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Last-modified: 2017-07-20 (木) 14:47:42

正月も終わり穏やかさを見せる紋章町の住宅街、その一角を三人の人物が駆けていた。
追う二人、黒短髪の年齢の割りに鍛えられた体格の少年と水色の短髪の線の細い少年だ。

 

ニルス「待ってよ!それを返して!」
ロス「糞!何であんな太ってんのに早いんだよあのオバサン!」

 

追われる相手は一人、黒髪の少年ロスが言うように太った……控えめにもぽっちゃり等ではなく丸々と太ったオバサン……それも少年が年上の女性をそう呼ぶようなものではなく正真正銘中年女性であるオバサンである。

 

ドラジェ「ヲホホホホ!見かけによらず素早いドラジェさんはあんた達のようなお子様には追い付けないわ!
     お宝はいただいたわよ!」

 
 

この不思議と冒険が満載の紋章町では様々なお宝が存在する。
兄弟家を始め幾つもの家にある神器が有名だが武器以外にもある。それが今オバサン……基ドラジェの手にある竜王家の氷竜の姉弟が受け継ぐ強化の力が宿る指輪だ。

 

時を遡ること10分前、ロスと並んで談笑していたニルスが突き倒され、起き上がった時には肌身離さず持っていた指輪が無くなっていた。
そして二人が突き倒したドラジェを追っていたのだ。

 

ロス「く!恨むなよ!」

 

何時までも続いた事にいい加減焦れたのだろう、ロスが愛用の投げ斧を投げ付ける、だが……

 

ドラジェ「甘いわ!」

 

ドラジェは振り向き様に構えた弓でその斧を撃ち落とす、同時に……

 

ニルス「ひっ!」

 

二人の足元に矢が刺さった。

 

ドラジェ「唯追うだけなら穏便に済ませても良かったけど、おいたが過ぎたわねぇ。
     殺しはしないけど、もう追えないようにその脚、撃ち抜かせて貰うわ」
ロス「や、止めろ!」
ドラジェ「だから甘いって」

 

事態に焦れたのはドラジェも同じだったらしい、突然豹変し弓を構えるドラジェに、ロスが慌てて予備の斧を構えるも打ち出された矢に弾き飛ばされてしまう。
ロスは武器が無くなりニルスは元々戦闘能力のないバード、そしてドラジェから放たれる威圧感に竦み上がってしまっていた。
そんな二人に無慈悲に放たれる矢、その瞬間………

 

キィン……

 

放たれた矢は弾かれその前に立つ赤髪の女性、その手に持つ盾の先に薙刀の刃が付けられた独特な武器、守りの薙刀を構えその傍らに彼女の愛馬らしい天馬がいた。

 

ヒノカ「大丈夫か、二人とも?」
ロス「ひ、ヒノカ先生!」
ニルス「だ、大丈夫……です」
ヒノカ「そうか」

 

女性……ヒノカは少年達に向けていた穏やかな表情を一変させ、ドラジェを鋭く睨みつける。

 

ヒノカ「事情は少しながら聞こえていた。
    この子達の宝物を奪い、ましてや傷つけようとするなど言語道断。
    素直に返して退くならよし、さもなくば私が、この白暗夜家のヒノカ相手になろう」
ドラジェ「はっ!言われて素直にする奴がどこにいるのよ!
     ついでにあんたみたいなヒーローぶったのは見てて虫唾が走るわ。
     こいつで仕留めてあげる!」つキラーボウ
ヒノカ「そうか、なら、いくぞ!」
ドラジェ「ちっ!」

 

ドラジェは飛行兵種であるヒノカが弓を見ても怯まない事に苛立った声をあげるも素早く構える。
約50Mの距離を近付くよりドラジェの矢が放たれる方が早く、それはヒノカの右太腿を貫いた。

 

ロス、ニルス「「ヒノカ先生!!」」
ドラジェ「ヲホホホホ!バカな女が、余計な事をしなければ痛い目にあわずに済んだのに」

 

太腿は人体の急所の一つであり攻撃されれば激痛が走る。
それだけでなく太い血管が走っており止血しなければ出血多量になりかねない。
それを見込んでドラジェは余裕の笑いをあげた、しかし……

 

ドラジェ「な、何で動けるのよ!」
ヒノカ「私は教師として、大切な教え子を、未来ある少年達を守る為なら。
    私の身の傷み等、何の事はない!」

 

貫かれても足の止まらぬヒノカに驚愕したドラジェの叫びに返したヒノカにより、振るわれた薙刀はドラジェの弓を弾き飛ばし、その首に刃を突き付けた。

 

ヒノカ「投降しろ、お前の負けだ」
ドラジェ「くっ!」

 

ドラジェ「うぅ………」
ゲイル「キリキリ歩け!」
ツァイス「スリ、ひったくり、強盗の常習犯、ドラジェの逮捕にご協力頂き、ありがとうございます!」
ヒノカ「いや、私とて個人の事情でやつを捕らえたに過ぎない、結果として指名手配犯の逮捕につながったなら、良かった」
ミレディ「それにしても無茶するわね、短時間とは言えあの深手で戦闘を継続するなんて。
     治療が間に合ったから良かったけど、下手したらバルキリーの世話になってたわよ」
ヒノカ「そうだな、済まなかった、エレン殿にも改めてお礼を言っておいて貰えないか」
ミレディ「わかったわ、貴方はその子達を慰めてあげなさい」
ヒノカ「ああ、二人とも、大丈夫か?」
ニルス「はい、ヒノカ先生、ごめんなさい」
ロス「ごめん、先生!」
ヒノカ「? 何で謝る?」
ニルス「僕達のせいで、先生がひどい怪我をしてしまって……」
ロス「俺が、もっと強かったら……」
ヒノカ「気にするな、お前達は私の可愛い生徒だ。
    教師として、大人として、私は守ったに過ぎない」
ロス、ニルス「「先生……」」
ヒノカ「それでも自分の弱さが許せないなら、今度の武術の授業、しっかり教えてやる、頑張ってついて来い」
ロス「先生、ありがとう」
ニルス「ありがとうございます、先生」
ヒノカ「ああ、ニルス、これを」つニニスの守護
ニルス「あ、これ……」
ヒノカ「大切な物なんだろう、次は、しっかり守るんだぞ」
ニルス「先生、ありがとうございます……」
ヒノカ「ふふ、さぁ、帰るとしよう、二人とも、私の天馬に乗るといい、家まで送ろう」
ニルス「え、でも」
ロス「良くて二人乗りじゃあ」
ヒノカ「お前達はまだ少年だ、そんな二人を乗せて潰れる程、私の天馬は柔ではないさ。
    まぁ、それでむりなら、私が引いてあるくから、二人は乗っていろ」
ニルス「でも……」
ヒノカ「今日は二人とも友のため、大切な物のため頑張ったんだ、今はゆっくりと休め」
ニルス「……はい、ありがとうございます」

 

担任教師であるヒノカはある意味有名な存在だった、熱血で人当たりもよく、常に生徒に全力で向き合ってくれる良い教師である以上に、同級生の男子生徒が殆ど彼女に惚れているのだ。
彼等は彼女を良い先生と思ってもそこまでの感情は抱けて居なかった。
だが今日、自分の身を省みず彼等を守ってくれた姿に彼等は胸が高まって行くのを自覚した。
ロスは己の手を見つめ決意し、ニルスはヒノカから渡された指輪をしっかりと握り締めていた。

 

それから、ヒノカを慕う男子が二人増えたのは言うまでもなかった。