第01話【出会いと別れ】

Last-modified: 2009-03-20 (金) 11:01:34

管理局孤児院施設。
「じゃあ、メイ…、僕は行くから。」
「うん、気を付けてね。
でも、よかったじゃない、引き取ってくれる人がいて…。」
それを言われると素直に喜べないヤマトだ。
メイは引き取られない。双子であり、とある管理外世界の戦争に巻き込まれて両親と唯一肉親である姉が戦争で殺されたことから孤児院に引き取られて一緒に育ってきた。
だから、できれば一緒に引き取られたかったが…現実は甘くない。
「そんな顔しないの。
さっ、あんまり長いと、プレシアさん困っちゃうぞ。それに…。」
メイが言葉を切ったので顔をあげるヤマト。
「私、管理局の局員になろうと思うんだ。
だから、このまま志願しようと思ってる。
私たちももう知ってると思うけど…、みんなはロストロギアをめぐる戦争のせいで死んじゃったから…。
そういう人を一人でもなくしたいの。」
「…そうか…。じゃあ…、僕は…行くよ。」
「また会えるよ。」
「また会おう、絶対に…。」
二人は笑って握手をかわし、ヤマトはプレシア・テスタロッサに引き取られた。

「ヤマト!ヤマト!起きてよ、朝だよ?」
自分を呼ぶ声。懐かしい親友の姿は消え、映像は一気にフェードアウト、同時に腹部に走る衝撃。
「…ん…あれ?今、何時?」
いつもはヤマトが起こす側なのだが、寝坊したのかと思い、時計をみると八時をすでに過ぎていた。
「……寝坊しちゃったか~、ごめんねアリシア。今、朝御飯つくるからね。」
ヤマトはアリシアが二歳になる頃からプレシアの元で暮らしている。
プレシアがまだ夫と分かれる前に、管理局の孤児院から引き取ったのだ。
なので、アリシアの頭の中ではすでに兄と認識されている。
そんなヤマトは今十三歳。プレシアが働いている間、アリシアとリニスの面倒を見るのはヤマトの仕事だ。
まず、朝の仕事は朝食をつくること。
割と最近まではプレシアが作っていたのだが、今ではヤマトの仕事だ。まとわりつくアリシアを適当にあしらいつつ、野菜を千切って水で洗い、サラダを一品。
それからフライパンを暖め、目玉焼き、ウインナーを焼いていく。
焼いている間にトースターにパンをセットする。
「アリシア、朝御飯できたよ?」
「…は~い…。」
なんだか不機嫌なアリシアだが、これはいつものことで、朝御飯をつくるときにヤマトが構ってくれないことに腹を立てているのだ。
「朝御飯食べ終わって、片付けが終わったら遊んであげるからね。」
ヤマトが微笑んで言うと、すぐに機嫌を直し、満面の笑みを浮かべるアリシアだった。

「ちょ…アリシア、やめ…わは…わはははは…。」
「駄目だも~ん、罰ゲームだもん。やめな~い…それ…。」
アリシアを五分以内に捕まえられなかったので、ヤマトはくすぐり罰ゲームを受けている最中。
息も絶え絶え耐えきると、時間を確認するヤマト。
それから昼食を取り、部屋の掃除をしていく。
困ったことにアリシアは手伝ってくれはするのだが微妙に仕事を増やしてくれているような気がする。

アリシアは暴れて疲れたのか眠ってしまっている。
そんなアリシアを抱きかかえてソファまで連れていくと、寝かせて毛布を掛けてやるヤマト。
家の中には風が窓を叩く音が聞こえるだけだ。
ヤマトは朝干した洗濯物を取り入れ、アイロンをかけて畳む。
もちろん、アリシア、プレシア、そして自分、その他などに分けてだ。
ここからはヤマトの読書タイム。主に魔法関係の本やミッドチルダの政治関連を読む。
最近はちょくちょく暇を見付けてはプレシアにみてもらうこともある。
「ヤマトには才能があるわ。」
そういって貰えて嬉しかったが、実の子のアリシアは残念ながらプレシアの魔法資質を受け継いでいなかった。
そのことに気付いたヤマトは不謹慎だったかと口をつぐんだが、プレシアは気にしないでといってくれた。
ヤマトにできること、アリシアにできること、そして自分にできることは各々違うのだからと微笑みかけてくれた。
「折角の才能なのだから、しっかり勉強しなさい。」
と、プレシアが使っていた図書をヤマトに貸してくれた。
今ではアリシアの昼寝の時間に勉強していることがヤマトの日課になっている。
暫くすると、時間を見計らい、アリシアを起こす。
「アリシア、起きなきゃ…、夜寝られなくなっちゃうよ?」
うぅ~、と喉を鳴らしてむくりと起きるアリシア。
その側にいるリニスがヤマトにじゃれついてくる。
「そっか、ちょっとまってね。」
とリニスに餌を用意する。
「買い物に行かなきゃ…、アリシアはどうする?留守番?」
「ううん、ヤマトと一緒に行く。」
二人は外出の準備をして、手を繋ぎ、買い物へと出かけた。

買い物をすませ、家に帰ると、ヤマトとアリシアは二人で夕食の下拵えをする。
それがちょうど終わる頃にプレシアが帰ってくる。
「おかえりなさい、お母さん。」
「おかえりなさい、母さん。」
アリシアとヤマトに迎えられ、疲れて帰ってきたプレシアは疲れを忘れて、二人に
「ただいま。」
と微笑みかける。
それから、プレシアが晩御飯を用意し、ヤマトとアリシアは手伝う。
プレシアの横はアリシアが絶対に譲らないので、ヤマトはテーブルを拭き、ナプキンをひいて、フォークなんかを並べていく。
料理ができたら三人で合掌し、プレシアはアリシアとヤマトの一日の出来事を聞きながら食事をとる。
プレシアも、ヤマトも、恐らくはアリシアもリニスも幸せだった。
こんな日がずっと続くなら、メイと別れて過ごした日々は無駄じゃなかったんだとヤマトは思っていた。

しかし、段々と帰りが遅くなってくるプレシア。
仕事が忙しいのだろう。
ヤマトは心配するが、プレシアは大丈夫だと言う。
それから、数日経って今住んでいる家から、会社の一室にテスタロッサ家一同は引っ越した。
理由は、プレシアが抱えている今の仕事が大変で、もとの家から通うには遠すぎるからである。

そして…事件は起こった。

『ヤマト!口を塞いで!!アリシアを連れて逃げなさい!!!』
プレシアの怒鳴るような声(念話)だった。
ヤマトは慌ててアリシアを見るが、ぐったりしていて動かない。
だから、ヤマトは外部との接触を拒絶する結界を張った。
「アリシア?アリシア!アリシア!!」
何度も呼び掛ける。
だが、反応はなかった。
ヤマトは頭の中がパニックになっていた。
「アリシア!!」
ヤマトは呼ぶ、自分の中では薄々感じとっていた。
もう、手遅れだと…。
アリシアの軌道を確保、心臓マッサージをしてから人工呼吸を施す。
無駄だと分かっていた。
でも何もせずにはいられなかった。
「アリシア!アリシア!!!」何度も、何度も名前を呼びながらヤマトは心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。
それが無駄な行為でも、自分の無力さをごまかすために…。

結界ごと転送されプレシアが姿を見せたときは、ヤマトはもう、果てていた。
呼吸は乱れ、涙と鼻水が顎を伝う。
「ごめ…な…さい。でも…、何も…で、出来なくて…。治療魔法も……全然効果…がなくて…。」
この時のプレシアにはいったい何が起きたのか理解できなかった。

何かが壊れたんだ…。
ヤマトはプレシアが取り憑かれたように新しく着いた仕事に没頭するようになってから、そんなプレシアをみてそう思った。
その日以来、ヤマトとプレシアとの会話はなくなった。ヤマトは所詮他人なのだ。
そこはヤマトも理解している。だが、最大の救いだったのはプレシアに出ていけと言われなかったことだ。
ヤマトも、魔法を勉強し、プレシアの負担を減らそうと次々と知識を吸収していった。

アリシアの賠償金と自ら得た富により、プレシアは移動庭園を購入した。
時の庭園という名である。
アリシアとリニスの遺体は保存液で満たしたポッドの中に厳重に納めていた。
ヤマトはそれを見て、プレシアが一体何をやろうとしているのか推測し、プレシアがたまに机の上にばらまく資料を整頓するふりして盗みみて、その推測は確信に変わった。
同時に決意する。
プレシアから言いつけられたことは何でもやってやろうと…。
それがアリシアを救えなかった自分の償いだと…。
だから、アリシアが生き返ったらまず、謝ろう。そう思った。

そして、アリシアが生き返る日はそう遠くはなかった。
新たな容れものとしての人造生命、それにアリシアの記憶を転写することで全てはうまく行くはずだった。

だが、アリシアとして生き返った少女はアリシアではなかった。
彼女はアリシアにはないはずの魔力資質持っていた。左利きだったはずなのに右利きだった。

プレシアは少女を一旦眠らせた。
「失敗だわ…。」
頭を抱えるプレシア。その努力を間近で見ていたから、その失敗がプレシアにとってどれだけ大きいものか知るヤマト。
恐らく、プレシアは違法、禁忌の領域に手を広めるつもりだ。
「でも、それは違法です!!そんなことをすれば、アリシアが生き返っても…、母さんは…。あなたは!」
プレシアの案を聞いたヤマトはとめようとした。
だが、杖でこめかみをおもいっきり叩かれ、吹っ飛んだ。
「母さんの言うことがきけないの?ヤマト?
あぁ、思い出したお前は所詮他人だものね。」

生ぬるい液体が頬を伝い、顎を伝って床にポタポタと落ちる。
「お前が死ねばよかったのに!!」
ヤマトの胸にその言葉は突き刺さった。
「……ごめ…なさい…。」
服で血を拭い、床を掃除する。
プレシアは振り向くことなく、研究室にもどっていった。

バケツの中に水を汲んで、ヤマトはモップでフロアを研いて行く。
一通り、飛び散った血痕を拭き終えると、洗面所に水をかえにいった。
鏡をみると拭ったはずの血がまた出てきている。
魔法で傷を塞ぎ、深呼吸しようと息を吸い込むと蒸せた。
ゲホ、ゲホッゲホッ。
「うっ…。」
口の中に広がる鉄の臭い。ヤマトは流しに向かって吐き出すと、ドス黒い血液だった。
「…あっ、この服……。」
アリシアがよく似合うって言ってくれたっけ…。
ヤマトは血を水で流し、床の掃除に戻った。

それから約三年後。
使い魔となり、再び生を受けたリニスは二人の魔導士を育成中である。
一人は一条寺ヤマト・テスタロッサ、一人はフェイト・テスタロッサだ。
ヤマトはもう卒業で、今日はデバイスを渡す為にとある部屋までリニスはヤマトを呼んでいた。
「ヤマト、これがあなたのインテリジェントデバイス、名前はフリーダムです。」
「ありがとうございます。リニス。」
「設計と機能付けをしたのはヤマトじゃありませんか。私はただつくっただけですよ。」
リニスは笑っていった。
「それから、こちらがカートリッジです。こちらは、自分で時間を見付けてまめに作って下さいね。」
「はい。」
蒼い翼を象徴するキーホルダーとカートリッジを手に出ていこうとするヤマト。
「ヤマト、ちょっといいですか?」
「何ですか?」
リニスは少し躊躇してから言う。
「できれば、このデバイスは使わないで一生を終えて欲しいです。」
「…?」
「初回起動でおわかりいただけると思いますが、危険です。」
「うん、分かってるよ。それは…。
だけど、叶えてあげたい願いがあるんだ。」
でも、とリニスが食い下がるので
「どうしても必要な時に使うよ。」
ヤマトはそう言った。
その日、フリーダムの初回起動は行われた。
基本形態は四つ、連結可能ライフル×2、連結可能サーベル×2、魔力刃の発生が可能な長身のランチャー、G-バードである。勝利を予測する危険なシステム・ゼロシステムも搭載されている。
百体の兵をたった一度、トリガーを引くだけで全滅させ、周辺を焼き払った。
「フリーダム…よろしく…。」
揺らめく炎を瞳に写しながらヤマトは言う。
『Yes,my master.』
ヤマトはフェイトの元へ向かった。
プレシアは失敗作と言って認めていないが、ヤマトはフェイトを気に入っていた。
健気で、遠慮がちで、何よりプレシアの事が大好きなアリシアそっくりの少女。
けれど、フェイトの思いが報われないのもヤマトには分かっていた。
「あ、ヤマト…。今日は魔法の訓練付き合ってくれるよね?」
母の期待に答えようと健気に言うフェイトを愛しく想い、偽善を振り撒くことに心を痛めながらも
「うん、じゃあ、今から付き合うよ。」
ヤマトは笑って答えた。

「じゃあ今日は、この辺にしとこうか?」
「うん…。ありがとう、ヤマト。」
頬を蒸気させ、肩で息をするフェイト。
「シャワーでも浴びてくれば?たぶん、その間にリニスがお昼を用意してくれてるよ?」
「うん。わかった…。ヤマトは?シャワー浴びないの?」
「僕は、僕はコーチをしていたからあんまり汗かいてないから…。」
「駄目だよ、汚いよ?」
適当にあしらいたかったヤマトだが、フェイトに根負けした。
「わかった、じゃあ先に行ってて。ちょっとリニスに用があるから…。」
ヤマトは頬を掻きながら困ったように言うと、フェイトを部屋まで送り、リニスの部屋へ行く。
部屋に入ると、ヤマトが突然咳き込み始め、リニスが粉末状の薬とカップに入った水を差し出した。
「ありが…がはっ、げほ、げほ…げほっげほッ…。」
「お礼はいいですから…早く…。」
としゃっと音を立て備え付けの洗面台に血を吐くヤマト。口の中に鉄の味が広がる。蛇口を捻るリニス。
ヤマトはリニスから薬とカップを受取り、薬を喉に流し込む。
それでも暫く咳は止まらない。リニスがヤマトの背中を擦りながら言った。
「よく我慢できましたね。そろそろ無茶ではないですか?
やはり、フェイトに使い魔を作って、ヤマトは休んでいた方が…。」
「…ケホッ…。」
肩で息をしていたヤマトが深呼吸してから、額の汗を拭い、リニスに向き直る。
「うん…、そうも思うんだけどね…。でも…、母さんがあんなだから…、この体が動く内は、言うことを聞く内は、なるだけフェイトにかかわってあげたいんだ。」
プレシアのフェイトに対しての態度には目に余るものが多すぎる。
プレシアに誉めてもらいたい、喜んでもらいたい、微笑みかけてほしいとひたむきに頑張るフェイトをプレシアはただの道具として利用しようとしている。
プレシアに冷たくあしらわれても何一つ逆らわず従順に従うフェイト。
ヤマトはフェイトを大切に思っている。アリシアの失敗作であっても、フェイトはフェイト、アリシアではなく、一人の人間、ヤマトにとってはもう一人の妹なのだ。
「でも…、プレシアもヤマトも…あの時に…。」
「大丈夫、リニスの心配はうれしい…。でも、自分の体の事は自分が一番よくわかってるから…。」
いいながらヤマトは部屋の出入口へ向かい、再びリニスを振り向く。
「それじゃあ、シャワー浴びてくるから…昼食の方、よろしくね…リニス…。
それから、薬は僕の部屋のデスクの引き出しに入れといて…。」
ヤマトはリニスに微笑みかけてから、風呂場へと向かった。

わしゃわしゃと言う音。どんどんフェイトの金髪が泡だち見えなくなっていく。
「毎回思うんだけど…フェイトは髪長いね…。」
ヤマトはフェイトの髪を丁寧に洗っていく。フェイトはヤマトの前に座って、じっとして目を閉じていた。
「ごめんね…、大変…だよね?」
「ううん…、今更じゃない?苦にもならないから…気にしないで…ほら、流すよ。」
「うん…。」
ギュッと瞼を閉じるフェイト。
一方ヤマトはフェイトの髪を束ねながら泡を綺麗に流し、それからリンスをして、二人は身体を洗い、結局、シャワーだけでなく、風呂にもつかる。
「ヤマトは凄いな…。」
フェイトがポツリと呟いた。
「なんで?」
「だって、運動神経もいいし…、頭もいいし…、魔法も…、でも、私は…。」
と口までをお湯の中に沈め、ぷくぷくと言わせるフェイト。
「まぁ…、伊達にフェイトより長く生きてるわけじゃないんだよ。
外で走り回った時間も、勉強した時間も…フェイトより全然僕の方が長いでしょ?」
「それは…そうだけど…。」
ふぅっと一息吐いて、ヤマトが言った。
「早く母さんに認められる一人前の魔導士になりたい?」
コクり、と無言でうなずくフェイト。
「そっか…。なら、頑張るしかないね…。
なれるといいね、フェイト」
それからしばらくしてヤマトが言った。
「そろそろ上がろっか…。」
風呂から上がり、バスタオルで体を拭く。それから、服を来たら、ヤマトがフェイトの髪を一度タオルで軽く拭き、ドライヤーと櫛を使って乾かしてやる。
最後に、リボンでツインテールにくくり、二人は昼食を取りに向かった。

フェイトとヤマトのこんな生活は長くは続かなかった。やがて、ヤマトとフェイトはプレシアの命により、ジュエルシードを集めるため地球へと向かうことになる。

「久し振りの故郷…父さん、母さん、姉さん…」

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