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Last-modified: 2017-10-02 (月) 20:39:26

モブ視点注意! 書いていたら、えらいキャラ濃くなったけど、汎用ビジュアルのモブです
覇王家に派遣されたメイドさんの業務ってどないやろぉとつらつらと

 
 

 私はモブメイドである。名前はーーあるにはあるが、名乗る必要はないだろう。アルム村に加わることすらない、本来は注目されるはずもない、名もなき一般メイドAである。
 そんな私だが、現在の職場は、曾祖母の代から仕えてきた暗夜家、もとい白暗夜家ではなく、覇王家と呼ばれる場所。
 御当主たるガロン様から、義息子のエフラム様と御息女を始めとする奥様方が住まう兄弟家離れの、周辺施設の維持管理に派遣された。
 同様に、竜王家とロプト教団も、メイドを派遣している。
 私たち白暗夜家は、主に屋内外訓練場担当。エフラム様と比較的顔を合わせる機会が多いため、同僚たちはきゃいきゃいとはしゃいでいる。
 余談だが、ガロン様が選抜したメイドは、下は12才の見習いから上は20代前半。平均年齢16才強。
 エフラム様の奥様方のご年齢からして、明らかに、機会があれば寵愛を受けよ、という意図がある。
 御当主様は、余程孫を増やしたいらしい。もしもそれで家庭内不和を招いたら、どうするおつもりなのか……。
 竜王家やロプト教団は、技量優先なベテランを派遣しているので、たまに関わる際は、些か肩身が狭い。
 余談の余談だが、同僚の内、15才以下は全員、年長者も過半数が、エフラム様の目に留まろうと、積極的に動いている。
 私の様な、無いとは思うが万が一求められれば応じようか、程度の方が少数派。覇王の吸引力である。
 と、言うか、消極的な者ですら「求められれば……」とか夢見る乙女じみた思考とは。いや、私もだが。
 冷静に考えると、この紋章町でも有数の名家出身者や、本人が有名な方ばかりが集う覇王家に、私たちの入る余地は無いのだけれども。
 自称一般人であるアメリア様も、同年代最強の槍使いと謳われているし、出自を気にされているネフェニー様も、名高い達人である。
 この、竜を倒せる者が山ほどおり、魔王が弱者と嘲笑われる紋章町において、強さで名声を掴み取る。
 その時点で、常人の域などとうに振り切って木っ端微塵。一般人とか農民とかどうでも良い。
 最低限の訓練は受けたものの、正真正銘の一般メイドに過ぎない私たちが、どうやって寵愛を受けると。
 エフラム様と奥様方の仲睦まじい姿を見れば、一夜の夢も望めないと分かるだろうに。
 一応、見習いたちも含めて、プロフェッショナルとしての矜持は叩き込まれているため、下品な誘い方をする者が居ないのは幸いか。

 
 

 長々と申し訳ない。
 そして重ねて、謝罪しよう。
 これから更に紡ぐのは、徒然な四方山話。名もなきメイドから見た、覇王家の方々である。

 

「はっ! せい!」
「やあっ!」
「てえええええい!」
「ふっ!」
「せいやあっ!」
「えいっ!」
 訓練場から聞こえる、訓練組の方々のかけ声と槍や刀を打ち合う音が、私たちの目覚ましである。
 仕える主より後に起床するなど、本来許されることではないのだが、朝食は奥様方が作られる覇王家では、早起きしても仕事が無い。
 兄弟家敷地の外縁に建てられたメイド用住居の自室で身嗜みを整えて、朝の諸々を済ませ訓練場へ向かえば、ちょうど良い時間。

 

「よし! 稽古終了!」
「みんな、お疲れさんじゃったのお」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
 私の到着から間も無くして、エフラム様たちが訓練を終えれば、業務開始。
『『御早う御座います、エフラム様、ンン様、カザハナ様、ミルラ様、ネフェニー様、アメリア様』』
「ああ、お早う。朝早くからすまないな」
 まずは朝の挨拶。
 この名前を呼ぶ順で分かる通り、私たち白暗夜家メイドの中で、ガロン様の義娘とされるカザハナ様よりも、ンン様の方が優先順位が高い。
 未来から来られたエフラム様とノノ様の御息女にしてエフラム様の奥様にしてガロン様に溺愛される孫娘。
 ちょっと意味が分からないが、重要人物であることは間違いない。竜王家の御出身でもある。
 訓練後にタオルと飲み物をお渡しする担当でも、エフラム様に次いで人気が高い。事前に担当を割り振るので、我先にと不様を晒す愚か者は居ないから良いが。
 なお、白暗夜家直臣かつガロン様から義娘と呼ばれるカザハナ様や、少々意外なことにネフェニー様とアメリア様も希望者が多い。
 年少の子たちには、御二方の経歴がシンデレラストーリーにでも見えて憧れるのだろうか。ああいや私も若いのだが。エフラム様より1つ年下の若輩者だが。
 まあそれは良いとして、そういった担当争いを傍観している私は、流れでミルラ様の担当になる日が多い。大体毎日である。
「ミルラ様、どうぞ、タオルとお飲み物です」
「いつもありがとうございます」
「仕事ですので」
 こんなに可愛いのになあ、ミルラ様。守りたくなるオーラ。私より遥かに強いけれど。
 勤務当初は、人見知りされて距離を取られていたが、最近は笑顔まで向けていただける。撫でたい。めっちゃ撫でたい抱き締めたい撫で回したい。
 ……落ち着こう。

 

「では、施設の清掃等を実施させていただきます」
「……ああ、分かった」
 自分たちが使う分は自分たちで、と最初は仰っていたエフラム様だが、不用ならば解雇するようガロン様へ御連絡下さい、と提言したところ、私たちに任せて下さった。
 脅迫? まさか。派遣されておいて働けない無能になるのは、我慢ならなかっただけである。エフラム様の人の良さにつけこんだわけではない。
 そして、仕事をするからには徹底的に。
 周囲を余波で破壊なさったりはされていないものの、達人やそれに準ずる方々の訓練で荒れた施設を、完璧に整備するのである。慣れると楽しい。

 

 午前の業務と昼食を終えると、エフラム様たちの夕方の訓練までは割りと時間が空く。
 他家からのメイドが担当する職務に手出しすると後が面倒なので、中立地帯である花壇に行くことにする。
 ちなみに、ロプト教団が温泉、竜王家がエフラム様たちの御住居を主に担当。
 竜王家メイドは、御食事を作りたいとか、ベロア様の御部屋を掃除したいとか、嘆いているらしい。

 

 閑話休題。

 

 どこからか種子が飛んできて大量発生した雑草を、コノヒトデナシーという幻聴を聞き流しつつ駆除していると、イドゥン様と大人の方のチキ様が来られた。
 このチキ様も、ンン様と同様、タイムスリップされたチキ様御本人らしい。紋章町は不思議が多い。タイムパラドックスとか、気にしたら負けである。
 一般メイドが関わらざる、やんごとなき事情。以上、終わり。
「この花壇も、随分大きくなったわよね、イドゥン姉さん」
「そうね……華やかで、嬉しいわ……」
 ゆったりと散歩なさる御二方。この方々は、竜王家の御令嬢でもあるため、メイドの扱いが上手い。用が無ければ空気として扱って下さる。
 正直、物心ついた頃からメイドをしている身としては、貴人から声をかけられたり御礼を言われたりしても、喜ぶ前に驚いてしまう。
 ミルラ様については、可愛いから良いのである。年少の方々全員に言えることだが。和む。
 私の趣味は良いとして、花壇に設けられた四阿へ向かわれる御二方を、頭を下げたまま見送ってから、雑草駆除再開である。
 竜王家のメイドたちが嬉しそうに準備しているので、これから御茶会だろう。御菓子や紅茶を頼まれることは珍しいため、彼女たちも張り切っている。
 内心で他家の同業者にエールを送りつつ作業していると、庭の一角、生垣から、小振りなお尻が突き出ているのを発見。ふりふりと、銀色の尻尾が揺れている。可愛い。
 こちらの方は、先の御二方と異なり、庶民、というか野生出身である。メイドらしく空気として過ぎ去っても良いのだが、折角なので御話してみよう。
「何かお探しでしょうか、ベロア様」
「……っ! あ……お手伝いの人……」
 声をかけると同時に、尻尾がピンと天を向き、続いて、生垣の中からガルーの少女が表れる。御召し物や御髪に大量の木葉が付いているが、気にする御様子は無い。
「失礼いたします」
「あ……はい……ありがとうございます……」
 なので、一言告げてから1枚ずつ取り去り、先程駆除した雑草を入れた袋に放り込む。
 ……大きい分、胸元により多く張り付いている。おのれ葉っぱ、殲滅してくれる。……また、コノヒトデナシーと幻聴が聞こえた。謎である。
 少し残念そうな御顔をされていたが、流石にベロア様でも、木葉はコレクションには……有り得る……。
「今日も宝物をお探しですか?」
「はい……変わった形の枝を見つけました……!」
「おめでとう御座います」
 可愛い。おめめキラキラさせちゃって猛烈に可愛い。愛でとう御座います。
 ……どうにか表情筋を無表情に保つ。危うかった。
 ベロア様の御部屋を掃除したい者たちは、コレクション増加に渋い顔をするかも知れないが、私は止めない。可愛いから。
「お手伝いの人は、何か変わった物とか、持っていますか……?」
「申し訳ありませんが、ベロア様の好まれそうな品は、持ち合わせておりません」
「そうですか……」
 しょんぼりした御顔も可愛いのだが、やはり嬉しそうな方が可愛い。
 今度、流木や化石の細工物や家具でも探してみようか……。ベロア様の御好みは、何が琴線に触れるか判断が難しいのだが。
「では……私は次の宝物を見つけに行ってきます……!」
「かしこまりました。どうか御気を付けて」
 残る業務への活力を御賜り下さったベロア様を見送り、次の区画へ向かう。
 夕方までに、覇王家花壇の葉っぱを、残らず根刮ぎ駆逐してやる……!

 

 帰宅されたエフラム様たちの奏でる剣劇の音に耳を傾けながら、暫しの休憩。
 訓練後の御世話担当は、いつもの通りミルラ様。最近、私が専属になっている気がする。願ってもないことである。
 頃合いを見計らい、訓練場へ。
 終了と共に、各人が担当する方の元に向かう。
 ……自惚れかも知れないが、私が近付くと、ミルラ様は安心した御顔をなさる様に見える。つまり可愛い。
 ほぼ毎日2回会う相手だから多少親しみを覚えて下さっているだけだろう。分不相応は身を滅ぼす。自重自重。
「ミルラ様、御髪に乱れが……」
「あ……ありがとうございます、お姉ちゃん……あ! いえ! そのぅ……」
 自重が空中分解しそうになった。
 とは言え、ここで鉄面皮のままでは、ミルラ様を不安にさせてしまう。満面の笑みを浮かべそうになるのを、自制心で微笑に調整。
「仕えさせていただく御方から、身に余る御信頼を賜ったことを、嬉しく思います」
「うぅ……今のは、内緒、ですよ……?」
「勿論です」
 私専用脳内フォルダに永久保存して個人的に鑑賞します。上目遣いで内緒と仰った時のも含めて。
「……じゃあ……また明日……」
「はい、ミルラ様」
 御住居に向かわれるミルラ様を見送り、本日の業務は終了……の、はずだった。
「ミルラにいつも良くしてくれて、感謝する」
 空を漂い、視界いっぱいの碧を見上げながら、ぬくもりに包まれる心地とは、この様なものだろうか。
 不意打ちの頭撫で。
 エフラム様の手のひらがもたらす感覚が、私の意識を塗り潰しそうになる。
「……! …………! メイドと、して、当然の、ことです」
「そうか。これからも、よろしく頼む」
「はい……」
 辛うじて堪えつつ、言葉を返すが、そろそろ、限界……撫でるの、止めないで……じゃなくて……止めて……くださ……。

 

 エフラム様たちが御戻りになった後、その場に蹲って息と動悸を調える私を見る、羨ましげな同僚の視線が痛い。

 
 

「こんばんわ」
「今晩はサラ様。本日は、昼過ぎにイドゥン様と大人のチキ様が花壇で御茶会を開かれたこと以外に、報告すべき事項は御座いません」
 夕食と入浴を済ませ、自室に戻った瞬間に、目の前にリワープなさるサラ様。
 あちらも湯上がりらしく、乾ききっていない御髪が、普段以上に神秘的な美しさを醸し出す。そして可愛い。
「お茶会の件は竜王家のメイドから聞いているわ。それよりも、ね?」
 言外に、分かっているでしょう、と含めて、妖艶に微笑まれるサラ様。う、美しい……ハッ!
「エフラム様から、直々に労いの御言葉をいただきましたが、それ以上の意味は無いかと愚考いたします」
「兄様は、そうでしょうね。それで、あなたは?」
「ありません」
 少々無礼ではあるが、即答で断言する。
「私は生涯、仕えるべき御方に仕える、メイドですので」
 私が『メイド』として在る限り、全て懸けて『女』として求めでもしない限り、エフラム様の御心が、『私』に向くことは有り得ない。
 あの方が遊びで手を出すなどという可能性は、余計に有り得ない。

 

 サラ様は私の回答に、僅かに笑みを深め、再度リワープで帰られた。

 

サラ「またメイド祭り開催しようかしら」
ノノ「ノノもご奉仕の喜びしちゃうぞー」