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Last-modified: 2014-01-26 (日) 00:25:17

漢の闘い 後偏

 

「ちくしょう…無茶苦茶言いやがって、こんなんやったことねぇんだぞ」
……とはいえ、もはや後には引けない。
負ければおそらく切腹させられるだろう。オスティアとはそういう所だ。
「まぁ力には自信があるし…それに…」
言いかけた言葉を途中で飲み込む。
セコンドのボクシング部員たちが訝しがるが、彼らに聞かれるには気恥ずかしい言葉だった。
フロリーナの前で無様は晒せねぇ……
心の中で続きを呟くと、ヘクトルは全身の筋肉に闘志を滾らせて選手達の血に染まったリングに上がる。
四角い荒野にスポットライトと観客の歓声、応援、相手への野次が飛び交っていた。

ヘクトルの眼前に立つ男…
スマートな風貌にヘッドギアから流れる長髪、どこか冷たい視線を送っているその男は…
アカネイア高3年…ナバールである。
雑誌のファッションモデルもしているらしく、女性ファンの声援が半端ない。

「…ってちょっとまてこら!?
 アイツどうみてもスーパーヘビー級じゃねぇだろ!?
 体重製どこいった!?」
どう見ても自分より数十キロは軽そうなナバールの姿を見て、思わず突っ込みを入れてしまう。
その疑問はセコンドが解いてくれる。
「あ、この試合無差別級なんだよ。階級自体は登録されてるから、うちはスーパーヘビー(91kg~)しか出せないけど、
 違う階級同士で試合できるんだ。
 因みに相手はスーパーバンタム級(53 - 55kg)だよ」
「いいのかよ…あんな細いの殴ったら下手すりゃ死ぬぞ…」

観客席のリンとフロリーナは目を丸くしていた。
「え、あれ? なんでアイツが出てくるのよ?」
「ヘクトル様っ!?」
リングに上がる大男の姿を見て動揺を隠すことができない。
繊細な少女はどうしても心配になる…いかにヘクトルが強くとも試合では万一のことがある。
怪我、不意の事故やトラブル……ネガティブな要素がフロリーナの心に浮かび上がる。
だが無常にも試合開始のゴングが鳴り響いた……

「え…と…攻撃はパンチのナックルパートのみ…蹴りダメ…投げ…絞めダメ…噛み付きもダメだったな…
 それと腰から下は打っちゃダメ…背面もダメ……くそ…ダメダメづくしじゃねぇか……」
セコンドに5分でルールを説明されたが、そんな一瞬で入ってくるほどヘクトルは賢くなかった…
「とにかく頭か腹を殴って倒せばそれでいいってこった!」
総括すると突進する!!!!
フットワークなぞ知らんのでドタドタと騒がしいが、勢いは強い!
「うおりゃあっ!」
いきなり利き腕の右ストレートを放つが、ナバールは巧みなサイドステップでひらりとかわす。
ビッ!
「ぶっ!?」
見えなかった…どうやらジャブを打ち込まれたらしい。
だが体格差とヘッドギアのおかげでダメージはない。
「へっそんな貧弱なパンチで俺がたおせるかぶっ!?」
「…………」
4連打…5連打…
矢のようなハンドスピードでジャブが飛んでくる。
痛くはないが小うるさい。
ナバールの応援席から歓声が沸き起こる。
だがリーチはこちらが長い!
相手のパンチが届くならこっちだって!!!!
左右のパンチを思い切りぶんまわす……だが華麗なステップとしなやかな体を生かしたスウェーやダッキングで
目の前にいながらヘクトルの連打をなんなく捌いて、小刻みにパンチを浴びせてくる。

「バカ、ガード上げろ!やたらめったら打っても当たるか!
 ジャブで試合を組み立てるんだ!」
「やかましい!いきなりんなことできるかよ!」
セコンドのアドバイスに怒鳴り返し、両腕を上げる。
「………」
ズドフッ!
顔を庇ったところにボディブローが突き刺さる。
まだまだZEINIKUの比率が高い腹は容易く衝撃を貫通させた…ハート様じゃあるまいし、ZEINIKUは戦いの役には立たない。
「ぐ…え……くっそ…調子にのりやがって!」

そこで第1ラウンド終了のゴングが鳴った。

オスティアのコーナーではヘクトルとセコンドが口喧嘩している。
不毛だ。
「とにかく相手のパンチをはずせ!フットワークが出来ないなら、ガードを使ってだな…」
「野郎のパンチがみえねぇんだから無理だっつの!こっちは素人だぞ!」
「このままポイント取られてたら負けちまうだろが!」
「やかましい!倒せばいいんだろ!」
1分間のインターバルなどすぐに過ぎる
この試合は6ラウンド制…残り5ラウンド…

「ね…ねぇリン……ヘクトル様大丈夫だよね…」
「大丈夫だって…タフさだけが取り柄だもの、100発や200発殴られたってどうってことないわよ」
そうは言うものの不安は拭えない。
現にリングの上では、パンチをかわされたヘクトルがカウンターを浴びている。

打てば引き、パンチの戻り際に連打を浴びせてくるナバールのスピードに手も足も出なくなりつつある。
ドタドタとベタ足で懸命に追いかけるのだが、巧みな足捌きでヒラヒラとかわされる。
まるで牛と闘牛士だ。
「きゃ~~ナバールさんすてきーーーーっ!」
「たなびく髪がなんて美しいのっ」
「そんなみっともないピザなんかさっさとやっつけちゃってーーーーーっ!」
「ドン牛みたいでだっさーい♪」
観客席から女性陣が黄色い歓声を送る。
中には強烈な野次も混じっている。
ほとんどアウェイだ。
「やっかましいーーーーっおらヘクトル、とっとと優男の面に貫禄つけたらんかいーーーっ」
「ボコボコに腫らしたれやああああああーーーーーーーー!!!!!!」
ヘクトルサイドから野太い応援、野次が飛んでくる。
あんまり嬉しくない……
「くそ~勝手ぬかしやがって…ぶはっ!?」
再び鼻先を打たれる。
小刻みなパンチはそれほど痛くはないが…追っても追いつけず…打っても当たらず…ましてこの会場のブーイング…
ヘクトルの精神は次第に蝕まれていった…

最終ラウンド……どうみてもポイントでは勝ち目はない……
「ぜはーーーっぜはーーーーーっ」
すでに息も上がって足も鈍くなってきた…小さなパンチでも数食らえば効いてくる……
「なにさらしとんじゃああああああ!!!!!!!
 負けたりしたら、腹掻っ切ってワビても足らんゆうたじゃろがああああああああ!!!!!」
ダグダの怒声が飛んでくる。

フラフラとナバールを追ってよろけるヘクトルに届くのは相手ファンの嘲笑の声だ。
どこまでも感情の読めないナバールはともかく、相手ファンはもう勝ったつもりのようだ。
「やっぱ時代はナバール系よね~」
「そーそー、そらピザ!見苦しくねばってないでとっとと倒れてナバールさんのKO見せてよ!」
たちまち男たちが野次を飛ばし返す。
「おんどりゃああああ、なめとったらあかんぞーーーーーーーっ!!!!」
「イケメンは敵じゃあああああああ、ワシらブサ面の代表じゃろが、しっかりせんかああああー」
「誰がブサ面だコンチクショー!勝手にんな代表にするなや!」
怒鳴り散らすヘクトル…まだそれくらいの元気はあったようだ。

その時ホークアイが腕を上げた。
「静まれ…相手の野次に野次をぶち返してどうする…オスティア男子は紳士たれ!」
「お…押忍!」
たちまち冷静さを取り戻したオスティア応援団は、再び力強い応援歌を再開した。
(ヘクトル…貴様をこの試合に送り出したのは俺だ…
 万一敗れし時は、貴様だけを死なせはせんぞ…)
応援団の指揮を執りながら、ホークアイは死の決意を固めていた…
共に腹を切るつもりなのだ…

応援歌に合わせて、最後の力を振り絞って攻める。
破れかぶれだ。
「………」
「くっそ…あ…あたらねぇ……」
すでに腕も重くなってきた……残り時間は…1分を切っている。
ビッビッビッ!!!
「ぶふっ!?」
巧みな3連打を浴びせられる。
ごっそりスタミナを持っていかれた今、軽いパンチでも著しく疲労感と消耗感を感じてしまう…
よろけかかってロープにしがみ付き、かろうじてダウンを免れた。
「あ~ん、あのピザしぶといー!」
「もう、とっとと倒れてよ、みっともない!」
外野の野次も耳に入らないほど消耗していたが、よろめきかかって応援席に視線が向いた際、
信じられない物が瞳に移った。
オスティアの男たち…懸命に声をからして応援している…
このまま負けちまったら申し訳ねぇ…なぁ…
ホークアイが巨体を揺らして演舞を舞っている…
団長…期待して俺を送り出してくれたのに…
そして…会場にたなびく大団旗…
ちょ…ちょっと待て!?

「か…貸してください!」
「こ…コラ、何をする!?」
小柄な少女が、普段からは信じられない強引さで旗手から旗をもぎ取っている!?
あれはフロリーナ!?
「フレーーーフレーーーーヘ・ク・ト・リュ!」
かんだ…いや、それはいいとして…
「フレッフレッヘクトリュ!フレッフレっヘクトリュッ!へぶっ!?」
懸命に旗を振りかざして応援していたが、すぐに旗の重さによろめく。
慌てて旗手が、旗とフロリーナを支えた。

「ばっか…お前の体格で大団旗を持てるわけねぇだろ…ほんとばかだぜ…」
体に力を入れる。
残り少ないエネルギーを振り絞り、ロープを離れて構えを取る。
残り30秒…これが最後のあがきだ…
「ぬうりゃあああああああーーーーーーーーっ!!!!!」
最後の力を振り絞って拳をぶん回す。
こんなん当たるわけない…だがこのまま終わるわけにはいかない!
「………」
巧みなステップでかわす。
この右をさばいたらカウンターで終わりだ…
「ぐぬーーーーーっ!」
…?
思ったより伸びてくる、力を振り絞って踏み込んでいるのだ。
「……っ」
紙一重…かわした……
後はヘクトルの拳が戻る前にこの右で終わりだ…
まて…なぜ視界がそれていく?
なんで目の前にマットがある!?
視界が…真っ白に…

「ダ…ダウン!?」
レフェリーの声にも驚きがある。
ヘクトルが最後に放った拳は、かすかにナバールのアゴ先を掠めていたのだ…
その最後の豪腕の威力が脳をゆらし……ナバールの意識を奪った。
「………勝者…オスティア学園ヘクトル!」

……それからが大変だった…男たちにもみくちゃにされ、大変手荒い祝福を受けた。
蠢くKINNIKUとZEINIKUの中で汗まみれになりながら、それでも手を叩いて喜んでいるフロリーナを見つけると、
親指を立てて見せるのだった。
「ありがとよぉーーーーお前のおかげだぜ!!!!」

その夜…
「へっへっへどーだった?
 ピザとはうまくいったかーっ!」
フロリーナはファリナにあれこれ吐かされて大変だった。
「そ、そんなことないよう…ふつーに応援しただけだもの」
「ほんとー?
 試合の後で、2人でどっか行ったりしなかったの?」
中々放してくれない、こうなるとファリナはしつこい。
なんとか反撃しようとフロリーナが口を開きかけた瞬間…
「あ、ちなみに私はケントと映画見てー食事してー、
 デパート行って服買ってー駅前ブラブラしてー、カラオケ行って晩メシ食ってきた」
先手を取られた……ニンマリと笑うファリナの笑顔が小憎らしい。
そしておごらされたに違いないケントさんご愁傷さま…
「さー姉貴が正直に言ったんだから、今度はアンタの番!
 試合の後、2人でどっか行ったんでしょ?そーなんでしょ?」
「う…リ、リンも一緒だったけど…3人でアイラさんところでラーメン食べたよ…
 ほ、ほんとにそれだけだからね!」
しつこいファリナをどうにか振り切ると、フロリーナは今日の出来事を日記に綴る。
がむしゃらに戦うヘクトルは、たとえどんなにダサく見えてもフロリーナの瞳には世界一かっこよかった…
今頃ヘクトル様どうしてるかな?

その頃ヘクトルは……
「よく勝利した、本当によくやった…だがオスティアは男女交際禁止、旗を奪ってまで応援するということは
 あの娘は貴様の彼女だろう…決まりは決まりだ、懲罰を下す」
「ちょ…ま、まだアイツとは付き合ってるわけじゃないであります!?」
「…まだ?…じゃあこれから付き合うのだな…どの道懲罰は変わらぬ!」

オスティア名物、ZEINIKU組体操を一週間のまず食わずで続けるハメになったのだった…

終わり