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Last-modified: 2014-02-04 (火) 00:26:05

マリータ「いやもうビックリしたわ。ウチらの得物知らん間にみんな盗み取られてしもてな。
     んでこらあかん、どないしょ思た時にその焼きそば屋のおっちゃん来てくれはったんや。
     そのおっちゃん取り出したの何や思う? コテやコテ、焼きそばとかお好み焼き作るのに使うあのコテや。コテコテや。
     んなもんでヤクザをどうしばくねん言うてん、そしたらおっちゃん――」
ラクチェ「分かったから黙ってて! 今集中してるんだから!」
マリータ「はは、そやな。堪忍堪忍」

 マリータが舌を出して笑う。ここはラーメン屋『流星軒』、店舗スペースの裏にある台所兼食卓。
 テーブルにはまな板と、その上にひと塊のチャーシューが置かれていた。
 ラクチェは包丁を手に、そのチャーシューに全神経を集中させる。気を静め、息を整え――

ラクチェ「 流 星 剣 !!」
キラーン...ズバッ! ザクザクザクザクッ!

マリータ「……相変わらずやなラクチェは。ちゃんと切れてへん、チャーシューみんな端っこくっついとるで」
ラクチェ「こ、これでも上達したんだから! まな板切れてないじゃない!」
マリータ「切れてのうて当たり前や。ちゅうか真っ二つになってへんだけで、切り込み入りまくりやないか」
ラクチェ「うるっさいわね、大体マリータが横から話しかけてくるから……」
アイラ「話しかけられただけで気が散るなら、どのみち修行が足りないってことよ」
マリータ「アイラおばちゃん! どうも、ご無沙汰してますー」
アイラ「久しぶりねマリータ。この時期は忙しいんじゃないの?」
マリータ「もー忙しい忙しい、てんてこ舞いや。
     朝もはよから仕込みして、立ちんぼで料理作って呼び込みして、日ぃ暮れたら売り上げの勘定と次の日の支度して。
     稼ぎ時やしうれしい悲鳴っちゃ悲鳴なんやけど、まー肩こるわ。体ガッタガタやわほんま。
     んでやっと暇見つけたやさかい、久々に流星軒のラーメン食べよ思て来たちゅうわけや。
     なんか食べさせてぇな。何ラーメンでもええわ、おばちゃんにおまかせするやさかい」
アイラ「はいはい、今支度するわ。
    スカサハも手伝ってくれる? とりあえず、そのチャーシューをちゃんと切り直して」
スカサハ「はいはい、それじゃ…… 流 星 剣 !」 キラーン! バババババッ!
マリータ「おー、さすがスカサハはきっちり切るわ。まずまな板を全然傷付けへん。
     ラクチェは剣はめっちゃ強いのに、なんで包丁やとこんな下手になるんかいな……」
ラクチェ「知らないわよ、こっちが聞きたいわよそんなの!
     ああもう、毎日毎日修行修行……スカサハの方が料理上手なんだし、そっち跡取りでいいじゃないのよもう!」
アイラ「跡取り関係なく、料理はちゃんと出来ないと将来困るでしょ?
    お豆腐とまな板の味噌汁作るような子を、お嫁に出す訳にはいきませんからね」
ラクチェ「はぁ~ぁ……」

マリータ(せや……あのおっちゃんがヤクザしばき倒したアレ、流星剣に似とるんや。
     せやけど、違うんやな。流星剣は使い手がぴかぴかーって光るねん、緑色に。
     おっちゃんのは別に光ったりせえへんかったし……思い過ごし? 似とるだけの別物なんかいな?)
シャナン「おおマリータ、久しぶりだな」
ラクチェ「げ、出たわロリコン」
マリータ「あーシャナンさんお久しゅう、お噂はかねがね聞いとるでー。
     なんや怪しい宗教にハマってたり、鳥の王さんにケンカ売って全殺しにされてボッタクリ神父さんの世話になったそうやないか」
シャナン「宗教ではない、政治団体だ。蘇生費も経費で落ちているから心配は無用だぞ」
アイラ「当たり前です。3万ゴールドも飛んだら家計簿が太陽剣よ。
    というより、いい加減その政治活動っての辞めてもらえない? こっちは大迷惑してるんだから」
シャナン「何故だ? 幼女を愛し守ることが、叔母上に不利益を被らせているとは思えんのだが」
アイラ「売り上げが落ちてるのよ売り上げが! おかげで子供連れのお客さんが、気持ち悪がってぱったり来なくなったじゃない!
    今までは見て見ぬふりをしてきたけど、お店に損害与えるのなら仕方ないわね。辞めないなら出てってもらうわ」
シャナン「ふっ……長く居候の身に甘んじてきた私も旅立ちの時か。
     案ずるな叔母上。私に流星剣の輝きがある限り、我が道場の安泰は揺るぎはしない」
アイラ「言っとくけど、流星剣も光らなくなるわよ。私が言ってるのは家を追い出すだけじゃなくて 勘 当 だから。
    流星剣は流星軒の家系にのみ伝わる奥義、我が家の人間でない者のは紛い物ですからね」
マリータ「!」
シャナン「ま、待て叔母上。流星剣の緑の光は宣伝の要でもあって……」
アイラ「知らないわよそんなの。嫌なら政治団体とかいうのを今日にでも辞めてくるのね」
マリータ「おばちゃんごめん! 急用できたやさかい、ラーメンはまた今度や! 堪忍やで!」
ラクチェ「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!?」

タッタッタッタッタッ...
マリータ(そうや……そういうことやったんや!
     あのおっちゃんは元々、流星軒の家のもんやった。ヤクザいてこました技も流星剣なんや!)
マリータ(せやけど何かの理由で、流星軒を追い出されてもうた。それで流星剣も光らなくなってもうた)
マリータ(ウチのほんまの親のこと、流星軒のみんなは誰も教えてくれへんかった。
     流星軒は何代も続いてる老舗の店や。そんな店が勘当した家族のこと、みだりに人に話すとは思えへん!)

マリータ(それに……思い出したわ。あの焼きそばをどこで食べたか)
マリータ(うんとちっさい頃に食べたことある。何度も、何度も何度も!
     なんぼ食べてもちぃとも飽きへんかった……間違いないわ、あの時のあの味や!)
マリータ(きっと、きっとあのおっちゃんは……!)

マリータ「おっちゃんっ!!
     あれ……おっちゃん、何しとん?」
主人「見ての通り、荷造りだ」
マリータ「荷造りって、まだ縁日終わりやあらへんのに……」
主人「ヤクザに目をつけられたからな。迷惑が掛からんうちに他へ移ることにする」
マリータ「ヤクザなんか怖ないやろ! さっきみたく軽ぅしばいてやればええねん!」
主人「直接ここへ来るとは限らん。ヤクザがその気になれば、どんな手でも使ってくるだろう」
マリータ「そりゃ……せやけど……」
主人「世話になった。じゃあな」
マリータ「ま、待ってや! ウチまだ、おっちゃんの名前聞いてへんのや!」
主人「ただの焼きそば屋だ。名乗るほどの者でもない」
マリータ「それでもや! ウチおっちゃんの名前知りたいねん、知りたいねん!
     お願いや、一生のお願いや! おっちゃんの名前教えてぇな! なぁ!!」
主人「…………」
マリータ「なぁ……なぁて……」

 涙声で訴えるマリータに、焼きそば屋の主人は背を向ける。
 無言のまま、まとめかけていた荷物を解いた。鉄板を敷き、火をかけ、油を引いて麺を広げる。
 辺りに香ばしい匂いが漂い出した。

主人「よく見てろ」
マリータ「えっ……?」
主人「それ、一、二、三、四、五…………
   ほれ、二人前だ。パックに詰めとくから、多かったら後で食べろ」
マリータ「…………」
主人「これくらいは出来るようにしとくんだな。上手くなったら食べに来てやらんこともない。
   じゃあな」 ガラゴロ...

マリータ「……おっちゃん……」
ダラハウ「行っちゃったのね~。
     出ていく話は聞かされてたけど、ちょっとお見送りに間に合わなかったのね~」
マリータ「ダラハウさん……あのおっちゃんな……」
ダラハウ「あの焼きそば屋さん、もしかしたらガルザスさんかも知れないのね~」
マリータ「ガルザスさん? 誰やのんそれ?」
ダラハウ「さすらいの焼きそば屋さんよ~。たまにテキ屋さんの間で噂になる人ね~。
     腕は超一級品。屋台を引いてふらりと現れ、評判が知れ渡った頃にはいつの間にか姿を消している。
     ダラハウも仲間に言われるまで忘れてたけど~、もしかしたらもしかするかも知れないのね~」
マリータ「ガルザス、さん……ガルザスさん……!
     ま、待ってガルザスさん! ウチは――」
ダラハウ「お待ちっ!」 ガシッ
マリータ「何すんねんダラハウさん、離してぇな!」
ダラハウ「『人の過去を無闇にほじくらない』。この業界のルールはマリータちゃんもよ~く知ってるはずよ~」
マリータ「…………」
ダラハウ「悪いと思ったけど、ダラハウさっきの話を少し立ち聞きしちゃったのね~。
     焼きそば屋さんはマリータちゃんに名前を明かさなかったけど~、それもきっとあの人なりの事情があるからなのよ~。
     マリータちゃんも一人前なら、それを分かってあげないといけないのね~」
マリータ「せや、けど……せやけどでも……!」
ダラハウ「上手くなったら食べに来るって、約束してくれたのね~。
     それを信じて、今から腕を磨くといいのね~。大きな大きな宿題なのよ~」
マリータ「……宿題……」
ダラハウ「おいしそうな焼きそばね~。冷めないうちにいただきましょ~」
マリータ「んなこと言われても、もったいなくて食べれへん……!」
ダラハウ「じゃあ二人前あるし、ダラハウと半分こするのね~。ご飯は一人より二人で食べた方がおいしいのよ~」
マリータ「……うん」

ダラハウ「ん~おいしい、これぞ一流の味なのね~」
マリータ「うん……」
ダラハウ「全然食べないのね~、ダラハウが両方とも食べちゃうのよ~?」
マリータ「ダラハウさん鬼か! こっちゃゆっくり味わって食べとんねん!」

マリータ「おいしい……ほんまおいしいわ……
     ……おとん……」
ガルザス「よく、ここが分かったな」
アイラ「偶然よ。知りようがないじゃないの」
ガルザス「まあな」

 その日の夜。
 住宅地のとある路地に焼きそば屋の屋台がある。客は女が一人だけいた。

アイラ「焼きそば屋ガルザス。
    流星軒の先々代の跡継ぎと目されていたが、同じく跡継ぎ候補だった先代との後継者争いに敗れる。
    自分の腕に絶対の自信があった彼はその決定を不服とし、先々代に審査のやり直しを申し立てるも却下。
    逆に流星軒を追われ、一家からも勘当されてしまった。会得した流星剣も二度と光ることはない」
ガルザス「…………」
アイラ「そんなどん底から心機一転、屋台の焼きそば屋に転向。いまや音に聞こえた名職人。
    本当に大したものだわ。それだけの腕があれば、店を持つことだって出来るでしょうに」
ガルザス「若気の至りで居場所を無くし、女房は苦労をかけた末死なせ、挙げ句娘まで面倒を見損ね見失ってしまった。
     どうも俺は、周りに厄介事を呼び込む性質のようでな……ひとつの所には留まれん」
アイラ「マリータに会ったそうね。紋章町に来たのもそれが理由?」
ガルザス「まさか俺と同じ、テキ屋を生業にしているとは思わなくてな。気にはなった」
アイラ「あの子の様子だと、貴方の正体に気付いてたみたいだけど」
ガルザス「二度も父親に見捨てられたと泣いてたか?」
アイラ「そう思った? 残念、大はずれよ。あの子なんて言ってたと思う?」

マリータ『ほんのちょっとやけど、めっちゃうまい焼きそば屋さんに稽古つけてもろたんや!
     どこの誰か分からんかったけど、きっと世界一の職人さんに違いないでぇ!』

ガルザス「……そんなことを言ったのか?」
アイラ「ええ。まるで子供みたいにはしゃぎながら触れ回ってたわ」
ガルザス「…………。そうか」
アイラ「ガルザス……私も今は、流星軒の看板と掟を先代から受け継いだ身。
    貴方に店の敷居をまたがせることは出来ないし、貴方について語ることも子供達には許していない。でも……
    マリータは流星軒の人間ではないし、あの子も寂しそうな顔、することあるから。たまには会ってあげて」
ガルザス「…………」
アイラ「恥じることはないはずよ。ラーメンと焼きそば、道は違えど」
ガルザス「俺の選んだ生き方を、誰にも同情などさせん。
     ……マリータもそうだろうな。我ながら下らんことを聞いたもんだ」
アイラ「今の暮らしが辛くないかとか、親がどうだとか聞いたんでしょ。
    貴方はもう少し、自分に自信を持っていいんじゃないの? でないとマリータに先越されるわよ」
ガルザス「そう簡単に、抜かれてたまるか」
アイラ「その調子なら当分は平気ね」

アイラ「さてと、いい時間ね。お暇しようかしら」
ガルザス「そうだな。もう会うこともないかも知れんが」
アイラ「そう決め付けたものじゃないわよ。実際こうして会えたのだし。
    また会いましょう、さすらいの焼きそば屋さん」
ガルザス「ああ。縁があればな」
タッタッタッ...ファサッ
アイク「やっぱりあんたか! またこの場所に戻ってきたのか」
ガルザス「あんたか、また会うとはな」
アイク「ああ。早速だが焼きそば大盛り、肉多めで」
ガルザス「あいよ」ジュ~...

ガルザス「……出来たぞ、二人前だ」
アイク「なんで二人前なんだ? 確かにおかわりはするつもりだったが」
ガルザス「片方はおごりだ、金は要らん」
アイク「いいのか?」
ガルザス「ああ。今日は気分がいいんでな」
アイク「そうか。あんた、言うほど不器用でもないんだな」
ガルザス「そう言うあんたも、世辞が言える程度には無愛想じゃないらしい」
アイク「ばれたか、今のはお世辞だ」

ガルザス「ふっ」
アイク「ははは」

~完~