「お――――お―――」
おかしな奇声を上げているのが気になり、俺は二階のリビングから吹き抜け下の談話室を覗いた。そこに見えたのは、紅葉がうつ伏せの姿勢になって、何かの上に乗っているように見えた。
「うっさいぞ、何やってんだ」
とりあえず俺は紅葉に声をかけ、そのまま階段を通って下階の談話室へ向かった。
「ああ。バランスボール」
とぼけたように質問に応える紅葉。
真横から見ると、すごく滑稽なシーンではある。透明で、光の屈折により七色に見える約80cmぐらいのボールにうつ伏せで乗り、バランスを取っている紅葉は、そのまま体勢を変えず、手足を地面に付けないよう頑張っている。
「またシャボン玉遊びか?」
「いや今言っただろう。フィットネスだよ、フィットネス」
「神様が健康意識か?」
俺は鼻で笑う。大神なんだから、身体は成長もしなければ老化もしない。そんな奴が健康を意識して体操をするとか、何を考えているんだ。
「バランス感覚ってのは、身体じゃなくて精神的な面でのトレーニングでもあるんだ。確かに俺は、いくら肉体を鍛えてもマッチョにはならんけど、心は幾らでも鍛えられる」
「へぇ」
「まあ、ボールはルミが作ってくれたよ。膜の硬さも空気圧も本物のバランスボールみたいだ」
紅葉は足を地面につけ、ボールを俺に手渡す。
「ほれ」
「……いや、『ほれ』と言われてもな」
「乗ってみ?」
俺は渋々、ルミ謹製のバランスボールに腰掛ける。
確かに、シャボン玉の割には本物のボールみたいだ。若干サイズが大きめだが、ジムにあるようなボールのように使える。高校の時は陸上部だったから、よく部活でジムを借りたりしていた時に、バランスボールに座って休憩していた事を思い出す。
ルミのシャボン玉のS.Fって、こんなのも生み出せるんだな。
そのまま姿勢を仰向けにして、手足を床に付けて、ボールを下に海老反りの姿勢になる。少し大きめだから厳しいが、これぐらいは問題無い。
「おお、やっぱ柔らかいな」
「だろ」
少し自慢げに、天地の逆転している状態で俺は答える。と、顔を上げて天井を見上げると……。
「そぉれっ!」
かけ声と共に、巨大なボールと共に誰かが落ちてきた!
「ちょ、ちょ!!」
急すぎたため、避けるのが間に合わなかった。ボールから身体が落ちて、そのまま巨大なボールに押しつぶされるかのように、俺は落ちてきたボールの下敷きとなった。思わず目を瞑ってしまったが、落下速度が思ったよりも速く無く、まるで羽毛布団の塊みたいな感触で、覆い被さるようにして包まれてしまった。
「おっと、俺が乗っかってると思ったか?」
紅葉が笑って、落ちてきた相手に声をかける。下敷きになっている俺は、ゆっくり目を開けると上にルミが乗っていた。まあ、この位置なら下着は丸見えだが。
「えへへ、下見てませんでした」
そのままボールの上で答えるルミ。
「……おい、とりあえず退けてくれ。俺が……出られねぇ」
「あ」
「空(そら)さん、失礼しました」
「いや、別に構わねぇんだけど……」
ルミが俺に謝るが、俺は女と面を向き合って話すのが苦手な性分で、こう謝られるとどう答えれば良いのか分からない。
「ほー、こいつは別の意味で"本物だな"」
紅葉が、落ちてきた割れないシャボン玉を、ふよふよと波打たせる。
「はい、この程度ならイメージも容易いです」
ルミが笑顔で答える。そして、手を合わせて勢いよく開くと、また別の巨大なシャボン玉を作り上げる。落ちてきたやつと同じ大きさで、ルミの身長の1.5倍以上はある。
俺は、ふと気になったことをルミに質問する。
「いつも思うんだが」
「はい」
「ルミの作るシャボン玉って、毎回種類が違うよな」
作り上げたシャボン玉を、手を触れずにゆっくりと誘導して地面へ着地させながら、ルミは質問に答えてくれた。
「そうですね。S.Fは想像力が第一なんです。なので、しっかり思い描くことが出来さえすれば、先ほど紅葉さんが乗っていたボール状のものも作れますし、本物のシャボン玉並にふわふわしたものも作れますよ」
「ふーん。で、今作ったのが本物志向か」
「シャボン玉の魔法使いに、作れないシャボン玉はありませんよっ」
そう言って、ルミは新しく生み出されたシャボン玉に乗る。ふにょん、という擬音が正しいだろうか、シャボン玉はルミの体重により、柔らかさを象徴するように形を変える。まるで転落緩衝用のエアーバッグみたいだ。
「んぅ~っ、やっぱりふわふわが良い感じです……♪」
表情が若干恍惚を感じている。さすがフェチ。
「OK、ルミ来いっ!」
俺は、急に聞こえた別の少女の声を聞き、ふとその方向を向くと、いつの間にか少女の姿になっている紅葉がルミを誘っていた。いつ性を変えたんだ、といつも感じてしまう程変化が早い。神ならそれぐらい朝飯前なんだろうか。
紅葉は、最初に落ちてきた巨大なシャボン玉に乗り、仰向けになってルミにアイサインを送る。
「はいっ、いきますよーっ」
ルミはそう言うと、乗っているシャボン玉を少しの反動をかけてS.Fを併用して浮かばせ、空中から紅葉の乗っているシャボン玉を押しつぶすように挟み込む。
二つのシャボン玉の間に、少女の姿の紅葉が挟まれる。まるで『ぽよん』だとか『ぽにょん』だとかいうファンシーな擬音が出てきそうだ。
「んぁっ」
シャボン玉の落下を全身で受け止め、紅葉は予想外にも女の子らしい喘ぎ声を上げる。
何だ何だ、そんなに気持ちいいのか?
「よいっしょっ」
ルミは再びシャボン玉を上空へ浮かばせ、再び紅葉を挟み込む。解放しては挟みの繰り返しを何度も続けていると、その喘ぎ声もどんどん幸福感を帯びてくる。
「っ、ふぁっ、あっ、はぅっ」
あれだけ柔らかくて弾力のあるシャボン玉の膜は、確かに重さを効率よく分散させるし、あれだけルミが飛び上がって押しつぶしても痛くは無いはずだ。なるほど、柔らかいから『挟まれる』というよりは『包まれる』、と言った表現が良いんだな。
包まれフェチと自称する紅葉だから、これで気持ち良くなれるのは納得できる。
「紅葉さん、そろそろ」
「あ、うん、チェンジだ!」
そうお互いで合図すると、紅葉は勢いをつけ大きく飛び上がる。ルミはS.Fで、一時的に自分の乗っているシャボン玉の中に入れるように操作し、紅葉とルミが上下から一緒に空中のシャボン玉に入り込んだ。『むにょん』という感じでシャボン玉の中に入った二人はそのまますれ違い、今度はルミが床の上のシャボン玉に乗っかる体勢になり、紅葉は空中のシャボン玉にまたがり、やられた事を仕返すようにシャボン玉同士を押し付けて、ルミを包み込む。
ちょっとしたサーカス芸を見ているようだった。正直、お前らすごいな。
「ふわぁっ♪」
ルミは紅葉以上に喘声をあげる。自他共に認めるフェチなだけはある。マジで幸せそうだ。
俺は二人の異次元の遊び方を呆然と眺めつつ考えた。
神っていうのは、思ったより生真面目に役割をこなしているようにいつも感じていたが、こうやって遊んでいるところを見ていると、神も人間みたいに、毎度毎度の体験によって成長していくことができるのかもしれない。
そう考えると、S.Fを自在に扱える二人は、人間の思いつく限界を超えた遊びを、次々体験していけるんだろうな。想像力というものは、何やらとんでもない力だ。