アナザー【クリスマスナイト】

Last-modified: 2009-03-25 (水) 11:31:23

「今日はクリスマスイヴ、明日はクリスマス、みんなしっかり休んでね」
にっこり笑顔のなのはとフェイトとヤマト。
「でも、休日だからって体調を崩しちゃうほど羽目を外したら駄目だからね?」
「クリスマスイヴとクリスマスを満喫に過ごして欲しい」
元気良く飛び交うマイト、マリア、ランド、クリスの声。
「じゃあ、今日はこれにて訓練終了、解散!」
明日、明後日の予定の案を出しながらフリーダム、ジャスティスに別れて寮へと帰っていく四人。
そんな四人を見送りながら、なのはとフェイトは何だか懐かしい気持ちで一杯になっていた。
優しげな眼差しで教え子の背を見送る。
自分達にもあった時間。こんな仕事柄、もうクリスマスに特別なことなんて何年もやっていなかった。
やがて歳月は流れ、プレゼントを貰う側から贈る側へ。一般の子供らと比べると、クリスマスに特別なことをして過ごした回数は少ないかもしれない。
ちょっとだけ、四人が羨ましいと思う。
「どうしたんだ?」
「どうしたの?」
感傷に浸っていたなのはとフェイトは突然掛けられた声に、ハッと我にかえった。
「ちょっとね……。ヤマトやメイはクリスマスって何才ぐらいまでやってた?」
「戦争、やってたから……。たぶん、そんなに長くはやってないかな、俺とメイ、それから友人も十代前半までというところか?」
「そうだね、何を貰ったか……、それはもう忘れたけど」
そっか、と呟くなのは。
午後からぐずついていた天気、それが急に泣き出した。
「雨……か、雪だったらよかったのにね」
「これじゃ、せっかくのクリスマスが寂しくなるな…」
そう言って微笑むフェイトに微笑み返すヤマト。
「さぁ、俺たちも体が冷えないうちに戻ろう。」
教え子たちの様に、四人は雨中、寮に向かって歩き出した。

食堂の食事はいつもと違ってバイキング方式になっていた。
豪華絢爛、色とりどりでいて豪快に盛られた料理に局員たちも魅了されていた。
「うわぁ、凄い人の数だな」
「そりゃ、今日はクリスマスだから。だから言ったじゃないか、早く仕事を切り上げた方がいいって……」
溜め息を吐きながらランドは肩を落とした。今日だけはパスタ三昧の日々から解放されると楽しみにしていたのだが、食堂は溢れんばかりの人の群れ。
この様子では料理も余らないだろう。
「ごめんな、2人とも。仕事押しつけて」
酷く落胆しているランドに申し訳なさそうにヤマトは軽く頭を下げた。
「別にいいですよ、コンビニとかでもチキンは売ってますし……、それで我慢します」
「まぁ、こんなこともあるだろうと思ってな、ヤマト部隊長直々からフォワードメンバー四人にクリスマスプレゼントだ」
制服の内ポケットからヤマトは二枚の紙切れを取り出した。
「何ですか、これ?」
「ディナーのサービス券だ、一枚でお二人様まで。
たしかSPコース、一万六千円が半額になるみたいだよ。」
「てことは、八千円で?」
ヤマトは目をパチクリとさせている。
「そうだ。マリアたちにもあげて、四人で行ってくるといい。」
ヤマトはマイト達に背を向け、なのは達のところへ向かった。

「ヤマト君がもっとったディナー券に」
「乾杯」
はやてが取る温度に静かにのってシャンパンの入ったグラスを軽く掲げる八人。
「でもヤマトさん、なんでディナー券なんて持ってたんですか?」
軽くグラスを傾けてからシャマルは目の前のヤマトに尋ねた。
「この前、新型モビルガジェットの開発プランをモビルガジェット開発部のマリー主任に見せ行ったとき、ゲンヤさんがお礼にってくれたんだ。
自分はこんなものもってても使い道がないからって。」
ヤマトは開発プランのコピーを見せた。RGM-79 ジムのジム系の開発プランが次世代機のジェガンまでのプランだ。
「ほんなら今度お礼いわなあかんな」
上機嫌にはやては行儀良く、優雅に前菜を平らげる。
「き、今日は誘ってくれてありがとね、メイ……」
「あ、いや、まぁ貰い物だから……礼を言われるようなことは……友達で仲間なんだから」
苦笑いするメイにそんなことはないと頭を振るフェイト。
そんな二人の隣ではヤマトとなのはが話をしていた。

「はい」
なのはから差し出された皿にはパスタが盛られていた。半分半分で色が違う。
半分はトマトをベースに仕上げたパスタ、もう片方は、バジルのかおるパスタだった。
ヤマトが頼んだのは後者だったのだが、なのはが美味しそうだね。と言うので、半分ずつにすることにしたのだ。
「ありがとう、なのは。これでハーフ&ハーフ」
「いえいえ、こちらこそ。んっ、美味しいね」
「だね」
屈託なく笑うなのはに、思わず微笑むヤマト。それから微笑んだ自分に驚いていた。

「そう言えば、近いうちシグナムがマイトとランドと模擬戦やりたいって言うとったよ?」
メインの子羊のヒレステーキ。フォークを添え、ナイフで切ろうと力を入れると肉汁が溢れ出した。
ほんのりと赤い身、はやてはひときれをフォークに差して口へと運んだ。
「……また、ですか?」
「最近はシグナムとも互角に戦うそうやね?」
「えぇ、前は負けが多かったですけど……。最近は勝ったり、引き分けたりです。」
添えつけられたマスタードを肉に塗るマイト。
「それやな」
「はい?」
「それがシグナムの騎士魂に火ィつけたんや」
「あんまり、本気で模擬戦に付き合うのも考えようもんですね」
そうやね、とはやてはシャンパンを飲み干した。

酔い、というものは恐ろしい。
普段はアルコール厳禁と謳うなのはとフェイトは二人で8本もワインを開けた。ヤマトは酒に強いが、半分の四本まで留めた。
無論皆でついで飲むのだが結構応えた。それから、はやての意向でゲンヤ行き付けの居酒屋へ。
雨が降っていようとお構い無しに傘を差し、店へと向かってビールや焼酎、焼き鳥を頂いた。
時間は刻々と過ぎ、気付けば午前零時を回っていた。

お開きの時間。
なのはは酔い潰れてしまったのでヤマトが送るといって一緒にタクシーに乗った。
フェイトは足取りは怪しいものの意識はしっかりとしているようで、酔い冷ましに歩いて帰るらしい。
メイがそれに付き合った。
マイトとランド、シャマルとはやてはカラオケへと向かった。マリアとクリスは自分の部屋に戻ってテレビを見ていた。

タクシーに揺られるうち、なのははゆっくりと意識を取り戻していた。
瞼を開くと、運転席と助手席が見える。
それからいい匂いがした、男にしては水色の髪、けれどもユーノとはまた違った長さの髪と質。
匂いもちがっていた。
タクシーの振動で車内が揺れる度、サラサラとなのはの額を髪が撫でた。
自分が何処に頭を預けているか、それを考えたらちょっと恥ずかしくなる。
「着いたら、ちゃんと起こしてあげるよ?」
だから、ヤマトがかけた言葉を無視してなのははタクシーが停まるまで寝たふりを続けた。
「寝たふりたけど、寝ている姿も可愛いな。」
「夜を越えて歩き出そうよ!!!!」
個室に轟くマイトの声。歌い終わると同時に、まばらな拍手が飛び交った。
「じゃあ次は私のばんですね?」
前に出て、マイクを握るシャマル。一つ、大きく息を吸い込んだ。
「真夏はRomantic!!!!!」
シャマル渾身の叫びに、三人が耳を塞いだのは同時だった。

人気もなく、通行車両の数も落ち着いた夜道。けれども雨は相変わらずで、歩道に水溜まりを増やしていく。
「今からでも遅くないし……、タクシー呼ぶ?」
というか、そうした方がいいかも知れない。
本格的に降り出した雨のせいで靴は中まで濡れていて、スカートまで濡れていた。
気持悪い。
歩く度に音がして、濡れたズボンが足に張り付く。

「ん~~~~……、大丈夫、歩いて……かえ―――」
メイに肩を借りて歩いていたフェイトだったが、会話の途中でカクンッと力が抜けた。
「あ!フェイト?」
寝息。
「何だ、寝ただけ?結構来ているみたい…私でも赤ワイン二杯だけだけど、大丈夫」
ホッと一息。メイはフェイトの両腕を自分の肩に掛け、脱力した彼女を背負って歩き出した。
雨は相変わらずふり続け、気温の低下もあってメイの足は氷水に浸けたような感覚に襲われていた。
「タクシー、呼ぶかな……このままだと風邪をひいてしまう」
メイは呟くとポケットから携帯電話を取りだした。

「慰めながら、不謹慎だけど、泣いてる顔も」
ランドがはやての顎に手を添え自分の方を向かせる。 するとはやてはほんのりと頬を上気させたままマイクを口許へと持っていった。
「「くじけず夢をみることは♪」」
パートに分かれて歌い出す二人、はやてとランドはケタケタ笑いながら二人に拍手を送った。

メイは歩道を歩き続けていた。ディナーのためにセットした髪は雨に濡れて崩れていた。
一張羅もびしょ濡れである。
傘は後方に展開され、フェイトを雨から守っていた。
「んっ?」
鼻っ先をはらはらと舞う白い花びら。
いや、花びらではない。このへんに花の咲いている木なんてなかった。
メイは空を見上げた。月の光は雲に遮断され、僅かにその光を確認できるだけ、そしてはらはらはらはらと白い雪が舞い降りていた。
「雪……か……ホワイトクリスマスになりそうな予感」
傘がずりおち、軽い音を立て、歩道に落ちると風にさらわれ地面をひっかきながら飛んでいってしまった。
身を切るような風がメイとフェイトの体を駆け抜けて行く。
けれどメイは舞い振る雪を楽しみながら歩き続けた。
前髪も服もちょっと凍ってはいたが、背中が暖かかったから何だか嬉しかった。
ちょっとだけ、柔らかな二つの感触を楽しみつつ、メイは冷えた足に力を込める。

翌日、12月25日

「クシュンッ!!!!」
ズビッと鼻を煤るメイ。
「あ゛~~~~……」
隊舎の渡り廊下を厚着して、青い顔で歩くメイの姿があった。
フェイトから携帯での呼び出しに応じ、中庭に向かうと、フェイトがギョッとしてメイのもとへと駆けてくる。
「風邪なら風邪って言ってくれればよかったのに……」
「まぁ、熱はないし、咳とくしゃみ、頭痛だけだから……、大丈夫」
「大丈夫じゃないよ、もう!!」
メイの手を引き、部屋へと向かうと、メイをベッドに寝かせた。
「気を使わせてゴメンね、だけど……本当に――」
しっ、とフェイトはメイの口元に人指し指を立てた。
「おやすみ……昨日は――――」
最後まで聞かずメイは深い眠りに落ちた。

なのはの部屋、こちらも看病に追われているものが一人。
「ごめんね、ヤマト」
呼吸が荒く、息も絶えだえ言葉を発するなのはをジト目でヤマトはみやった。
「そう思うなら早く寝てくれよ……大体飲み過ぎなんだよ。ワインやらビールやらと。俺も結構飲んだけど、ぴんぴんしているぞ」
「寝れないよぉ~~、頭が痛くて、気分が悪くて……」
ヤマトは一つ、大きく溜め息をつくと
「風邪薬と二日酔いの薬をもらってくる。アイタタ、少し酔いが回って来たか?」
「寝れないよぉ~、痛いよぉ~~何とかしてぇ~~」
痛い、痛いと漏れるなのはの声を無視して、酔いが回りながらヤマトは部屋を出ていった。
「水でも飲もうかしら…酔いが覚めるかもしれん」