつ、何をしたんだ……?」

 

 俺は雅和とその知り合いの警部の人から目線を外し、未だシャボン玉の中でシャボン玉まみれになって気絶している竹下のほうを向く。
 さっきのルミの攻撃は、竹下が割り込んできた男に仕掛けてきたものとほぼ同じのように見えたが……。

 

「あいつの暗示の部分を引き剥がしたっていう感じだろうな」

 

 ミレーニアに介抱されている紅葉が来て言った。

 

「大丈夫なのか?」
「ちょい痛いけどな」

 

 「OK、助かった」と言ってミレーニアの肩から腕を離す紅葉。

 

「で、具体的に何を」

 

 俺は続けて質問する。

 

「ルミのあのS.Fは友人から教わったやつで、あらゆる事象をシャボン玉にしてしまうものだな。物質だけじゃなく、精神的な類いのものもできる……というかされた」
「マジかよ…っつーか相変わらず実験台にされてんな」
「言うな」

 

 少し恥ずかしそうに紅葉が目を逸らした。

 

「で、さっきから俺が交戦している中で竹下の意識に掛けられた暗示の部分を、あいつは探してたってわけだな」
「なるほど、だからさっき捕まえた時も動かなかったのか」

 

 そう、俺達が必死に拘束している最中もルミはその場から一切動かなかった。
 ……つまり。

 

「要するに、暗示を解くためにその意識の部分をシャボン玉に変えて吐き出させたってやつか?」
「そんな感じだな」
「俺の想像を斜め上に飛ばしてくるな」
「あんな程度で驚いてたら甘いぞ?」

 

 顔がひきつる俺を見て、紅葉がニヤリと鼻で笑う。

 

「しかし、精度の高いS.Fのおかげで、彼女の意識が回復した後の取り調べも楽に済む可能性が高いでしょう。正規の手順で暗示の解除を狙っていれば、かなりの時間と条件が必要でした」

 

 横のミレーニアが話に割り込む。

 

「なるほど、あの化け物みてーな部分だけを取っ払ったんだからな」
「それだけではなく、布教活動を行っていた際の意識状態も暗示による人格形成だと考えられたので、それも含めて引き剥がしたはずですよ」
「え?」

 

 最初っから催眠状態だったのかよ!

 

「ま、まあいいか。終わったんだし」

 

 ああそうだ、もういい。後は帰って飯食う。そんだけだ。

 

「あ、紅葉さん」

 

 雅和の報告を受け取り、手続きを終わらせた警部が紅葉の所へやってくる。

 

「どうした、内村」
「ミッションが終わった直後で申し訳ないんですが、緊急じゃないので依頼を出していいですか?」
「ここで?後で手続きしておけば良いけど…何なんだ?」
「実は…あの被害者の男性の事なんですが……」

 

 警部はそう言って、座り込んで奇妙に笑みを浮かべたままの男性のほうをチラ見した。

 
 
 

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