突然の開眼

Last-modified: 2010-08-14 (土) 23:17:51
 

 夢と現の境界を知るためには、まずその両方を知った上で
 それを互いの境界内外へ持って行く必要がある。
 一方だけでは成り立たない。
 夢を現へ、現を夢へ、それぞれ普通には存在できない事柄を、
 どうにかして存在できるように、その境界へ移動させていく。
 これこそが、万物自在の通力というものである。
 あらゆる人間には、その力……神へ至る”秘宝”を、知性を抱いた時から獲得していた。

 

 ―2019年 とあるコタンコルカムイ(村の神)の小言

 
 
 
 
 

      ルミとシャボン玉の魔法使いたち:Chapter2

 
 
 
 
 

「開いてますよ、どうぞ」
「あ、失礼しま…す?」

 

 私はドアノブに手をかけ、部屋の中に入…ろうとしたら、何やらドアに透明なシャボン玉の膜のようなものが目の前に見えた。な、何コレ?

 

「ああ、気にしなくても大丈夫ですよ。網戸みたいなものなので」

 

 そう言われたので、おそるおそる膜に手を触れてみるけど、強い抵抗などは無く、するりと抜けてしまった。
 初対面からいきなりスゴい”魔法”を見せてくるなぁ。

 

「ほぇ~……」
「昔は戸惑うこともあったんですけど、今はこの能力にもすっかり慣れましたよ」

 

 そう彼女は答える。「まだ不安定なところもありますが」と付け加えて。

 
 
 

 中間試験前に公園で出会った、”元祖シャボン玉の魔法使い”を名乗る少女、楢崎留美。
 初対面からいきなり留美ちゃんの魔法を目の当たりにしては、それに魅了された私。
 頼み込む間も無く、何故か早速”シャボン玉の魔法”について教わることが決定してしまい、試験勉強に頭が入らなくなってしまった。授業中でも、あの時の出来事が頭から離れず、半分にやけ顔の所をあきに目撃され驚かれてしまったこともあった。それだけ印象的だったって事だと思う。
 辛うじて赤点は免れたけど、危なかった…!

 

 試験も終わり、いよいよ夏休み。
 私はこの休みの間を利用して”シャボン玉の魔法”を学ぶべく、豊平峡にある留美ちゃんの家へショートステイする事になった。私の両親は”可愛い子には旅をさせる”タイプなので、このことを話したら一発で快諾してくれた。
 そんなわけで私は今、留美ちゃんのシェアハウス隣にある分室(アトリエ)二階の、留美ちゃんの親友である植木結奈(うえきゆうな)さんの部屋を訪れたところだった。結奈さんは、どうやら昨日丁度ここへ引っ越してきたばかりで、部屋もまだ整理がつ……?

 

「こ、越して来た割には結構スッキリしてますね」
「ふふ、よく言われてます」

 

 確かに、部屋はSOHO家具で使うデスク一台とチェアに、横に置かれたシェルフのみ。後は何も無い。フローリングの床が6畳の部屋に広がっているだけだ。

 

「私の部屋はこれだけで十分なんですよ」

 

 ……な、なるほど。何となく想像がついたような。
 その想像は、考えた直後すぐ現実となった。結奈さんが軽く二度手を叩くと、私達の目の前に二つの大きなシャボン玉が出現した。大きさ的には、大体私の両腕の端から端ぐらいまでありそうだ。二つのシャボン玉は、ゆっくりと床に着地して静止した。

 

「すごい…!」

 

 こうやって、"シャボン玉の魔法"を繰り出すところを目前で見たのは2回目だけど、やっぱり驚きと期待感を募らせる。すっごくワクワクする感じ。

 

「ビーズソファをイメージして作ったものです。膜の硬さやらを考えて調整しているので、座り心地はルミちゃんの御墨付きですよ♪」
「おおっ!」

 

 「さ、どうぞどうぞ」と催促されるや否や、私と結奈さんは早速シャボン玉で作ったソファに腰掛ける。体重を掛けたときの、このむにゅっという感じがフェチにはたまらない。程よく私の身体を受け止め支えてくれるので、ソファという表現はとてもピッタリだと感じた。結奈さんに至っては、昔流行した森ガール系の格好も合間って、座り方もふわっとして可愛らしい。本当に25歳なんだろうか。

 

「こうやって、シャボン玉を家具にして生活していたので、普通の家具は机と書類棚だけで足りるわけです」

 

 留美ちゃんの"魔法"も凄かったけど、結奈さんの"魔法"は使い方が凄い。そうか、確かに考えてみたら遊び以外に使うってのも面白そう。

 

「ただ、昔はそこまでシャボン玉が好きというわけでは無かったんですよ」
「え、そうなんですか?」
「少し昔の話になるんですが、この能力もいきなり使えるようになってしまったもので、しばらく安定して扱うのにも時間が掛かりましたよ」

 

 そう言って、結奈さんは自分の生い立ちを語り始めた。

 
 
 

 
 
 

 ここへ越してくる前は、旭川で学校事務をやっていた、ごく普通の公務員でした。丁度5年前の話ですね。
 旭川暮らしを始める際に賃貸物件を探していたとき、とても違和感のある物件がありました。なんとワンルームと同じぐらいの家賃で一軒家があったんです。不動産屋曰く「曰く付き」とのことなのですが、何やら怪奇現象が頻発する家という事だったので格安なんだと聞かされました。
 当時の私は、霊感やそういった類いには鈍いので大丈夫だと思っていたので、即決でその家に住むことになりました。まだ20歳になったばかりだったので、一人で一軒家を占有してみたい気があったのかもしれませんね。

 

 曰く付きの家に住み始めの頃は、別にそこまでおかしな現象は見られず、やっぱり単なる迷信だと思っていました。ですが半年後に、唐突にその現象に遭遇してしまうんです。

 

「えっ?」

 

 仕事が終わって帰ってきた時に、玄関もドアを開くんですけど、その時いきなり、自分の身体が宙に浮かび上がるのを感じました。そうですね…丁度ルミちゃんがよくシャボン玉の中で無重力遊泳して遊ぶんですけど、それと全く同じ現象に遭遇してしまったんです。つまり、玄関の扉を開けたら急にシャボン玉の中に閉じ込められてしまったわけですね。

 

「な、何これ、ちょ、ちょぉ!?」

 

 困惑する私の前に、子供のようにも見えましたが奇妙な格好をしている男の子や女の子、合わせて4人が私の前に現れたんです。

 

『ニンゲン、ニンゲンじゃないか?』
『どうしてだ、ニンゲンにはかからないはずだぞ』
『サカイメをアイマイにしたか?』
『そんなはずない。まさか……』

 

 4人の子供達が喋っている言葉は、まるで異国語で何を言っているか分かりませんでしたが、「アイヌ」やら「カムイ」などの単語が聞こえたので、多分アイヌ語なんだと思います。
 でも何故か不思議なことに、子供達の言いたい事が頭の中に入ってくる感じがして、何を喋っているかは理解できたんです。

 

「あのー…」

 

 とりあえず、その子供達に話しかけてみると、

 

『な、なんだイマのは!』

 

 流石に言葉が通じないのかなとも思いました。が、その後に子供達が騒然となっていたのを覚えています。

 

『このニンゲンのコトバがリカイできるぞ!ワレワレにハナシかけてきた!』
『どういうことだ、ニンゲンのコトバなんてわからないはずなのに』
『まさか、このモノがそうではないのか!』
『そうだ、このモノこそが、ここのコタンコルカムイにちがいない!』

 

 子供達はそう言って、私を閉じ込めているシャボン玉を割って、私の目の前に整列しました。

 

「な、何なんですか…?」
『アラたなカムイ、ワレワレのチカラをサズける。コレをもってしてニンゲンをみちびきたまえ』

 

 そう子供達が揃って言うと、一つの球体を差し出してきました。言われるがままにそれを手に取ってみると、その球はすっごくぽよんぽよんとしていて、まるでシャボン玉じゃないかと思いました。
 その時でした。急にその球が、私の手の中へ溶けていくように入ってきたんです。

 

「えぇ!?」

 

 溶けていった部分から、説明のつかない奇妙な感覚が腕、上半身、下半身と、全身へと広がっていきました。頭にまで到達したところで、急に目眩が起きて気を失ってしまいました。

 
 
 

 
 
 

「コタンコルカムイ?」

 

 私は結奈さんに尋ねた。アイヌ語なんてさっぱりだし。

 

「村や集落の守り神という意味とルミちゃんから聞きました。つまり、私は神様候補に間違われたんですね」
「その子供達って結局は何だったんですか?」
「アイヌ伝説上でいう露の下の小人、"コロポックル"という妖精らしいです」

 

 留美ちゃんや結奈さんの"魔法"を見る前だったら、この話も信じられなかったと思う。でも、今だからこの話も大体本当に思えてくる。
 ってことは、この出来事が原因で"魔法"が使えるようになったのかな?

 

「その後、目を覚ましたら子供達は既にいなくなっていました。最初は白昼夢か何かかと思ったんですが、その後いよいよ周囲に怪奇現象が見られるようになったんです」

 
 
 

 
 
 

 とりあえず家の中へ入り、先ほど起きた出来事を思い返してみました。
 さっきの閉じ込められたシャボン玉、現れた子供達、自分の中に入ってきた球のようなもの。幻覚にしては、やけにリアルだったなぁ。
 そうテーブルで頬杖をつきながらぼんやりと考えていたら、隣からこぽん、という音が聞こえたので振り向いて見ると、目の前でシャボン玉がふわふわ浮かんでいたんです。

 

「これってさっきの…?」

 

 私は、それを手に取ってみました。触れると割れるんじゃないかという気もしましたが、捏ねようが叩こうが、シャボン玉は全く割れる気配が無かったんです。

 

「なんで…?」

 

 この時は、このシャボン玉が自分の作ったものだとは分かりませんでした。
 その後、私生活の色々な場面でシャボン玉が幾度も現れては、私や職場の同僚達を困惑させました。家の中は沢山のシャボン玉が転がる程まで増え、職場でも突然出てくるので……。まあ、同僚たちからは受けが良かったのですが、割れないシャボン玉が私の周辺だけに現れるので、

 

「結奈さんって、まるでシャボン玉のお姫様みたいですね~」
「じゃあ略して泡姫で行こうぜ!」
「ちょ、それは無いでしょぉ」

 

 などなど、あだ名を"泡姫結奈"にされてしまいました。

 

 そろそろ、リビングが完全にシャボン玉で埋め尽くされようとしていた頃、このシャボン玉はどうしたら消えるんだろう、と悩んでいました。

 

「うーん………えいっ」

 

 私は適当に手をかざして、「消えろ」と念じてみました。すると、リビングを占拠していたシャボン玉が一瞬で弾けて消えていきました。この時初めて、このシャボン玉は自分が作ったものなんだと自覚できたんです。

 

 そうなると、シャボン玉の発生をある程度コントロールできるようになるもので、生活に支障をきたさない程度に抑制できるようになりました。無意識で生まれたものも、消えろと軽く意識するだけで消せるのでそう苦労せずに馴染めるようになりました。
 が、勝手に生まれるシャボン玉を消していくのも面倒になる程のいたちごっこですよね。結局、邪魔なもの以外は消すのを諦めるようになってしまい、家の中は沢山シャボン玉が転がっているのが普通になっていきました。

 

 シャボン玉との付き合いに慣れてきたのは、だいたい3年前ぐらいからですね。相変わらずコントロールに四苦八苦していましたが。
 その辺りから、「割れないシャボン玉を作る女性」の噂を聞きつけた人がやってきたわけです。
 そう、つまりその人こそが……

 
 
 

 
 
 

「留美ちゃんだったんですね」
「その通りです」

 

 多分、私がルミナスアーツを見つけて常連になる前の話だと思う。確か3年前にサイトが開設されたらしいから、すぐにその情報が寄せられたのかな。

 

「そしてほら、先程のお話通り」
「え?…って、うぉっ!?」

 

 全然気づかなかったけど、部屋の周りにさっきまでは見かけなかったシャボン玉が浮かんでいたり転がっていたり。本当に無意識で発生するんだ。それはそれで大変そうだ。

 

「最初に聞いたときは、札幌からわざわざここまで来たというので驚きましたよ。初対面の時は、ただのシャボン玉アーティストだと思っていたのですが、それが私と同じような力を持っていると知った時は、何か運命のようなものを感じましたね」
「留美ちゃんって、いつからシャボン玉の魔法を扱うようになったんですか?」

 

 そういえばちょっと気になっていた。

 

「真面目に定義し始めたのは6年前らしいですよ。丁度シャボン玉アーティストとして活動を始めた頃らしいです」

 

 6年前!?
 あの体型からしたら、当時は大体10歳未満ってことになる。ほ、ホント留美ちゃんって何歳……?

 

「初めて会ってから、留美ちゃんと毎日ビデオチャットで話しては、"シャボン玉の魔法"を如何にして活用できるかを話し合ったり、実際に開発してみたりしましたよ。それがこのシャボン玉ソファでもあり、他にも」

 

 結奈さんが立ち上がり、部屋の端に向かって軽く手を叩く。先程同様にシャボン玉が生まれるけど、今度はかなり巨大だ。私の身長よりも直径が大きく、床から少しだけ宙に浮かんでいる。

 

「これはシャボン玉で作ったカプセルベッドです」
「え?」
「使い方は簡単ですよ。中に入るためには、外から膜を触れるだけで、勝手にシャボン玉が取り込んでくれますよ」
「ほうほう」
「中はふわふわ、空調完備、ポーズフリー、最高のカプセルベッドだと思いますよ♪」
「おぉぉぉっ!」

 

 結奈さんは、先にシャボン玉の膜に触れる。すると、シャボン玉は次々と結奈さんの身体を引き込んで、中に入れていく。まるで食べられているようだ。シャボン玉に包まれ、しばらくゆっくりと縦横自由に回転した後、無重力の中をふわりと翻して私のほうを向いた。

 

「ルミちゃんには、"シャボン玉の魔法"の正体や、基本構造などを教えていただきました。おかげで、漠然と生み出していたシャボン玉も、必要な時に正確なものを作れるようになったんですよ。それ以外は相変わらずですが」

 

 正体、というのが気になるところだけど、今はこのベッドにしか目が行かない。

 

「わ、私も良いですか?」
「もちろんですよ」

 

 結奈さんに誘われ、私はシャボン玉の前に立った。意を決して、膜の表面を、人差し指でつん、と一突きする。もう当然とも言わんばかりにシャボン玉は割れず、ぷにゅ、という感触を醸し出す。
 と、指を話そうとしたら、つぷっ、と指がシャボン玉の中に入ってしまった!そうなると後は早く、腕、胴体、脚と、本当に食べられるような感じでシャボン玉に取り込まれてしまった。そして勢い良く投げ出されるところを、結奈さんが優しく抱きしめてくれた。

 

「どうですか?」

 

 結奈さんが聞いてくる。

 

「わぁ…前に留美ちゃんのシャボン玉に入った時と同じ気持ちになれます」
「そうですよね。私もそんな気持ちです。だから、目一杯人に優しくしてあげたい気持ちも膨らんでくるんです」

 

 そう言って、結奈さんは私の頭を撫でる。お腹の中に帰った気分が更に広がっていく。気持ち良い。

 

「そうそう、あとりさんはこの部屋で泊まることになります。私と相部屋ですね」
「そうなんですかっ?」
「この家の部屋が満員らしく、これ以上部屋を貸せなくなっているんです。なので、"シャボン玉の魔法"に慣れていただくためにも、私と一緒の部屋にしたほうが都合が良いわけですよ。それに…」
「それに?」

 

 続けて結奈さんが、私をよりぎゅっと包み込むように抱きしめ直す。

 

「私も最近、ルミちゃんの"先生"に色々なことを教わっているんです。その一環として、あとりさんの親のように付き合って欲しいとお願いされてもいますから」

 

 留美ちゃんの"先生"……。どれだけ凄い人なんだろう。

 

「それでは、ちょっとお昼寝でもしますか♪」
「はい……」

 

 丁度眠くなってきたところだった。やっぱりシャボン玉の中にいると気持ち良くて眠くなる。
 想像した気持ちが、実際に感じられるようになったのが、本当に嬉しい。今度は、自分で使えるようになると、もっと嬉しくなれるのかな。そう考えながら、私は結奈さんと一緒に眠りにつくことにした。

 
 
 

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  • ( ゚д゚)同じくこちらも加筆修正版です。オリジナルとは若干設定は違いますが、基本の流れはほぼ同じです。 -- てるなり◆suzu./U40M? 2010-08-14 (土) 23:17:51