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Last-modified: 2014-01-30 (木) 21:45:53

『とんでもないところに嫁いでしまった』 朝

 

規制解除されたからついに本スレに投下するんだぜ

皆様、おはようございます。え?私、ですか?
申し遅れました。私は竜王家に輿入りさせて頂きましたイナと申します。以後お見知りおきを。
竜王家…と言いますと皆様紋章町一の大家として身構えられますが…、
残念ながら、私は竜王家直系の親族では御座いません。
…というより、私は竜王家に「輿入れ」つまりは嫁入りした者です。いわゆる「およめさん」ですね。
私の様な取るに足りぬ者が竜王家に輿入れなど恐れ多いことですが…。
え?旦那様…ですか?そ、そうですよね。輿入れしたのですから夫をご紹介するのは当然ですよね。
現在夫…まだ式を挙げてはいませんが…が不在ですので恐れ多くも私からご紹介させて頂きます。
私の夫はラジャイオンと申します。容姿端麗、頭脳明晰、非の打ち所がなく、
正直私如きが釣り合う御方ではありません。…のはずだったんですが…。
何を間違えたのか、彼は妹君が負った莫大な債務の連帯保証人になっていました。
しかも、よりによって債権者はあのデイン商社です。
ラジャイオン曰く、「ありのまま 今起こった事を話そう。
           『私は妹の婚姻届の同意欄にサインをしたと思ったら連帯保証書だった』
           何を言っているのか分からないと思うが私も何をされたのか分からなかった…
           二重契約書だとか結婚詐欺だとかそんな安い詐欺では断じてない。
           もっと恐ろしいものの片鱗を味わった…」
どう見ても契約詐欺です。本当に有難う御座いました。
そんな訳で彼は今借金の担保としてデイン商社代表取締役専用騎竜の労働に従事しています。
この件で私に迷惑がかかるからと挙式は断念、籍も未だに入れておりません。内縁止まり、です。
彼と竜王家ご親族の方の御厚意で竜王家に同居させて頂いてはおりますが…。
ですが、その…厚かましい事この上ないのですが、何といいましょうか、
ご親族の方々が、その…『個性的』な方々でして…。

ラジャイオン、ご親族の皆様、ごめんなさい。単刀直入に言います。

『とんでもないところに嫁いでしまった』

私の一日は朝6時5分前、目覚まし時計の設定時刻より5分早く起床する事から始まります。
少しでもラジャイオンの債務の返済の足しになる様、大学の非常勤講師をしていますので…。
起床して目覚まし時計を止め、身支度を済ませた後、朝の早い方々にご挨拶をして出勤です。
といいますか、一部の方を除いて竜王家の方々は皆朝が早いです。メディウス様に始まる
三巨頭の御方々、長女のイドゥン様、実務を取り仕切っておられるムルヴァ様と私の祖父ナーシル、
早番の十二魔将の方々―などです。学生や幼い方以外は大体皆様起きて御出でです。
『運がいい時は』ご挨拶はすぐ終わるのですが…メディウス様がたまに無限ループを行うので
講義に遅刻ぎりぎりになってしまうことがあります。
…ガトー様も時々昔話を長々とナーガ神の尾の様に話されますので気が抜けません…。
それに―

「イナ、最近の調子はどうだい?講義はうまく行っているか?風邪は引いてないかい?
ここ最近寒いからね、お前が聡明なことはよく知っているが万が一ということもあるからね。
それに防寒はしっかりしているか?若い娘が体を冷やすのは良くない。
孫の顔を見ない内にお前の体が壊れてしまっては本末転倒だよ。
ああそうだ、近いうちに二人で温泉にでも行こうか。
たまには家族水入らずで旅行するのも悪くないだろう?あと―」

…私の祖父の世間話が長すぎるのです。祖父が私を(私が言うのもなんですが)目に入れても
痛くないほど可愛がって下さっているのはよくよく理解しているのですが…。
いい加減、孫離れしてもいいと思います…。祖父をよく知る人曰く『ジジバカ』だそうです。
―ああ、そうこうしている内に時間が…。これは臨時休講ですね…。うう、大学の評価が恐ろしい…。

…結局、午前一時間目は私用による臨時休講となってしまいました…。学生に申し訳ない…。
今日、お昼までしか講義、ないんですよね…貴重な講義を落としてしまったので今月末の
給与明細が心配で仕方ありません…。愚痴っても仕方がありません。
二時間目はしっかり講義しなくては…。

さて、今日の講義は(一時間目が休講になってしまいましたが)ひとまず終了しました。
このまま残って学会に提出する論文を執筆していても良いのですが今日はお昼から
花嫁修業という名の家事が山ほど残っておりますので竜王家に帰宅です。
…昼は時々ですが帰宅途中に「お譲ちゃん学校は?サボリ?」と補導されそうになるので困ります…。
そういえば以前茶髪の中学生くらいの男の子に「スレンダーおねいさん!!やや童顔気味ながらも
憂いを含んだ紫水晶の如き瞳がお美しいハアハア是非ともコンゴトモヨロシクな展開に」と言い寄られたことが
あった気がします。残念ながら自分は婚約者がいるとお伝えしたところ「人妻属性キターーーー」と断末魔を発して
鼻血を噴水のごとく噴出されましたが…。なんだったんでしょうか?
それに、童顔…少し、気にしていたんですけどね…。皆様は婚約者が童顔だとお気になさいますか?

「ん?イナ義姉、今日早番か?」
「イナ義姉さま、こんにちは」

…どうやら早期帰宅は私だけではなかったようです。ユリウス様、ユリア様―ラジャイオンの義弟妹に
当たるお方です―も今日は早帰りのようです。
…ユリウス様が僅かばかり煤けているのは私の気のせいでしょうか?
嫌な予感がするのも私の杞憂であって欲しいです。

「こんにちは。ユリウス様、ユリア様。今日は早期下校ですか?」
「まーそんなとこだ。あとイナ義姉、『様』付けしなくていいぞ。ラジャ義兄の嫁なら堂々としてりゃいいのに」
「兄様、そんなこと言って…義姉さまが困ってしまいますよ」
「いえ、そんなことは。…ところで、失礼ですが、ユリウス様…、何か、煤けておられませんか…?」
「あーこれはあれだ。セリスがまたベタベタ静電気でセーターから離れない毛玉みたいにくっ付いてきて
で、なぜかラナオウとユリアにフルボッコにされた。ユリアも僕と一緒にいたいなら素直にそういえば」
「ナーガ」
「アッー」

…残念ながら私の悪い予感は的中しました。道路でナーガ神を召還したことにより周囲の家屋が
ドミノ牌を倒したように見事に倒壊、午後いっぱいは救助活動を行うことになりました。
ユリア様はユリウス様以外の生き物にはそれはそれはお優しいお方なのですが…。
ユリウス様の一挙一動にわざわざ聖典ナーガでツッコミをお入れになられるのでその度に
周囲は今回のような惨事に見舞われることになってしまいます…。
私の当て推量ですが今日の早期下校は、その…ユリア様が学校内でナーガを発動したことによって
校舎が倒壊したのではないかと…思います。
ユリウス様はユリア様をとても大切になさって御出でですが…私如きが差し出がましいことを
申し上げるとするなら、やや失言が多いのでは…。
あるいはユリア様の関心を引くために敢えて攻撃されるような行為をなさっているのでしょうか。
ラジャイオンも時々人前で私との会話(ユリウス様曰く『ノロケ』だそうです)をなさるので
つい赤焔のブレスを放ってしまう事がありますがそれと似た真理なのかもしれません。
…そういえばナーシルの『ジジバカ』もこんな感じですね。ユリウス様も長じた暁はナーシルの
ようになってしまうのでしょうか。…すみません、少々過ぎたことを考えてしまいました。
兎に角、明日のポストに山ほど届くであろう各損害の請求書が心配です…。

救助活動と各御家庭への謝罪を終えるころにはもう夕暮れでした。結局昼間に片付けるはずだった
屋敷の掃除と洗濯(十二魔将の方々が自分の仕事だからと仰いますが嫁が仕事をしないというのは
好ましくないと思いますので…)と親族の皆様にお出しする茶菓子を作る作業ができませんでした…。
ユリア様のナーガ必殺を受けてボロボロになってしまわれたユリウス様をおんぶして帰宅すると
珍しくメディウス様が出迎えてくださいました。いつもはチキさん達が元気よく出迎えてくださる
(そして時々抱きつくついでに私の鳩尾に見事な頭突きを入れてくださいます。将来有望です)ので
意外です。と同時に今朝は免れた無限ループを警戒します。

「おお、お帰り。帰りが遅いもんじゃから皆心配しておったぞ。ところであんただれじゃったかの?」
「お爺様、ただいま戻りました。お爺様は相変わらずですね、私はユリアですよ」
「帰宅が遅れて申し訳御座いません。…それとメディウス様、私はラジャイオンの婚約者のイナです」
「おおそうじゃったな。ところで嫁がまだ帰ってきておらんのうナーガ婆さんや」

私の勘は悪いものだけ脅威の的中率を誇るので困ります。メディウス様は普段は好々爺なのですが
時々このように認知症を発症されるので会話が終わらなくなってしまいます。
(ちなみに私は『無限ループ』と呼んでいます。終わりがないって怖くありませんか?)
ナーシルやイドゥン様は軽くあしらってしまうので密かに尊敬しています。まだまだ私も未熟です。
…と現実逃避をしてもメディウス様の認知症が直る訳でもありませんので私は化身の石も持たずに
キラーアクス持ちのバーサーカーの集団に飛び込む覚悟で応対します。

「…メディウス様、私はお義婆様ではありません。そもそも私がその嫁ですよ…」
「おお、おお、そうじゃった。すまんのう、この年になるとちぃとも頭に入ってこんでのう。
ところであんただれじゃったかの?」
「…メディウス様、私は(略)」

…結局ユリウス様はユリア様に託して、見ていられなくなった祖父が止めるまで私はこのやり取りを
続けることになりました。その後遅めの夕食を摂り(メディウス様のお相手に手間取ったため夕食は
イドゥン様が支度なさってくださいました。ふがいない…)ラジャイオンの帰宅を待つ合間に明日の
講義の支度をするころには深夜になっていました。
私の手際が悪いのか…竜王家に輿入れする以前よりも一日にできることが減ったような気がします。
…ですが、決して不快だとは思わないのはなぜでしょうか。
思えばこういった家族ならではのドタバタといったものは輿入れして初めて体験したものでした。
元々私は物心つく前に両親が亡くなり、父親、母親の顔も覚えていません。
ナーシルも仕事が忙しいので大体一人で生活していました。
竜王家に来る前は、新しい家族にどう接するべきか戸惑いました。
でも、『他人』であるはずの新しい家族は私を義姉だ、嫁だとさも最初から家族であったかのように
接してくれるのです。
…家族がたくさん増えたことで、できることはとても減りました。
代わりに、ひとりではなくなりました。

いつもはしっかりしているのにどこか抜けていたり、一日おきに家が吹き飛んだり、
人の名前をすぐ忘れてしまったり、ジジバカだったりトラブルばかりですが、私はここが大好きです。

イナ「…と思ったんです」
ラジャ「そうか…そうだね。家族は何物にも換え難い尊いものだね。というわけで
   そろそろ新しく家族を作ろうk」
イナ「ラジャイオン恥ずかしいですッ!!!」

  アッー!

おわれ。