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Last-modified: 2014-01-31 (金) 18:37:46

とある主人公の封印之剣(ソードオブシール)

 

第一章 とある日常の崩壊序曲(オーバチュア)1

 薄暗い部屋の中。二人の男が密談を交わしている。
日はまだ高くにあり、明かりを消しているわけでもカーテンを閉め切っているわけでもない。
しかしそれでもなお部屋が暗く感じるのは、密談を交わす二人がまとう空気のせいであろう。
一方はこの会談の行われている家の主。禿頭の下にある顔は老人のそれだというのに、ギラリと光る赤い双眸と彼の全身を覆う異様な気配が、
彼がいまだ全盛の力を有していることを―それは、この町において彼がいまだ最強の一角であることを―示している。
もう一方の男は、ターバンのようなものを頭に巻いた男だ。
そのターバンで片目を覆い隠すようにしているが、覗くもう一方の目には、やはり彼の外見年齢―五十の後半から六十の前半だろうか?
目の前の禿頭の男よりは下に見えるが、それでも初老の域に差し掛かっていると言えるだろう―に似つかわしくない眼力が宿っている。
「――それで、この話に協力いただけるかね?婿殿よ」
 禿頭の男が、目の前の男の意思を確かめる。もっとも、本人にとっては半ば答えの分かっている質問だ。
『婿殿』の言葉が示すように、この二人の関係は浅からぬものがある。ターバンの男が初めてこの家を訪ね、
そしてこの家の娘であるエイナールという女性と結ばれてからもう随分と時が流れた。
この家の住人やこの『婿殿』にとっては時の流れなどあまり意味がないのだが、
それでも禿頭の男がこの研究熱心な婿の性格を知り得るには十分な時間が経ったと言えるだろう。
 だから、ターバンの男―ネルガルの答えは予想通りで合った。そして、そのあとに続くであろう疑問についても、予想通りであった。
「承知した。――しかし、よろしいのか?メディウス老よ。あなたは、私の研究に否定的であったはずだが?
なぜ、今になって竜の『エーギル』をよこそう等とお言いになる?
そのエーギルを用い、あなたが目に掛けている兄弟家を襲えなどとは、些か理解に苦しむ」
 『エーギル』とは、生きとし生きる者に宿る、生命力や精神力を合わせたエネルギーのことだ。
研究者であるネルガルはこのエネルギーに目をつけ、人よりも強大な力を持つ『竜』のエーギルを得ることを目的の一つにしている。
しかし、エーギルを扱うことは時にそのエーギルを抽出するものの命を奪うことがある。
いくら彼が研究熱心とは言え、エイナールという伴侶がある今、ただ己の知識欲の為だけにいたずらに他者からエーギルを奪うことはしない。
もっとも、それでも少なからず非人道的な手段を用いることもあり、それが原因で彼は同じ研究仲間でもある親友と仲違いしていた時期もあるのだが―。
「無論、儂の可愛い孫達からエーギルを奪うことなどさせぬ。今回、婿殿に提供するのは戦闘竜のエーギルだ。
我らと比べれば数段劣るが、なにしろ数がある。お主にとって十二分な量は採れるはずだ」
「――なるほど。しかし、イドゥンに力を使わせてよろしいのか?あれもまた、忌まわしき力では?」
 この家――竜王家の人間は、強大な力を持つがゆえに、それを振るうのには慎重だ。
特に、意志無き竜を大量に生み出すイドゥンの力は、自然の理を歪めるものとして警戒されていたはずだと、ネルガルは記憶している。
 その言葉を聞き、メディウスは口角を上げる。ぎらついた目も、幾分和らげて答える。
「――ふむ。あれも、徐々に成長してるようでな。近頃は、自分でものを考えようとする。
これも、兄弟家の影響か。――ともあれ、力を使う意思が芽生えたのなら、むしろ積極的に使わせ、使い方を覚えさせた方が良い」
 孫の成長を喜ぶ好々爺の顔で答えるメディウス。その答えを聞き、ネルガルも納得したようだ。
婿とは言え、ネルガルとエイナールは竜王家を離れ暮らしているが、妻を伴ってこの家に来たときの様子では、
確かに最近あの娘は口数が増え、以前に比べ意思のようなものを感じるようになった。
「そういうことであれば・・・戦闘竜のエーギル、確かに譲り受けよう。研究への協力、感謝いたします、義父上――」
 そう言って、用は済んだとばかりに席を立つネルガル。
メディウスの前で軽くこうべを垂れてから通りすぎ、部屋の入口のドアノブに手をかけようとしたところで、背後から声をかけられる。
「兄弟家を襲う理由についての答えはいらんのか?婿殿よ」
 今回、メディウスがネルガルに持ちかけたのは、簡単に言ってしまえば「竜のエーギルをくれてやるから、兄弟家を始末しろ」という話だ。
竜王家にとって、兄弟家の面々はある種特別な立ち位置にいるのは、この紋章町に住む者ならば周知の事実だ。
なぜ、その兄弟家を襲うようなことを、よりによって竜王家の長であるメディウスが持ちかけるのか?
その答えを聞くまでは、ネルガルも完全には納得すまいと、メディウスは考えていたのだが。
「私にとっては、どうでもいいことなのでな。私は、竜のエーギルさえ得られればそれでいい」
 背を向けてドアノブを回しながら、ネルガルは答える。なるほど、この男らしい答えだとメディウスは納得し、その背を見送ろうとした。
が、今度はネルガル自らがその動きを止める。
「――それに、あなたのことだ。どうせ、これも孫達の、竜王家の為なのであろう?」
 なるほど、メディウスが付き合いの長い婿について理解しているように、婿もまた義父のことを理解している――つまりそれだけのことである。
 そうして、ネルガルは今度こそ部屋の外へ出て行った。